第六九二話 海域侵攻
大地に向かってブラットが釣竿──『叢雲三号・改』の釣り針を投げつける。
何もない空間に吸い込まれるように糸の先は地面の中へ沈んでいき、やがて大きなイカを釣りあげた。
「六匹もくっついてたのか。どうりで重いと思った」
「これでも釣れるなんて、その釣竿を作った人は相当に優秀なようね」
叢雲三号に海繋の釣り竿を六代目、綾小路祷矢が融合させたそれは、非常に頑丈で釣られると分かってわざとかかってきたS級の巨大イカ、さらにそのイカに連なるようにくっついていた五匹のA級巨大イカたちが陸地で釣れた。
それだけの質量を釣るとなると、相当な頑丈さを求められるのだが、綾小路祷矢の名は伊達ではない。
しなっていたが折れることなく、ヒビすら入れずに何度でも使えそうだ。
「水の中ならいざ知れず、陸地であるなら俺だって負けはしない!」
「今日のメシは焼きイカだぜ!」
「美味しそう……マリンも頑張るから三匹くらい食べていい?」
「た、食べ過ぎだよ!? 僕だって食べたいんだから」
そんな釣りあげられたイカたちだが、さすがに陸地でこちらと戦えるほどの力はなかった。
向こうも陸で戦える個体を選んで威力偵察して来ているのだろうが、もはやこの程度ならブラットが出る必要すらない。
丸太のような触手を振り回すも、グリードがいくつも展開した魔盾によって受け止められ、その隙にイグニスが炎をまき散らしながら殴りかかって、こんがりといい香りが漂うほどに焼いていく。
その香りにお腹を鳴らしながら、マリンが水爆の魔槍を銛突きのように飛ばして弾力のある頑丈なはずの巨大イカの触手を吹き飛ばす。
ファフニールも健啖なほうなので、自分の分も多めに主張できるようにと、戦闘形態にフォームチェンジして薄く鋭い爪刃で触手を切り裂いていく。
「この程度の相手なら、私の影でも簡単に抑え込めるなぁ」
「でも本番は水の中だから、もっと強めに想定しておいた方がいいと思うよ」
そんな様子をヌイとスフィアが、後方で支援しつつ見守りながら、海中戦での動きを頭の中でシミュレートしていた。
全力は出さない。イカの王はかなり知能が高いようで、おそらく眷属たるイカを通してブラットたちの情報を収集している節がある。
スフィアの直感がそう告げていたし、ブラットの目にも怪しい魂の線とでもいうべき繋がりが薄っすらと見えていたことから間違いないだろう。
なので本気三歩手前を装いながら、実際はもっと力を抑えて戦っている。
完全に使い捨てとされた哀れなイカたちを討伐し終えると、そのまま何度か同じように釣りをして相手の情報を拾いつつ、敵側の戦力を減らしていった。
そんなことをして過ごした数日の間に、準備が整った。
零世界にやってきたブラットは、さっそく持ち込んだものを取り出していき、急ピッチで水中対策を進めていた。
BMOの方である程度の案はまとめていたため、ブラットの知識にアイゼンの技術、スフィアの閃きが合わされば形にするのはあっという間だ。
数度のテストもこなし、いよいよブラット隊による海中探索がはじまることとなる。
「こっちも直ぐ帰ってこれないかもしれないし、陸上は頼んだ。ただ無理はしなくていいからな」
「ああ、我々で対処できる範囲を超えたら、大人しく籠城に切り替えよう」
七大陣営を全滅させたとはいえ、その地に根付けないかと狙ってくる連中はまだ残っている。というより今後はずっと外部のモンスターが狙ってくるはずだ。
(私がベグ・カウくらい圧倒的な強さを身につければ、そんな心配もなくなるかもしれないけどね)
せっかく手に入れた豊穣の土地をモンスターに渡すわけにはいかないと、陸上を任されたルーカスたちもやる気をみせていた。
BMO産のアイテムもあるため、倒せずともブラットたちが戻ってくるまで耐えることならできるだろうと、彼らを信じて海岸にやってきた。
「でハ、準備にはいりマす」
既に海岸には海からのモンスター侵略対策で、防衛用の簡易砦が建てられている。
アイゼンの補助ユニットたちが、その砦内部に展開していき重々しい魔導装置をいくつも設置していく。
それらは太いコードで繋がれており、砦の高い場所のあちこちに設置された装置の下部分は、ドリルのように細く螺旋状になっており、地面深くまで突き刺さり固定されていた。
それらを起動させると、各装置のランプが正常を示す緑色に点灯する。
「動作チェック完了。問題ありマせん」
アイゼンのチェックも終わり、ブラットは大量のミニハーピーたちとアイン、ツヴァイ、ドライを召喚する。
BMOで創った眷属だが、小太郎の調整もあってちゃんとこちらでもこの三体を召喚することができた。
この三体とハーピーたちは、アイゼンの補助ユニット及び対水棲モンスター兵器と一緒に、海側の防衛ラインである簡易砦の防衛に当たることとなっている。
「それじゃあ、海に入ろうか。ここからは奴らの領域だ。油断だけはしないように」
