第六八四話 ルエ式
フランソワはさっそく人形仲間たちに相談しようと去っていき、ブラットも自分の課金拠点に戻ってきた。
受け取ったお礼である真珠貝、アジ、クラゲの三種は、追加で課金して入手した非破壊の巨大水槽×3に観賞魚用の海水も課金して、生物と共にぶち込んでおいた。
エサは課金ではなく、ゲーム内通貨で普通に人工飼料を買ってきている。
それらをパラパラと水槽内にばらまいてみれば、『煌鱗アジ』はすぐに反応して元気いっぱいに食べはじめる。
『ゴールデンジュエリーフィッシュ』は反応が遅かったが、少しして触手で絡め取るように一粒掴むと、傘の中に吸い込んで食べていく。
『神珠貝』に至っては、お腹が空いていないのか水槽の底で微動だにしない。
「大は小を兼ねるって大きい水槽、三つも買っちゃったけど、それはそれで寂しいな。
港町の海が綺麗になったら、一緒に飼える熱帯魚とか捕まえてもいいかもしれない。そのときは、お手伝いしてくれるか?」
「フリィ!」
ゲーム内なら飼育難易度はリアルとは比べ物にならないほど低い。エサやりくらいなら、ペット扱いのフリーが自動でしてくれる。
ちょっとした癒しにいいかもしれないと水槽を見ながら考えつつ、ランランに連絡を取っておく。
その返事がくるまでの間に、フリーと一緒に留守番しながら剣を鍛え続けていたアインとツヴァイの様子を見に行った。
「キィ~♪」
「「キィ!」」
「んん? なんか雰囲気が少し変わった気が……」
それぞれアインにはイリスの大剣を、ツヴァイには早雲の刀を複製して持たせて自主訓練に励んでもらっていたわけだが、どこか一皮剥けたような雰囲気をまとっている。
気のせいではなく、明らかに二体の力が伸びている。どういうことだろうと繋がりから探ってみれば、この二人にも後天的に特性を発現させていたことが分かった。
「アインは【怪力繊剣】、ツヴァイは【俊道隠足】……か。二人とも頑張ったんだな。偉いぞー!」
「「キィィ~~♪」」
ブラットが手放しに褒めながら頭を撫でると、小学生くらいの背丈の翼人であるアインとツヴァイは、目を細め満面の笑みを浮かべ喜んだ。
この二人は末の妹ドライだけが、主の戦いに連れて行ってもらったことが悔しかった。
何故自分たちは連れて行ってもらえないのか、それは弱かったからに他ならないと、妹に嫉妬する暇があるなら己を鍛えるべしと、留守番している間はずっと一心不乱に自分の剣と、その剣に宿った剣術と向き合い続けた。
全身全霊で休憩すらなく、ひたすら剣を振りまわしていると、その剣技に相応しい特性をその身に宿すこととなったようだ。
「【怪力繊剣】はより力強く繊細な剣技が扱えるようになって、【俊道隠足】はより素早い動きと、隠形の力に補正が入るって感じか。
なんか都合よく覚えてもらおうとしていた剣技に適した特性が生えてきてるし、これは偶然じゃないんだろうな」
これがどちらか片方だけというのなら、偶然だろうで片付けられたかもしれない。だが二体同時となると、さすがに偶然で済ませるのには無理がある。
ブラットは騎士に任命した眷属は、後天的に主が望んだことができるように何か特性が一つ二つ生えるのだろうと推察した。
ただそれは概ね合っているが、少しだけ違う。騎士に選ばれるハーピーたちは、生み出したブラットですらその優劣の差が分からないほど同じに見えるが、やはり内在する才能の差は存在している。
それはドライのあらゆる精神干渉を無効化する特性を、最初から宿していたことからも想像に難くない。
なので適当に選んだ場合、どれだけその翼人が頑張ろうと特性が出ない個体も存在した──というより、むしろほとんどがそうなのだ。
実の兄や恋人すらも引かせた蟲毒的な選別法は、そういった可能性のある個体を見分ける指標となるため、アネモネのように自分で見極める力がないのなら一番有用な手段といえる。
