第六八八話 最後の一つ
廃港町から戻ってきたブラットは、忙しなく次の予定に向けて出掛ける準備をし、必要なものを持って星霊殿へと赴いた。
もはやフリーパスで門番たちに軽く挨拶をしながら中へと入ると、相変わらずふよふよと浮かぶリアルなクラゲを着こんだスイ=エレが天井からゆっくり下りてくる。
「やぁ、来たね。もしかしてまた納品しに来てくれたのかな?」
「はい。とっておきが手に入ったので」
「そうなのかい!? にゃははっ、それは楽しみだ」
床に着地すると、クラゲを脱いで三姉妹で一番年上ながら、一番幼い顔だちをしているスイ=エレの本体が出てきた。
とっておきとブラットが口にしたことで、どんなクラゲが来るのかと目を輝かせている。
その表情にさすがに期待値を上げすぎたかもと、彼女がまだ持っていないことを祈りながら、ブラットはまず『クラゲボックス』を取り出した。
「まずは前座でこれを納品しておきますね」
「前座ということは、この中にはとっておきは入ってないってことかな?」
「はい。今回はちょっと入手経路が特殊だったんで」
「益々楽しみになってきたね。じゃあこっちは軽く査定しておくよ」
あらかじめ用意してあったクラゲボックスの中身は、そこまで珍しいというものは入っていなく、予想してたとおり微妙な満足ポイントしか稼げなかった。
しかしそれでもこれまでの分も合わせて、〝999,880〟ポイントまできている。
合計100万あればいいため、残りはあと〝120〟。正直ここまで来たのなら、そこいらで納品済みのクラゲでもいいから掻き集めて来れば、それで達成できる所まできた。
しかしあえてブラットは、超過することが分かっていながら、最後の一つとして〝とっておき〟を彼女に差し出した。
「こ──これは!?」
「ゴールデンジュエリーフィッシュって言われるクラゲらしいです」
「い、生きてないかい?」
「生きてたら管理が大変って言ってたんですけど、めちゃくちゃレアらしいんで、こっちのほうが嬉しいかなって。飼うのも楽みたいですし。
もちろん死んでた方がいいって言うなら、一ヶ月後くらいに死体が手に入るんで、そっちを持ってきてもいいんですけどね」
「ほ……ほわぁあぁ……。凄いね、神秘属性のクラゲじゃないか……」
「その反応だと、見たことはないみたいですね」
「存在自体は耳にしたことはあったけど、直接見たのははじめてだね! ふよんふよんしてて、可愛いねぇ」
(これは生きてた方を持ってきて正解だったかな)
スイ=エレは小さな水槽に入ったクラゲを、ガラス越しにツンツン突いて少女のように顔を綻ばせている。
サメさんから貰ったばかりの『ゴールデンジュエリーフィッシュ』は、予想通りスイ=エレも見たことがない、完全新規のクラゲであった。
(めちゃくちゃ悩んだんだけど、これでいい……はず)
『ゴールデンジュエリーフィッシュ』は放っておけば、勝手に脱皮するように死体を残して卵に戻りまた復活する奇天烈生物だ。
なのでスイ=エレに渡すだけなら、そっちでも十分に喜んでもらえたはずである。
しかしブラットは共同でと言った手前申し訳なく思いながらも、今日会ったときにフランソワにも相談してOKを貰い、わざわざ生きた方を選択した。
それでもドライが貰った分もあるため、フランソワの所持分だけになることはない。
とはいえ『漣金』という神秘属性の金になる死体を、放置していれば無限に生成し続けてくれるクラゲだ。
なのに生体の方を渡してしまったら、貴重素材の無限生成という権利を放棄することになる。
普通のプレイヤーであれば、むしろ死体すら渡さず、そこいらのクラゲで適当に済ませてしまうだろう。
もしくは最後だからと、ポイントが超過することを納得の上で、また手に入るからと死体を渡すだろう。
だというのにブラットは、一晩悩みに悩み、リアルで葵や兄の治樹にどっちがいいかなと相談したうえで、もったいないと思われる選択をした。
(普通のゲームなら意味がない場合の方が多いのかもしれないけど、BMOならきっと……)
本当にこれでよかったのかと、ブラットの中のもったいないおばけが騒ぎ出す。
それでもグッと抑えて、嬉しそうに生きたクラゲを見ているスイ=エレに密かに期待を持つ。
「死んでる方が良かったですかね?」
「確かに死んでいる方が管理は楽だけど、たまにはこういう生きているのを飼うのもいいかもしれないね」
「良かった。一匹だけですし、ポイント的に納品達成になるから記念にいいかもとも思って」
「うむ♪ 大満足だよ。100億満足ポイントあげちゃおう!」
