第六九三話 消耗戦第一陣
しばらく凌いでいると、相手側の情報収集がピタリとやんだ。
観察も兼ねた殺気混じりの視線はあちこちから感じられるが、何か大きな動きをしてくるような気配もない。
『今ならできるんじゃないか? アイゼン』
『了解でス』
ブラットたちは周辺を警戒し、調査しているふりをして注意を引きつつ、ヌイが闇影の幕を周囲に展開して虚像を映し出してアイゼンを隠す。
相手は何か特殊な力で探っているのではなく、視覚的にこちらの情報を集めているため、それでもかなり有効な手段となっている。
その間にアイゼンは海底を掘り進め、海底から下に巨大な地下空間を作り出す。
そこは水を一切入れず、ただただ広い空間だ。内部には対水生生物に特化したBMO産アイテムによる防御結界なども張り巡らせ、いざとなれば逃げ込める空気のある場所を作り出した。
さらにリミナル・ウェッジを使ってアイゼンは転移し、持って来られなかったアイテムをその空間に大量に運び込んでいく。
もし孤立したときにはここへ逃げ込み、籠城すれば時間を稼ぐこともできるだろう。
最後にアイゼンは補助ユニットを起動させ、地上に繋がる地下トンネルの建造を任せてブラットたちの元へと戻ってきた。
『仮でスが完成しましタ』
『相変わらず仕事が早いな。ありがとう、アイゼン』
時間としては一〇分も経っていない、それでいて手抜き工事というわけでもなく、防御結界なしでも、S級が外から攻撃してもしばらく耐えられるくらいの強度がある。
それでもさすがに留まり過ぎた。向こうは何かしら不審に思っているのかもしれないが、最悪そこが破壊されても大きな支障が出るわけではない。
そのときはそのときだと割り切って、深海を進んでいく。ここまで来ると、王のいる方角はなんとなく分かる。それだけ膨大な力をブラットは感じ、相手はそれを隠そうともしていないからだ。
誘ってくるからには、迎撃準備も十分ということなのだろうと分かっていながらも、他の七大陣営のときと違い、この海を手中に収めている王の目から隠れて近づくことなど不可能だ。
どのみちバレていても行かなければいけない。辿り着くまでに、どれだけ力を温存できるかが鍵になってくるだろう。
しかしそんなことは、イカの王も分かっている。ブラットたちに対し、少しでも優位に立てるように策を弄していた。
「今度はなんだ……?」
「食べごたえはありそうかも?」
「もう、マリンは進化すればするほど、ますます食いしん坊になっちゃってるんだから」
「スフィ姉もいっぱい食べた方がいいよ」
話している内容は実に姉妹の微笑ましいものであったが、やってくる存在はまったくもって微笑ましくはなかった。
触手を含めなくても全長五〇メートル、含めれば一〇〇メートルすら超えてしまいそうな化物イカが三体も、触手で海底を掻きながら重戦車が如く向かってきている。
動きはそこまで早くなさそうだが、それだけの巨体であるため一掻きで進む距離がとんでもなく大きく、接敵するのも時間の問題だ。
あまりにも現実離れした大きさに、ブラットは思わず笑ってしまう。
「なんというか、俺と同じ気配がする」
「グリード兄ちゃんと? 僕にはそう見えないけど、悪魔系のイカってことなのかな?」
「そっちじゃなくて、タンク系って言いたいんじゃない?」
ヌイのその言葉にグリードは頷いた。正直戦闘能力自体は、今のブラット隊からすれば並みである。あれでこちらがやられるとは思えない。脅威度で判定するならA級上位。S級ですらない。
しかし耐久の一点だけで評価すればS級上位にも届くかもしれないモンスター。まさに生まれながらのタンクと言っていいだろう。
