第六九九話 ナニかとの決着?
本体が実は近くに隠れていたなんてこともなく、やはりダミーの柱に幻狼が反応していただけだったことが確定する。
さらに仕様も前のダミーが設置してあった状況と酷似していた。つまりここは『サンゴの森』の領域の起点であり、乗っ取るには最適な急所でもあるということだ。
となればやらないという手はない。一度やっているため、スムーズにダミーに捧げられていた触手を捕食。
続いてアデルたちと協力してイカの王の領域から、クロミアの支配領域へと『サンゴの森』を上書きする。
「でも対策はしようとした形跡はあったかな」
「対策なんてできるものなの?」
スフィアもさすがに夢の仙術にまでは明るくなく、クロミアに対策とは何かと問いかけてきた。
「契約を利用した妨害かな。自分との契約者を条件に指定して、干渉しづらくする仕組みが追加されてた」
「けれどこうしてできたということは、その妨害に意味はなかったようね」
「普通だったら意味はあったんだろうけどね。クロミアでいることで、ほとんどその妨害を回避することができたって感じだから」
イカの王からすれば屁理屈でしかないのだが、契約したのはブラットでクロミアではないという概念がちゃんと通用していた。
もちろん完全に呪縛から逃れられたわけではなく、負ければ服従という根幹の契約は間違いなく履行される。
けれど他の契約者を対象とした仕掛けは、ほぼ無効化されているといっていい。
少しくらい効果があるだろう──くらいの気持ちでクロミアでいる本人ですら驚きの効果である。
ただ本人も気づいていないが、これは『沈没都市』の領域で行った記憶の読み取りがイカの王側に逆に不利になるような影響を及ぼしてしまっていたことにも起因している。
その記憶の中には『色葉』や『BMOのブラット』、『BMOの魔王クロミア』など、一人を指しているはずなのに複数人の記憶が中途半端に混ざっていた。
イカの王からすれば意味が分からない。中途半端に人に近い知性があるせいで、余計に『ブラット』への定義が揺らいでしまったのだ。
その揺らぎが『クロミアは別人』という、ブラット側が勝手に定義した認識がまかり通りやすくなってしまった──というわけである。
「それじゃあもうここは、クロミアちゃんの支配する領域になったってことだよね?」
「そうだね。ちゃんとここで何を目論んでたのかも、だいたい分かったかな。一言で言うなら、ここは実戦場かな」
「実戦場?」
可愛らしく首を傾げるファフニールの頭を撫でながら、クロミアは続きを口にしていく。
「そう、実戦場。沈没都市で手に入れた情報を使って、実戦形式で私たちへの対抗策を実戦の中で解析していくっていうのが、この領域の役割だったみたいだね」
「ああ、だからやたらと戦い方のバリエーションが豊富だったのか」
グリードがそう言うように、武器や防具に体型だけでなく、戦術らしきものまで多岐にわたる戦闘を仕掛けられていた。
そこからどんな手法が効いて、どんな攻撃が効かないのか。動きの癖や反射速度、武器の振りかた、魔法構築速度──などなどあらゆる情報を半魚人たちの戦いで試し、クロミアたちの実戦での情報を抜き取っていたというわけである。
「クロ姉。あのベタベタ液って、やっぱり使わないのが正解だったの?」
「うん。やっぱり罠だった。使っていたら体の筋肉や内臓、骨格、魔力の動きだとか、体内の情報までスキャンされて、より細かい情報が流出するところだったから」
「となると安易な楽に進めそうな方法は、今後も避けていったほうが良さそうね」
「私もそう思う。魔法に特化した知恵者って聞いてたけど、この異界は本当によくできてる。
よくイカのモンスターとして生まれて、ここまでの知能をって感心しちゃったよ」
「だかラこそ、油断がでキないのですケどね」
「けどもうクロ姉の支配領域になったんだろ? もうあのサンゴに襲われることはねーんだよな?」
「襲われないどころか、むしろ進む方向からどかすこともできるよ。幻狼、次の行き先は分かってる?」
「ワォン!」
次もダミーなのか、はたまた本体なのかはまだ分からないが、着実にイカの王が隠れられる場所を潰せている。
どのみち、この異界の各領域を支配していけば居場所はなくなっていくのだ。