「いや、じゃあもうそれ一匹の納品でいいことになっちゃうじゃないですか……」
「にゃはは、ごめんごめん。でもそれくらい嬉しいってことだよ。全部生きたものをって持ってこられたら確かに困ってただろうけど、最後の一匹を超レア物で、さらに生きたまま持ってきてくれた。
それもブラットにとっても価値あるであろうクラゲを、豪儀に渡してくれた。その気持ちが私はなにより嬉しい。
おめでとう、ブラット。これで100万ポイント達成だよ。さっそく報酬を渡そうかな」
「やった。ありがとう!」
「にゃはは、お礼を言うのはこっちの方だよ」
そう言って笑うと、大事そうに水槽の表面を撫でてからそれを虚空へと吸い込むようにどこかへ収納していった。
今度はさっきと反対にブラットが期待の眼差しを向け、スイ=エレがそれを見守りながら微笑み両手を前に出すと、星々が輝くように光が彼女の手に集まっていく。
とても神聖で美しい女神が起こす奇跡のような光景に、ブラットも思わず目を奪われてしまう。
「選定勇者──そして精霊界の希望、ブラット。君の進む道の先を少しでも照らしてくれることを願って、これを贈ろう」
「ありがとうございます」
彼女の手に物質として現れたそれを、ブラットは恭しく彼女の前に跪くようにして受け取った。
それは星々の光を宿し、宇宙を映し出す編み込まれた美しい飾り紐。精霊剣シルヴァーナや精霊鎧ネクロヴァールと同等か、それ以上の力が込められている。
「名はそうだな。妹たちの流れに近いようにしようか。よし、『精霊紐アストロヴァリス』。それがその紐の名だ」
「精霊紐アストロヴァリス……これはどういう装備品なんですか?」
「装備品というより装飾品だね。君の思い通りに動き、解け、伸び縮みして、あらゆる物に着けられるよ。身に着けている武器や防具の装飾品として垂らしてもいいし、ミサンガみたいに手首や足首に巻いてもいい。
込められているのは、結びつける力。ブラットは剣技だけじゃなくて魔法も得意としているだろう? それを身に着けていれば、これまで以上に力を合わせやすくなるだろうね。
他にも君の想像の及ぶ限りで、自分の中にあるもの、自分が身に着けているものを繋ぎ合う。色々試してみてよ」
「なるほど。結びつける……か」
「それに精霊剣シルヴァーナと精霊鎧ネクロヴァールとのセット効果も、その力でさらに増大することだってできる」
さっそく精霊剣シルヴァーナの柄頭に、お洒落な飾りとしてくっつけてみた。
穴に通すでも、きつく結びつけるでもなく、磁石のように張り付き、ブラットが離れるように考えながら引っ張らない限り外れない。千切れるのではないかというほどの力で引っ張ったが、ビクともしなかった。
そして身に着けた瞬間、精霊剣シルヴァーナと精霊鎧ネクロヴァールの気配が変わったような気がした。
手に持っていた時だけでも、既に三大精霊装備のセット効果は実感できるレベルで発動していたというのに、所持ではなく装備した瞬間にまるで芯が通ったかのように、二つの装備の存在感がより増している。
精霊剣は硬く鋭く力強く、精霊鎧は柔軟で衝撃も斬撃も刺突も全て弾く、そうした安心感すら身に着けているブラットに与えてくれた。
より強固に、三つの装備が繋がり合って、強い力が循環しているような気配もする。
「これは……凄いですね。切れ味も装甲値も上がってる」
「これまでは装甲値が下回ったら壊れてたけど、結びつける力で装甲膜だけが消えて、鎧としての機能は残るようになってるからね」
「それも嬉しいですね。これまでは装甲値が削り切られたら、防具なしの状態でしたし」
「でしょでしょ。その紐さえあれば、剣だって壊れるような衝撃を受けても力の通りが悪くなるだけで崩れない。
それぞれの修復速度もブーストがかかるし、縁の下の力持ちみたいな物だと思ってくれればいいよ」
すぐに思いつく少し変わった使い方でいえば、飾り紐を柄頭に着けたまま鎧とも繋ぎ、精霊剣を放り投げる。
しかし自分と剣を結びつけるように念じれば、瞬間移動するように自分の手の中に精霊剣は戻っていた。
「発想次第でもっといろいろなことができそうですね」
「気に入ってくれたかい?」
「はい。とても気に入りました」
「でもねぇ、それで満足するのはまだ早いかな」
「……というと?」
「君はもっと簡単なもので稼ぐことだってできたのに、満足ポイントを大幅に超過することも分かっていたのに、私に素敵な贈り物をしてくれた。
その超過分とブラットの思いやりの分だけ私もお返しをしなきゃ気が済まないんだよ」
(やっぱり!!)
