第六九八話 魚人軍団
黒サンゴの森へ足を踏み入れると、また無数の視線が無遠慮に向けられはじめる。
その不快さは慣れないが、表面上知覚できる範囲ではそれ以上の何かをされている様子はない。
深淵を観測しても、こちらの何かを抜き取ったり、デバフ掛けたりするようなものはクロミアが理解できる範囲ではなかった。
「邪魔っ」
「うぜーんだよっ!」
食人植物じみた狂気のフォルムばかりの黒サンゴが、近づいた瞬間一斉に襲い掛かってきた。
最前列にいたクロミアが雷の斬撃を放ち、イグニスが炎を纏った拳を高速で振るう。
今の実力からして黒サンゴはそこまで脅威ではないのだが、なにせ数が多い。
大量の羽虫にたかられるような苛立ちが蓄積されていくが、イカの王の性格からして精神に要らぬ隙を作るわけにもいかず、発散するように攻撃をぶつけて消し飛ばす。
幻狼はクロミアたちに守られながら、ひたすらイカの王がいるとされる場所へとサクサク進んでいる。
それを頼りにサンゴの森を強行突破していると、追加で別の敵性生物がやってきた。
「「「「「ギョギィッ」」」」」
「また変なのが来た。おいしくなさそう」
出目金のように眼球が飛び出した半魚人といった見た目のそれらは、筋肉質で一メートルもない小兵から太った三メートル近い巨兵まで体格も体型もバラバラ。
持っている武器も剣や槍、弓に鞭やハンマー、小型ナイフなどなど、様々な武器を手に持ち徒党を組んで奇襲を仕掛けてくる。
それらは食人サンゴに襲われることなく、むしろそれがクロミアたちを襲っている隙をついてくるような知性的な立ち回りで、まるで訓練された兵士のように連携も完璧だ。
数は多いが皆が一斉に来るわけでもなく、八体から一二体の小隊単位で動いている。
「しかも意外と強い。まさか俺の盾が力押しで負けそうになるとは」
「S級より強いの混ざってるね、これ」
少し下がった場所から全体を観測していたスフィアから見ても、王より下でも各陣営の王の側近よりも強い、部隊でいえば隊長とでもいうべき強者がたまに混ざっていることに気づく。
こちらは王を倒せるだけの戦力があるとはいえ、鬱陶しく絡んでくるサンゴを相手しながら奇襲を仕掛けてくる半魚人部隊を相手するのは片手間では怪我をする。
「それにこいつら……私らの攻撃に対策してきてる?」
「こっちがどんな攻撃をするのか、分かったような動きをしてきてるよねぇ。まだ見せてない私の影の捕縛術も、知ってたみたいな動きで回避されちゃったし」
避雷針のようなスキルで、クロミアの雷系統の技を海底や周りのサンゴに受け流したり、イグニスの【ベリオス流獣術】で得意としている、海に入ってからは未出の連携技も知っているような動きで対処された。
他のメンバーも少なからず半魚人側が対処法を用意してきており、強さ以外にも戦いづらさを感じさせられている。
「これってやっぱり、僕たちの記憶が盗まれたからなのかな?」
「全部というわけではないのでしょうけど、その可能性は高いわよね。
厄介だわ、せめてサンゴだけでも大人しくしてくれていたら、もう少しこちらも動きやすいのだけれど」
「そうイえば、この半魚人は死体すら黒サンゴが反応を示シていナいようですが、何か秘密がアるのでしょウか」
「仲間だから食わねーだけじゃねーか?」
「いや、それでも死んだら食べそうな狂暴性だけどなぁ。骨どころかゴミでも食べるし。ん?」
