第六七八話 原点に戻る
大きなサメの歯を持つ、ドライの小さな手を凝視しながら、クロミアはどういう状況で手に入れたのか、海上で周囲を警戒しながらも彼女との繋がりからその記憶を受け取っていく。
だが彼女自身も気づいたら目の前に流れてきて、なんの悪意も感じなかったために貰ってきたという認識だった。
「〝夢罪鮫王の歯〟ねぇ。ごつい名前してるし、見た目からして善性とはほど遠い気がしないでもないんだけど……」
「まったく邪気は感じられないわね。むしろ聖属性すら宿ってないかしら?」
「となるとやっぱりそうなんだろうなぁ」
「クロミアは何かに気づいたようだけど、そろそろ私にも説明してくれない?
このままじゃ、ただ意味もなく危険なサメを見に深海ツアーに行っただけになってしまうわ」
「そうだね。町の方に戻りながら話すよ。ここにはこれ以上、必要な情報はなさそうだし」
この辺りで危険な存在はサメだけだ。それなりの時間戦っていたようで、空はもう日が昇りはじめていた。
眩しい太陽を背にするように、クロミアたちは海上を飛びながら、あの鮫フリークたちのいる町に戻っていく。
「この子のおかげで冷静になってから、ようやく気づけたことなんだけど、あのボスザメは見た目こそ悪のように見えたけど、私たちを殺そうというよりは、一心にあのサンゴとその宝石を守ろうとしているだけだったんだよね。
怒りも殺意も、私たちを殺そうとしたのも、あの宝石を盗ろうとしたから。だから宝石を盗む意思がないと伝えたらあっさり引いてくれた」
「あの流れからして、それは間違いないのでしょうね」
「でしょう? でもそれだけじゃない。私がすぐに引こうと思ったのは、別の悪意を感じたからなんだ」
「別の悪意? あの場に第三者がいたってこと?」
「あの場にはいない。けど私たちの欲望を刺激して、宝石を盗らせてボスザメと戦わせようとする悪意があそこにはあった。
おそらくそいつは、あのボスザメを私たちに殺してほしかったんだと思う。
殺せないでも、少しでも弱らせてくれたらいい──くらいは確実に思ってたはずだよ。そんなねちっこい、嫌な悪意が私たちに絡みついてたから。この子のおかげで、すぐにその悪意は払えたわけだけど」
「キィ♪」
クロミアが撫でると、嬉しそうにドライは目を細めた。戦闘面では役に立てず悲しかったが、別のところで主のために力を使えたと本当に嬉しそうだ。
そんなドライにクロミアも微笑みながら、心の中でアネモネにも感謝しつつ話を続けていく。
「じゃあそいつは誰なんだよって話になってくるわけだけど、私はこの夢を見ている、この夢の世界の創造主。私たちはそいつの夢の中にいると思っていい」
「つまりあのボスザメの世界ではないということね。殺気の話を合わせて考えると、もしかしてこの世界はボスザメを殺すための箱庭なのかしら?」
「理由は分からないけど、その可能性は高いと思う。そいつはボスザメを悪者に仕立て上げようとしている節がある。
第三者から見て、町まで飛んでやってきて捕食するサメを放ってる時点で悪にしか見えないだろうし。
けど私たちが、それでもそこまでの悪と思えなかったのは──」
「住民たちの反応ね。あのサメに恐怖していたのなら、あんなにサメのことが好きなわけないもの。
それどころか自分から食べてくれって望んでいるほどだし、本人たちがそれを望んでいるならって少し思ってしまったわよね」
「そうサメ側に洗脳されてのことだったら、それも理解できたんだけどね。実際に操り人形みたいな動きしかしてないし。
けど深海まで潜って、あのボスザメと相対して、ようやく別の悪意をその裏に感じることができたことで、あのサメの世界じゃないと確信が持てた」
「となると誰がという話になってくるのだけど、それを町を探索して探そうということね」
「きっと何かあると思う。こっちには、これもあるしね。何か変わってるかも」
そう言ってクロミアは、ドライが持つ〝夢罪鮫王の歯〟へと視線を向ける。
それは彼女がもらった物だ。彼女が持っておいた方がいいだろうと、そのままドライには持っていてもらう。
「もしもクロミアの読み通りなら、この先にはトゥルーエンドが待っていそうね」
「だろうね。それこそ海底の宝石サンゴを持ち帰るよりも、あのボスザメを倒すよりも、私たちのためになる報酬が手に入りそうじゃない?」
