第六七二話 灰風の──
途中で防毒スーツに着替え直し、ブラットが強引に風魔法で毒を吹き飛ばし、ランランが中和剤を散布して、ようやく元の場所へ戻ってくることができた。
意外とレーザーが直撃した地点の方が毒は薄く、毒沼も蒸発して足場も良い場所になっていた。
しかしデータ扱いになっているドロップアイテムは、それだけの攻撃の中心にありながらしっかりと残っている。
「うえぇ~~~!? 新しい錬金道具のレシピじゃんこれ!! ファフニールイベ、激アツなんですけど~~~!! これがあれば私の研究もさらに……はぁ……はぁ……早く試したい……はぁはぁ……」
「なんか興奮しすぎて息切れしてる……」
「それだけ凄いものが手に入ったみたいですね。私もこれが出ました」
全体的に緑色をしたナックルダガーをFuranが見せてきた。色のついたガラスのダガーのようで脆そうに見えるが、その実Furanが所持しているどのナックルダガーより耐久力は高い。
殴りと斬撃、刺突に選べる毒効果が付き、かつ使用者がMPを消費することで存在感を希薄にする効果もついている。
ダガーも刀剣扱いなため、ブラットがデータを取らせてほしいとFuranに頼むと、快く貸してくれたため、【世碑私録】に記録させて貰った。
一方でブラットの方も、零世界のファフニールの進化に使えそうな素材に、次のファフニール戦でも使えそうな、あらゆる毒効果を打ち消す、消せなくても和らげる『毒竜の首飾り』。
「なんか小学生の子とか喜びそうなデザインだな」
「あはは、私もありましたよ」
シルバーチェーンにドラゴンのチャームがついたような首飾りで、見た目は中々に中二的な代物だ。それをFuranと一緒に互いの物を出して苦笑し合う。
とはいえBMO内であれば、世界観的にそこまで変でもないのだが。
しかしブラットが気になったのは、『毒竜脊飾』という装備アイテム。
背中から腰にかけて留める竜の背骨を模した細いアイテムで、身に着けることで竜の力を活性化させ、毒の威力と扱い方を向上させる効果を持つ。
そこと被る装備アイテムなどないため、さっそく防毒スーツを脱いで装着してみると、一瞬ひんやりとした金属を背骨に押し当てたような感触の後に、軽く静電気が発生し神経が繋がったような感覚を覚えた。
「これは──うん、使えるな。尻尾が動かしやすくなった気がする」
「確かにより精密に動かしているような気がします」
「そうなの? うーん、私には違いが分からないや~」
竜の要素である尻尾を軽く鞭のように動かしてみるが、明らかにキレがいい。今までしっかりと意識しなければできなかったような、剣を振るうときの尾先の微細な動きも簡単にできるようになっていた。
剣を尻尾に持たせ、曲芸のようにくるくると遊んでみるが、今まで尻尾では難しかったような動きも余裕でこなせる。
尻尾の鱗をピンポイント一枚だけ逆立てて、そこに剣を引っ掻け、別の剣と入れ替えるなんていう器用すぎる小技までできてしまう。
手と同じか、それ以上のレベルで縦横無尽に剣が踊る。
「もともと腕じゃ構造上できない動きで補ってた部分があったけど、ここまで器用なことができるならもっと可能性が広がる気がするな」
これはいいものをゲットできたと、ブラットは『毒竜脊飾』を普段使いすることを決めた。
それぞれが毒竜のドロップアイテムを確かめ終ると、次のイベントのキーアイテムになるであろう物が落ちているはずだと、目を皿のようにして周囲を探索して回る。
だが三人の気合に反して思いのほかあっさりと、それは地面に突き刺さっていた。
「絶対にこれだな。『毒竜王の逆鱗片』……」
「方位磁石みたいに、一定の方角を指してるね~」
「この方角に行けば、会えますよってことみたいですね。かなり分かりやすいアイテムが来ましたね」
それはファフニールの逆鱗のほんの一部が欠けたもので、手の平の上に乗せると、元の持ち主を求めてか欠けた側の部分が決まった方向を指していた。
しかしずっと同じではなく、毒竜王の移動によって指し示す方角も変わってくる。
「まぁ、一度その強さも知ったわけだし、相手の場所が分かろうと簡単に挑みには行けない相手なわけだしな」
「確定挑戦権はあげるよって感じかな~。私ももっと毒の研究進めて、あの毒にも対抗できるようにしておくね~」
