第六八六話 卑怯とは……
初期の頃から自分の力にと思い描いていた超位職は、これで揃った。
あとはベグ・カウとの戦いまでに、どこまでこれを育て鍛え上げられるかにかかっている。
「その全部を一つ一つ使うんじゃなく、ちゃんと全てを合わせて使う戦い方をこれからはもっと詰めていく必要もあるか」
これまで以上にそれぞれのシナジーを考えて、最終的な自分の戦い方を考え確定させていく。それを今後の到達目標に据えておく。
それから地球の現実時間を確認すると、そろそろ止め時が迫ってきていることに気が付いた。
けれどこれだけはと、英傑召喚のリストに目を通す。
「やっぱりあった。『ネプラウ・タウカムイ』と『ワーズグース』ね。
十中八九『ネプラウ・タウカムイ』はサメさんの忘れ去られた本当の名前なんだろうし、これで二人とも縁ができたことは確認できた」
念のため『サメさんのお守り』を首にかけてから、ブラットは【英傑召喚】で『ネプラウ・タウカムイ』との試練を望んだ。
出てきた扉をくぐると、当たり前のように海の中にいた。【英傑召喚】で用意される場は、相手が戦いやすい場所が選ばれる。
サメさんが相手だというのなら、当然海の中が一番戦いやすいフィールドだろう。
お守りのおかげで水圧も感じず、呼吸もでき、暗い海の底でも視界は良好。体を軽く動かし、そのことを確認しているとブラットの耳に水を振動させるようにして遠くから声が届く。
『君が選定勇者? えっと僕は君の試練の相手ってことらしいんだけど、合ってる……のかな?』
「合ってるよ。姿は見せてくれないのか?」
強者の気配は感じるのに姿が見えない。幻術ともまた違うが、深淵を覗けばその場所は特定できた。そちらに視線を送ると、びくっと強者とは思えない反応を見せられた。
『す、凄い。普通の人じゃ絶対に気づけないのに。今代の選定勇者は優秀なんだね』
「他の選定勇者を見たことがあるのか?」
『海にいるといろんな人の会話を聞けるんだ。だから長く生きてると、選定勇者の噂も聞こえてくるんだよ。たまになんでこんな人が選ばれたの?っていう人もいるみたいだし』
「なるほど。それで、試練はそのままの状態でオレと戦うってことでいいのか?」
『す、姿は見せた方がいいのかな?』
「その方が戦いやすくないか?」
『そうなんだけど……僕はなんというか、とても見た目が……その……』
「見た目が恐いのは知ってるよ。現世で生きる〝君〟と知り合って、友達になったから縁が結ばれこうして試練の相手として選択することができるようになったんだから」
『…………………………と、ともだち!? ぼぼぼぼぼ僕と君が!?』
「少なくともオレはそう思ってるし、見た目が恐いのももう慣れた。
だからオレは見た目で『ネプラウ・タウカムイ』を恐れたりしないし、遠ざけようとも思わない。どれだけ心優しいサメさんなのか、よく知ってるから。
とある男のせいで今の君よりも弱くなってしまっているけど、君の未来ではオレと知り合うことになるんだよ」
『そうなんだ……そうなんだっ! 僕に人間の友達が……』
彼がいる場所が白く濁りだしたかと思えば、そこからサメさんがぬっと姿を現した。
感動の笑みを本人は浮かべているつもりなのだろうが、ただでさえ恐ろしい顔面が歪み、その姿を知っているはずのブラットですらビクッと反応してしまう。
「今、僕の姿を見て恐がってなかった……?」
「そんなわけないだろ。オレはサメさんのマブダチなんだから!」
「そ、そうだよね! まさか僕にこんな素敵な友達ができるなんて」
だがそんなことはおくびにも出さず、仲良しアピールしてより前向きに試練の相手になってくれるように、今ここにいるサメさんとも友誼を結んでおいた。
もちろん打算だけでなく、サメさんに対して好意的な印象を持っていたというのもあるが、実はあのサメさんが使っていた深海での炎魔法が気になっていたのだ。
ワーズグースもおそらく、サメさんの炎魔法を模倣している気配があり、その原点であろう彼の特殊な魔法について是非ゆっくりと解析させてほしかった。
それにこちらのサメさんは、ただでさえ強かった本物と比べても数段強い。そんな彼が使っている魔法には興味が尽きない。
「僕の魔法? いいよ! どんどん見て!! 僕のはじめての友達だもの。それくらいいつでもいってよ!!」
「ありがとう、サメさ──って、ちゃんとネプラウ・タウカムイって呼んだ方がいいか?」
「サメさんでいいよ。現実の僕はそう呼ばれているんでしょ?」
「じゃあこっちもサメさんって呼ぶよ」