少なくとも何かしらの差をつける要因がなければ、万という数の中のたった一体になるなど不可能なのだから。
何かしらの才能が眠っていると思って間違いない。
そしてその才を、主が一番望んでいる形で萌芽させたからこの二体にも特性が生えたのだ。
ちなみに最初から特性を持っていたドライは、まだ新しい特性を後天的に生やす余地すらあるのだが、それはまだ本人すら気が付いていない。
「おー、凄いな。動きが全然違う」
「キィィッ」
「「キッ!」」
さすがにここまでくると、ドライも二人がかりで来られれば分が悪いようだった。
特性で剣技の習熟度が増大し、もはやブラットが教えてあげられる範囲は超えている。世刻奇剣でもない剣の記憶で習得できる限界点まで成長を遂げていた。
これ以上の剣技を目指すのであれば、【英傑召喚】での試練の場で彼女達を召喚し、そこで直接教えを乞うのが早い。
「早雲さんは存命だから、ツヴァイはしばらくそっちの道場に修行に出すっていう手もあるか。オレから言えば、話くらいは聞いてくれるだろうし」
眷属たちは一度死ねばそれで終わりな存在なため、ちゃんと使うのであれば力をつけさせたほうがいい。
こうして目に見えて成果も出し、健気に頑張っている姿を見ると、できるだけ死んでほしくはないため、その辺りのことももっと考えてみよう。
そう考えながら、二人がかりではあるがドライの負けという形で模擬戦が終わったあたりで、ランランからの返答が返ってきた。
「待っててくれるなら、いつでも来ていいよ──か」
『天乱の双玉璽』について情報を得たいブラットは、少しでも早く確かめられるようにと、フリーとアインたち三人を留守番させ、彼女の元へ向かった。
今日はお得意さんが何人か発注していた毒を取りに来ているようで、少し待ってから奥の部屋へと通される。
最近では研究室が手狭になってきたのか、さらに課金してランランの拠点も随分と広がっていた。
「それで話ってなあに~?」
お土産として彼女が喜びそうな毒素材を提供し、さらに最近興味を持たれ出したブラットが特性で出せる毒も直に試験管の中に入れながら、ブラットは天乱の双玉璽について語っていった。
聖獣であるのなら、ランランに協力してもらえるかもしれないと。
「なるほど~? お土産も貰っちゃったし、それくらい全然いいけど……そのサメさんと比べると私は聖獣としては格落ち過ぎると思うけど大丈夫~?」
「サメさんみたいに、特別な存在でなければいけないのか。プレイヤーでもいいのか。今はとにかく情報が欲しい段階なんだ。だから協力してほしい」
「いーよ。じゃあ貸して~」
灰の鎖で繋がった二つの玉璽──天乱の双玉璽を手渡すと、ブラットもランランも何か感じるものがあった。
これはいけると、何故か分かったのだ。ランランは聖獣としては異端なためそれほど得意ではないが、至ったことで聖なる気を発することだってできる。
サメさんがやってくれたように、ランランは天使の方の玉璽に力を注いでくれた。
「もぉむり~。ちょっと休憩させて~」
「ああ、全然いいよ。ありがとう、ランラン」
「でもなんか、まだいけそうな気がするな~」
サメさんほどの力はないため、ランランは途中で音を上げてソファに移動し寝転んだ。
だがまだまだ玉璽はランランの力で満たすことができると、二人には分かった。まだランランだけで満たせる範囲内でみて二割ほどか。
下手すればサメさんよりも、多くの聖気を送れる可能性すらあった。サメの紋章が印面に浮き出てきていた部分に薄っすらとパンダの紋章が見え隠れしている。
「聖獣としての格は圧倒的にサメさんの方が上だと思うんだけどね~。私はまだ成りたての、新米聖獣だし」
「なのに下手したらサメさん以上に満たせるって、条件は何だろうな」
「ん~、私がサメさんと比べて勝ってるところって言えば………………あ、ブラットとの関係値とか~?」
