第六八七話 二重の本
おきまりの英傑討伐アイテムはさっさとしまいこみ、本命を手に取ってそれを調べていく。
「また本か。狂人の割に意外と理論派なんだよな。ワーズグースって」
出てきたのはまた本のアイテムで、タイトルは『夢境術式書』と記載されている。
アイテム説明には、『読み手の精神に害を及ぼす可能性のある禁書。読む際には注意が必要』と書かれていた。
念のためドライに近くにいてもらいながら、時間がないため軽く読み込んでみると、なんとなくの概要は理解できた。
ジャンルとしては夢の力についてのものではあったが、そこにルエ式を独自に発展させた魔法を絡めた、ワーズグース直筆の本のようだった。
ただ精神に害を及ぼすというのは本当だったようで、軽く目を通しているだけなのに、今いるのは現実ではなく夢ではないかと認識を歪ませてくるような、精神攻撃を受けている気がして頭が痛くなってくる。
「なんでただの本でここまで? そんな力どこに……」
記載されている文字や図形、魔法式は言ってしまえば、ただ本に滲んだインクでしかない。
そこに特別な力はなく、内容も興味深そうではあるが、正直に言ってしまえば英傑の討伐報酬がこの程度?と思わなくもないもので、そこに書かれているものにこれほどの影響力があるようには思えなかった。
「もしかして『彩雲夢刃』のゴリ押し討伐が良くなかった? 手段によって報酬が下がったり……? いやそれよりも、この謎の呪いみたいな力は何だ」
だがどんな倒し方だろうと勝ちは勝ち。そんなところで報酬を下げるようなゲームではないと、ブラットは考えている。
ならばこの謎の精神攻撃に秘密があるのではないかと、最近はもっぱらお世話になることも増えてきている深淵の観測で覗いてみることにした。
すると今手に持っている本とは別に、少しズレて別の本が二重になっているのが確認できた。
怪し気な呪いのオーラのようなものが、実体のない方から溢れ出ていて、確実にこの精神攻撃はそのせいだろう。
触れようとしてもそれはすり抜け、実体のある方を開いても、そちらは閉じたままで干渉できない。
けれど実体の方を開いて、完全に重なっていた実体のない閉じたままの本を観察したことで、どうやってそっちを読めばいいのか察しがついた。
「こっちで読めってことね」
「キィ~」
ドライと一緒に夢の世界に移動する。すると裏返るように、ブラットがクロミアに変身するように、持っていた本も切り替わっていた。
タイトルは『幽明往還録』。変わっていることから分かる通り、中身はまったくの別物だ。
しかしワーズグースが書いたであろう、表側の字と筆跡の癖は同じなのだが、BMO内でも見たことがない謎の言語で記されている。
「暗号? いや、そういう感じでもないかな。これひょっとして、ワーズグースって……」
呪いのような精神攻撃は『幽明往還録』ではなかったため、より集中して字を追うことができたのだが、少しずつ文章から中身を解読して読んでいく限りでは、暗号ではなくちゃんとした文章だった。
クロミアもBMO内にある全ての文字を知っているなどという気はないが、日本語以外でBMO内で見たことのあるどの言語とも雰囲気が違うような気がしていた。
けれど他の場所で、そういう雰囲気が違うなと思った言語を見たことがある。
それは渡界モンスターを討伐することになった発端となる、テッテの世界の異界言語を見たときと似ているような気がしたのだ。
もちろん同じ言語ではない。けれどどこか〝違う〟と思わされる、言語ではあった。
そこでクロミアは、自分の考えが合っているかどうか確認するために【世刻奇剣複製師】で、倒した英傑級の存在の世界の世刻奇剣情報へアクセスできる権限を用いて、追加されている世界はないか確認してみれば……。
「なんか知らない世界が増えてる。やっぱりワーズグースって、異界の人だったんだ……。
2周年アップデートで追加された、異界イベント扱いだったってことなんだろうな。サメさん関連のは。
じゃあルエ式って異世界の? いや、違うか。それはこっちの言語というか私が初期設定した日本語だったし。
むしろルエ式をどこかで知って、この世界に興味を持って居着いたって方が可能性は高いかも」
年代的にはもっと昔からいた設定になっているが、サメさんのいる廃港が見つかったのは最近だ。
もしかしたら沈没船はあったのかもしれないが、後から追加された新イベントだったのは間違いないだろうとクロミアは結論付け、ちらちらと時間を気にしながらも好奇心に押されてどんな世刻奇剣があるのか見てしまう。
「おー? なんというか、ワーズグースの世界って魔法が盛んだったのかな。純粋な剣というより、魔法の補助的な剣が多い気がする。
それに夢を使うことも、こっちよりメジャーな力だったのかも。夢限定の剣が結構ある。へぇ、こっちはこっちで面白いかも」
何となくの方向性を掴んだら、今日は我慢とアクセスするのを止めて、さらにもう少しだけと、『幽明往還録』に目を通していく。