名前どころか、化け物としか呼ばれなかった人生だったため、親しみを込めてサメさんと呼んでもらえて彼はとても嬉しそうにしながら、じっくりとブラットにその魔法を解析させてくれた。
(これはあれだ。当てたくないものを当てないように対象を指定する、先生が得意な魔法式に似てる。
水の影響を受けないようにしつつ、敵対者には影響が出るようにしてるんだ。なるほど……こうやってたのか。参考になるなぁ)
生まれながらにして魚類でありながら、火魔法への適性が強かったが、上手く使えず、最初は苦労したという話も聞かせてくれた。
さすが原点というべきか、非常に構成としては分かりやすい。
魔導学という知識ではなく、長い年月の積み重ねによる経験によってサメさんは、この形にまで魔法を昇華させている。
人が自然界の獣や虫から学ぶことがあるように、そこには魔導学者としてBMOで教授となったブラットでも、学べることがギュッと詰め込まれていた。
(サメさんのお守りがあるけど、体から離れた遠距離攻撃とかは数秒で効果が解けるし、イカ戦で魔法を使うならここから着想を得て自分の物にしておかないと)
水中特化の魔法の開発など、そこでしか使い道はない。けれど零世界でこれから人類が海に進出するのなら、後進に教えることでブラット以外も水中で自在に魔法が使えるようになる。
あの世界の海の資源がどれほどのものかは分かっていないが、少なくとも海洋モンスターがこぞってそこを選ぶだけの、恵まれた海域というのはイカの王が頑なにそこを守り続けていることからも証明されている。
それをイカの王から奪ったら、今度は人類がその海を守り通せる力をつける必要が出てくるはずだ。これはその研究の一つだと、再現可能なレベルで事細かに解析させてもらった。
「ありがとう、サメさん。これで海でも魔法が自在に使えるようになるかもしれない」
「ふふふ、友の力になれたって言うなら僕もすっごく嬉しいよ」
その後は普通に戦ってもらい、あっけなく負けた。相手のフィールドというのもあったが、英傑級にはなれてもまだ土地神級には及ばない力量だったということだ。
様々な超位職も手に入れ、肉体もプレイヤーでは誰も歯が立たない高みへ上り詰め、BMOという広い世界でも英傑という一つの大台に達したとはいえ、まだ上を見れば超常の存在たちがいる。
黒雷の習得で舞い上がっていた気持ちも、いい塩梅で引き締まり、残り時間も差し迫ってきたのでもう一人とも戦う準備をしていく。
「フリィ~?」
「ん? ああ、こいつはいいんだ。どうせ話が通じる相手じゃないし」
いつもは小細工などせず、さっそうと試練の間へ入っていくブラットにしては珍しく、何やらごそごそと準備しているのが、フリーには不自然に思えたようだ。
ブラットにどうしたのと近寄ると、なんてことないように返事をしながら作業を続けた。
「よし。いくぞ」
準備を終えたブラットは、【英傑召喚】の選択画面で息を整えてから『ワーズグース』を選び、扉が出てきた瞬間、中へ間髪入れずに突入していく。
【世碑納庫】から五本の『彩雲夢刃』を曲芸のように一瞬で取り出し、クロミアとなって一目散に、現れたばかりのワーズグース目掛けて振りかぶる。
「【世刻遺言】!」
「は?」
はじめて試練の間の存在として仮の体が作られ、意識が複製されたワーズグース。
そこは得意なフィールドである、自分の夢の世界ではあったが、意味も分からずそこに現われ、まだなぜ自分がここにいるのか理解するための情報を受け取ったばかりで、頭の中でそれらの情報を整理している最中だった。
なのに突然、五つの剣から放たれる莫大な力に呑み込まれていく。
「ギザマァアアっ!?」
「そうくるだろうと思ってた!」
自分の支配する夢の中限定の復活術式。それをあの一瞬で構築していたワーズグースは、別の少し離れた場所で復活する。
だがワーズグースなら、それくらいやってくることは想定済みだ。
復活地点を深淵を覗き察知していたクロミアは、そこへ向かって【世碑私録】で作ったランランの毒を剣の形にして作った劇薬剣の要素を、風切刃根に付与して投げ放つ。
復活した瞬間の僅かな隙をつかれて毒剣に貫かれ、それに抗うために夢と魔法の力を全力で使う。
だがその間にクロミアはそこへ辿り着いていた。追加だとばかりに、自分の手から出した針のような剣で【翠死蜂の毒】を注入しさらに毒物を追加する。
毒剣と【翠死蜂の毒】の成分は、合わさると化学反応を起こすように超高熱を放ち、毒成分はそのままに内側から熱でも破壊する悍ましい劇薬に変化する。
「ごんなものでぇぇえええ!!」
「ええ、こんなもので倒せるなんて思ってないよ。だから────夢から醒めろ!」
