第六八二話 サメさんのお礼と・・・
ワーズグースの似非復活術も阻止し、その存在を完膚なきまでに消滅させたことで、彼が見ていた夢も終わりを告げる。
まき散らされたドロップアイテムを回収し終わると、それを見計らったかのように世界は完全に崩壊し、気づけば砂浜も海もない、ただの水没したB-13号室にいた。
ここまでのできごとも、ワーズグースという存在すら全て夢だったかのように。
しかし夢ではあったが、なかったものではないことを証明するように、ブラットたちの体は不思議な青白い光に包まれていた。
そして青白い光の粒子がこっちに来てとばかりに、扉の前で待っている。
『ついていってみよう』
『そうね』
この青白い光の正体はなんとなく察することができている。悪意どころか、ブラットたちへの感謝に溢れたその光の粒子を追っていくと、そのまま海面へ向かって浮上していく。どことなく濁っていた海も、少しだけ綺麗になっている気がした。
完全に海上に出ると、青白い光が集まっていき半透明の幽霊のような実体の薄いサメとなる。
相変わらず顔は醜く、見た目だけで人々の恐怖を煽るようなサメではあるが、それでもブラットたちはその存在がどういった者なのか理解しているから冷静でいられた。
「ありがとう。これで皆を解放してあげられる」
そのサメから無数の光が溢れ出し、天へと昇っていく。彼が抱えていた、夢の世界に囚われていた大量の魂たちだ。
誰も彼ももはや意思は残っておらず、世界の大いなる力の流れに乗って消えていくだけの存在。
しかしそれはどこか美しく、儚げで、ブラットたちはそれが完全に消えるまで静かに見守った。
全ての魂が消え去ると、薄っすらと透けるようなサメの体が現実世界にようやく根付いたかのようにぼやけていた姿がクッキリ浮かび上がってきた。
かつてこの海に住まう者たちに恵みをもたらしていた、海の守り神だった頃よりも弱体化しているが、それでも隠しきれない力の圧を感じさせる。
夢の深海で相対したときよりも、こちらの方が間違いなく強いだろう。
「あなたの加護のおかげで勝てた。こっちこそ、ありがとう」
「ふふっ、そういってもらえると嬉しいなぁ……」
見た目は恐ろしいが、返ってきた声はとても穏やかで、ほっとするような男性の声だった。
けれど自分のせいで、ワーズグースのような輩を引き寄せ、殺してしまった人々に対して罪悪感を感じているようで、未だに魂が流れていった空を見つめている。
なんとなく声をかけづらく、そのままサメの言葉を待っていると、気づいたようにブラットたちへ向き直った。
「ああ……ごめんね。まだ夢の中から目覚めたばかりで、ぼーっとしていて」
「何か不調があったりするのかしら? 私たちでできることなら、手伝うくらいはかまわないけれど」
「体は問題ないよ。放っておけば、ある程度は力も戻っていくだろうから。こういうとき、無駄に頑丈な体で助かるね。
それと名前ももはや忘れてしまったから、僕のことはサメさんと呼んでほしい。彼らがそう呼んでたみたいに」
「了解。じゃあサメさん、オレたちをここまで誘導してきたってことは、何か用があったってことでいいのか?」
「ああ、あのとき僕と戦わずに、宝石サンゴにされていた子たちを持っていかずに、あの男を討伐してくれたことへのお礼がしたくてね。
あのまま現実世界へ宝石を持っていかれていたら、もうその魂は二度と還してあげることができなくなるところだったから」
内心では「このイベントの本命である真ルートをクリアしたのに、ワーズグースのドロップアイテムで報酬は終わりなの?」と、少ししょぼく感じていた二人であったが、その言葉にこっちが本命かと、表面上は「いやいや、当然のことをしたまでですよ」と振る舞いながら「来た来た!」と心の裏側でダンスを踊る。
「まずはこれを。君たちは宝石の類に興味があったみたいだから、その代わりに受け取って欲しい」
「めちゃくちゃ大きいけど、これ貝だよな?」
「『神珠貝』といってね。水槽か何かに入れて飼ってあげれば、神秘を宿した真珠を一週間に一つ作り出してくれる貝だよ。あの宝石サンゴより、ずっと価値は高いはずだ」