「でしょうね。ふふっ、何が待っているのか恐くもあるけど、楽しみになってきたわ」
「たぶん、この夢を見ている本当の〝敵〟がいるんだろうしね。ちなみに、そっちには精神を守るスキルとかある?」
「分かっているのなら、多少は対抗策は思い浮かぶけれど、それが通用するかは微妙な所ね。
私よりも夢に慣れているクロミアですら、少し飲まれてしまっていたのでしょう?」
「クロミアっていう防壁越しにね。少なくとも夢を扱う術は向こうの方が上なはず」
それでもそこまで深くまで精神を侵食されていなかったことから、桃色真君のような怪物級の夢の力を有してはいないだろうことは分かる。
だがこれだけの世界を構築していることからも、仙術系統ではない未知の、それもこちらより優れた夢の力を持っている相手でもある。
敵の姿も居場所も、どんな戦いになるのかも、まったく想像できない。
それを探るためにも、何もないと探索を諦めた町へと戻ってきた三人は、さっそくサメさん帽子を被って何か変わった所はないか確かめていく。
「すげー! それサメさんの歯じゃん!」
「かっこいい!」「凛々しい!」「神々しいわ!」
子供のNPCから端を発し、〝夢罪鮫王の歯〟を持つドライに他の近くにいたNPCが寄ってきた。
さっそく違う反応に何かあるか──とクロミアとフランソワは期待したが、初見の反応パターンが増えただけで、相変わらずBMOのリアルな会話をしてくれるAIとは違う、決められた言葉をその後は口にするだけだ。
『ねえ、あの人って確か最初に来たときに食べられてた女の人じゃない?』
『え? あ、本当ね。あの子供にも見覚えがあるもの。食べられても復活するのね』
そのことを気にして探索してみると、空から降ってきたサメたちに食べられたはずの住民を他にも見つけることができた。
そりゃあ簡単にその身を捧げられるわけだと納得してしまう。この町では、一日がリセットされるのだ。
来訪者で動きのパターンは多少変化するが、基本的に毎日同じことを繰り返す人形たち。
「でも食べられるのはランダムなんだ」
「今回はあの母親も生き残ってるものね」
町をうろついていると、また空から何体ものサメが襲来してきた。時間帯も捕食される住民も違う。
だが今回は驚くこともなく、冷静に見ていたことで気づけたことがあった。それは──サメ側が食べる住民を選んでいるということ。
基準は分からないが、気まぐれではなく何かしらの意思をもって、目当ての住民を捕食していると、その動きと夢の仙道としてのクロミアの力で判明する。
それと同時に、サメに見向きもされない男がいることにも気が付けた。それは自分たちプレイヤーと同じ反応だ。何もないわけがないと目をつける。
「怪しい……。他の住民は意識くらいは向けられてたのに、さすがに不自然だよね」
「そうね。けれど……あれが〝敵〟には見えないけど、夢の世界なら突然姿が変わるなんてこともあるのかしら」
「私を見れば分かる通り、夢の中なら姿を変えるのはそんなに難しい事じゃないね。けどあの人は、そういうのでもない気がしてる。ねぇ、そこの人。ちょっといいかな?」
「やあ、見ない顔だね。旅人さんかな? ゆっくりしていくといい」
対応としては他のNPCの会話パターンと同じだった。けれど挙動が他とは違った。
旧時代のロボットのように同じ表情を浮かべなかったが、チラチラとドライが持っている〝夢罪鮫王の歯〟に視線を向けている。
さらに笑顔も引きつり、汗を頬に流し、何かを訴えかけようとしている必死さが伝わってきた。
「何か私たちに伝えたいことがあるの? もしそうなら、視線を縦に動かして」
「サメさんはいいぞ。強くてかっこいい。これ以上の存在はありはしないよね。お勧めのグッズは──」
テンプレのセリフを口にしながらも、そのNPCは視線を上下に動かして意思の疎通を図ってきた。
これにより、この男が何かに操られているという事実がはっきりする。
「私のときみたいに、どうにかすることはできないかしら?」
「やってみる」
クロミアは男の手を掴み、【胡遁夢遊至人】の力を意識しながら脳の深淵領域を開いて集中する。
非常に複雑で分かり辛かったが、この男をしばりつけている鎖のような力を捉えた。それを壊すというよりは、解き逃がしてあげるようなイメージで仙力を練りだすと、新しいスキル──【逃醒界衝】を習得したのが分かった。
