第七〇〇話 体内?探索
謎のままでは気持ち悪かったため、クロミアは奥の手である零世界の管理者──小太郎へ神託で聞いてみたりもした。けれど──。
『私にも分からなかった……。私の世界というより、イカの王が自分の異界内で作り出した妄想の存在? が勝手に暴走していたのかもしれないね。
そんなことがあるのかと言われると、私も分からないとまた返すしかないんだけど……。』
どうやらイカの異界は小太郎の管理している世界とは別枠のようで、クロミアを通して観測することもできるはずなのだが、完璧にその異界の中を解析することはできなかったようだ。
『自分の管理している零世界で直接、出てくれていたら解析もできたはず……だと思う』
(その存在ごと食べたから、私を通して調べてみるみたいなことはできないの?)
『こっちに帰還しだいやってみるが、あまり期待しないでほしい。その存在は余すことなく、ブラットくん──今はクロミアくんか、君の存在に上書きされているからそこからともなると……』
(無理っぽい?)
『有体に言ってしまえば。ただ他のルインを取り込んでいけば、私の能力も上がるから、そうなればできるようにはなるかもしれない。そこで期待してもらえたらと』
(な、なるほど。了解、とりあえずもう謎は謎ってことで割り切って気にしないでおくよ)
『不甲斐なくて申し訳ない……』
なんてやり取りを小太郎と交わしつつ、クロミアはあの邪魔だった食人サンゴの森を、領域を奪ったことで無力化。
魚人もまだ残党がいたが領域主となったことで、もう襲われることなく『サンゴの森』を無事に抜け出した。
するとサメさんのお守り効果が続いているはずなのに、目の前が暗くなる。
クロミアは周囲に敵がいないことを確認してから、魔法で光源を作って視界を確保する。
「なにここ……変な臭いするし……気持ち悪い……」
「水の中じゃないみたいだけど、なんかここ体内みたいだね」
マリンが鼻をつまみ顔をしかめる中、周囲を見渡したスフィアが「体内」のようだと表現したそこは、これまでずっと深海であることは変わらなかったというのに、海ですらない陸地らしき場所だった。
ただ陸地というにも奇妙な場所で、まるで洞窟のように前後に続くやたらと広く長い道。けれど洞窟というには地面や壁、天井がおかしく、赤みがかったピンク色の肉で作ったような質感をしている。
それは触れてみると人肌ほどに生暖かく、そこら中に張り巡らされた血管のような盛り上がりはゆっくり脈打ち、天井には神経のような光る繊維が透けてみえた。
空間全体は静かで温かく、肌がべたつくほど湿度が高く、生魚のような臭いが漂っている。
「本当に体内って表現が一番合ってそうだね」
クロミアが壁や床を斬りつけてみると、血らしき青い液体が滲み出てきてすぐ止まる。イグニスが炙ってみれば肉が焼ける香りがする。
「この血は操れないわね。体内に取り込めば行けるのかもしれないけれど……」
「やめておいた方がいいね。アデルが血を飲んだり操作できるっていうのは、向こうも知ってるだろうし、何が仕込まれるか分かったものじゃないから」
ここはもうイカの王が支配する領域で、現実世界の法則もねじ曲がっている可能性すらあり、どこにどんな罠が仕掛けられているのか見当もつかない。
肉の壁、床、天井を破壊して先に進むことはできるのかも検証してみたが、こちらが壊しきる前に修復してしまうため、力技でこの領域をスルーするなんてことは不可能だった。
「なんというか、支配力も上がってる気がする。多分、本体が隠れている領域がここなのか、それとも隣接した次の領域のどっちかにいるかもしれない」
「ということは、この気持ち悪い探索の旅もあと少しで終わりと考えていいわけか」