「私も……完全に足手まといでしたし、もっと実力も伸ばしておきます」
「足手まといじゃなかったけどな。Furanさん居なかったら、あそこまで近づくのも難しかったし、ポイズンレーザーキャンセルもできなかったわけだし。それにオレも、もっと強くならないと無理だし」
「とりあえず、挑戦するぜ~って思えるようになるくらい、頑張って強くなろうって感じだね~」
「ですね。進化して超位職も育てたり新しいのを取得とかしたいです」
むしろ今回、軽くその力を見ることができたのは僥倖だった。ブラットにとっては、少し痛い被害がありはしたが、その戦いを見て成長もできた。
それに明確な討伐目標ができたことで、三人のやる気はさらに上がった。今日三人で挑んでよかったと、皆が大満足でモンスターが一掃された毒沼地帯をのんびりと帰っていった。
「ただいま~。あ、HIMA来てたんだ」
「おかえり~、ちょっとMジェネレーター使わせてもらってたよ」
「フリィ~~♪」
課金拠点に帰るとHIMAが居た。彼女には要塞の方の課金拠点の使用許可も全て解放しているため、こうしてちょくちょく遊びに来ることがある。
零世界で使えそうなアイテムを倉庫に入れてくれていたり、アデルとリンクしているため、彼女の使い勝手も良さそうな職業を選んでいたりと、陰ながら零世界救出の応援もしてくれている。
「今日はランランさんたちと、一緒に毒竜王を倒しに行ったんだよね。どうだった?」
「毒竜は倒せたけど、毒竜王は無理だった」
「んん? どゆこと? 二匹いたってこと」
「そうそう。一匹目が──」
ブラットは簡単にファフニールのイベントのことを話し、最後に『毒竜王の逆鱗片』も見せてあげた。
ランランは持っていると研究に使ってしまいそうだからと、ブラットに押し付けてきたため、ブラットが保管することになったのだ。
「おぉ~。拳くらいの大きさなのに欠片なんだ」
「もう毒竜王はめっちゃデカかったよ」
「へぇ、いつかやってみようかな。それでブラットは、灰風がついに使えるようになったと」
「あ! そうだ。毒竜関係で忘れてた……。まだ取ってないや」
ブラットはシステム画面を立ち上げ、話しながら職業一覧を表示していく。
「あらら。そういえばしゃちたんも、黒雷がもうすぐとれるかもって張り切ってたよ。スライム黒雷拳とか、この前、叫んでたよ」
「しゃちたんは、鴉丸さんに教えてもらえてるんだっけか」
「みたいだよ。私も早く白い爆炎とか使ってみたいなぁ。お山の方が忙しくて、中々そっちに集中できないんだよね。
代わりにそっち関係の超位職は進んでるから、プラスではあるんだけど」
「お山がって、三大霊山に何か起きてる感じか」
「私も彩雲樹様関係のルートに入ったっぽくてね。変なのが出てくるようになったの」
「しゃちたんは覇天鬼ルートで、HIMAは彩雲樹ルート、それでオレは精霊王ルート、皆良い感じにばらけてきたな。
ランランとかポチとかFuranさんたちも、根源関係のルートに入ってくれないかな」
「そしたらパーティで六種の根源ルートのボスと戦えそうだね。楽しそうかも」
「まぁランランとかポチとかは、毒と人形に夢中でそういうのは興味なさそうだけど──っと、これか」
話に夢中になりながらも、視線はちゃんとシステム画面を追っていた。
風魔法から伸びる【灰風の魔法使い】という分かりやすい名称の超位職がちゃんと、取得可能な状態で表示されている。
さっそく取得しようと仮想モニターに映し出されるそれに指を触れようとしたが、風魔法から伸びている別の枝の存在にも気が付いた。
なんだろうと枝を辿っていくと、【灰風の灰天使】という風魔法+灰天使の複合超位職を発見する。
消費RPは【灰風の灰天使】の方が高く、【灰風の魔法使い】が安い。普通に考えてRPが高い方が、より強力な超位職だというのは往々にして間違いはない。
だが、おそらくアネモネの灰風の魔法に繋がる正統超位職は、【灰風の魔法使い】だ。なんといってもアネモネは、灰天使ではないのだから。
アネモネの系統と外れてしまうかもしれないという一点が、ブラットの中で迷いとなる。
せっかくなので胡坐をかいて要塞内の地面に座るブラットの膝に座って、甘えてきたHIMAの頭を撫でながら、相談してみることにした。