「でもあとどれくらい残ってるんだろ。無限に広がってたら、さすがに僕たちでも追い詰められないよ?」
「イカの王といっても、用意できる異界の区画は限界があるから安心していいよ、ファフ。 もしも無限に近い領域を自分で作れるようなモンスターだったら、そもそもこんな回りくどいことしなくても、私たちなんて相手にならないよ。そこまでいったらベグ・カウ以上の化物だ」
「じゃあさ、クロミアちゃん。大よその限界値みたいなのは分かったりする? あと何個くらい、領域を持ってるとかさ」
「そうだなぁ……私と同等かちょい上位の実力と考えると、どれだけ多くても残り五つは越えないと思う。
というかその五つですら、かなり多めに見積もってだから実際はもっと少ないかな」
「そっか。それならこのペースからしても現実だね」
終わりの目安が分かっているだけでも気持ちは楽になる。
これからまだ五〇や一〇〇の領域探索をするわけでもないと分かり、皆がほっとしていた。
今回の領域だけで相手にそれなりの情報を与えてしまったが、あれだけの精鋭ともいえる半魚人をどう生み出していたのかはクロミアにも分からないが、それだけのリソースを削ることはできた。
そう考えれば互いに痛み分けくらいには、持っていけていると考えていいだろう。
クロミアたちはここでの用は済んだと、幻狼を追いかけ台座の穴から神殿の内部に戻る。
「えっ」
「ここでモ……でスか」
「あの気持ちわりぃ視線は感じなかったのによ。ここまで付いてきてんのかよ」
「ますます気味が悪いわね……」
台座の周辺を巨大な何かが這ったような跡があることに、クロミアたちはすぐに気が付いて周囲の気配を探り出す。
戦いによって周囲はボロボロで、瓦礫もあちこち落ちていたというのに、巨体が通って道がならされたようになっている。
そんな痕跡は台座の穴の底に行く前までは確実になかった。となると、沈没都市で行方をくらませた謎の巨大生物がここでもクロミアたちの後をつけてきていたと考えるのが妥当だろう。
「一応、追ってみようか。また無駄に終わるかもしれないけど」
「それでも俺もやっておいた方がいいと思う。今度は何か分かるかもしれない」
満場一致でもう一度、這ったような痕跡を辿ってみることになった。
その跡からしてクロミアたちが穴の底へ入り、サンゴの森の支配権を奪っている間に、台座の周りを三周ほどして、飽きたのか引き返している。
引き返した後は特に目的を感じさせない自由な動きで、神殿を出て半魚人たちの海底遺跡を我が物顔で巡っていたようだ。
そしてやはりこちらも、ある程度追っていったところでそこで消滅したかのように痕跡が行き止まりで綺麗に途絶えていた。
「予想できていたこととはいえ、なんで付きまとってくるのか分からないのがなぁ……」
「いっそのこと戦いを仕掛けてくれる方が、分かりやすくていいまであるよね」
「やっぱり無駄に時間を使わせるための罠なんだろうか」
「……………………ん?」
皆が渋い顔で話し合っていたのだが、不意にクロミアだけ何かを感じて視線を痕跡が途絶えたT字路の奥から右へ曲がる道へ視線を向けた。
「どうしたの? クロミア姉ちゃん」
「いや、なんか……ん~?」
自分自身もよく分からないままに、何か脳の端に引っ掛かりを感じてその方向へフラフラと歩いていく。
その後ろ姿を不思議そうに見守りながら、他のメンバーもゾロゾロと付いてきた。
だがクロミアはファフニールの問いかけにも応えることなく、虚空に手を伸ばし「うーん? うん? う~~ん……?」とずっと唸りながら集中している。
少しでも気を散らせば、その頭の片隅に湧いた違和感が消えてしまいそうだったからだ。
「あ──この野郎……」
そんなことを数十秒ほど続けていると、その違和感が一瞬だけ強くなって場所を移動した。
そして何を違和感と感じていたのかも理解できた。その違和感から「笑い」の感情を感じ取ったのだ。
それも可愛らしい笑いではなく、馬鹿にするような笑いを。
その苛立ちが引き金になったかのように、クロミアの感覚がさらに鋭くなり、その違和感を放つナニかを捕捉する空間把握の能力が上昇した気がした。
(何かしらないけど──なんかムカつく!)