「そもそも私が知ってる夢の力とは、似てるから干渉できるってだけで根本は違うから、まだまだ続きがあるのかもしれないけどね。可能性は高いと思ってる。幻狼、行き先は分かるよね?」
「ワン!」
方角も分からないこんな場所でも、幻狼は迷わず方向を指し示してくれる。もともと向いていた方角へ進んでいく。
クロミアたちはその後に続く。肉のトンネルは大型トラックが数台横並びでも余裕をもって走れるほど高さも幅もある。
それでいて枝分かれする道も多く、この異界は相当に広いことがうかがえた。幻狼の案内がなければ、迷路のようなこの場所で迷っていたに違いない。
「ワオーン」
「え? こっちなの? クロミアちゃん、もう一回聞いてみて」
「分かった。そっちは壁だよ。本当にそっちでいいの?」
「ワン!」
これまで二つもダミーを見つけてきた幻狼の感覚をクロミアたちはもう、誰も疑っていない。
けれど枝分かれした道を迷うことなく選択して進んでいってくれた幻狼が、はじめてY字の分岐路で立ち止まった。
それだけならまだしも、左右の斜めに分かれた道の境目──ど真ん中の壁に向かってそのまま直進しろと言ってきたのだ。
さすがにクロミアたちもそれには戸惑いの色を浮かべるが、相変わらず自信満々な返事がくる。
「毒を食らわば皿までか。信じるからね」
「俺も手伝うぜ」
壊せないことは最初の頃に確かめている。どこか脆いところがあるかもしれないと、道中気まぐれに穴を開けようとしたこともあった。
けれど一瞬で修復してしまうため、どこも無意味に終わっていた。なのでいい加減無理だと諦めていたのだが、幻狼の追跡力を信じてクロミアは剣を構え、隣でイグニスが拳を構える。
「「せーの!」」
斬撃と拳の形をした炎の塊が正面の壁に向かって飛んでいく。すると肉を焼いた香りを周囲にまき散らしながら、正面に大穴が開いた。
これまでは一瞬で修復されていたのだが、一メートルほど向こう側に通路が見え、直る速度もかなりゆっくりだ。
「ワフ!」
「閉じる前に向こう側に行くよ!」
通路が見えた途端、幻狼はピョンと壁の穴をすり抜けて向こう側に行ってしまう。
放置していたら穴はいずれ塞がってしまうということもあり、クロミアの号令と共に急いで全員向こう側に抜けていった。
「隠し通路ってやつなのかな? 僕、全然気づかなかったよ」
「そレはファフニールだけでハありません。私もデす。まさか壁を壊せナいと印象付けたとコろで、壊さなケれば進めない場所を用意してオくとは……」
「気づけないように巧妙に偽装していたみたいだね。けど壊せる壁の力の流れは覚えた。次は私にも見分けられるはずだよ」
深淵での観測データも取っていたため、もうこの手の隠し通路ではクロミアを騙すことはできない。
契約というルールはイカの王が創った異界の中でも……というより、だからこそ余計に守らなければならない約束だ。
それは攻略する手段を完全に無くすということを許さず、必ずイカの王を追えるようになっている。
そのため絶対に壊せない壁の向こう側に、正解の通路が──なんてこともない。
とはいえ、イカの王の性格からして何かしらの不正を行っている可能性は高いのだが。
「お姉ちゃん、何か来るみたいだよ」
「まぁ、ここまでが静かすぎたよね。みんな、戦闘準備して」
破壊できる壁の先にあった通路をそのまま進んでいこうとしたのだが、まるでウィルスに反応する免疫細胞かのように、ゾロゾロと見たこともないモンスターが群れを成して通路の先からやってくる。
それは人型に近い、ヤドカリのように貝殻を背負った甲殻生物。頭部には巨大な単眼が埋まっており、両手は大きなカニバサミだ。
大きさは一メートル程度とそれほど大きくない。だが動きはかなり俊敏で、小さい分攻撃が当てづらい。
連携も練度も高く、サンゴの森にいた半魚人たちとも遜色ない動きをしていた。