「それは……正直言ってもの凄くありがたいわね」
大きさはブラットが両腕で輪っかを作ったくらいの、一抱えもある巨大な真珠貝ならぬ神珠貝。
フランソワの体をさらにバージョンアップするために、夢素材の宝石を探しにきたわけだが、それよりも価値のある神秘素材が定期的に採取できる貝と知ってお嬢様は平静なふりをしながらも、本体であるポチは鼻息を荒くしていた。
確定で運要素もなく貴重な神秘素材の宝石を供給してくれるとなれば、気軽に素材を使って実験をし、最適な使用方法を探ることもできる。
寿命は実質なく、このゲームが続く限り永遠に神珠を生み出し続けてくれるとのこと。
しかも海水でも淡水でも清水でも汚水でも平気で生きられるほど、生き物として図太い生命力を有しているため、殺そうとしないかぎりかなり粗雑に扱っても死にはしないらしい。
「水質によって神珠の性質が変わったりするから、いろいろと試してみてもいいかもね。じゃあ、はい。君たちに」
「ありがとう」「ありがたくいただくわ」「キィ」
しかも一パーティで一つではなく、一人一つ。ブラット、フランソワにドライの分で三つの貝を出してくれ……。
「え!? ドライの分までもらえるのか!?」
「当然じゃないか。その子だって、君たちの仲間なんだろう?」
「はい、はい。その通りです。さすがサメさん、お目が高い!」
「え? う、うん?」
「な、なら私の人形たちは!?」
「え、だって人形は人じゃないでしょ?」
「そ、そうなのだけどぉ……そうなんだけどぉ! うぅ~!」
普通こういうときはプレイヤーだけが対象になるものだが、サメさんの歯を受け取っていたりと、かなりイベントに関わったからかドライも一人の人間としてサメさんは認識していた。
それとももしかして、アインとツヴァイも連れてきたらさらに追加で二つ貰えたかもしれないかと、少し留守番させたことを後悔するが、あの二人を先の戦場に立たせるのはまだ早いかともったいない精神を引っ込める。
実質ブラットだけ、一つ多くもらったようなものなのだから。
「まぁまぁ、そこは持ちつ持たれつやっていこう。水質による実験とかも、共同でやればいいさ」
「本当!? ありがとう、ブラット」
三つを共同管理という形にすると、フランソワも落ち着いてくれた。ブラットとしても、宝飾品の扱いに長けたフランソワが実験を主導してくれる方が効率的だ。
生き物のカテゴリにあるが、何故かカバンには入るので、持っていてもかさばると収納しておいた。ドライの分は、もちろんブラットのカバンの中へと入っていく。
「おっと、まだお礼は終わってないよ。どうやら君たちは光物が好きみたいだし、これとこれもあげちゃおう」
「──これはっ!?」
「これはこれで凄いわね、というか光物でこれはお寿司じゃないんだから……まぁいいのだけど」
これまた海に関係した生き物を二種類、こちらに差し出してくれる。
一種は宝石のような煌びやかな七色の鱗を持つ『煌鱗アジ』。
もう一種は透けるような透明感がありながら、黄金に輝く『ゴールデンジュエリーフィッシュ』──つまり〝クラゲ〟だった。
『煌鱗アジ』は飼っていると鱗を落としてくれて、それが神秘素材となる。神珠ほどの貴重性はなく、どちらかといえば見栄え重視の素材になるが、それでも〝神秘〟に分類される特殊な魚だ。
寿命は千年生きるとも言われているため気にする心配はないが、綺麗な海水で育てなければいけない魚なので、少し飼育に気を使う必要がある。
そしてブラットが大注目しているクラゲ──『ゴールデンジュエリーフィッシュ』は、寿命は一ヶ月とされているが実質不死の存在で、老体となって死ぬと全く同じ遺伝子を持つ卵が残り、それが孵化すると幼体、成体、老体と一ヶ月かけてサイクルを過ごし、また死んで卵に戻るという、不死鳥のような生態を有していた。
その卵に戻る過程で、古い体が残るため、それが貴重な『漣金』と呼ばれる〝神秘〟素材となる。
こちらは神珠貝ほどではないが環境の適応能力は高いため、エサさえちゃんと与えれば、わりと放置でも平気で生き続けてくれるらしい。