適当に投げつければ、それがそこらに落ちている石コロでも平気で食べてしまう悪食サンゴ。
それが仲間だからと言って、半魚人の死体は頑なに食べようとしないことに違和感を覚える。
そこで何か秘密でもあるのかと、周囲のサンゴを殲滅したあとに落ちている半魚人の死体を改めて調べてみれば、何やら体に透明なヌメヌメした液体を塗りたくっていることにクロミアが気づいた。
そいつだけかと他の死体も皆で手分けして調べてみたが、やはり同じように体にその液体を塗っていたことが判明する。
「もしかして…………」
そこでクロミアが体から生やした灰剣でその液体を掬い取るように採取し、地面に擦り付けるようにして刀身全体に塗りたくってから、生きている黒サンゴへとそれを投げつけてみれば……。
「襲われない。この謎のヌメヌメ液が答えみたいだね」
「それが何なのかが気になってきたわね」
「ふむ……少々お待ちくダさい。心当たりがアります」
得体が知れない物体の大元が気になったところで、その液体を調べはじめたアイゼンが補助ユニットを解き放つ。
五分もしない間に戻ってきた補助ユニットは、どこからか持ってきた黒い球体を運んできた。
そしてそれを皆が見ている前で二つに切ってみれば、中から小さな黒真珠のような粒を中心に、それを覆うように透明なヌメヌメ液が詰まっていた。
「やはりデすか。成分が完全に一致しマした」
「アイゼン、それが何か聞いてもいい?」
「もちロん。こレは黒サンゴの……おそらく卵のようナものではなイでしょうか。いクつかの黒サンゴの死骸の近くニ、これと同ジものが落ちテいました」
「なるほど、つまり自分たちの卵だと思い込むから、僕たちも襲われないってことだね」
試しにその卵?の中の液体をつけた石と、つけていない石を両方用意。最初につけた石を投げつけてみたが、そちらは完全に放置。逆につけずに投げつけた石は一瞬で食いついた。
そのことからも、これを使えば黒サンゴに襲われなくなることがほぼ確定する。
「幸い人体に害を及ぼすヨうな成分は含まれてイませんね。保湿効果が高まルくらいでしょうか。数も探セば人数分はすグに用意でキるかと」
「それじゃあ、それを俺たちも塗れば半魚人にだけ集中できるってことだな」
「ちょっと気持ち悪いけど、サンゴが邪魔してこないならマリンも我慢できるよ。クロ姉、やってみる?」
「うーん……」
「なんだよ。便利そうじゃねーか。ちょっとくれー体がベタベタになったところで、大して変わんねーぞ」
「いや、私も実利があるなら絵面はちょっとアレだけど、体に塗ってもいいとは思うよ。でも……止めようか」
「うん、私もお姉ちゃんと同意見。やめておいた方がいいと思う」
「私もその意見に賛成よ。サンゴ対策は魅力的だけれど、これまでのことを考えると……ね」
クロミアに続きスフィアとアデルも、この先が圧倒的に楽になるであろう方法をやめた方がいいと言い出した。
けれどその三人が否定したことで、何となくその理由をヌイやグリード、アイゼンは察したのだが、イグニス、マリン、ファフニールはまだよく分かっていないようだった。
なので代表してクロミアが、その三人へ向けて止めようと言った理由を口にする。
「ここが普通の場所だったら私も賛成してたと思う。けどここはイカの王が作り出した異界だよ?