それが三体。ブラットたちを囲い込み、押し潰すように同じ速度で一糸乱れず近づいてきている。
「下手に力を温存して戦闘を長引かせる方が、余計にこちらが消耗してしまいそうね」
「仕方がない。ある程度、こちらの手札を見せるしかないだろうな」
ブラットは五本の剣を構える。世刻奇剣は使わないが、五刀流の剣技は見せることにした。
代わりにアデルたちは省エネで戦ってもらえば、食べ物さえあれば時間経過で無尽蔵に力を回復していくブラットだけの消耗で済む。
「「「ギギギギギィィィ…………」」」
「うるさっ」
海全体が震えたのではないかというほど、ビリビリと体にくる重低音の鳴き声に思わず皆が顔をしかめた。
それとほぼ同時に巨体故にのっそりと見えるが、恐ろしいほどの速度が乗った、幅五メートルはありそうな馬鹿げた触手がブラットたちに向けて振り抜かれた。
まるで水の抵抗を感じさせない超重量級の触手を前に、ブラットは集中力を研ぎ澄ませる。
「しっ!」
「すっげ……また腕上がってんな。くそ、BMOってとこで俺も修行したいぜ」
「あの触手の束を一刀両断とは恐れ入るよねぇ」
それが触れる前に神速の五刃が閃き、特大の触手がぶつ切りにされて海に漂う。
人間が持てる剣のサイズではあり得ない現象だが、剣技による闘気の刃を伸ばせば、これくらいはできてしまう。
そこに行き着くまでの苦労はするだろうが、今のブラットであればとうにその域に到達していた。
「モグモグ……ブラット兄、歯ごたえがあって意外といけるよ」
「それなら良かったよ」
ブラットが内心、カー〇ィみたいだなと思ってしまう方法で、マリンが海水を操作して特大の触手を口内に吸いこんでいった。
どうみても彼女のサイズに入る代物ではないはずなのだが、マリンのお腹は少し膨らんだ程度で、それも十秒もすれば元に戻っていく。スライムの因子もあるからこその芸当だ。
「余ったからちょっと手伝うね」
食べたことで生まれた余剰の魔力を使い、マリンはダイヤよりも硬質な細かい魔氷を混ぜた水のレーザーを真ん中の一体に向けて放つ。
切断面が泡立つように肉が盛り上がり生え変わった触手で、中央の一体はガードしようとするが、それを削るように貫いて胴体に到達し、見事に傷を負わせた。
「しっ!!」
それを好機と、今度はブラットから怪物イカの方へ足を踏み出す。
中央はマリンの攻撃で動けなかったが、他二体から触手が振るわれる。先ほどの再放送かのように、触手が海に舞う。
けれど今度はそれだけで終わらせない。触手が切れた隙に距離を一気に詰めていき、左側の化物イカに剣を向ける。
並みの剣なら表面の薄皮一枚切り裂けない、触手よりも弾力と伸縮性に優れた胴体に深い傷を負わせる。
さすがにその強度とサイズを一刀両断することはできなかったが、背中側の肉が一割ほど残っている程度だ。
それでも化物イカは死なずに、まだ完全に生え揃っていない触手の根元で叩き潰そうとしてくる。
「そんなもの──っはぁ!?」
その触手ごと切り裂いて止めをと思っていたのだが、切断した腹からえげつない牙を並べたマグロ──といったような見た目のモンスターが大量に飛び出しブラットへ襲い掛かってきた。
まさか体内に伏兵を、それもイカですらない別種を隠しているとは思っておらず驚きに目を丸くしてしまう。
それでも体は勝手に動いていた。触手は根元から斬り飛ばし、大量のマグロは放電するように体から雷撃を放って焼き殺し、ついでに怪物イカの腹の中にもお見舞いしておいた。
(グロすぎなんだけど!?)