ブラットの首元には、サメ歯の首飾り──『サメさんのお守り』がかけられる。
さらに他の──アデル、ヌイ、グリード、スフィア、イグニス、ファフニール、マリン、アイゼンとブラット隊の面々には、その『サメさんのお守り』を型取りして作ったような金属製のサメ歯の首飾りが人数分首にかかっていた。金属製だが、見た目以上に軽く気にならないように設計されている。
このアイゼンが作った金属製の首飾りこそが、今回の海中遠征において重要な役割を担っている。
海岸沿いに立っていると、沖合で潜望鏡のように目だけが伸びてこちらを観察するモンスターが何体も出てきた。
イカの王も情報の重要性を理解し、こちらを侮った様子は微塵もない。
少しでも敵の情報を得て、決戦を優位に持ち込もうとしているようだった。
「さすがはこの大陸の海を手にした怪物だ。こっちも余裕をかましている暇なんてなさそうだ」
元から油断する気はなかったが、相手側の念の入れようによりいっそう身が引き締まる思いがした。
相手に見られているというプレッシャーを感じる中で、冷たさを感じる海水に足を踏み入れる。
バシャ──バシャ──腰のあたりまで海水に浸かるほど入ってみたが、相手側からのアクションはまだない。じっと、こちらを観察しているだけ。
浅瀬だから来れないのかとイグニスが軽口をこぼすが、来ようと思えば来れるのは分かり切っていること。
あのこちらを見ている不気味な〝目〟に気を取られている間に、別の強いモンスターが近づいてくるなんてことだってあり得る。
いつでも動けるように注意しながら、ついに一番大きなグリードも頭の先まで完全に海に沈んだ。
来るか──と一瞬緊張が走るが、まだ何も起きない。スフィアの直感にも反応はない。
「もっと深い所まで行こう。首飾りの効果は出てるよな?」
「ええ、血も海水に分散しようともしないし、ちゃんと効果は出ているわ」
「火も水に消されねぇし良い感じだぜ。これなら十分に戦える」
「盾を振り回すときの、水の抵抗もほとんど感じないな」
「疑似的な水圧はマリンのオかげでテストできましたが、実際の深海でハまだテストできていませン。でキるだけ細かく確認をオ願いいたしマす」
水中でも陸上と同じように会話ができている。アデルの血液操作もイグニスの炎も、ほぼ陸上と変わらずに使えているという実感がある。
グリードもブラットの身長よりも大きなタワーシールドを振り回すが、彼の膂力で無理やり水を押しのけている様子もなく、素早く動かせていた。
これらはブラットが首に下げている、オリジナルの『サメさんのお守り』の効果が全員に適用されていることを指している。
それを成しているのが、ブラット以外が首に下げているレプリカの『サメさんのお守り』だ。
もともと『サメさんのお守り』は、ドライが貰った分も合わせて二つあった。
その内の一つを組み込んで作られたのが、地上の簡易砦に設置した装置である。
装置が一つの効果を増幅し、さらに魔導学の理論も組み込んで海中での魔法制御にも干渉し整えてくれるようにもなっている。
それらを地中に深く刺したドリルを通して、溢れんばかりに大地や海底に流れている地脈や龍脈などと言われる大きな流れを介し、アデルたちの着けているレプリカを受信機として効果を発揮させる。
普通ならそれだけでは安定しなかったのだが、オリジナルの効果を宿しているブラットと、スフィアの繋ぐ力を合わせることで、レプリカでも同様の効果+魔法補正が得られるようになったというわけである。
「これをたった数日で形にしたのだから、アイゼンの技術力には舌を巻くわ」
「まだまだですヨ、アデル。あんな大げサな装置をいクつも用意して、さらにオリジナルとスフィアの力に頼らなけレば、ちゃンと機能しないポンコツなのですカら」
だがそれでも本人はまったく満足していなかった。
今はブラットもスフィアもいるからどうにかなっているが、もっと先を既に見越しているからだ。
イカの王を倒せば人類は海も手に入れることができる。
しかし手に入れたなら、今度はイカの王がしていたように守り、維持する必要も出てくるだろう。
そのためにはブラットたちに頼らずとも、全人類が海で活動できる状態にするのが望ましい。
守るだけでなく海洋資源を得るうえでも、それは大きく役に立つはずである。
将来的にこの海は陸上と同じように人類が過ごせるようにする。それがアイゼンの考えている最善だった。
ブラットとしてはそこまで気負わせるつもりはなかったのだが、本人が嬉々として挑戦しようとしているため、水を差すこともできない。
それができれば人類の活動域が一気に広がり、繁栄に大きく繋がることでもあるため、自分はそれを支えればいいとブラットは決めている。
「もっと底まで行こう」
海底を歩きながら下る速度を上げていくと、やがて底が抜けるように一気に深くなっている地点に到達する。
一気に周囲からのプレッシャーが強くなるのを感じ、ブラットたちも毛を逆立てるように敏感に気配を察知しながら身構えた。