そこまでしてなお、ワーズグースは抗ってみせる。ここは彼の夢世界。死すらも誤魔化すことができる世界で、毒でなど死にはしないとクロミアを睨みつけ、水蛇の魔法と幻獣バクを一瞬で創造し、目の前にいるブラットへ向けて放つ。
それをどうにかするには、ワーズグースから離れるしかない。だが多少のダメージは受け入れ、致命傷になりそうな物だけは【夢実逃避】ですり抜けながら、クロミアはワーズグースの胸ぐらを掴んで、その額に頭突きした。
「ハガァッ!?」
【忘却のうたかた】と【存在剥離の魔眼】を使いながら、夢に囚われたものを解放する仙術の波動──【逃醒界衝】を額から全身に叩きこみ、さらに【夢遁走】を独自に合わせて無理やりワーズグースを夢の世界から現実世界へ引きずり出す。
ワーズグースとの戦いで夢の使い方を学んだことで、復活したばかりで猛毒を受けて、意識が定まっていない状態という、相手が混乱している間なら、彼くらいの格上の夢使いですらそんなこともできるようになっていた。
「は──ぁあああっ!?」
「くたばれ──」
現実へ帰りブラットの姿になったブラットは、既に五本の剣を振りかぶっていた。
こちらはいつもの精霊剣、英装魔剣、桜シリーズだが、そこへは《刻継剣》で『執着と悦楽』による、斬れば斬るほど切れ味が増していく要素を付与した状態で、黒雷と灰風を乗せた斬撃をお見舞いしていく。
「ふ、ふざけ──、や──やめっ──」
卑怯だぞとでも言いたげな視線を向け、魔法で必死に己を守りながら、夢の世界へ帰ろうと藻掻くワーズグース。
だがそんなことは、ブラットが許さない。斬って斬って斬りまくり、余裕をなくしているワーズグースを、【逃醒界衝】と【夢遁走】の合わせ技で現実に繋ぎ止め続ける。
「しぶといっ!!」
タヌファンネルも投入。周囲から強烈な魔法を浴びせられ、ブラットからは目にも止まらぬ連続斬りを絶え間なく叩きこまれ──ついにワーズグースのHPはゼロになる。
「こ……こんなの……戦いでは……」
「卑怯とはいうまいな」
「いや……卑怯だ──」
「せい!」
「オノレェエエエエエエエーーーーーーーーー!?」
粒子となって消えゆく中でも、なにやら不名誉なことを言おうとしたため、ブラットは遠慮なくその粒子を切り裂いた。
俗にいう死体撃ちに近いかもしれない。その斬撃の勢いにより、一気にワーズグースの粒子は空間に溶けて消え去った。
「悪は去った。オレの勝ち! わーはっはっは」
《英傑ワーズグース 打倒おめでとうございます! 帰還後、初回討伐報酬をお送りいたします!》
最後まで悪びれることなく、ブラットは意気揚々と試練の間から退出した。
「ふぅ、なんとかなった。次からは普通にやるから許して……はくれないだろうなぁ。
まあ、どの道あいつとは会話にならなそうだったし、嫌われてもいいんだけど。だからあんなふざけたことしたわけだし」
相手が状況を理解しきる前に、不意打ちによる全力攻撃。夢世界限定でならとてつもない効果を発揮する『彩雲夢刃』の過去最大火力を五本分という力でオーバーキルして開幕から相手の反撃を許さず殺し切る。
普段の正面から堂々と戦いたがるブラットからすると、そういったことはしないのだが、今回は少しだけ事情が違っていた。というのも……。
「だって、こいつの報酬気になってたし」
ルエ式という未知の知識を持ち込んだワーズグースは、まだ何か秘密や情報が残ってるのではないかと、報酬で新しい何かがまた得られるのではないかと、気になって気になって仕方がなかった。
けれど海の守り神の加護によるバフに加えて、フランソワのサポート有りでようやく勝てたような相手だっただけに、まだ真正面から相手の土俵で戦っても勝てる相手ではない。
「だったら、やるしかないよねぇ?」
「フリー?」
何のことと首を傾げるフリーを抱っこしながら、ブラットは生暖かい表情になりながらも、ワーズグースの討伐で出てきた宝箱に歩み寄っていく。
「性格がまともなら報酬は後回しにしてでも、一緒に研究しようって誘うこともあったかもしれないんだけどな。
でもこいつ、しょうもないことで何万人も迷わず殺せるクズだし、分かり合えるわけがない。
どれだけ愛想よくしても選定勇者の試練の相手として、ちゃんと戦ってくれることもなかっただろうし、友好度なんてどこまで下げてもいいだろ。あんな奴」
仲良くするメリットも感じられず、悪くしようが良くしようが協力的にもならない相手。だからこそブラットも、ここまではっちゃけられたと言っていいだろう。
「さて、なにをくれるのかな」
討伐報酬の宝箱に指をかけ、ブラットは中身を確かめていった。
次は土曜日更新予定です!