「それだと逆にサメさんと大差がない気がする。関係値+エネルギーの総量とかかもしれない」
「ありそ~」
サメさんとランラン、どっちが親しいかと言われれば圧倒的にランランだ。
単純な付き合いの長さだけでなく、共に期間限定イベントやファフニールを追ったりと内容も濃く、多大な感謝こそされているが、ランランほどの関係値を今日会ったばかりのサメさんとは築けていないからだ。
逆に力量でいえば、サメさんが圧倒している。サポーターとして優秀なのは、直近のファフニール戦からして記憶に新しいが、それでもランランは生産職であり、戦闘に向いたステータスはしていない。
その二つの項目を加味して、注げるエネルギー量を換算すれば、ブラットはこの差もあり得るような気がした。
「となると関係値はかなり重要なのかもね。私の方が注げる量が多いなら、そっちの方が査定が高いってことなんだろうし~」
「そもそも最低限の関係性がないと選ばれないというか、ある程度の縁を作った相手でなければいけないって感じなのかもしれないな」
「そのサメさんくらい強いなら、会ったその日にでもかなりの量を注いでもらえるみたいだけどね~」
「けどサメさんレベルは、そういないっていう」
「あははっ。そりゃそ~だ~。んじゃあ、続きをしてあげよっかな~。ブラットは毒ちょうだい」
「はいはい。いくらでもどうぞどうぞ」
「いやぁ、なんかブラットの毒を使って錬成した毒が好評なんだよ~。儲けさせてもらってる。癖がないっていうか、素直な毒だから錬成もしやすいんだよね~」
「そうなのか。オレにはよく分からないけど、これくらいは協力させてもらうさ。ランランには世話になってるし」
しかしブラットの毒を錬金術で加工するとはいえ、それによってブラットの使う毒に耐性が付いたりしないだろうかと少し思ってしまう。
とはいえよくよく考えれば、戦闘で毒殺するために自分の毒を使ったことがどれだけあるかと思い出し、毒が効こうが効くまいが斬ってしまえば同じことかと、実に脳筋な思考に落ち着いた。
そのまましばらくブラットはランランが用意したガラスの容器に【翠死蜂の毒】を注ぎ、ランランはブラットが持ってきた天乱の双玉璽に聖獣としての力を注いでいった。
「ふぃ~。これでいっぱいかな」
「ありがとう、助かったよ。それにおかげで、サメさんと比較もできて情報も集まった」
「こっちも沢山、実験に商売用にどっちに使ってもいいくらい毒もらっちゃったし、全然かまわないよ~」
ブラットとしては大した手間でもないのだが、ランランからすればそれなりに面白い毒であるらしく、その価値は高かった。
用事を済ませたブラットは、ランランもこれから実験がしたいということで、長居はせずに課金拠点へと帰還する。
帰るとアインたち翼人騎士三人は、揃って自主練に励んでいた。フリーはそんな頑張り屋の三人を、空から応援していた。
そのやる気の高さに感心しながら、頭を撫でて褒めると飛びあがるほど喜んでくれる。
零世界でまだグリードやスフィアたちが小さかった頃のことを思い出し、思わず微笑みが浮かぶ。
しかし今でもスフィアやマリンは頭を撫でて欲しがるが、それはもうその頃とは別の意味になってしまったなと、すぐに苦笑に変わる。
「「「キィ?」」」「フリー?」
「気にしなくていいよ。こっちはこっちで作業するから、そのまま続けててくれ。でも疲れたら、ちゃんと休むこと。いいな?」
「「「キィ!」」」
「フリーー」
アインたちは元気に返事をし、フリーは無理をさせ過ぎないよう見張ってるねとばかりに張り切っていた。
そんな彼女たちに背を向けて、ブラットは課金拠点の自室にやってくると、椅子に腰かけ机に本を広げる。
「『夢調考察手記』に『ルエ式魔導理論』か。どれどれ──」
そのどちらもが、ワーズグースのドロップアイテムとして排出されたアイテムだった。