「ん~、そりゃあ高い方じゃない? あ、でも師匠は怒っちゃうタイプかな。私の教えと違うのを取るなんて! って」
「そんなことでいちいち怒るタイプじゃないとは思うけど、どこまで共通点があるかは気になってる。
同じ灰風だけど、ベクトルが違う方向だったら今後は教えてもらえることが少なくなるかもしれない」
「ああ、そっちの心配ね。でもどっちにしたって、風魔法の系統でもあるわけでしょ?」
「枝を見る感じはそうだな。けどそうか、根底が同じなら灰風の女王の教えも活かせるかもしれないな」
「私はそっち関係は詳しくないから見当違いな意見かもしれないんだけど、【灰風の魔法使い】は基礎系で、【灰風の灰天使】は基礎+種族系って感じな気がする。
それに凄い師匠なんでしょ? 勝手に向こうも灰天使の灰風の使い方も見抜いてきそうじゃない?」
「ああ、確かにそれはありそうだ。簡単に想像できる」
「でしょ。そのお師匠さんは完全に灰風の第一人者みたいな人だし、選びたい方を取った方が後悔はないんじゃない?」
HIMAと話しているうちに、自分の中でも解答が見えてきた。感謝の意味を込めてぎゅ~っと抱きしめると、HIMAは「きゃ~♪」っと足の上ではしゃいでいた。
ちなみにフリーは、ブラットの膝上に乗るHIMAの膝上でくつろいでいる。
「よし。決めた。【灰風の灰天使】にしよう」
「ふふっ、だよね。ゲーマーなら強そうな方でしょ!」
「だよな! もうどうなっても、それを極めるだけだ。えいっ」
取得条件は灰天使系が時間がかかりそうな物ばかりだったが、幸か不幸かブラットのこれまでの行動で全てクリアしているものばかりで、余計なアイテムで打ち消す必要もないというのも大きかった。
「それにオレという種族的な灰天使だと、矛盾を司る属性が『剣』に関係しているっていうのなら、職業的な灰天使として『風』の属性も増えないかなっていう打算もあるし」
「ならなおさら取っておいた方がいいやつじゃない?」
「オレもそう思う。ただそれくらい、アネモネからの教えが受けられなくなる可能性は避けたかったんだよ」
悩みもしたが、それも少しのこと。結局は完全に自分の実力だけで掴み取った新しい超位職──【灰風の灰天使】を取得した。
取得と同時に覚えた初期スキルは、【灰翼の風】。
さっそく使ってみようと、そこそこ強い耐久重視の怒鉄巨兵をMジェネレーターで召喚する。
非破壊の課金オブジェクトである的では、灰風の効果が分かりづらいだろうと。
重々しい足音を立てる六メートルの人型をした金属の塊が、ブラットへと巨大で禍々しい槍を手に迫ってくる。
「【灰翼の風】」
ふわっと灰色の小さな綿毛のような羽根が舞い、穏やかに風に乗って怒鉄巨兵の体を撫でるように通り過ぎた。
ぐにゃりと金属製の体が形を失い、バサバサと金属とは思えない軽い音を立てながら床面のゴミと化す。
データの粒子になって消える前に、急いで駆け寄りそのゴミの状態を確認してみれば、金属の体が発泡スチロールのようにスカスカになっていた。
残骸は異様に軽く、触れると簡単に崩れてしまい、観察している間に全て消えてしまう。
「そよ風くらいのイメージで使っただけだったんだが……」
「これ頑丈さだけなら、上位勢でもちょっと面倒な部類なはずなんだけどなぁ。凄いね」
「師匠に見せに行かないとな」
「もう行っちゃうの?」
「もう少しこうしてた方がいいか?」
「うん。もう少しだけ」
また座りなおすとすぐ膝の上に来て甘えるHIMAを、ブラットは優しく包み込むように抱きしめる。
リアルでは最近は色葉が葵の膝の上に乗ることが多いため、ブラットは少し新鮮な気分だ。
付き合ってからは、どちらかという色葉の方が甘える方になっていた。
零世界でブラットが抱える緊張感や重責をほぐすように、葵にでろでろに甘やかされ、いつも癒してもらっている。
だいたいいつも、その流れで押し倒されていた。
「HIMA、好きだよ。一緒にいてくれて、ありがと」
「私も好きだよ、ブラット。こちらこそ、ありがとう」
ゲームの中では温もりくらいしか感じられないことが少し寂しく思いながら、頬をくっつけ合ってから強く抱きしめてから立ち上がる。