「……………………来ないのか?」
ぽつりと盾を構えていたグリードがそう口にする。ブラフとは言えない明確な殺気を向けられているというのに、一向に襲い掛かってはこない。
それどころかこちらが進めば、その分だけあちらは距離を取るように下がっていく。
「こっちに来いって誘ってるのかも」
「今仕掛けてくるような感じでもないからな……。オレたちが引かないと分かった上での判断か」
「上等だ。のってやろうぜ」
相手はもっと底にいる。そしてイカたちが十全に戦える戦場も、もっと深き海の底である。
まだまだ水深数十メートル程度の場所では、本来の性能が発揮できない。ブラットたちを相手にするには、フルスペックで戦える場所に来るまで我慢して待つという戦法を取ることにしたのだ。
逆に言えばそれだけブラットたちを、十人にも満たない戦士たちを脅威と見なしていると伝わってもきていた。
それはイカ陣営が〝どうしようもない相手〟ではないことも示唆していることになる。
もっとも相手も逃げていないところを見ると、ブラットたちを〝どうしようもない相手〟だとは見なしていないことになる。
ブラットたちは海底に沈むように下っていく。呼吸は問題なく、光すら届かない場所まで来ても『サメさんのお守り』効果で視界良好。真昼の平原のように遠くまで見渡せている。
嗅覚も聴覚も陸上と同様に機能し、遠くでこちらを見ている相手の動きを探ることもできた。
(サメさんイベントやっておいて、本当に良かった。じゃなきゃ、もっと不利な状況で戦うことになってただろうし)
それでもブラットたちはあえて、視界が悪いと見せかけるような動きを敵に見せる。これで油断してくれれば御の字だ。
だがイカ陣営も本当にそうなのかと疑っていた。海底が見えてきた頃、気配を隠しながらウミヘビのような細長い何かが近寄ってきているのを視界の隅にとらえた。
匂いや音もなく、気配を感じられない。見えていなければ、まるで水そのものが動いているとしか思えない見事な隠れっぷりだ。
ただ見えていれば、かなり分かりやすい存在でもあった。深海で視界が悪いことを前提にした技能である。
『全員、まだ動くなよ』
これでどれだけブラットたちが、深海で見えているのかをチェックしているのだとすぐに気が付いた。
あえて見えていないふりを続けていると、少しずつ見える境界線を探るように近づいてくる。
『あれはヘビじゃなくて触手?』
『みたいだね。そういう技能を持ったイカがいるみたい』
マリンの言葉にスフィアがそう返す。ヘビのように先端には口が付いており、肉を引き千切るのに最適な歯がズラリと並んでいるのが見えた。
しかしそれは吸盤の付いたイカの触手だった。特殊な触手を切り離し操作する。そんな能力を持った相手がいるとすぐに分かる。
とはいえ見え過ぎないのはそれはそれで怪しすぎる。また噛みつかれるのもごめんである。
見えない範囲を誤認させればいいだけなのだから、ある一定のところまで近づいたところでブラットはやっと気付いたとばかりに驚くふりをしながら、尻尾で丸呑みにするように蛇触手を喰らった。
『むぅ、ブラット兄ずるい。マリンも食べてみたかった』
『別にうまくもないんだけどなぁ。けど、おかわりが来たぞ』
『じゃああれは、マリンが食べちゃうね』
先ほどの情報が本当に正しかったのか調べるために、また蛇触手が──それも今度は十本以上こちらに迫ってくるのが見えた。
円を描くようにブラットたちの周りを大きく周回しながら、少しずつ近づいてくる。
どの角度で、どの程度近付けば相手は気が付くのか。それを分析するようなやり方だ。
それでもブラットたちは知覚できる範囲を誤認させるように、精確に範囲を測って、その領域に入ってきたら迎撃するという行為を続けていた。
『情報の重要性を理解しているって……モンスターにしては頭良すぎじゃないかなぁ』
情報課の元トップとして、ヌイが思わず愚痴りたくなるほどネットリとした調査はその後も続いた。
深海探索中に、視覚だけでなく聴覚や嗅覚、味覚、触覚。五感でどこまで深海で感じ取れるのか。
その範囲をチェックするためだけに作られたような、そこそこ強い刺客がひっきりなしに送りつけられてきたのだ。
イカの王はブラットたちという、未知の生物がどういう存在で、何ができるのか。それを完璧に理解してから挑もうとしている。
それも自分の手札の中でも、どうでもいい物を使ってである。
七大陣営の中で最も賢かったカラスよりも、さらに知能が高いのではないかと、その厄介さをその執拗な調査で嫌というほど分からされてしまった。
『けど知恵比べで人間に勝とうなんて百年早い』
『そうね。逆にこれを利用してやりましょう』
驕るつもりはないが、モンスターに知能で負けるのはさすがに人間としてのプライドが許さない。
ブラットたちはイカの王側の調査を、全力で欺き続けた。