『夢調考察手記』は彼が独自に研究した夢の力の使い方について記されたもの。夢使いも稀少な分類なため、そうそう師事できる相手は見つからないため、たいていは独学になる。
それは仙術による夢使いとは違う。けれど夢という根底が同じなため、読み込んでいくと「そういうことだったのか」「こういう使い方でよかったのか」「こうすればいいのか」──と思わず独り言を呟いてしまうほど、夢に対する基礎力が向上していくのを感じる良い資料となった。
実戦で鍛え上げたとはいえ、こうして理論だてて説明してもらえると、感覚以外でも補強されて非常に身につく気がしてくる。
少し読み込んだところで、また今度と『夢調考察手記』を閉じる。
今度はもう一つの本──『ルエ式魔導理論』に手を出していく。
「やっぱりあいつも魔導学者だったのか」
戦いの最中のあの見事な魔法の使い方。それを見て予想はしていたが、そんなワーズグースの魔法の土台となった理論がそこには記されていた。
エルヴィスの教えとはまた異なる方向性であり、かつかなり古くさい今どきではない理論であった。
だが古いから悪いなんてことはなく、魔導学は積み重ねだ。昔があるから、今の理論がある。
解釈が現代の感覚からすれば間違っている部分もちらほら散見されたが、それはそれで何故その考えに行きついたのかを考察することで、この理論の提唱者の考えや意図も読めてくる。
「けどこの古臭い理論で、あれだけの魔法を使ってたんだよな。逆になんでできたんだ?」
ブラットから見て、最近の研究による魔法式と大差のない魔法だった。巧妙に読み取れないように隠してはいたが、深淵という裏側から観測しているブラットには大した意味をなさない。
ブラットはもう一度、戦闘中のワーズグースの魔法を観測したときのことを思い出しながら、見たこともない古代の魔導学理論と照らし合わせていく。
「この理論が基礎になったのは間違いない。けど……こうか?」
自分でも自分の魔法をいじって、ルエ式風に変えていく。しかしそれでは、この魔法は発動しないだろうなと、現代の魔導知識に照らし合わせるとまずあり得ない記述に苦笑する。
それでも実際に実験することの大切さも、エルヴィスから学んでいた。ブラットはそのまま、改変した魔法を発動するようMPを消費した。
「は?」
ブワッと風が部屋中に広がった。ブラットの知識からすれば、あちこちで干渉して発動しないか、過剰な魔力消費で発動手前で中途半端に消えるはずだ。
真上に小さなつむじ風を放つ魔法であったため、想定していた効果とは違う。けれどそれでも発動した。
「え? なんで……そんなわけ────────────あ、えっ、そういうこと!?」
何でそうなるんだと深淵領域を解放して、本来は観測できない裏側まで確認してみれば、表面的な記述は間違っていたが、深淵側では成立していたのだ。
かといって深淵が観測できるものがやるような式ではなく、偶然に近いような形で、無意識的に表面を叩いて裏側に衝撃を通すような強引さはありながらも、不思議なほど裏側は綺麗に成立させている。
「気持ち悪い……けど、これ何か閃きそう」
知的好奇心がこれでもかと刺激される。なぜ表面しか認知できない人物が、深淵側で成立させられたのか。
ルエ式という聞いたこともない、変な魔導学理論を紐解いていく。
どれほど読み込んでいただろうか。自分で魔法を使い、深淵による観測も全開で行使しながら実験もした。
それでもまだ、ブラットが感じた気持ち悪さは解明できない。しかしここで一つ、大きな変化が訪れた。
《超位職【万律の後継者】は、超位職【万律の編纂士】に進化しました》
「…………………………は、はぁ?」
ブラットには何の自覚もないままに、エルヴィスから継承した超位職が進化した。
次は火曜日更新予定です!




