第六九四話 本命の罠
その後もこちらの余力を削るような相手を送り込まれ、その都度対処しつつ、海底のあちこちにアイゼンが簡易的な拠点を作っていく。
余力的には思ったほど……というより、ほぼ削れていないといっていい。
ブラットの回復力が高すぎるのだ。他の王たちを倒して進化したことで、さらにそれに拍車がかかっている。
その代わりいちいち足止めされるため、時間がかかっているのだけがネックか。
距離的には一日も深海を走れば到達できるはずなのに、まだ半分くらいまでしかイカの王のいる場所にまで辿り着けていない。
「その分だけ相手の戦力は削れてるから、こっちとしてはプラスと考えても良さそうだけどな」
「強敵相手な上に相手のホームグラウンドで戦うわけだからね。数を揃えられる方が、私たちとしては困っちゃうから」
あの巨大な耐久特化モンスターも、本気を出せばすぐに始末することはできるが、それでも王へ攻撃を届かせるまでに一行動消費させられることになる。
王が明確な格下であるならそんなものは一蹴できるだろうが、送ってくる戦力の質と多さからみても、その可能性はかなり低い。
ホームグラウンドという点を鑑みれば、他の七大陣営の王たちよりも強いと思ったほうがいいくらいだ。
それでいて今回は前の七大陣営との決戦時と違い、疲労させることもできていない。 むしろこちら側が疲労させられる側になっている。
だからこそチマチマとあちらの戦力を削れるのは、ブラットたちとしても望むところであった。
おかげでもう千体以上は、敵の戦力を屠れている。
「でもそんなことは、イカの王も分かっていそうな気もするけれど……。そこが少し不気味な所ね」
「だねぇ。確かに私たちを疲れさせるっていうのも策としては、結構有効だとは思うけど。
それともこれくらい消費してもいいくらい、大量の配下がいるっていうなら話は変わってくるのかもしれないけど」
しかしアデルやヌイがそんなことを思わず口にする程度には、時間が経つほどに違和感を覚えはじめていた。削るにしても、派手にやり過ぎじゃないかと。
「多少知恵が回ってもその程度ってのは、さすがに楽観視しすぎだろうしな。気味が悪いぜ」
「でもこっちだって準備は万全にしてきたんだ。それにこっちには、また強くなったブラット兄ちゃんだっている。そうそう遅れは取らないはずだ」
「オレも勝算なく向かってるわけじゃないからな」
単純に戦闘能力が今のブラットより多少高かったとしても、勝ち切れるだけのアイテムも持ってきている。
でなければ、これほど強気に攻めはしない。十分な安全は確保した上での行動だ。
何かあるのかもしれないが、それすらも打ち破ってやろうと覚悟を決めながらブラットたちは海底を速足で通り抜けていく。
その後も襲撃は定期的にやってきては、こちらにちょっかいを出して大量に死んでいくということを繰り返す。
その流れ自体は変わらず、もはやお馴染みの行動と気にならなくなるはずだったのだが、また少し不自然だと思う要素がそこには含まれていた。
「都合が良すぎる」
「グリードとかファフニールならまだ分かるけど、私にぴったりな星属性のモンスターまでいたから……さすがに、ね」
モドキ組以外の面々は、ここまでの道中の戦でまた一段階進化を遂げていた。
というのも量がいて細かく稼ぎやすかったというのもあるが、極めつけにとばかりに、あまりにもモドキ組以外の面々の糧として非常に相性のいい属性を宿したイカモンスターが、狩ってくださいとばかりに襲い掛かってきたのだ。
もちろん襲い掛かってきた側も死ぬ気はなかったのだろうが、イカの王側に立ってみれば、その個体をけしかけるのは死ねと言っているのと同義。まるでブラットへ、糧を渡そうとしている節すら感じられた。
「気味が悪いわね……」
アデルの言葉に頷きながら、ブラットは『注文の多い料理店』という物語を思い出した。
ブラット側の戦力をあえて強化することで、最後には全部を美味しくいただこうとしているのではないかと勘ぐってしまう。
とはいえ進化するには越したことはない。敵がそんな舐めプをかますというのなら、こっちはそれで得た力も使って蹴散らしてしまえばいいだけなのだから。
そう開き直って、アイゼンが作った何番目かの海底拠点の中で一人ずつ進化できるようになったら進化していき──今に至る。
「イカさんたちは随分と余裕があるのかも? マリンは、いっぱい食べられて嬉しかったけど」
「星属性のモンスターなんかは、そうそう手放していい個体じゃなかった気がするんだけどなぁ。あの直感力はちょっと厄介だったよね? 影で動きを止めようとしても、未来を知ってたみたいな動きで何度か躱されちゃってたし」
「あれが使い捨てにできるくらいいっぱいいるっていうなら、スフィ姉ちゃんの次の糧もたまりそうだけど……さすがにそれはないよね?」
「稀有な属性だからな。それに俺やファフニール、アイゼンやヌイ姉さんの糧にしたって、使い捨てていいような個体ではないはずだったと思うが」