クロミアの翼が純白に染まる。聖なる光を宿した羽根が海中を舞い、それを巻き込むようにクロミアの異変を感じて遠ざかろうとする違和感に向けて剣を振るった。
「何かいるの? お姉ちゃん」
「ごめん、集中させて」
振るった剣先に何かが引っ掛かったような、小さな感触が手に伝わる。
そのまま剣を連続で振っていくほどに、さらに純白の翼は光り輝きクロミアとしての【黎明の天使】としての権能が研ぎ澄まされ行く。
そして周囲に舞っていた羽根が輪郭だけ輝く、不可思議な透明なものへと変化してクロミアの剣に巻き付いていく。
「はぁっ!!」
《────》
振り下ろすその一瞬の間に、クロミアからブラットの姿に戻りナニかを切り裂いた。
クロミアとブラットの性能差はほぼない。けれど剣術に限ってはクロミアよりもブラットの方が上。
逆にクロミアの方が魔法能力は高くなるのだが、今は自分の剣技最高の技を出さないといけない気がしたからだ。
「何かいるぞ!」
ブラットが剣で切り裂いた瞬間、海水で満たされている何もない空間に太ったカエルのようなフォルムのノイズが発生する。
イグニスが逃がすかと炎の拳を飛ばし、続くようにして他の面々も攻撃を放つ。
けれど当たらない。ブラットの輪郭だけ光る透明な羽根を貼り付けた剣だけが、それに干渉できていた。
「しっ!」
《──っ》
その何かに向けて、透明羽根を貼り付けた風切刃根を投げる。ほんの一瞬だけ、その場に縫い付けられるように動きが止まった。
そこへ【黒線・転移】でもない、【黎明の天使】としての力で短距離転移し間合いを一瞬で詰め、透明な羽根をつけた五本の刃による全力の斬撃をお見舞いする。
「は?」
ぐにゃり。まるで柔らかいスライムでも斬ったような感触がしたかと思えば、そのナニかがいた空間にブラックホールのような穴が開き、ブラットが一瞬で吸い込まれてしまう。
けれどブラットもすぐにそれに対応してみせる。クロミアに戻り、僅かに吸い込む力を弱めながら仲間たちも全員引っ張り寄せるようにして穴の中へ連れてきたのだ。
ここでバラバラにされるのは不味いというのと、その穴の先がどういう場所なのか察しがついたからこその行動である。
「ここは……精神世界で合っているかしら?」
「微妙に違う気がするけど、それに限りなく近い場所だとは思う」
「なにあれ? 変なのがいる」
先のブラックホールじみた穴は【狂夢の根源喰らい】と似たようなものだと、クロミアは気づいていた。
つまりナニかは、クロミアという根源を、存在を喰らうような反撃行動に出たというわけである。
湿度を感じさせる蒸れた黒い空間に、太ったカエルのようなフォルムの何かがいた。
ここにいるナニかは、ノイズではなく黒の濃淡のマーブル模様で塗りたくったような状態で、やはり何なのか分からない。
それが特撮映画に出てきそうな、直立する怪獣のようなフォルムに変化していき、クロミアへ謎の光線を口から放ってきた。
それをすかさずグリードが盾で弾くが、ナニかの暴走は止まらない。
ただひたすらにクロミアを捕食しようと、他のメンバーは目にも入っていないとばかりに無視して暴れ狂う。
「けどむしろこの方がやりやすいかも──お姉ちゃん、そのまま引き付けて!」
「任せて!」
イカの異界にいたときは、もう少し知能があるように感じていたのだが、ここにいるナニかはもはやただの獣のようだった。
クロミアだけを追いまわすため、動きを誘導しやすく、アデルたちの攻撃が面白いくらいヒットしていき、それで怯んだ隙にクロミアが魔法で削っていくという戦法だけでどうにかなってしまった。
《──────》
そうして結局なんなのか最後まで分からないままに、ナニかとの決着がついた。
空気を震わせるような振動は届くのだが、その鳴き声は一切聞こえない。
「ストーカーはお呼びじゃないんだよ」
直立怪獣形態から、最終的に虫のナナフシのような細長いフォルムになって地面に倒れたそれに向かって、クロミアは無貌の口を広げてその存在を喰らった。
「──っ!?」
元いた海底遺跡のT字路に全員が立っていた。けれどクロミアは一瞬、頭痛がしたように頭を押さえる。
ファフニールがすぐに診察するように、クロミアの背を撫でてきた。
「大丈夫、クロミア姉ちゃん? 体に異常は特にないみたいだけど」
「あ……ああ、うん。心配させてごめんね、ファフ。でもむしろ、絶好調というか、閃きそうになったというか……」
「閃きそう?」
「うん。本当に一瞬だけだけど、逸脱者に至るための殻を破る切っ掛けのようなものが閃きそうだったんだ。
残念ながら一瞬で消えちゃったけど……一歩近づいた気がする。それにあの強さのわりに、混沌の量が想像以上に増えてるし……何だったんだろ、アレ」
何か良くない物でも取り込んでしまったのかと心配した面々だったが、むしろプラスになることしかないボーナスモンスターのような存在だった。
ますます謎が深まるばかりであったが、今の空間把握能力がさらに鋭敏になったクロミアでも、同じような反応は捕えられない。
もうどこにもおらず、何だったのか調べることもできなくなっていた。
「まぁでも、もう後ろをコソコソついてこなくなったと思えばいいんじゃないか?」
「だね。こんなに美味しいなら、もう一匹出てきてもいいくらいだけど」
「ワウ?」
「ああ、ごめん。用は終わったから、次の案内をお願いね」
「ワフ」
結局さっき戦った存在の謎を解明することもできないままに、クロミアたちは次の領域も確保すべく、幻狼が指し示す方角へと再び歩みを進めることとした。
次は土曜日更新予定です!