心を癒してもらったところで、その足でアネモネの元へと行こうとブラットが動き出そうとしたとき、ふいにHIMAに待ったをかけられた。
「待って。忘れてた。ブラットに会ったら頼もうと思ってたことがあったんだ」
「ん? なんだ。この恋人様に、何でも言ってみなさい」
「ふふっ、えっとね~、私も直にクロミアちゃんが見たいなって」
「ああ、そういうことか。別にいいけど」
「やった♪ はるるんさんのチャンネルで出た、ダンジョンのPV見てずっと気になってたんだよね。
クランの子たち誘って、そっちに行って会いに行こうとも思ってたけど……」
「未だに誰も挑戦すらできてないみたいだな」
「うん。皆、クロミアちゃん目当てみたいなところあるのに」
「だからクロミアに散歩させようかっていう話も出てるくらいだ」
最後まで言ってようやく会えるというのもいいが、それでは今のプレイヤーたちにとってもハードルが高い。
なので低確率でクロミアを、ダンジョン内にランダムでお出かけしてもらうようなシステムを組もうという案が出ていた。
そちらは攻撃しない限り友好的でもないが敵でもない存在であり、攻撃すれば容赦なく殺しに来る。
そこでもし戦いで善戦できてもクロミアのHPが二割ほど削れると、強制的に最上階に戻るといった仕様が考えられている。
もちろんそれでクロミアまで辿り着いても、その頃には全回復しているのだが。
「自分の城だから歩き回ってても、設定的には矛盾はないしな」
「会えたらラッキーみたいな感じね。でも今の絶対に会えないっていう状況よりは、希望があって挑む人ももっと増えそう」
「ダンジョンの収入も結構馬鹿にならないんだよなぁ。おかげでジャブジャブ、BMO内でもお金が使えてる」
入場料をプレイヤーたちからせしめているのだが、はるるんたち協力者たちと割っても、かなりのゲーム内通貨が流れ込んできている。おかげで零世界で必要な、アイゼンに頼まれていた資材もお金の力で何とかなった。
英傑たちの討伐報酬やPVP大会での賞金など、それなりに大金も入ってきているが、今後の零世界の開拓資金も考えれば必要な資金は青天井だ。
ブラットもハイエルンのダンジョンを盛り立てていくことに、かなり前向きになってきているところである。
「いいなぁ。うちのクランもダンジョン作ろうかってなってるよ。
あ、そういえばダンジョンで思い出したけど、BMO側が用意したダンジョンの中には過去の英傑たちの仮想体がラスボスとして出てくるところもあるみたいだよ」
「え。なにそれっ。めちゃくちゃ気になるな……。選定勇者の【英傑召喚】みたいなものじゃないか。倒したら縁が出来て、英傑召喚できるようになったりしないかな」
「それも踏まえて、今度一緒に行ってみる?」
「いいよ。ダンジョンも意外と面白そうなコンテンツになってきたな。じゃあ──お休み」
「ふぇ? ──くぅ」
不意に手の平から毒針を出し、チクリとHIMAを刺す。『毒竜脊飾』で毒の扱いがどのレベルまでうまくいくようになっているのか、ちょうどいいので試させてもらった。
今注入した毒は気絶させるように調整した毒。クロミアと会わせるなら、夢の中が一番なのだ。
調整は上手くいったようで、HIMAはぐっすり眠っている。
「寝てるというか気絶してるんだけど。格上でも毒で意識を曖昧にさせて、【存在剥離の魔眼】で存在を薄くさせてやれば、夢の力も通りやすくなるかもな。
あんまり使ってなかった毒にも、使い道が見えてきたか」
寝ているHIMAに向かって【甜帷夢訪】を使用し、彼女に幸せな夢を見せてその世界へとお邪魔させてもらう。
するとブラットのグッズだらけの部屋で、うっとりとそれを眺めるHIMAの姿があった。
本当の欲望のままで行くと、色葉が出てきてあれやこれやと子供にはお見せできない光景が広がっていたのだろうが、そこはBMOの倫理観によってガードされている。
「来たよ。HIMA」
「はっ、クロミアちゃんだ! ってことは、これは夢?」
ブラットからクロミアが生まれた経緯も聞いているため、すぐに半分蕩けていた意識が戻りHIMAは現状を理解する。
「いやーん、かわいー♪」
「いやーんって」
その後はHIMAが目覚めるまでの間、ひたすら彼女の夢の中でクロミアとして愛でられ続けた。
次は火曜日更新予定です!




