第六七五話 SSR
やっかいなストーカー爺さんのことはさておき、課金拠点に戻ってきたブラットは、さっそく思いついたばかりの、翼人スピードラーニングができるかどうか試してみることにする。
イリスと早雲の使っていた剣は世刻奇剣ではなかったが、【英傑召喚】時に頼んで、【世碑私録】を使わせてもらったことはある。
特に凄い力を秘めた剣や刀ではなく、彼女たちの技量についていけるだけあって業物だ。
しかも早雲は勝ったことがあるため仮想世界内での無限トレーニングが適用され、修行相手にも事欠かないためモリモリ強くなっている。
そんな彼にさらに適応したバージョンの刀を記憶させてもらっているため、世刻奇剣ではないが、名もなき剣くらいの性能は普通にあった。
とはいえ【世碑私録】は容量がある。ブラットの記憶力も参照されているため、その容量はかなり大きいとはいえ、無限に何でもかんでも記録できるわけでもないし、当然いい剣に、特殊な剣になるほど容量を食われてしまう。
なので直近ですぐに使わない剣の情報は消して、魔導学的に情報を抜き取り保存している。
そして要素を取り出すだけならともかく、完全複製は【世碑私録】に記録されてなければできない仕様となっていた。
イメージ的には世刻奇剣の情報はネット。【世碑私録】は自分というPC。魔法式保存は外付けストレージ──といった感じで使い分けており、必要なときに外付けストレージからPCに情報をコピーして、複製するなんていう裏技を使うことで、消した剣も速やかに情報を復元するという仕組みを、最近完全に確立したところだった。
「深淵が見えるようになったから、無限の可能性が広がったんだよな。
見るだけじゃなく、自分側の調整って奴もできるようになったら、もっと色んな事ができるようになるかもしれない」
イリスと早雲の剣と刀の情報を【世碑私録】にコピーして、完全複製できるようにした。
それからまずはイリスの大剣を複製し、その剣技を覚えさせようとしているアインを呼び出す。
このままこの剣を持たせたところで意味はない。そこでブラットは自分でイリスの剣を握り、剣の情報に紛れ込んでいる使い手の情報に意識を向ける。
やはり世刻奇剣と比べると、その情報量は多くない。使い手の剣技も同様に。
(世界が情報を記憶するのと、私が情報を記憶する差もあるのかも?)
その分、こちらの方が消耗も複製難易度も低いので、一長一短ではあるのだが。
そんなことを考えている間にも、イリスの剣技の情報が剣を通して流れ込んでくる。それに身を任せるように、ブラットは大剣を振っていく。
豪快でありながら洗練された剣捌き。二人の師がいなければ、ブラットが覚えたかったとさえ思わせる、お気に入りの剣技だ。
是非とも自分の騎士の一人くらいは、この剣技をマスターしてほしい。
そんな思いを込めながら、イリスの剣技の型をなぞるように剣を振り、アインと眷属の繋がりを意識しながら同調していく。
「キィ? キーー? キッ!」
「おっ、伝わったか!?」
「キィ」
ブラットの言いたいことをしっかりと理解し、翼人アインは大きく頷いた。もう一本イリスの大剣を複製し、彼女に渡して打ち合うように二人で型稽古のようなことをしていく。
ブラットが見て相対して学んだ剣を普通に教えるより、ずっと効率よくその剣がアインに馴染んでいくのを感じる。
少しの間、二人で剣を振っていると、そこそこ真似られる剣術から、その剣術の基礎を理解した剣術になっていった。
最初からこうすればよかった。自ら、ああでもない、こうでもないと、慣れない剣術を教え込んだ時間は何だったのかと、急成長したアインを見て嘆息する。
「これからあと何体に【堕灰の叙任】できるようになるかは分からないけど、今後はこれでオレにはない剣技を覚えさせていこう。
全員剣士っていうのはバランスが悪い気がするけど、色んな流派がいれば多少はバランスも取れるかもしれないし」
今は亡きドライ一世のように、剣術以外にも適性を持った子が現れるという実例もあるが、それでもブラットという剣属性の灰天使の元で生まれた眷属だ。何の適性を有していようと、結局は剣術ほど上手くなることはない。
ならば剣術の中でバリエーションをと考えたわけである。
(魔法はタヌファンネル使えばいいし、零世界にはアデルたちもいるしね。
BMOにだってHIMAや、しゃちたんたちがいる。前衛なんて何人いたっていいでしょ)