ブラットは大金を大穴に賭けて勝ったときのような喜びが湧き出してくる。
ただの100万ポイントだけ稼げばいい? いやいや、そんな常識に囚われているようじゃ、BMOをやるのは十年早いですよ。と心の中で呟いた。
「にゃははっ、そっちを期待してってのもあったんだろうけど、私は気づかなかったふりをしてあげるよ」
「うぇっ!? す、すいません」
「私じゃなくても分かるくらい顔に出ちゃってたよ。気を付けるように」
「はい……」
「そのくらいの方が、可愛いとも思うけどね」
童顔なのに、今は色葉の精神のはずなのに、思わずドキリとさせるような笑みを向けられ目を丸くしているブラットだったが、その間にスイ=エレはブラットが装備している飾り紐──精霊紐アストロヴァリスに星の光を宿した手をかざす。ブラット待望のオマケである。
「私の喜び分も込めて奮発してあげようか────」
たとえその後の素材が取れなくなろうと、生きたままスイ=エレにプレゼントしようとしたことで、ただポイントを超過した以上の付加価値をBMO側は見出した。
ゲームシステムから与えられた権限を目一杯使い、スイ=エレはできる限りのオマケを精霊紐アストロヴァリスに付与していく。
思っていた以上に力強い光に目を細めながら待っていると、次第に光は収まりスイ=エレはかざしていた手を下ろす。
見た目としては宇宙模様の星々の輪郭が、よりハッキリしたようなそんな微細な変化だ。けれど確かに、なにかさっきまでにはなかった力も感じる。
「精霊紐アストロヴァリスに、重力の力を追加しておいたから」
「重力っていうと、軽くなったり重くなったり的な?」
「簡単に言ってしまえばそうだね。今の剣に結んだ状態なら、剣を重くしたり軽くしたりできるかな。
もちろんそれを使うのに魔力は消費するけど、重量操作くらいなら今のブラットの魔力的に、そこまで気にするほどでもないと思うよ」
「それは重くなれ~とか、軽くなれ~とか念じればいいんですかね」
「そんなにしゃちほこばって念じる必要はないよ。ただそうであれと思って剣を持てばいい」
それは使いやすそうだと、さっそく精霊剣シルヴァーナを持って重力を──重さを操作するべく、軽くあれと思う。
「すごっ、重さが感じられない。風船みたいになってる」
「にゃはは、面白いだろ?」
まるで重力の低い惑星にいるかのように、軽く投げた剣はふわふわと羽根のようにゆっくり落ちてくる。
キャッチして、今度は重くあれと考えれば思わず落としそうになるほど剣の重量が増す。
「これはなかなか……筋力トレーニングにもいいかも?」
「いかようにも使うといいよ。それはもう君にあげたものだからね。存分に役立ててくれると嬉しいかな」
MPを精霊紐アストロヴァリスに注ぐほどに、重量は軽くも重くもなる。
実戦で簡単に使うとするなら、振り下ろしの際に加重して硬い相手も叩き切る──もしくは割ることだってできるだろう。
「じゃあ鎧も重くなったり軽くなったり?」
「そういうこともできるけど、精霊鎧ネクロヴァールと繋げばもっと別の使い方もできるかな。確かそれって、ハオが水のシールドが張れるように別のアイテムを融合させてたよね」
「はい。……ってことはもしかして?」
「重力シールドが展開できたりするよ」
「なにそれ見てみたい」
水の膜のシールドを張るときのように重力のシールドを意識してみれば、水の膜の代わりに半透明の黒い膜がブラットを中心に展開される。
膜の表層部分は空間が歪んでおり、光がそこで屈折していることが分かった。
「たとえばこんな感じに──ね」
「ああ、こういう感じの」
スイ=エレが小さな星の欠片のようなものを飛ばしてきた。
上位帯のプレイヤーでも当たればぶん殴れたくらいの衝撃がある攻撃だったが、黒い膜に触れるか触れないかのところで軌道がそれて明後日の方向へ飛んでいく。
「重力場で空間を歪ませて、攻撃を逸らす効果があるんだよ。どれくらいまで防げるかは、後で確かめてみて。これがあるからって、あんまり過信しすぎないようにね。相手が格上なら、そんなの無視して攻撃当ててくるから」
「分かってます。さすがに負けられないような戦いに、ぶっつけ本番で使ったりはしませんよ」
「だろうね。けど念のために言わせてもらっただけだ。君には長生きしてもらいたいから」