だがブラットは神秘素材うんぬんよりも、クラゲという部分に大興奮していた。『漣金』などと聞いたこともないような金の素材も気にならないわけではないが、これはさすがにスイ=エレもコレクションとして持っていないのではないかと考える。
「この『ゴールデンジュエリーフィッシュ』って、めちゃくちゃ珍しかったりしないか!?」
「そうだね。この海がまだ恵みに溢れていた時代には、極々稀に見ることもできたんだけど、今の時代で手に入れるのは無理かもしれないから」
「おぉ……ありがとうございます!」
当然のようにアジもクラゲも、ドライの分が用意されていた。
なので一匹、スイ=エレにそのままプレゼントするという手段も取れないことはない。とはいえ、もうそちらのクエストはあと少しまできている。
死体でも提出できるため、貴重性を加味してそちらでポイントは稼げるはず。ならばそれで三大精霊装備をコンプリートできるかもしれないと、ブラットは高速で頭の算盤を弾いた。
『ブラット、あそこで宝石を取らないで正解だったわ! 本当にありがとう!!』
『こっちこそ、このイベントに誘ってくれてありがとう!!』
二人で喜び合いながら、不思議な水の袋に入ったアジとクラゲも、何故かカバンには入るため、そちらも丁重にしまっておいた。
もう大満足だ。ワーズグースのドロップアイテムはまだ確認していないが、そちらがカスのようなアイテムばかりであっても、笑って許せるくらいの心の余裕ができていた。
しかしそれらを受け取り、喜んでいるのを見越していたサメさんは意外と打算的でもあった。
それだけのお礼を上げてもいいくらい感謝していたが、それと同じくらい二人に頼みたいことがあった。
だから目一杯の欲しそうな物を、ブラットたちに提供したのだ。
「喜んでくれたようで何よりだよ。それで……なんだけど、実は図々しいことは承知の上で、君たちに頼みたいことがあるんだけど、聞いてもらえないかな?」
「どうぞどうぞ。聞きましょうとも」
「やるかどうかはともかくとしても、聞くだけなら問題ないもの。でもできる限りのことはするつもりよ。話してちょうだい」
ウキウキの二人は余程のことを言われない限り、このサメさんのために働こうと前のめりでそう答えると、「そう言ってもらえて嬉しいよ」と彼はほっとしながら頼みごとを口にしはじめた。
「実は頼みたい事というのは、この海のことなんだ。僕はまたあの頃のような、素敵な海を取り戻したい。
あの頃のように、沢山の人たちが幸せそうに笑ってくれる場所になって欲しい。
でも僕一人では難しい。どうやらこの地は、大陸でも屈指の曰く付きの呪われた土地ってことになっているみたいだから……」
外を観測できるワーズグースを通して、大よその今の時代のこの海と港町の扱われ方もちゃんと理解していた。
けれどそれでもサメさんは、あの昔の幸せだった頃を、ワーズグースという愚物に壊されたあの時代を取り戻したかった。
「でも君たちが手伝ってくれるなら、何とかなる気がするんだ。君たちに、この土地と海を治めてほしい。
君たちなら、あの男のような詐欺師が来ても追い払ってくれるだろ? それに僕を怖がったりもしないから、接しやすいし……駄目かな?」
「つまりこの土地の領主……というか、王様?にでもなって、港町を復興してほしい。ということであっているかしら?」
「うん。そうだね。それが僕の望みだ。海の浄化は僕に任せてくれていい。けれど僕は海の土地神だから、大地まで管理するのは難しいんだよ。
だから奴のたくらみにも、実行されるまで気づけなかったくらいだしね……。またいっぱいの人たちが、幸せそうな顔して僕がいる海を泳いだり、船で通ったり、そんな光景が見たいんだ」
「なるほどな。ちょっと相談してもいいか? 土地を治めるって、結構重要なことだし」
「ああ、存分に相談してくれ。僕はいつまでも待ってるから」
ということで、お言葉に甘えてブラットとフランソワは今後について考えていく。
「ブラット的にはどうなの? もうハイエルンの王様よね?」
「ハイエルンから離れてるから飛び地になっちゃうけど、その辺の山とかで人材は拾ってこれるから、なんとかはできそうかも?