「その上で私たちの情報も当然持っているわよね」
「ちょっと戦いづらいね~」
アデルとヌイは苦戦というほどではないが、面倒な立ち回りをするヤドカリ人たちに、うんざりしながら攻撃を続けていた。
この領域に来るまでにクロミアたちの情報はかなり収集されてしまっている。『ブラット隊』をメタるために構成も考えられており、劣っている戦闘力を立ち回りでカバーしている。
それでもクロミアたちを阻めるほどの力はなく、三〇体以上いた敵は多少の足止めをしただけで全滅した。
「どうせおかわりも来るんだろうけど、そいつらが来るまでにできるだけ進んでおこうか」
幻狼には急いでもらい、駆け足で気持ちの悪い肉のトンネルを進み続ける。
ヤドカリ人の部隊に何度も邪魔されたが、案内役が優秀なためどんどんイカの王のダミーがあるであろう場所へ近づいていく。
だがまた途中で皆の足が止まる。何度目かの隠し通路を見つけ進んだ先に、これまでにない風景が広がっていたからだ。
「青い川?」
「あれは全部、血のようね」
そこは青色の血液が勢いよく流れ続ける大きな川──というより、血管の中とでもいうべき足場のない肉の通路。
血には見えないほど濃い青色の川だが、吸血エルフであるアデルはパッと見ただけで見抜いていた。
血の川には飛びこんでくる侵入者を待ち構えるように、ナマコに凶悪な牙が並ぶ、おぞましい口をつけたようなモンスターが大量に泳いでいる。
けれど進むべきはその先だと、幻狼は鼻先で川の向こうを指し示す。となればもう覚悟を決めるしかない。
「あんまり血には触れないほうがいいと思う。俺の魔盾を船みたいにして行けばいいと思う」
「川の流れは私がある程度制御できると思うわ」
グリードの魔力で生み出した悪魔の盾を船型に変え、補強するように樹術による植物で覆う。
それを血の川に浮かべ、クロミアたちが乗り込むと、アデルの血液操作で強引に青い血を動かし、モーターボートのような速度で進みだす。
当然のように肉食ナマコたちがたかってくるが、乗り込もうとすればクロミアたちが蹴散らし、船を壊そうとすればシールドバッシュの応用でグリードが弾き飛ばす。
「や、やっと抜けたね」
肉のトンネルを通っていた時間の方が長かったが、常に大量の肉食ナマコに群がられる光景はとてもではないが気が休まらない。
ようやくファフニールは床に足をつけられ、ほっとしたような声を出していた。
「まだまだ先はありそうだけどな。次は……なんだこれ?」
「く、臭い……」
いぶかしげに根を寄せるイグニスの横で、酸っぱい臭いに顔をしかめたマリンが鼻をつまむ。
「あれは……胃酸みたいなものかな」
ようやく地に足が着いた場所に来たかと思えば、またすぐに奇妙な光景が見えてくる。
そこはたっぷりと凶悪な酸が溜まった大きな池のような場所で、神経のような細い糸が絡み合った網のような足場が橋のように向こう側までずっと続いていた。
だがその網の上にはクモ脚のような触手を生やした、赤い目のイルカのようなモンスターが巡回している。
数はこれまでと比べればさほど多くはないが、強さは間違いなくこれまでの雑兵の中では一番。一体一体が、確実にS級以上の実力だろう。
それでも目的の場所はその先だと幻狼が告げている。負けるほどの敵でもないため、クロミアたちは酸の池の上を通る網を渡っていく。
「補強しマす。これナら多少は動きやすクなるでしょう」
「助かるよ、アイゼン」
そんな足場の不安定な網に金属の糸を通してアイゼンが補強する。
これくらいの場所が渡れないほど運動神経が鈍い者はいないが、それでもとんでもない機動力で迫ってくる複数の触手イルカと戦うなら、足場はしっかりしておいた方がいい。