私たちを楽にするような方法を、こんな分かりやすく見せるかな? 少なくとも私は、その大元の卵だけでも徹底的に隠すと思ってる。
なのにこんなに簡単に手に入るなんて、怪しすぎるでしょ」
「「「確かに」」」
沈没都市では何気なく落ちていた遺骨が、記憶流出を加速させる罠オブジェクトだった。
ならば今回は黒サンゴ対策として用意したこれを体に塗ることで、何かしらクロミアたちの不利になるような効果があってもおかしくない。
今のところ深淵を覗いても、それらしき怪しい力の流れは観測できなかった。けれど大将であるクロミアたちの肌に触れることで、化学反応を起こすように何か良からぬ効果が出るかもしれない。
そうなると簡単にこれを使おうという考えには至らないというわけである。
「もしかしたらそう考えることを逆手にとって、何もない可能性もあるけどね。疑ってどうせ使わないから、ワザと分かりやすくしておいた──みたいにさ。
でもここは相手の領域で、それも私たちの何倍も生きている知恵あるモンスターの策謀が詰まった場所なんだから、少しでも怪しいものには手を出すべきではないよね」
最後にそうまとめると、イグニスたちも完全に納得したように黒サンゴへの対策は諦めた。
つまりこれまでと変わらない。ゴリ押しでイカの王のいる──おそらくはダミーであろうが、それを見つけるべく再び進みだす。
やはり道中は厄介な魚人たちの相手が大変ではあったが、それでも大した消耗もなく目的地へ辿り着けた。
「本当にこの中なの?」
「ワン」
「……行くしかないかぁ」
「大丈夫だよ、兄ちゃん。俺が皆の盾になって守るから、安心してほしい」
そこは半魚人たちの総本山とでもいうべき、魚人を祭る海底遺跡だった。
これまで奇襲を仕掛けてきていた多様な魚人たちが、そこに大量に待機している。
今はまだ隠れているためバレていないが、これ以上近づけば確実に捕捉されるといった距離から、そちらを覗き見ている状態だ。
相手の強さは負けはしないが、歯ごたえは感じる敵。小隊ではなく大隊規模で軍隊じみた連携ができるかは未知数だが、あの中でイカの王のダミーを見つけるには殲滅するくらいしか方法はなさそうだった。
イカの王の策略が詰まったこの異界を攻略するためにも、まだまだ余力は温存しておきたいところであるが、致しかたなしと割り切ってクロミアたちは戦闘準備を終えてから、少しでも楽にとスニーキングで手前の個体から少しずつ片付けていった。
けれど大して楽することもできず、早々に見つかってしまったクロミアたちは半魚人軍団に囲まれ、圧倒的な数的不利な状態での戦いを強いられる。
「これはもう少し本気を出さないとダメそうか」
これまであえて使ってこなかった風魔法と名無しの世刻奇剣を解禁したクロミアを筆頭に、アデルたちも切り札となる力は見せなかったが、それでもかなりの手札を解禁して殲滅作業に移っていった。
「ギョアァアアアッ!!」
「親玉の登場ってか。いいぜ、こっちはちょうど体が暖まってきたところだからよぉ!」
ほぼ壊滅状態となったところで、神殿奥の祭壇に設置されていた二〇メートル近い大きさで、ナマズのようなヒゲをつけた石像が動き出す。
魔法が解けたように石のような質感から、他の出目金半魚たちと似たような生物の体に変化し、三又の槍を両手に持って迫ってくる。
巨大なだけあってかなりの迫力であり、実力も下手すれば王級にも一歩劣る程度とかなりの強敵だ。
そんな相手にイグニスは無謀に突っ込んでいった──かに思えたが、それはブラフである。
小さな頃であれば、本能のままに熱くなった頭で突撃していただろうが、今のイグニスはもう大人になっていた。
性分は変わっていないが、ちゃんと戦況を理解できるだけの冷静さは失わない。
彼はスフィアの技能でちゃんと皆と連携を取っており、猪武者のように何も考えずに突っ込んできたと勘違いした巨大半魚人は、イグニスへ渦巻く風と水の魔法が宿った三又の二槍をカウンターで突き出した。