「ふむふむ……うわ、これ絶対にワーズグースは他人に読まれたくなかっただろうやつだ」
別に恥ずかしい日記が書かれていたわけではない。しかしそこには、ワーズグースがその人生を捧げて築き上げた夢と魔法についての研究成果の全てが記されていると、ほんの少し解読しただけでも確信が持てる内容だった。
自分以外の者が、自分の研究を利用して利益を得るなど、ワーズグースにとっては何よりも許せないことのはずだ。
「あの性格からして、これを知ったら英傑召喚の方もぶちぎれそう。でも私はありがたく、利用させてもらいますけどねー。
少なくともあの、現実と夢の境目の世界を創る方法は知っておきたいし」
とはいえ彼の研究を使って成長していき、【英傑召喚】でワーズグースと戦っていけば、いつかは気づくに違いない。
ワーズグースとブラットの夢使いとしての力は、魔法と仙術の違いはあるが、夢という根源は変わらない。つまり応用は可能なのだ。そこから自分の研究の片鱗を感じないわけがない。
「知ったとき、どんな顔をするか気になるね。……いや、さすがに性格悪すぎ? けどワーズグースだし、別にどうでもいいや。
いやはや、結構なものを貰っちゃってすいませんねぇ」
おちゃらけながら、さすがに今日はここまでかとクロミアはブラットに戻り、アイン、ツヴァイ、ドライは出したままフリーにも別れを告げて、ログアウトした。
翌日。さっそくBMOにログインすると、『幽明往還録』の解読に乗り出していく。
夢の世界に行かないといけないのは面倒だが、そうでないと読めないのだからしょうがない。クロミアとなって、決めた時間までは作業に集中していった。
最初は異界文字の解読で手間取っていたが、ある程度その言語を理解してからは読む速度も上がっていく。
「ここはどういうことだ? えっと……」
だが問題もあった。文字は既に九割以上、読めるようになった。けれど英傑ではないほうのワーズグース討伐報酬『夢調考察手記』と『ルエ式魔導理論』。それに加えて現実サイドの『夢境術式書』。これらの内容をある程度理解していなければ『幽明往還録』の内容に手を出すのは難しく、分からない箇所も多々あった。
「それもそうか。基礎の『夢調考察手記』と『ルエ式魔導理論』に、その応用の『夢境術式書』。それらを理解することで、ワーズグースが貯えた研究の全てが記された『幽明往還録』を理解することができる。実に理にかなってはいるし」
そんなまどろっこしいことをしないで、一気に応用編のその先にある知識を紐解きたいという欲もあったが、さすがに基礎も応用もおろそかにした状態では、逆に効率が悪かった。
「夢にばっかり時間を取られてる暇はないんだけど……、やるって決めたのは自分なんだし仕方ないか。地道に着実にやっていこう」
ということで少し内容を齧ったところで『幽明往還録』を閉じて現実側のブラットに戻る。
とはいえ言語は既に理解しているため、前提条件である基礎と応用を身につければ、あとは読んでいくだけでいい。
その時間も無駄ではなかったと折り合いをつけ、『ルエ式魔導理論』の研究に移行した。
「そろそろか」
決めていた時間にアラームが鳴り、ブラットは本から視線を上げる。
今日はフランソワと、港町復興プロジェクトの打ち合わせ兼、顔合わせを頼まれていた。
顔合わせというのは復興を手伝ってくれることになった、フランソワの人形好きコミュニティでも、特に信頼できて仲の良いプレイヤーたちとのこと。
心配はしていないが、万が一にでもブラットとそりが合わないようなプレイヤーがいないとも限らないし、人数は八人と聞いている。
一パーティ六人と決まっているこのゲームでは、八人は同時に自分たちのサメさんを助けた世界線の町へ連れていけない。
そのため港町へ行く前に、集合してブラットとフランソワの二パーティで行くことになっていた。
「ごめん、遅れたか?」
「いいえ、こっちも今揃ったところだから気にしないで」
集合場所としてプレイヤーたちにとっては馴染みのある三町に移動すると、フランソワ含めた九名のプレイヤーが既に待ってくれていた。
女性のエルフ、女性の妖精、女性の天使、男性の吸血鬼、男性のハーフリング(小人)、女性の機械人形、女性?の二本足で立つネコの着ぐるみ、男性?の動く木彫りのクマ。それぞれ違った種族で、今日は一段と賑やかだ。
「じゃあここにいる人たちが?」
「ええ、そうよ。こっちから順番に──」
「はじめまして。噂のモドキさんに会えて嬉しいわ。
私は見ての通りエルフで、SINOっていうプレイヤーネームでやってます。得意分野は裁縫と彫刻かしら」
「私は妖精で、ゆめねっていいます。得意分野はガラス細工とか陶芸だよ!」
綺麗な大人の女性エルフといったSINOに、元気いっぱいの小さな女子といった見た目の妖精ゆめね。
それからも続々とブラットとは、はじめましてのプレイヤーたちの挨拶が続いていく。
小柄な天使の女性──フィオ、得意分野は園芸。クールなイケメンだが中身は女性の吸血鬼──リヒト、得意分野は錬金術。