「あれらが使い捨てにできるレベルの群れなら、他の海の勢力が手を出そうとも思わなさそうだからな。謎だ」
グリードたちの糧になったモンスターも王級ほどではないにしろ、かなりの特殊個体だった。
それぞれが変わった特性や技能を使い、実力を隠したままのブラットたちでは、思わず舌打ちしたくなるくらいには面倒な相手だったのだ。
それを殺されてもいいと送り込んでくるのは馬鹿としか思えない。
けれどこれまでの反応や行動からしても、イカの王はカラスの王よりも知能に優れている可能性すらある王である。
無策で自軍の有用な駒を相手に差し出すなど、普通ならあり得ないだろう。
将棋でいえば飛車角をタダで渡しているようなもの。命がかかった戦いでその愚行は、自分の首を落とす切っ掛けを与えているのと同義だ。
だからこそ余計にブラットたちは、そこに気味の悪さを感じて立ち止まってしまった。
「一度帰ることもできるが……どうする?」
「時間を置けバ、相手の目論みを外せる可能性モありますかラね」
「でも逆に時間を空けたせいで、不利になることだってあるんじゃねーか?」
アイゼンの言うことも、イグニスの言うことも、どっちも可能性がある。
海底拠点に入ってしまえば、リミナル・ウェッジで全員引き返すことだってできる。
それはイカの王の計画の中にも含まれていない、イレギュラーな行動なはずだ。
しかし相手に時間を与えることで、より致命的な計画に昇華させてしまう可能性もある。逆に時間を空けたことで、計画を破綻させる可能性もある。
「そもそも後から行っても、何もイカ側にとって変わるものではないという可能性もあるのだけれどね」
「そうなったら無駄にルインたちにも時間を与えるだけになるんだよな。
…………そうだな。オレはこのまま行ったほうがいい気がするんだけど、皆はどう思う?」
「私の直感はこのまま進め──かな。といっても、あんまり過信されても困るけど。
格上だっていうのもあるけど、星の光が届かない深海だからか、イカの王の周辺の星脈がとっても読みづらいんだよね」
「それでもスフィ姉の直感がそう言ってるなら、マリンもブラット兄に賛成」
結局反対の声が上がることもなく、このまま行くという意見でまとまった。
あまり心配ばかりしていても、余計な時間が過ぎていくだけ。ルインという不安要素がまだ三体とも生きていることを思えば、こんなところで足踏みしている暇などないのだ。
イカの送り込んできた供物のようなモンスターたちによる、味方の頼もしい進化を良い方に捉え、ブラットたちはまた止まっていた足を動かし出す。進むと決めたからには、ブラットたちは警戒はしつつも悩むのは止める。
ちなみに進化したグリード、スフィア、ファフニール、アイゼン、ヌイは、見た目に変化はないが、そのまま地力が大きく上昇するといったオーソドックスな進化をした。
これによりさらに、ブラット隊の戦力が上がったと思っていい。敵に塩を送るどころか、金銀財宝もオマケに付けてくれたようなものだ。
進化したてという点でまだ慣れてない部分もありながらも、道中の戦いで今の状態の確認までさせてもらえたブラットたち一行は、ついにイカの王がいるであろう敵本陣に辿り着いた。
「なんか思ってたような場所とちげーな」
「これがモンスターの住処なのか……?」
そこは普段からイカの王がいる場所なのだろうが、まるで古代人が住んでいた海底遺跡のような様相を呈していた。
もっとちゃんとした建造物を見慣れているブラットたちからすれば、お粗末な穴倉があちこちに設置されているだけ。
けれどその穴倉は建築物のようにきちんと区分けされていて、さらにその穴倉に住んでいるであろうイカたちの性格に合わせたような、小学生がやったような絵や彫り物、装飾までなされている。
その絵や装飾も群れの階級があったことを伺わせる、豪華さの差がきちんと付けられてもいた。
「過去の人工物が沈んだ……っていうには、ちょっとここは深すぎるかな」
「でも僕たちが来たっていうのに、凄く静かだね」
「ここは昔、住んでた場所ってだけだったり?」
「うーん、でもさマリン。最近まで使ってたような痕跡は残ってるよ」
手前側の岩をくりぬいたような、一番質素な穴倉を順番に調べていくが、全て中身は空っぽだ。
つい最近までそこで生き物が暮らしていた痕跡もちゃんとあり、ここがイカの王が住んでいた領域とみて間違いはなさそうだった。
「それに、王はここにいるだろ」
「ええ、ここまで近づけば隠そうと思っても分かるものね」
既にブラットたちは臨戦態勢に入っている。そして海底にそびえる穴倉王都で一番豪華で大きな穴に視線を向けた。
他の穴は空っぽだが、そこにブラットからしても強力だと思わしき個体の気配が伝わってきたからだ。
だがどれだけ気配を探っても、その一体だけ。伏兵が潜んでいる様子もなく、王がただ一匹だけの反応しかない。
