第七〇一話 再誕の儀式
宮殿の中にイカの王の本体がいないかも探してみたが、やはりダミーの黒い柱だけしかなかった。
深淵領域を使って確認もしてみたが、魔法陣にも妙な仕掛けはない。
道中かなり時間がかかってしまっていただけに、さっさとここも安全な領域にしていこうと、クロミアはダミーに捧げられていた触手を【狂夢の根源喰らい】で喰らう。
それからマリンたちの力も借りて、一気に支配権を上書きしていく。
「──え?」
そして完全に『体内』の領域を自分の支配域にし終わった瞬間、クロミアは意識が遠のいていく。
薄れゆく意識の中で見えたのは、他の仲間たちも同じように倒れていくところだった……。
「色葉、色葉。寝ちゃったの?」
「んぅ…………うみゅぅ…………あおぃ?」
「そうだよ、葵だよ」
優しく頭を撫でられる心地よい感触と、大好きな人の声で目が覚める。
周囲を見れば見慣れた高校の教室で、机にうつぶせになって寝ていたところを、隣に座っていた葵に起こされた──そんな状況だ。
どう考えてもおかしい状況だというのに、色葉は眠たくて上手く思考が働かず、変だなと思いつつも甘えるように隣の恋人の肩に頭を乗せる。
「ふふっ、どうしたの? ここ教室だよ」
「うーん……今はこーしたい気分~」
ふわふわとした微睡みが心地よく、色葉はぼーっとしながら葵の感触と香りに酔うように目を細めた。
「あ、お姉ちゃん、今日は甘えんぼさんだ」
「ほんとだ。マリンもお姉ちゃんに甘えたい」
「あら、私だって」
「色葉ちゃん、私も仲間に入れてほしいな~」
「……へ?」
だがその夢心地な気分の中、違和感が勝り目を見開く。何故なら地球の高校の教室に、自分たちと同じ制服を着た零世界の仲間たち──スフィア、マリン、アデル、ヌイが当たり前のようにいたからだ。
「なんでここに……?」
「なんでって、俺たちがいちゃおかしいのかよ?」
「僕もいるよ!」
「い、色葉姉さん。この前言ってたゲーム一緒にやらないか?」
「私ハ帰ってネットの海を泳ぎタいデすね」
「あー……こりゃ絶対におかしいわ」
アデルたちが現れたことに驚いている暇もなく、真後ろからも声を掛けられた。
そこにいたのはイグニスやファフニール、グリードにアイゼン。彼らが横並びに立っていた。──色葉と同じ女子の制服を着て。
それだけならまだしも、人型でないファフニールとアイゼンは無理やり人型にそれぞれのテクスチャーを貼り付けた化物となっていて、とてもではないがこれを現実と思うには無理があった。
アデルたちだけではまだ少しぼやけていた思考も、一気に覚醒して今の状況を理解する。
「やられたか。ダミーが取られること前提で、何か私でも気づけないような罠が仕込んであったんだろうなぁ」
「何言ってるの? 皆でゲームして遊ぼうよ」
「そうね。私も昨晩寝ずにやり込んできたから、かなり上手くなったわよ」
「皆でゲームかぁ。きっと楽しいんだろうなぁ」
実際に零世界の仲間たちも含めて、皆でゲームをしたいという気持ちはどこかにあった。
けれど住む世界が違うので、無理からぬこと。別にゲームをしなくとも、零世界は零世界で仲間たちといるだけでも楽しいのだから、無理をしてまで叶えたい夢でもない。
「だからごめんね、夢の皆。私はここから出ていくよ」
「何言ってんだよ。皆で遊ぼうぜ」
「そうだよ。マリンもいっぱいお姉ちゃんと遊びたいのに……」
イグニスだけでなく、マリンが悲しそうな顔をして引き留めてくる。心がギュッと苦しくなるが、ここにいる皆は所詮まやかしで本当の彼女たちが言っているわけではない。
だから曖昧な笑顔だけ浮かべると、色葉は自分に干渉してクロミアへ姿を変えた。
「じゃあね」
「ま──」
クロミアになったことに驚きもせず引き留めてくる恋人や仲間たちを振り切って、【夢遁走】でイカの異界に捕らわれていた本当の自分の体が覚醒する。
「なんだこれ」
目が覚めたまではいいのだが、自分の体は何か白濁した半透明の魚卵のようなものの中にいた。
ドロドロとした液体が体中にまとわりつき、体の表面に触れていたところは固まりはじめている。
無理やり手足を動かして体から剥がしながら、魔刃を手から生やして切り裂き強引に脱出した。
「胎内回帰に見立てた、再誕の儀式魔法ってところかな。ここはさしずめ、子宮か。また気色悪いことを……」