アインにはそのまま、今ラーニングしたイリスの基礎剣術を練習してもらい、今度は早雲の剣術を教えていたツヴァイを呼び出す。
そしてアインにしたのと同じように、早雲の刀を二本複製してラーニングを開始する。
アインが特別だったわけでもなく、ツヴァイも問題なく早雲の剣術の基礎をものの十数分でマスターした。
基礎を覚えられたのが嬉しかったのか、はたまた生まれたばかりのドライにいいようにいなされたのが悔しかったのか。二人は、それは一生懸命に剣を振る。
「ん? なんだ、そっちもやる気十分だな。けど……うーん、まぁとりあえず呼ぶか」
「キィ~♪」
二人の姉の頑張りに触発されたのか、自分も自分もと内側から呼びかけられている気がしてドライも召喚し、ナマクラを持たせて二人の元へ行かせた。
二人は今ならと、ナマクラを持った妹に斬りかかる。得物も今回は、それぞれの剣技に適している。
それでもドライは姉二人が遊んでくれるのかと、呑気に微笑みながらも、ほれぼれするような受け流しの才能だけで受けて立つ。
本当にその技術だけは群を抜いている。ちゃんと形になった二人の剣術相手にも、しっかりと対応している。
ブラットも感心しながらそれを横目にしつつ、彼女に向いた世刻奇剣の使い手はいなかったかと世界の記憶にアクセスする。
「決め手となる攻めの技術を身につければ、とんでもない化け方をしそうな気もするんだよなぁ。なんたって、あの灰風の女王様が選んだ子なわけだし」
アネモネに選んでもらった子だ。せっかくなら、一番合ってそうな剣技を習得させてあげたい。
そんな気持ちで今の自分が複製できるであろう剣の情報を眺めていくが、どうもこれだと一発で思わせてくれる剣が見つからない。
もちろん候補となりそうな物はいくつか見つけられたが、妥協もしたくなかった。
もっといい剣技があるかもしれないと、BMOの本マップから異界へとアクセス先を変えてみる。
ヴェラニアにフリーのいた世界、ロロネーのいた世界などなど、英傑級の相手を倒したことのある世界なら、どこにだって今はアクセスできるのだ。
「迷うなぁ……。いや、贔屓してるわけじゃないんだぞ。君たちのだって、オレの好みの剣術なわけだし」
ドライの剣技のことばかり気にしているのは、眷属の繋がりでアインとツヴァイにも分かってしまう。
「私たちは、あんなにすぐ決めたのに……」と少し悲しそうな目をされたので、思わず言い訳してしまった。
とはいえアネモネに選んでもらっておいて、すぐ死んでしまいましたはさすがに恐い。これからどう成長させるのか、絶対にアネモネは気になっているはずで、会いに行けばいつかはどうなっているかも聞いてくるだろう。
そのときに変なことになっていたら──などと心の中でも、長文の言い訳が頭の中で取り留めもなく流れていく。
そんな中でもしっかりと候補はリストアップしていたが、やはりブラットの感性にビビッと来て、かつドライとも相性がよさそうだと、一発でこれだと決められるようなものはなかった。
ではもうこのリストの中から選ぶしかないか、そうブラットが考えたところでふと思い出す。もう一つ、探していない世界があったなと。
それが狂夢人の世界。英傑である将軍グドを倒したことで、そちらの世界の記憶へのアクセス権は手にしている。
しかし他の世界と違い、こちらを拒絶してくるため中々情報が抜き取れず、だったらもう他の世界の剣でいいではないかと放置して忘れていた。
「だって自分のいる世界の剣ですら、まだまだ複製してないのが沢山あるのに、わざわざそんなところやるかって言うね。でも今ならもしかして……」
もちろん時間が経ったからアクセス拒否されなくなったという話ではない。今、何も対策せずにやったところで、すぐに弾かれてろくな情報も取れないだろう。
しかし狂夢人と書いてルナリスと読ませるような種族であり、ブラットが夢の属性を入手できたのもグドのおかげと言ってもいい。
それくらいには夢に近い存在であり、ならばクロミアならもっとちゃんとできるのではないかと考えた。
そちらはまだ試したことがないため、善は急げと自分の夢の中へとブラットは入り、クロミアに変身する。
「でもさらに念には念を入れて…………こう、かな?」
ここは自分の夢の世界。かなりの無茶を通せる場所である。グドの気配を思い出し、また自分の肉体に取り込んだグドの因子を再現し、クロミアに混ぜてみた。