ハーフリングの可愛い男の子──Fiorellは、家具造りと建築。
機械部分がかなり剥き出しになっている、女性の機械人形──D-17βは鍛冶師。
赤毛のネコの着ぐるみは女性で──Lllli、得意分野は石工。動く木彫りのクマは──北海DO、得意分野は建築。
それぞれ得意分野はあるものの、細々とした他の生産スキルも持っているため、それだけしかできないわけでもない。
「これ良かったらどうぞくまー」
「あ、ありがとう?」
くまーを語尾につける木彫りグマの北海DOに、彼そっくりの木彫りのミニチュアクマを貰ってしまった。
無駄にリアルに作りこまれていて、ハイエルンの自室にでも飾っておこうとカバンにしまった。
ちなみにドールハウス作りで有名なのも、彼だったりする。
顔合わせも済ませ、軽く話した限りでも全員人当たりもよく変な人はいないと思えたため、ブラットも彼らの手伝いを受けることに賛成した。
「よかったわ。それじゃあ、パーティを組みましょ」
「あ、フレンドコード送るよ」
ブラットもその八人をフレンド登録し、四人パーティに誘った。残り四人はフランソワがパーティに誘い、いよいよ目的地である廃港町へとポータルで飛んだ。
「ちょっと空気が良くなってる?」
「そうかも。でもまだまだ呪いの影響はあるって感じね」
彼女たちも事前にここのポータルは解放してあったが、イベントはやっていないし、クリアできる実力でもない。
そんなクリアしてないプレイヤーからすると、町の外観は手を付けていないため変わっていないのは当たり前だが、ワーズグースの夢から解放された町の空気がすぐ気が付くほど違っていると八人が口にしていく。
「それじゃあ、この世界線のルートをピン止めしてもらえるかしら」
「はーい」
このクリアした後の世界線は、ブラットかフランソワのどちらかとパーティを組んでいなければ来ることはできない。
けれどそうなると、毎回パーティを組んだり外れたりと面倒だ。
そういった事例は2周年アップデートで、様々なイベントが追加されたことで一気に増えていき、そうしなくても良いようにしてほしいという要望が相次いだため、他者のシナリオに自分のシナリオを同期し固定させる課金アイテムが最近になって追加されていた。
その名も『シナリオ同期ピン』、税込み100円。小さな赤いピンで、それを地面に刺しておくと、今いるシナリオの世界線に固定される。
そうすることでブラットとフランソワがクリアした、この港町に彼女たちもいつでも単独で来ることができるようになるというわけだ。
自分でまたこのシナリオをやりたいとなった場合は、そのピンを破棄すれば、この世界線に来られなくなる代わりにサメさんのイベントに挑戦できるようになる。
けれど使い捨てアイテムなため、破棄しなければ何度でもそのシナリオに合流できるが、破棄するとまたピンを購入して設置しなければ来られなくなる。
ここにいるプレイヤーたちは、全員が課金してそのアイテムを手に入れてきているため、各々地面に刺してシナリオを固定していった。
ちなみに大元となったプレイヤー──ここで言えばブラットとフランソワが、彼らに権限を与えていれば、今度は彼らがパーティを組むことで第三者をこの町に呼ぶこともできる。
なので人手が必要になれば、彼らが呼んできた助っ人プレイヤーたちを任意で呼び寄せることもできたりする。
「本当にここを人形好きの町にしていいの!?」
「ああ、いいよ。フランソワにも言ったけど、オレはもう自分の国を他に持ってるし」
「それはそれで凄いけど、こっちとしてもありがたいわ」
「こんなに広い場所を、自分たちのセンスで作り直せるなんて夢みたいにゃー」
北海DOに対抗しているわけではないのだろうが、着ぐるみネコのLllliも語尾に「にゃ」を付けていた。
それから騒がしくどこから手を付けていくのか相談しながら、海岸までやってくると、ここの重要人物と顔合わせも済ませてもらう。
「「「「「「「「ギャーーーーーーーーーーーーーーッ!?」」」」」」」」
「フランソワ、説明してなかったのか?」
「説明したはずなんだけど……もっと念を押しておけば良かったわね」
「ごめんね……僕の顔が恐いばっかりに……」
恐いとは事前に聞いていたようだが、八人全員が海から顔を出したサメさんに悲鳴を上げ、サメさんはしゅんとしてしまう。
けれど慣れてくると優しいサメさんだと八人も理解できたようで、五分もすれば打ち解けていた。
「これなら大丈夫そうだな。オレも浄化とかは暇を見つけてやっていくし、他にもやってほしいこととか、調達してきてほしい素材とかあったら連絡してくれ」
「あ、じゃあ──」
さっそく高難易度の地域にある石材や木材の調達を頼まれ、ブラットは快く承諾しておいた。
そのまま細かい図面を描いて、具体的な案を出したいからとペンと紙を片手に、フランソワをはじめとした職人たちが作業を開始したため、ブラットは邪魔にならないように課金拠点へと一人戻っていった。
「どんな町になるのか楽しみだな」




