第六八五話 魔法の極致
まったく想像もしていなかったタイミングで、超位職が進化したことに一瞬呆けてしまったが、すぐに持ち直して理由を考察する。
(多分だけど、もうかなり内部の経験値は貯まってたんだとは思う。
だけど進化したってことは、少なからずこのルエ式とかいう魔導理論は、私の成長に意味のあるものなんだっていうのはハッキリしたかな)
驚きはしたが、決して悪いことではない。ブラットはさらに意欲的に、その本と向き合い紐解いていく。
そこで一番感じたのは、このルエ式を考案した研究者は本人も理解できていなさそうだなということ。
なんかよく分からないけれどできてしまった。理屈は分からないが、現象としてできたから研究成果として残そうという痕跡が見られた。
というのも表側は無茶苦茶で法則性がなく、裏側もケーブルがいくつも絡まったような、いわゆるスパゲッティコード状態になっていたからだ。
裏側が見えているのなら、もう少し魔法式を丁寧に整えるはず。どこでどうその現象を処理しているのか、これでは書いた本人ですら見失ってしまうだろう。理論というには、あまりにも稚拙で説明になっていない。
エルヴィスにこんな論文を出したら、その場で燃やされるレベルだ。このことからこの研究者は──。
「ロビニュー……やっぱり聞いたこともない名前だ。先生に聞いたら、何か知ってるかな」
──ロビニューは、深淵領域を覗き見る手段を持っていなかったと考えられる。
ただ野生の勘とでもいえばいいのか。どう魔法式を崩せば、何故か発動する形にできるのかを、感覚として理解している節はあった。
でなければ偶然の一つだけで終わるはずで、「理屈は分からない、だがこうするんだ」をパッションでゴリ押しする内容ではあるが、最低限学術書としての体裁は保てている。
「ワーズグースと戦った感じも、使っていた魔法を思い返しても、深淵を観測してはいなかったはず。
でもあいつは初見で放り捨てるような馬鹿馬鹿しい魔法式を見ても読み込んで、ルエ式の奇妙さを感じ取って、独自の解釈でより良い形に昇華したってところか。
ワーズグースってマジでアホだけど、天才だったのかもしれないなぁ。性格が終わってなければ、どこかで有名な教授として大成してただろ絶対。もったいない」
表側をどれだけ精密に組み上げようと、中身がぐちゃぐちゃでも内部で成立している方が効率はいい。
オンボロ中古車の見た目で、中身は最新のエンジンを積んでいるような状態が近いか。
ワーズグースは深淵を観測できないのに、その効率の良さに気が付けるだけの才能があった。
だから表側をこねくり回して、裏側を成立させる魔法式を研究し形にした。
どうりで舌を巻くような水中の動きだったわけだと、ブラットも納得がいく。
「裏側に触れなくても、表側の記述でも裏側に干渉することはできるってことか。でもそれはそうだよな、表と裏は繋がってるんだから」
しごく当たり前のことを言っているだけだが、これまでは双方分けて考えていた。
もちろん裏と表の境界線のような直接繋がっている箇所は、調和するように整えてきたし、それでちゃんと手間を掛けただけの効果は出ていた。
しかしルエ式という、荒唐無稽でありながら本来ありえない成立の仕方をする理論を知ったことで、より最適な──これだという形が見えてきた。
「繋がりだけじゃない。表側も裏側、どちらも影響しシンクロし合うような完全な形。それこそが本当の意味での、魔法の深淵なんじゃないかな」
ゾクリと肌が粟立つような精神的な衝撃。これまでももちろん、どちらも調和するようには考えて構築していたが、それも所詮はそういう気になっていた、それっぽい形に見せていただけだと思い知らされる。
だが分かったところで道は長い。これまでのエルヴィスから譲り受けた知識の延長線上で考えていたが、それではその域にたどり着けないことが分かってしまった。