「そうなるように、オレも思ってますよ。楽しく長生きしたいです」
「にゃはは、そうだろうね。……ふむ、けどそうだな。私もこれで君には頑張ってほしいと思っているし、好意的に見ているつもりだ。
だから君がこれからも頑張れるように、もう一つオマケをあげちゃおうか」
「え? それはいいんですか?」
くれるのなら貰うが、ここで話しているのがAIのスイ=エレではなく、零世界のスイ=エレで、ゲームの一プレイヤーとしてではなく、零世界の救世主としてのブラットに便宜を図ろうとしているのではないかと不安になった。
さすがにそれはズルい。ブラットのBMOが楽しい、もっと強くなりたいという気持ちに水を差すことになりかねない。
けれどそのことも汲み取った上で、スイ=エレは笑った。
「心配しなくても大丈夫だよ。少なくとも私の懐や力が減ったりするようなものじゃないしね。本当にオマケだよ。
商品のおまけについているお菓子みたいなものだ。気にしなくていい」
「なるほど……それなら遠慮なく貰いますけど、そのオマケっていうのは何ですか?」
「このクラゲなんだけどね。生まれて死んで生まれて──って繰り返す、不思議なクラゲなんだよね」
「そうですね。サメさんが──それをくれた聖魚が、そう教えてくれましたから」
「そしてその死体には、価値があると」
「そうですね。なんといっても、黄金の神秘素材ですし。オレたちにとってはかなり貴重な素材だと思います」
「だろうね。私から見ても、これは特殊な神秘金になるのは分かる。そこでだ。もしもブラットが望むのなら、うちで出た死体は君にあげるよ」
「…………え!? いいんですか!?」
「にゃはは、その反応、よっぽど惜しかったみたいだね。そんなものをくれるなんて、私も嬉しいよ。
だからこそオマケとして、それもつけてあげるんだ。残った死体は回収して保管しておくから、暇なときにでも回収しに来るといい」
「ありがとうございます! でも死体の方もコレクションとかで、保管しなくていいんですか?」
「ん? そうだね、死体の方もコレクションに加えて並べておきたいところだけど、私には生きている方があるし、見たくなればそっちを見ればいい。
それにね。きっと百年もすればもっといい素材をブラットなら見つけるだろ。
もうブラットがいらないってなったときに、その死体を私のコレクションに加えればいいだけさ」
「いや百年って、気が長すぎません?」
「にゃはは、私にとっては大した時間じゃないよ。そんなのぼうっとしていたら、あっという間さ」
「さすが長く生きているだけはありますね。オレじゃ分からない感覚だ」
「おやおや? 君だっていずれはこの境地に入ってくるかもしれないよ? そもそも現時点でも相当に長生きするだろうし、まだ進化したり逸脱者になったりする気でもあるんだろうし、そうなったらまた途方もないほど寿命も延びるはずだ」
「途方もないって……そんなに?」
「基本的にこの世界は、種として優秀であればあるほど寿命はどんどん伸びていくからね」
そういえばそんな〝設定〟があったなと、ブラットも思い出す。
(いや待てよ。BMOなら設定で済むけど、零世界だと本当にそうだってことだよね。
もし逸脱者とかになったら私、向こうでどれくらい生きられることになるんだろ)
とはいえ長く見守れるのはいいことだ。長すぎておかしくなるなんていうこともなさそうな世界なため、飽きるまではあの世界で生きる者たちを見守ったっていい。
自分が長生きするということは、他の仲間たちも長く生きてくれるということなのだから。
そうなればいずれ、百年を短く感じるようになるのかもしれない。
「けどまぁ、今は目の前のことに精一杯なんで、そっちに集中させてもらいます」
「にゃははっ、それがいい。そうして無我夢中で生きていれば、時間なんて勝手に過ぎていくんだからね」
こうしてブラットは三大精霊装備の最後の一つを入手し、さらにスイ=エレが育てた『ゴールデンジュエリーフィッシュ』の死骸をもらえる権利まで貰ってしまった。
ワーズグースのドロップアイテムからはじまり、サメさんのイベントは本当に多くのものをもたらしてくれたなと、ブラットは改めて誘ってくれたフランソワにも感謝しつつ、スイ=エレに見送られながら星霊殿を後にした。
次は火曜日更新予定です!