タイミングは完璧。イグニスもそれに貫かれれば、体が木っ端みじんになるほどの威力が込められている。
けれど相手のその行動はイグニスが誘導したものであり、来ることが分かっていればグリードが何とでもしてくれる。
何重にも張った悪魔盾でどちらの槍も完璧にグリードが割って入って受け流す。
まずは確実に一人目を仕留めようと気合を入れた攻撃が受け流された結果、巨大半魚人は大きすぎる隙を晒してしまう。
「はっはー! 燃えろやっ!!」
「ギィェッ」
首のエラ部分へ巨大な炎を纏った蹴りが叩きつけられる。
エラから炎が生きているかのように体内に入り込み激痛が襲い掛かってくるが、それでも巨大半魚人はナマズヒゲを動かし、顔の前にいるイグニスを捕縛しようとしてきた。
「させないよ」
「イィィィイイッ!」
けれど派手に舞い踊らせるイグニスの炎に隠れるように接近していたクロミアが、神速の二刃でナマズヒゲを切り落とす。
それだけに終わらず、二つの剣で両目の眼球を抉りだし、最後に残った尻尾の一刀で繋がっていた野太い神経を切り落とした。
それでも再生能力も高かったようで、空っぽになった眼球から肉が泡立つように元の状態に戻ろうとしたが、奇形したように目ではなく腐った肉の塊がそこに収まっただけであった。
「僕がいるところで、簡単に再生なんてさせないよ」
それはあえて再生を許しながら正常な回復はさせないという、ファフニールの治癒と毒の合わせ技によるものだ。
しかしそこまでやっても、しぶとく巨大な半魚人は暴れ続ける。
微細な海流の動きを肌で読み取り、目に頼らない方法で全体を把握し、クロミアたちの猛攻に抗い続けた。
槍に手足の刀のように鋭い切れ味を持つヒレ。口からは大きな杭のような歯を無限に飛ばし、でかい図体のわりに俊敏に動いて回避もしてくる。
弱っていた王となら、深海であれば勝てるほどの強者であった。
だがそれでも、クロミアたちの勝ちは揺らがない。
残っていた残党半魚人たちも、自分たちの神とでもいうべき存在を守ろうと命がけで戦ったが、それすらも叩き潰して最後にブラットの刃が、樹齢千年を越えた大木のように太い首を五本の刃で綺麗に斬り飛ばした。
首のない巨大半魚人の状態は酷いものである。
槍はグリードが抑え込み、体中には重度の火傷を負い、アイゼンとヌイによる金属と影の鎖が巻き付いている。
心臓にはアデルとマリンとスフィアによる合体技による、星雷を宿した血と水の槍が突き刺さっていた。
激しい戦いの中で傷も負ったが、それは全てファフニールが一瞬で癒したために、クロミアたちには傷一つ残っていない。
さすがにここまでのダメージを負って生きていることもできず、巨大半魚人の二〇メートルの巨体から力が抜けていき、斬り飛ばされた頭はブラットに更に細切れに分割され、
完膚なきまでにその生命の灯を消し飛ばされた。
「ふぅ、意外と粘られたけど……糧としては美味しかったかも」
この異界内で出てくる存在は、あのサンゴの木の化物ですら倒せばちゃんと次の進化のための糧が入ってくる。
大量の半魚人たちと、今殺した巨大半魚人を合わせると、クロミアを含めモドキ組たちにとっても感謝したくなる量を稼ぐことができていた。
それだけで進化できるかと言われれば微妙だが、確実に次の進化に近づいたといっていい。
手の内をかなり見せてしまったが、それでもこれだけの糧が手に入ったと考えれば悪くないトレードだともいえる。
「ここカら下に行けるようでスよ」
「ワオーーン!」
素材回収していたアイゼンが見つけた、神像が鎮座していた台座にあいた穴を発見。そこからさらに深い海底へ潜れるようになっていた。
幻狼もその下だ! とイカの王のダミーの存在を指し示す。
「早く行こうか。この領域も確保できるなら、さっさとしておきたい」
「またいるだけで何かされてるかもしれないからね」
時間はイカの王の味方である。クロミアたちは警戒はしつつも、台座の穴からさらに下へと潜っていく。
するとやはり想像した通りの、黒い柱と魔法陣の部屋へとたどり着いた。