外に出ると意識を失う前にいた宮殿の中にいた。その宮殿の中心部分の天井から、葡萄のように房状に卵が繋がり他の仲間たちもクロミアと同じ状態で眠っていた。
これはイカの王が『体内』の領域で、気づかぬままに儀式に参加させられてこうなっている。
クロミアたちは体内を探索し、ここに自らの足で辿り着く行程を魔法的に胎内回帰に見立てた。
そうして胎内に戻ってきた者たちを使って受精、成長、誕生のプロセスをこれまた魔法的に再現することで儀式とし、自分の眷属として強制的に生まれ直させる。──それがこの『体内』の領域の本命の仕様だったのだ。
「眷属になったら逆らえないからね。でもモンスターが考えつくものなの? こんな複雑な魔法」
クロミアの眷属であるアイン、ツヴァイ、ドライたちも、主に牙をむくことは絶対にない。
それでいて本気の命令には全身全霊で服従してしまう完全なる従属。それが眷属だ。
もしもあのまま甘い夢の世界に浸っていたら、クロミアも契約による従属などではなく、完全な存在として従属せざるを得ない眷属に生まれ直されていたところである。
「けど『沈没都市』と『サンゴの森』で、私たちの情報を満足に得られなかったから、完全な形で取り込めなかったみたいだね。そのおかげであっさり目が覚めたわけだし」
『沈没都市』で内面である〝記憶〟の収集。『サンゴの森』で外面である〝肉体〟情報の収集。
その二つを利用することで、それらを経由して辿り着く『体内』での再誕の儀式を完全なものにすることができるようになっていた。
「魚人の神とかあのアンコウとかも、そうやって眷属にさせられたのかもしれないね」
けれどクロミアたちは、夢使いの力によって大幅にその流れを壊した。
そこで何とかして免疫細胞のように出てきたモンスターたちに情報を集めさせようとしていたようだが、記憶と肉体情報の流出はできるだけしないようにとクロミアが夢の力を使って抑え込んでいたというのもあり、再誕の儀式に必要な情報を満足に得ることは叶わなかった。
「けど最後の最後でダミーの自分を使って、賭けに出たわけね」
本来であれば胎内回帰する前に済ませておかなければいけない準備ができておらず、ここに招き入れた時点ではじまる卵子との結合──魔法的な受精が発生しないはずだった。
イカの王はそれを何とか回避するために、足りない分をダミーを創るために捧げていた自分の触手を取り込ませ、その情報で無理やり穴埋めし儀式を完成させた。
つまり支配権の上書きが、儀式開始のトリガーになっていたというわけである。ある意味で夢使いクロミアの力を信用しての荒業である。
「とはいってもかなりお粗末なものだったけど。じゃなきゃ、あんな不自然すぎる夢にはならないはずだし」
女子の制服を着たイグニスたち。さらに人型に無理やり押し込まれた、化物のようなファフニールとアイゼン。
アデルたちの導入も本来であれば、もっと色葉が納得できる形でなければいけなかった。
だというのにその整合性をとるだけの情報が足らずに、ずっと見ていたいと思わせるはずの夢が破綻した。
おかげで成長に移行する前に、あっさりクロミアは戻ってこられたのだ。
「さて、それが分かったところで皆も夢から覚ましていかないとね」
考察しながらも体は動かしていた。既に全員を受精卵から引きずり出し、それ以上再誕の儀式は進まないようにしている。
だが目を覚まさない。スフィアの技能による繋がりを利用され、クロミアから全員に儀式魔法の力が流入し、彼女たちも同じような状態に陥っていた。
しかし卵から出しても目を覚まさず、未だに眠ったまま起きる気配がない。幸せそうな笑顔まで浮かべ、それぞれ自分が見たい夢に浸っているようだ。
「私と違って夢の力は使えないし、慣れてもいないだろうからなぁ。多少整合性が取れない変な夢でも、納得させられてるのかも」
まずは一番儀式が進んでいたであろう、マリンの救出に入っていく。
彼女の頭に触れ、夢の仙術でその夢の中へと入り込む。するとそこには──。
「モグモグモグモグ──ブラット兄、今度はあれ食べたい」
「分かった。はい、あーん」
「あーん。ムグムグ……美味しい! もっと食べさせて!」
「はいはい」
「むふー」
(うん、何というか予想してたとおりだな。けど夢の中のものを摂取するのは良くないから、止めさせないと)
夢のものを取り入れてしまえば、さらにその夢の奥底へ沈んでいってしまう。