「まさか俺たちへの襲撃で、全部の配下を使ってしまったのか?」
「送られてきたペース配分的には、それでもおかしくはなかったけど、さすがに何か企んでいそうだな」
先に仕掛けるか。それとももう少し様子をうかがうか。
たった一体だというのに余裕で待ち構えているからこそ、逆に何かあるのではないかと手が出しにくい。
けれどそんなブラットたちの迷いを嘲笑うかのように、イカの王は悠然と触手を穴倉の縁にかけ、にゅうっとその巨大な胴体を外へと出した。
「でけぇな。戦いがいがありそうだぜ」
「イカ……タコ……イカ? どっちも混ざったみたいな見た目だな」
大きさは五〇メートル以上。色は赤っぽい白。胴体はタコのような丸いフォルムをした胴体の上に、イカのような細長い胴体もくっつけたような奇妙な形。
血管のような筋が頭部に張り巡らされており、遠目に見ると変な形の脳みそのようにも見える胴体だ。
それに太さがバラバラの触手が一〇本生えていて、左右と中央に三つある瞳がブラットたちを見て三日月形に歪んだ。
「笑ってる? ────っくるぞ!」
まだ距離はあった。けれどブラットの空間把握能力が、気配もなく何かが自分たちの足もとから飛び出してくるのに気が付き飛びのいた。
アデルたちもブラットに続くように、後ろに飛んで回避行動に移る。
すると一瞬遅れて、音もなく水に溶けてたような無色透明の触手がブラット目掛けて迫ってくる。
見えなくともブラットの目はそれを捕捉しているし、自分の周囲の空間ならばどれだけ気配と力を隠そうと知覚できる。
ヘビのように伸びてくる透明触手に向けて、ブラットは【世碑納庫】から世刻奇剣──『ウルフ・アルファ』を取り出し、それで切り払う。
相手も上手く触手を動かしたことで切断には至らなかったが、その触手には深い傷を負わせることができた。
(これでもうどこに逃げようと、お前の居場所は特定できるぞ)
わざわざ『ウルフ・アルファ』を使ったのは、一度斬りつけた相手を召喚オオカミで察知できるようになるからだ。
だが斬りつけられた触手は往生際悪く、細いカミソリのような触手を斬りつけた触手から生やしてブラットにほんのわずかながら傷を負わせた。
「イィィィギィィィィ…………!」
「なんだ?」
傷はすぐに塞がったし、そんなものはダメージに入らない。それは向こうも同じであり、まだ戦いの序章にすら入っていないやり取りでしかない。
だというのにイカの王は手を叩くように触手を打ち鳴らし、まるで勝ったとばかりに笑い出す。
「ど──毒でも盛られた!? 治療するよ! 見せてブラット兄ちゃん!!」
「いや、そういうのじゃない……と思う。体に異常はないから」
「う、うん。本当だ。何ともないね。ブラット兄ちゃんの体は健康そのものだよ」
ファフニールが治癒モードにフォームチェンジして診察してくれたが、ブラットに異常はない。
ではもう勝てないと開き直り、嫌がらせに傷を負わせたことを喜んでいるのではないか──とすら思ってしまったところで、イカの王は三日月形に瞳を歪ませたまま拍手を止めた。
「我──供物ヲ捧ゲタ。血ヲ交ワセタ。故──契約ハ成ッタ」
「なっ!?」
海水を震わせるような重低音で、意味のある人間の言葉が聞こえてきた。
だがここに人間はブラットたちしかいないし、ブラットたちの誰もそんなことは口にしていない。
ならばルインが──とも思ったが、それなら小太郎が察知できる。
なによりブラットたち以外の存在は、間違いなくイカの王しかいないのだ。
聞こえてきた方角からして、その声を発したのはモンスターであるイカの王としか考えられない。
だがそんなことで驚き、声を上げたわけではない。というよりそれどころではなかった。
何故ならブラットたちの真後ろに、巨大なイカの王の紋章が刻まれた扉が召喚され、それが開いて強制的に吸い込んできたからだ。
「なにがどうなって──っ」
「ブラット!」
先ほど小さな傷を負わせたところに、赤い契約の紋章が現れた。
それはイカの王も同じようで、十一本目の触手を見せつけるように色をつければ、そこには同じ契約紋が赤く輝いていた。
その瞬間、世界がそうしろと言わんばかりにブラットは抗うことができなくなり、そのまま扉の向こう側に行ってしまう。
アデルは完全に連れていかれる前にその手を掴み、スフィアはそのアデルの手を、スフィアの手をマリンが、マリンの手をヌイが、ヌイの手を──と全員が数珠つなぎに手を取り合い……全員仲良くその不気味な扉の向こう側へと送られていった。
「イィィィィ……」
それを見届けたイカの王の後ろにも、イカの王を象った大扉が召喚され開く。
イカの王はご機嫌そうに体を揺らしながら、自らその扉の中へと悠々と入っていった。
「貴様──我ノ物ナリ──────イィィィア────イィィィィイイァアッ」
そして誰もいなくなる。イカの王の不気味な笑い声が最後まで、穴倉の王都の隅まで響き渡っていた。