見た目は白い肌が褐色に染まったくらいで、他に変化はない。ただ少し他の世界の住人に体を近づけたからか、動きがラグく感じる。
雑魚戦なら問題ないが、拮抗した実力者相手でこれではまず負けるだろうといった程度のラグだ。
だが今は自分の籠った夢世界に引きこもっているだけで、戦う予定はないため、このまま狂夢人たちの世界へと、【世刻奇剣複製師】の力でアクセスしていく。
「おっ、良い感じ。セキュリティ甘いんじゃな~い?」
ニヤリと笑いながら、いつもよりアクセスしやすく、情報がスルスルとこちらに入ってくる。
気分はハッカーだ。完全に狂夢人の世界の住民だと認識されると感覚で理解した。夢の世界様様である。
はじめてちゃんと見られる情報に若干興奮しながら、自分でも使えそうな剣、狂夢人の弱点に繋がりそうな剣はないか探してしまう。
「あっ、これいいかも。使えるかな」
しかし本題も忘れてはいなかった。ドライに向いた剣術をスピードラーニングできそうな剣を発見した。
他にも似たような剣はあったが、何故かそれに直感がこれだと囁いた。情報を魔導学的にコピーしていき、いちいちアクセスしなくても再現できるようにしてしまう。
毎回クロミア狂夢人モードになるのは、面倒だからだ。情報量はなかなかに膨大だったが、ブラットの作業効率は【世刻奇剣複製師】を取得したころとは比較にならないほどアップしている。
深淵領域も利用すれば、意味合い的に魔法式への翻訳が難しい情報も感覚で理解できた。
ついでに面白そうな剣の情報も抜き取っていき、最後まで拒否されることなく自分から切り上げ、普通のクロミアに戻って一息ついてから現実世界に戻った。
「ふぅ……。じゃあさっそく──構築してみるか」
今のままではただ情報を、そのまま抜き出して来たに過ぎない。より複製に適した形に直して、ようやく魔導学での複製が成り立つ。
とはいえここまでくればもう簡単だ。最初の頃のよく分からないから、体裁だけ整えてパッケージ化していた頃とはもう違う。
コピーしながら、どこがどんな意味を持つのかしっかり理解しているため、とりあえず実戦想定ではなく、複製できればいいだけなら作業時間は五分もかからない。
ささっと先ほど手に入れた狂夢人たちの世刻奇剣を、間に合わせでパッケージ化し終わった。
灰剣を体から生やして触媒とし、外世界の剣をこちらの世界で複製するべく、その名を口にする。
「《理を喰らう綻びの剣》」
なんとも発音し慣れない外世界言語を紡ぐと、柄から塗り替えられていくように徐々に灰剣から別の剣へと変わっていく。
それは黒銀に鈍く輝く細身でわずかに反った直刀で、刃は滑らかに見えて微かに揺らぎ、内部には赤い脈のような線が走っている。
鍔は波打つような線をいくつも描き、柄は螺旋を描くように歪んでいた。
「……うっ」
複製はできた。しかし手に持った瞬間、ずっと背中に虫が這うような気持ち悪さを感じ、それを床に刺して手を離す。本当にこれで良かったのかと、自分の直感への信頼が揺らいでしまう。
それでも自分を信じて、ドライ用にもう一本複製し彼女にも渡してみた。
自分と同じように気持ち悪くなるのではないかと、すぐに叩き落とせるように身構えていたが、ドライはなんでもないように、いつも通りニコニコしたままだ。
アインとツヴァイには離れて二人で稽古をしていてもらい、もう一度理を喰らう綻びの剣を自分も持ってドライと向き合う。
その間もずっと、虫が這うような気持ち悪さが拭えないが、意思でねじ伏せ使い手の記憶を呼び起こし、ドライと同調する。
互いに剣を振るい、その動きを学んでいく。ブラットは鳥肌が止まらない。気持ち悪い。今すぐ投げ捨てたいという衝動に駆られているのに対して、ドライはいたって平常だ。
剣技としては受け流しが基本だが、流しながら踏み込み、相手の力も利用して切り裂くカウンター型だ。
「キィ~♪」
ある程度、ドライが学んだところでブラットはすぐに剣を捨てた。
実戦ではとてもではないが使えない。怖気が付きまとい集中できないのだ。
だがドライには何故か性に合うようで、既にその剣技をブラット以上に身に付けていた。
「持ち手も相対してる相手も、正気を失っていく剣か。それなりに精神耐性は高いから我慢して使おうと思えば使えないこともなさそうだけど、ちょっともうオレはいいかな……」
代わりにとドライのために、そこそこ強い試し切り相手として、数体のリザードマン系モンスターを召喚する。