それとやりたいかどうかでいえば、個人的にはやってみたくはある。もしもあの夢の世界の港町まで最終的に戻せるなら、そこで得られる恩恵はかなりの物になりそうじゃないか?」
英傑討伐で手に入れた『支配悪想分霊箱』は、領土を増やすことでも影響を与えることができる。
人材でのポイントもあるが、領地の評価ポイントはかなり高いことを、先のハイエルンの領土拡大で知っているため、手に入れられるのなら手に入れたくはあった。
「そうよね。ただ海の守り神である土地神さまが許しても、人間の国がそれを許してくれるかは分からないわ。その辺りはどうやって解決するつもり?」
「選定勇者の威光をチラつかせるとかじゃ駄目かな」
「ああ、そっか。ブラットってお偉い勇者様だったわね」
「忘れないで貰えるかな? こんな勇者らしい勇者はいないから」
「だって賊を山菜か何かみたいに、拾ってこようとするような人だし。それって勇者というより……まぁいいわ。
選定勇者の威光と土地神様が後ろについてるってことを周辺国家に知らしめることができれば、なんとかなる……かしら?」
そもそもこの土地は呪われた地として、どこからも見放され、もともと所有していた国ですら、その権利を全て放棄している状態だ。
なのでそこの所有権を主張し、強引に立て直すこともできなくはない。しかしいざ港町として形になったとき、各国が欲を出してちょっかいを出してこないとも限らない。
それに事前に各国から了承を得ていれば、立て直しもずっとスムーズに終わるはずだ。
また今、本当に元に戻せるのか未知数な状態であるからこそ、各国もそこまで反発心も生みづらいようにも思える。
そして最初にブラットたちのものとしてしまえば、立派な港になっても後から文句も言いづらいし、それと選定勇者の威光を盾に、正々堂々と文句を言い返すこともできる。
ちゃんとした条約に基づいているのなら、ブラットが懇意にしている国々も味方に付いてくれるだろう。
だがそこへ海の土地神からの要請というポイントも加われば、余計にもめごとは少なくなる。
なのでそれを証明する手段はないかと考え、サメさんに前向きに考えていることを伝え、どうにかその威光を示す方法はないかと問いかけた。
「ここまで使者が来てくれるなら、僕が直接話してもいいよ。恐がらせてしまうかもしれないけど、そこは君たちが何とか説明してくれれば、討伐しようなんて思わない……よね?」
「そこは善処する……というか、できる限り事前に説明もするつもりよ」
『見た目が恐ろしすぎるのがなぁ。守り神というより、暗黒魔獣デスシャークとかいう名前の方がよっぽど納得できるし』
『けどそこは、選定勇者の説得力で押し切りましょう。良くよく観察すれば、サメさんから聖なる気が漏れてることも分かるでしょうし』
『だな。というか今更だけど、フランソワもノリ気ってことでいいのか?』
『ここまできたらやるわよ。それに海の守り神と協力して復興させた港町も気になるし、これって次のイベントがはじまるフラグよね? だったら復興後に何かまた報酬があるかもしれないし』
『なるほどね。確かにそれも気になるか』
ブラットもあちこち手を出し過ぎな気がしないでもないが、ハイエルンを立て直したノウハウも一応ある。
それにゲーマーなら、この先のイベントでどんなことが起きるのかも気になって仕方がない。
また積みあがるタスクに、むしろワクワクしながら、ブラットたちはまず最初にどうしていこうかと、サメさんも交えて作戦会議をはじめていった。
次は土曜日更新予定です!