「【逃醒界衝】」
「ウガッ!?」
【胡遁夢遊至人】による仙力の波動を、触れた手から男の全身に広げていく。すると彼を繋いでいた鎖が波紋に弾かれるように動いていき、スポンと服でも脱ぐように鎖は切り離され、宙で霧散した。
「これで普通に、しゃべることができるはずだよ。ここがどういうところなの──」
「俺は許されざる罪を犯した罪人だ。どうかあの方を救ってくれ」
「え? えぇ……」
これで詳しい話が聞けるだろうと期待したのも束の間、言いたい事だけ言い切ると、男は光の粒子となって〝夢罪鮫王の歯〟にそれが吸い込まれていった。〝夢罪鮫王の歯〟が、ほのかな光を宿す。
「助けてほしいのなら、もう少し詳しいことを話してから逝きなさいよ。まったくもう」
「本当にそれ。あれじゃあ、意味が分からないよ。けど方向性は合ってるかもしれない。他にも似たようなのがいて、それらを解放していくことで次のイベントが解放される みたいな感じじゃないかな」
「その線が今のところ一番濃厚な気がするわね。けれど町人一人一人を確認していくとなると、いったい何日かかることやら」
「そこは大丈夫。さっきの男を解放したとき、あの呪縛の力の流れは把握できたから効率はもっと上がるはずだよ」
「相変わらず多芸ね。ならお願いできるかしら」
「いいよ。自分の特訓にもなりそうだしね」
クロミアは先の鎖と同質の力にピントを合わせながら、さらに深淵領域を開き、より広い視野で周囲を見渡していく。
するとさっそくまた一人見つけることができた。
「あの方は何も悪くなかったのに……私たちのせいで……」
「また消えると」
「次行ってみましょう」
「キィ~」
次に呪縛を受けていた女性NPCを解放すると、また意味深な事だけ呟いて、彼女の粒子が〝夢罪鮫王の歯〟に吸い込まれ、さらに光の強さが少し増した。
そのままクロミアたちは町を早足で歩き回り、深淵領域による観察で誰なのかをあっさりと見抜いて解放していった。
それぞれが好き勝手に意味深なセリフを吐いては消えていき──。
「それは狭間にいる。俺にはどうしようもできないが、お前たちなら──」
八人目の男を解放し吸収したところで、ドライが持っていた〝夢罪鮫王の歯〟に変化が出た。
七人目までは眩しいほどに輝いていたが、それも今は落ち着き、淡く光る程度になっている。
だがそれだけではない。アイテム名も『夢穿つサメさんの歯』と変わっていた。
「もういないかな」
「なんだか思ってたよりあっさり終わったわね」
本来であればもっと町を探索し、それぞれを解放するための、それぞれの想いが込められたアイテムを彼らに持っていくことで、その呪縛を解くという流れになっていた。
しかしクロミアのおかげで、そういった非常に手間のかかる面倒事は全てスキップし、自力で解放までさせたことで、あっという間に次の段階へと歩を進める準備ができた。
「このサメさんの歯をどこかで使えってことなんでしょうね」
「けど狭間の世界っていうのは、どこにあるのか分からないと。せめてそれくらい説明して欲しかったなぁ」
「狭間ね。どこにあるのかしら」
八人目を終わらせても、探索を続けたが、やはりもうヒントをくれそうなNPCもいないようだった。
「狭間ということは、夢でも現実でもあやふやな世界なんだろうけど、それっぽいのは……」
「あ、もしかしてあそこじゃないかしら。まだ私たちが一度も行けていない、場所があったじゃない」
「私たちが行けてない場所……? ああ、そういうこと?」
「そうB-13号室。私たちは一度もそこに入ってないわよね。それに現実と夢を繋ぐ狭間と考えれば──ね。それしかないんじゃないかしら」
クロミアたちがやってきた、沈没船の一室。そこは扉を開ければ、夢と現実の双方に移動するが、どちらも中へ向かって入っても外に出た状態になる。
ではその先にあったはずの、Bー13号室はどうなっているのか。そこに何かがいるのではないかと考えると、もうそれ以上の答えは考えられなくなってくる。
「絶対そうだよ! 天才! さすお嬢!」
「おーほっほっほ、それほどでもあるわ!」
「キィ♪」
ふざけながらも、クロミアたちはさっそく沈没船のあった海へとまた戻っていった。
次は土曜日更新予定です!