弓に槍、剣に斧を使うモンスターに加えて、魔法使いもいる。
それらに取り囲まれながら、ドライは細身の剣を器用に扱い全てを受け流し、華麗にカウンターで切り裂いていく。
そこそこ強い敵を出しただけあり、今のドライの技量では一撃では倒せない。それでも絶対的な受け流しによる防御で姿勢が崩れることはない。
次第に剣の使い方も覚えてきたようで、戦いもそれに適応していく。
その剣は普通の剣なのだが、グニャグニャと形を変えることもできる。相手の重い斧を受け止めたかと思えば、途中で折れるように曲がり、戻る反動で跳ね上げるように剣が加速してモンスターを切り裂いていた。
槍に触手のように絡みつき、攻撃の向きを変えさせ同士討ちをさせる。
そんな攻防が五分も続いた頃だろうか、突然魂が抜け落ちたかのように全モンスターが発狂する。
うるさく「グゥァアアアアア! グゥア! グゥアアアア!」と大声で叫びながら、のたうち回り、見ているだけのブラットも顔が引きつる光景が広がっていた。
選定勇者の眷属たる騎士が、この戦いでいいのだろうかと少し思っていると、ドライは最後に世刻遺言を使ってみていいか聞いてきた。
ブラットも自分で使う気はないが、彼女が使う分にはいいだろうと許可を出す。
「キィ~」
彼女の声に反応するように、劣化した世刻遺言が発動する。
刀身が巨大な黒いタコの触手となって、のたうち発狂しているリザードマンたちをぐるりと取り囲むように円を描き──そのままギュッと束ねるように握り、全員潰して殺してしまう。
だがそれだけではない。その触手を見た者すべての正気を奪っていく。ブラットでさえ、見ただけで冷や汗が止まらない。
不完全な世刻遺言であれだけの効果があるのなら、本物なら? そう思うと、その危険性は嫌というほど理解させられる。
「「ギィィイイアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー!?」」
「しまった!? アイン、ツヴァイ!!」
そして今のまだ騎士になって間もないアインとツヴァイでは、正気が保てなかった。
妹の戦いをチラチラと見ながら二人で特訓していたせいで、その触手を見てしまったのだ。
狂ったように叫び、床にうずくまり震えている。自分の中に戻せば、直るかとブラットが慌てて近寄ろうとした──その前に、とてとてとドライがゆっくりと彼女たちに近づき、ポンポンと背中を撫でていく。
「「……キ、キィ?」」
すると何事もなかったかのように、アインもツヴァイも立ち上がり、不思議そうに互いの顔を見合っていた。
だがとっさに深淵領域も使って観察し、かつ眷属の繋がりもあったことでその絡繰りをブラットは理解できた。
「ドライは完全な狂気耐性があるのか」
耐性というよりは、強固な自我を持ったスーパーマイペースと言ったほうが正しいか。
ドライは受け流しの才能だけでなく、どんな精神攻撃も無効化する特性まで生まれながらに有していた。
無意識的にそれを察していたから、ブラットもその剣が相応しいと直感が働いたのだ。
そして同じ眷属同士の繋がりを使い、姉たちの狂気に染まった精神を引き受けた。
人の精神汚染まで請け負っても、ドライの精神はビクともしない。ずっとニコニコ笑ってる。
「師匠が選んだ理由が分かった気がするな……。この特性は夢を扱うオレの強い武器になる。狂夢人への対策にもなりそうだ」
姉たちの精神汚染を引き受けられるのなら、当然主であるブラットの精神汚染も引き受けられる。
彼女が側にいてくれれば、ブラットは夢という精神が不安定になりやすい場所でも、自分をしっかりと保っていられるだろう。
また狂夢人の世界の世刻奇剣は、精神に作用する物が多かった。
前回はろくな武装をしていなかったが、いずれ強力な装備品に身を包んでやってきたときは、彼女に精神攻撃を全て引き受けてもらうだけでそれ系は全て無効化できる。
ドライのレアリティを例えるなら、SSRは確実だ。
あの無数にいる中で、たまたま生まれた特異な個体を見つけ出し、ブラットへ勧めてくれたアネモネに強く感謝する。
もちろんその個体をたまたま発生させたのは、ブラットの底上げされた運の効果もあるのだが、あのままバトルロイヤルをさせていたらこの子は手に入らなかった。
「もっと深淵領域も使えるようにならないと。次の子はもう少し、自分で見分けられるように」