もちろん無駄ではない。基礎としてしっかり根付いたのだから。けれどこれからは、それすら打ち破り、さらに奥深くに踏み込んだ新しい形を開拓する必要が出てきたというだけ。
切り開く土地が深淵であり、切り開くための道具がエルヴィスから授けてもらった知識といえば分かりやすいか。
「幸いにしてここに表側のヒントはある。これは実例付きの、いい資料になるはずだ」
このままでは使えないが、ルエ式は表側が裏側にも影響を与えた根拠となるデータの宝庫だ。
裏側を観測できるブラットであれば、ロビニューという研究者と違い〝理解〟しながら研究することだってできる。
だったらもっと理論的にそれを説明できる形に整理することだってできるだろうとブラットは考えた。
「これって深淵を観測できないプレイヤーにも、深淵という何かがあることを気づかせるヒント本にもなってたのかもな。
何にしても、いい物を拾った。ワーズグース、クズだけど最後にいいことをしたな。ありがとう」
あんなやつでも得られたものが沢山あったため、最低限の礼だけは口にしておいた。
「自分で最低限の理論を作ったら、先生と共有しよう。こんなの自分一人で研究する規模じゃない。現実と英傑の両方の先生と共同でやればいいよな」
アネモネの顔を思い浮かべたが、彼女はもうその完全な深淵に辿り着いている、もしくはそれに手をかけている節がある。
灰風の魔法についてはこれまで通り教えてくれるだろうが、その深淵まで教えてくれと言ったところで、それを素直に教えてくれるかは難しいところだ。
それにこれは答えが分かっている人に聞いても、なにも身につかない魔法の極致。
ある程度同じレベルの人たちと、あれこれ研究していったほうがいいだろうとブラットは結論付けた。
それから本を閉じると、一度アインたちのいる闘技場まで課金拠点限定のワープ機能で移動する。
このままルエ式を紐解き深淵の研究をしていってもいいが、やはり進化した超位職も気になっていた。
はじめて完全に自力取得した超位職ということもあり、思い入れだってある。未だに修練しているアインたちには、気にしないように言ってから進化した【万律の編纂士】の力を確認していく。
「初期スキルは【オーバースペック】。限界を超えたその先へ、強制的に魔法式を編纂する──ね。深淵を観測する力がないと、そもそも使えないスキルなのか」
もしも伝説称号などで、無条件に取得できていたとしても、深淵への理解がなければ本当に無意味なスキルになっていたところだが、この超位職に関しては完全に自力だけで育て上げたもの。
少しショートカットして得た超位職とは、その力への理解度が違う。
さっそく雷魔法で検証していく。検証なのでそこまで大きな魔法でやる必要はない。
軽く雷の球体を放つ魔法を選択し、課金アイテム非破壊案山子に向かって飛ばすように手をかざし前提条件である【オーバーロード】を発動させる。
「【雷砲】からの──【オーバースペック】────っ!?」
今のブラットからすれば、放ったところで一瞬で回復する程度のMPしか消費しないはずの魔法に、全体の7%ほど持っていかれる。
膨大な魔力量を誇るブラットのほぼ一割をも消費したその魔法は、明らかに中級の雷魔法などではなくなっていた。
大きさは変わっていないが、黒ずんだ紫電の球体からスパークがバチバチとうるさいほど音を鳴らす。
中級の魔法が、超位職と比べられる威力に跳ね上がっていた。維持し続けるだけでMPが減っていくため、すぐさまそれを撃ち放つ。
案山子に着弾したそれは、周囲を巻き込むようにはじけ、その雷の暴力を辺り一面にまき散らして消えていった。
訓練していたドライたちも、剣を振るのを忘れてポカンとしている。
「お手軽に深淵に干渉して、力を上げてくれるって感じか。でもこれは最短であって最良ではなさそうだな」
いうなればもっとも単純な──といっても、それでもやっていることは高度な魔法式と深淵の編纂であり、もっと効率を求めるなら自分で改良してくれよ、という投げやりなものでもあった。