おかげでかなり戦いやすくなり、逆に足場がしっかりしたことで触手イルカたちの機動力も落ちたことも影響し、思っていた以上に危なげなく酸の池も無事に通り抜けることができた。
「今度は水の中に行けと」
「ワン!」
その先には全員が一緒に入っていけるような海水が詰まった管が下に向かって通っていた。
他に道はなく、幻狼もその管の中を指し示すためクロミアたちもその中へと飛びこんでいく。
水の中に入るとサメさんのお守り効果がちゃんと発動してくれ、呼吸も問題なく下っていけた。
「なんだか不思議な場所だね、お姉ちゃん」
「うん。それに敵はいないみたい。なんなんだろ、ここは」
管をある程度下っていくと、また迷路のようにいくつもの分岐点が縦横無尽に広がっていた。
幻狼の案内に従って道を迷わず進んでいると、やがて水の詰まった管の内側全体に綿毛のたんぽぽに近い見た目をした植物が張り付いていた。
それらはクロミアたちの移動によって生まれた流れに乗って綿毛を飛ばし、一緒についてくるようになった。
けれど別段それに危険はなく、これまでが嘘だったかのように敵も湧いてこない。
厳密には敵のようなモンスターはいたのだが、そのどれもが襲ってくることなく、クロミアたちを見つけても興味なさげにスルーしてどこかへ行ってしまうのだ。
なので非常にゆったりとした時間を過ごしながら進んでいくと、やがて大きく袋状に開けた場所に出た。
相変わらず海水で満たされたその空間の奥側には、イカの王を象徴するような絵柄の巨大な門がある。
「あの先にあるの?」
「ワンワン!」
クロミアが聞けば「そうだ」とばかりに門の向こう側を前脚を動かしてアピールしてきたが、その門の前には行く先を阻むように巨大な提灯アンコウのようなモンスターが待ち構えていた。
こちらも中々の強者の風格を宿しており、魚人たちの神と同等レベルの強さを感じる。
「上等だぜ。押し通るぜ、いいよな? クロ姉」
「そうするしかないしね。いくよ、皆」
提灯部分を鞭のように振るいながら、さらにレーザーのように細い光を放つ。
体から棘を飛ばし、口からは極大の魔弾や散弾銃のように細かな弾幕を撃ちこんでくる。
周囲の水を器用に操り、巨体のわりに動きも軽やか。噛みつき攻撃も強力で、呑み込まれればクロミアでも危ない。
それでもクロミアたちの戦闘能力の高さと培ってきた連携力によって、追い詰めていく。
傷つくほどに狂暴になっていき、最後には──。
「まずっ──下がって!!」
──ボンッ。体に生えた棘をばら撒きながら大爆発。膨れ上がった体に不味いと判断してクロミアが全員を後ろに下げ、グリードと一緒に防御に専念して何とか誰一人、大怪我を負うことなくやり過ごすことができた。
「扉も壊れてるね」
「ちょうどいいんだろうけど、ちょっと怪しいよね」
スフィアが先の爆発で壊れた巨大門を指さすと、ヌイは都合が良すぎると警戒心をあらわにする。
けれどもうイカの王のダミーがある場所はその直ぐ先だと幻狼が教えてくれる。行かないという選択肢はない。クロミアたちは守りを固めながら、慎重に門の向こう側に足を踏み入れた。
「宮殿? 急にお洒落な感じになってきたね」
そしてその先にあったのは、真っ白な神聖さすら感じさせる立派な宮殿だった。
巨大なおたまじゃくしのようなモンスターはいるが、それらは襲い掛かってくることもなく宮殿の周りを泳いでいるだけだ。
宮殿自体も閉ざされているわけでもなく、扉すらない。好きに出入りしてくれとばかりに解放されている。
「ワン!」
「ダミーもあそこってわけね」
外からでもダミーの黒い柱と魔法陣が内部に確認できた。襲い掛かってくる様子はないが、周囲のモンスターを警戒しながらクロミアたちは、この領域も奪うべく宮殿に入り込み、黒い柱のある場所へとあっさり辿り着いた。