その深度が深いほど速く儀式は進行していってしまうため、ありえないほど大きなテーブルの上に並ぶ御馳走を、ブラットの膝の上で口に運んで吸い込むように食べて幸せそうにしているマリンは、見た目の平和さとは裏腹にかなり危ないことをしている。
「マリン、こんなところで食べてもお腹は膨れないよ。一緒に帰ろ」
「む? くおねぇ? ぶふぁっふぉにぃ? んん?」
クロミアとブラットが同時に存在していることに、マリンは食べるのを一時止めて首を傾げる。
そこでクロミアはもっと近寄り、夢のブラットに触れて霧散させた。
「これは夢だよ。落ち着いたら、同じことしてあげるから帰ろう」
「ほんと? うん、なら直ぐ帰ってイカもやっつけて終わらせる」
ブラットの膝の上で甘やかされながら、美味しいご飯をあーんで食べさせてもらう。これがマリンの願望だった。
なんともまぁ可愛らしい夢だと、クロミアは彼女の頭を優しく撫でながら手を繋ぎ、一緒に夢の世界から脱出した。
「皆、寝てる。呑気だね」
「いや、さっきまでマリンも一緒に寝てたからね? 他の子もちゃちゃっと助けてくるから、警戒を頼んでいい?」
「うん、いいよ」
「次はアデルかな。どんな夢を見てるんだか」
マリンに守りは任せ、今度はアデルの夢の中へと入っていったのだが……。
「マジか……」
とてもではないが、一般小説では描写できない肉欲の限りを尽くした光景に思わずクロミアも絶句してしまう。
ブラットの首筋に噛みつきながら、獣のように肉欲を求めるアデルの姿に近づきがたさを感じてしまうが、それでも割って入っていくしかない。
血と精を取り込むことで、かなり夢の奥深くまで入り込んでしまっている。放置するのは危険だ。
強引に踏み入ってブラットを消し、そのままアデルの手を取ってマリンが待ってくれている異界に戻った。
「手間を掛けてしまったようね。ありがとう、クロミア」
「どういたしまして。……ところで、その……欲求不満なの?」
「うーん、そうね。最近はブラットも慣れてしまっていたから刺激が薄かったのかもしれないわ。
もっと最初の頃みたいに、荒々しく求めてほしいの。現実世界で期待してるわね」
「ぜ、善処します」
あっけらかんと次の要求までしてくるアデルに苦笑しながら、今度はヌイの救出へ。
「お姉さん組さぁ! もっと自重して!」
ヌイはヌイでアデルと似たようなことになっていた。こちらは血を吸っていない分、マシだったというだけである。
お姉さんであるアデルとヌイは、まだ精神的に子供さが残っているマリンと違いかなりアダルティな夢に浸ってしまっていたようだ。
ヌイも同じように強引に夢から覚まし、現実世界へと連れ戻した。
「い、いやぁ、ごめんね。ちょっと恥ずかしい所、見られちゃったかも。あはは……」
「別にいいよ。けどその……ああいうのが好きなの?」
「ま、まぁ……そう……かも?」
現実世界ではしたことのない少々特殊な愛し合い方だったためか、アデルと違いヌイは恥ずかしそうにしていた。
「えっとじゃあ、また今度やってみる?」
「いいの?」
「まぁ、ヌイも私のパートナーだからね。頑張るよ」
「あ、ありがと。クロミアちゃん。でも女の子の姿で言われると、ちょっと不思議な感じだね」
なんて恥ずかしいやりとりの後は、もうほとんど横並びの進行度である他の子たちの救出を行っていく。
女性陣で最後になってしまっていたため、次はスフィアの夢へ。
「あ、お姉ちゃん、いらっしゃい。やっぱり夢だったんだね」
「スフィアなら自力で出てこれたかもしれないね」
「そんなことないよ。迎えに来てくれて嬉しい」
スフィアは山の頂上でブラットと並んで座り、手を繋いで静かに二人で星を眺めていた。
けれどクロミアが来るとすぐに反応し、夢のブラットへの未練を感じさせない潔さで、クロミアに抱き着いた。
「もっと落ち着いたら、今度は現実世界でちゃんと二人で星を見に行こうか」
「ほんと! やった」
他の女性陣の要望に応えようとしているのに、スフィアだけ省くのは可哀想だ。
それでなくても、のんびり星を見るくらいお安い御用である。そんな約束をすると、スフィアは花が咲くように可愛らしい笑顔を浮かべた。
「じゃあ帰ろっか」
「うん」
先ほどの偽ブラットとしていたように、柔らかく手を繋ぎ合い、スフィアも夢の世界から引っ張り出すことに成功した。
「次は男たちだね」
次は火曜日更新予定です!