しかし即席でどんな魔法も限界超えの出力で放てるうえに、【アブソリュートリンク】による多重発動よりも構造がシンプルなため【オーバーロード】による負担も少ない。
それに最良でないにしろ、プレイヤーの知識レベルを参照した最短の強化を一瞬で演算してくれるため、それを参考にすれば最良の答えも得られやすく深淵の理解を深める手助けにもなる。
「魔法をお手軽超強化できるスキルだけど、その根底にあるのはこれをお手本に勉強してくださいって感じか。先生に関係した超位職っぽいや」
思わず笑みをこぼしながら、ブラットは今度は最弱にして最速と謳われる【細雷】の魔法に【オーバースペック】を使いながら、深淵領域を全開にして解析していく。
【細雷】など最下級のゴブリンにすらダメージを通せない電撃を一筋放つだけの魔法だが、【オーバースペック】によって黒ずんだ上位職級の攻撃魔法として案山子に飛んでいった。
「【細雷】まで黒雷の兆候が出せるようになるのか……。自分の演算能力で辿り着ける最短を表してるのだとすると、やっぱり黒雷もあとほんの一歩ってところなんだろうな。なら超位職の雷魔法でこれを使ったら……?」
黒雷は応用性を突き詰めていった深淵ではなく、ひたすらに威力を突き詰めていった天穹の先にある色のついた魔法だと考えている。
ならばと【天穹朧雷術師】の初期スキルにして基礎魔法──【暈雷】の魔法式を思い描き、【オーバースペック】で強化して放たず、その状態を維持する。
黒色部分が明らかに増えており、あと一滴黒を垂らせば全てが黒一色に染まるのではないかというほど限りなく黒に近い色合いだ。
分からない人相手なら、これが黒雷ですといえば確実に信じてくれるだろう。
「でもまだ……足りない……っ」
超位職の魔法を超位職で強化したため、そのエネルギーは凄まじい。
アインたちは、巻き込まれないよう遠くへと避難するよう指示を出して移動させた。
中途半端な所で維持しているせいで漏れ出した魔法で腕がジリジリと焼かれだす。
それでも足りないと感じたブラットは、トール=ルニルが宿った精霊剣シルヴァーナを両手でしっかり握りしめ、その魔法をそちらに乗せるように魔法陣を付与する。
「まだ──もっと──もっとっ」
宿ったトールの力によってさらに引き上げられ、精霊剣シルヴァーナが鳴くようにキィィィインと甲高い共鳴音が鳴り響く。
少しでも油断すれば暴発して自爆しそうな状態だが、それでもまだ届かない。だったらどうするか──。
「強引にこじ開けるなら──このくらいしないとね! 【アブソリュートリンク】」
【オーバースペック】で引き上げられ、トール=ルニルの力でさらに強化された【暈雷】の魔法に、さらに【アブソリュートリンク】でもう一つ【暈雷】の魔法陣を繋げて融合させる。
灰風をガントレットのように纏い、腕を保護する。そうしなければ腕はとうに雷撃で焼かれていた。
明らかにブラットが行使できる魔法の限界領域は超えている。今でも辛うじて保っていられるのは、剣に宿ったトール=ルニルの力のおかげだ。
英装魔剣の方でやっていたら、とっくに暴発して自爆していただろう。
「これでもまだっ!? ならもう──」
さすがにもう一つ重ねるのは不可能だ。だったらと深淵を観測し干渉。強引に力を増幅させたせいで、ゴチャゴチャになっている魔法を裏側から整理して、余裕ができた分だけさらに強化させ、さらにより黒雷に近づけられるようにトールの魔法を思い出しながら書き換えていった。
膨大で自然回復も多いブラットのMPが維持しているだけで残り一割を切ってしまう。【大異袋】に溜め込んでいたMP回復ポーションをがぶ飲みして持たせつつ、少しずつ少しずつ黒雷に近づくよう無心で改良し続けた。
「これだっ」
何か壁を壊したような不思議な感覚がした。明らかにこれまでとは違う。そして魔法も黒雷化していない。
しかしそれでも自分の中で、確固たる黒雷の形を捉えたと確信し、剣を振り下ろしながら魔法を案山子に向かって全開放した。