その雷撃に驚いたようにまだ隠れていたマグロだけでなく、他の魚類モンスターも飛び出してきた。
内臓と一緒に飛び出してくるその姿があまりにもショッキングだったが、それを呑気に眺めている暇などない。
真ん中はまた飛び散った肉の残骸を食べるマリンの水氷レーザーで抑え込んでくれていたが、大量に飛び出したモンスターに加えて右側の化物イカもフリーな状態だ。
ブラットだけでなく、後方にいるアデルたちにもその触手を向けていく。
『こっちの守りは任せてほしい!』
『分かった』
後方の触手による攻撃は、グリードが構えた盾で受け止められる。
沈み込む海底にも悪魔系の植物の根を這わせ、足に巻き付けたそれで固定しているため足場の問題も解決していた。
水の中とは思えない衝撃音を鳴らしながらも、グリード一人できっちり全員を守り抜く。
ブラットはグリードを信頼し、守ったことを確認すらせずに自分は自分で動いていた。
暴風のような刃。風魔法はもちろん使っていない。剣技だけで大量に出てきたモンスターを切り刻み、深海を血に染めながら化物イカの一体もついでとばかりに、回復の余地すら許さず内臓をぐちゃぐちゃにして、ようやく息の根が止まった。
「これがまだ二体もいるのか」
全スキルを持ってすればもっと簡単にやれるだろうが、まだイカの王に手札を見せたくない。先ほどの剣技ですら、まだまだ本気ではないのだ。
それでも面倒だがやるしかない。その意思を持って真ん中の一体に視線を向けたのだが、何か赤い光線のようなものを右側の化物イカが目から撃ってきた。
それもブラットではなく、巨大な死体となった仲間に向けて。
『お兄ちゃん! 下がって!!』
「──っ」
スフィアの声に反応し、雷の障壁を展開しながら死体から離れたその瞬間──盛大に肉片をまき散らしながら死体が大爆発した。
直撃しても死ぬほどの威力はないが、確実に隙は出ていた。スフィアに感謝しながら、爆発で生じた荒波を受け流す。
「死体を爆弾に……というよりは、もともとそうなるように自分たちに細工でもしてたんだろうな。これも王様の入れ知恵か?」
「「ギギギギギギィイ…………」」
体内に別種のモンスターを住まわせ、死んだら爆弾に変えて余すことなくブラットたちを削る道具として送られてきていることが、先のことでハッキリと伝わってくる。
ここで死ぬとは思っていなくても、ジワジワとこうしてブラットたちの体力や魔力を削っていこうという魂胆が透けて見えるようだ。
「カラスよりも、ねちっこい気がしてきたな」
思わず溜息を吐きながら、爆発で濁った水に紛れるように放たれた複数の触手を切り飛ばす。
「まぁいいや。今は目の前のことから片付けよう」
後方にも攻撃を向けられていたようだが、グリードにとっても重さはあるが防げないほどではない。
逆にグリードすら耐えられない攻撃が撃てるなら、こんな捨て駒のような消費のされ方はしなかっただろう。
その程度のモンスターを相手取るのに、これ以上の手札は見せる必要もない。滑るような早雲がよくやっている歩法で海底に引きずったような溝を描きながら中央の一体に斬りつける。
また魚類モンスターが溢れるが、もう手の内は割れている。
それらを雷撃で始末しながら、右側の化物イカも切り裂いてそっちの中にいたモンスターたちも引きずり出した。
自ら制限した力の範囲内では、その全てを相手取ることはできず、後方に撃ち漏らしを送り込んでしまったが、そちらはあのメンバーなら問題はないと追うこともしない。
アデルたちなら、ブラットと同じように全力を出さずともどうとでもできるし、実際にマリンはごちそうが自分から来たと目を輝かせている。
「二体同時に殺せば、爆発もさせられないだろう」
「「ギィィィァアアアアアッ」」
いまいち覇気に欠けるイカたちだったが、さすがにはらわたが飛び出すほど深く大きく切り裂かれれば怒りもする。
だがその怒りの中に死への恐怖も僅かに感じることができた。知能が高いからこそ、死が恐いのだ。
それでも王の命令のために命を使う覚悟はできている。全身全霊をかけてブラットに挑み──────二体はブラットから大した技を出させることもなく、ほぼ同時に事切れた。
「その場合でも自爆するんかい」
「イカさんのお肉が……もったいない……」
「表皮は素材とシて優秀そうダったのでスが……もったイない……」
仕組みは最後まで理解できなかったが、二匹が死んだ瞬間に何もされずとも勝手に死体が自爆してしまい、それをマリンとアイゼンが悲し気に見つめていた。
視線以外の気配はなくなったため、その反応に苦笑しながらブラットは皆と合流する。
「もっとペースを上げた方がいいかもしれない」
「のんびりしていたら、余計に僕たちの力が削られちゃいそうだしね」
慎重に動くのもいいが、その分だけ相手に策を弄する時間を与えることにも繋がってしまう。それもかなり計画的な。
このまま効率的に消耗させられるくらいなら、多少のリスクを負ってでもさっさと本命を引っ張り出した方がいいとブラットは判断した。
この程度ならまだまだ何度でも繰り返せるが、ブラットも人間なのだ。限界はある。
全員がその意見に賛成の意を示し、進行速度を上げながらイカの王がいるであろう方角へと歩みを進めた。
次は火曜日更新予定です!