目と耳がおかしくなったのかというほどの轟音と光に顔をそむけ、アインたちを避難させておいてよかったと、自分すら焼くほど広範囲に広がった雷に苦笑する。
荒い息を抑え、疲労した頭をいたわりながらも、無言のままシステム画面を立ち上げた。
「あ────ったぁ…………」
トール=ルニルがここで見ていたら、強引すぎると怒られていたかもしれないというほど、無茶苦茶な壁の突破方法だった。
自分でもよく暴発を抑えて、ちゃんとやり切れたなと今更ながら感心してしまう。
けれどその甲斐あって、初期のころにしゃちたんと迅雷の模擬戦をやってから夢見ていた、ブラットがこれまで目指していた自分の基盤となるピース──黒雷の職業が解放されていた。
「やっとか。思えば長かったなぁ。まさかここまでかかるとは思ってなかった。けどこれは……ふむふむ」
そしてここでも、灰風のときに【灰風の灰天使】と【灰風の魔法使い】という選択肢があったように、黒雷の超位職も一つだけではなかった。
「【黒雷の魔法使い】【黒雷魔導師】【黒雷精霊魔法師】【黒雷精魔導師】……多いな」
それも選べる四種類。【黒雷の魔法使い】は一番オーソドックスで、必要なRPも少ない。
「【黒雷ノ秘伝書】は黒雷にまで繋がる職業解放に必要なRPを無料にするって効果だから、黒雷の取得までは効果ないんだよね。
だからここで消費を抑えて、未来を見据えるっていうのもありなのかもしれないけど……ここまできたら一番高級そうなのを取りたい」
今まで苦労してようやく取れた雷系の最高峰、黒雷。ここでケチるのは意味が分からない。
ただ必ずしもRPが安いからといって、悪いわけでもない。オーソドックスということは、それを使える人も多く、その資料もBMOには残されているため習熟速度は他よりも速いだろう。
【黒雷魔導師】は雷魔法に加えて、魔導学からもスキルツリーの枝が繋がっている超位職。
【黒雷精霊魔法師】は雷魔法からの特殊派生らしく、習得するための壁を超える際にトールの力を借りたことが影響しているようだった。
この二つはおおよそRPの差は同一ながら、相性の問題なのか若干【黒雷精霊魔法師】の方が高かった。
「まぁこれにしては誤差だな。それで一番高級なのが──【黒雷精魔導師】か」
雷魔法の特殊派生であり、魔導学とも枝が繋がった超位職。ただの黒雷でなく、魔導学とも繋がりのある魔法を使えるようになっていくことは、短い説明を読んで理解できた。
おそらく一番扱う難易度は高いが、その分だけ強力な力を秘めていると思っていい。
「うん。選択肢はあるけど、ここまできたら妥協はしない。【黒雷精魔導師】だ」
立て続けに大量消費する超位職を取得したせいで、かなりRPが目減りしてしまったが、ここは突っ込むべきだと迷いなく一番お高い【黒雷精魔導師】を選択した。
トールの力とも魔導学とも相性がいいのなら、それを扱えるようになった方がいいに決まっていると。
「よし、取れた。それじゃあさっそく──【黒雷式・精雷】」
初期スキル【黒雷式・精雷】を、システム経由で発動させる。
自動で体が動き、MPが体内で練り込まれ、指先から【細雷】のように細い雷の筋が放射状に何本も広がっていく。
色はまぎれもなく黒。それでいて、これまでの魔法とは少し違うようにも見えた。魔法的であるのは同じだが、どこか霊的な気配を感じさせる黒雷となっている。
「でもこれは、はじまりでしかない。ここで満足しないで、どんどん使い込んでいかないと」
そう言いながら、精霊剣にまとわせ振るってみる。明らかにこれまでよりも、精霊剣への乗りがいい。
また魔導学的に式もかなり整頓されていながら、他者からは誤魔化すように暗号化もされた特殊なもの。
癖は強そうだが、極めればただの黒雷以上のシナジーを発生させる予感をひしひしと感じさせてくれる、そんな黒雷にブラットは大満足のまま新しいオモチャを与えられた子供のように黒雷を次々と放ちだした。




