第六七一話 毒竜王を追い払え
正真正銘の毒竜王はカパッとコバルトブルーの毒粘液が垂れ流される口を大きく開き、極大のポイズンレーザーをいきなり放ってきた。
直撃すればブラットですら消し飛ばされる驚異的な威力のそれに対し、ブラットは両腕を突き出しナマクラを複製する。
それは呑気にブラットたちにガンを飛ばしていた間に、準備をしていたナマクラ四本。
深淵と魔導学、今持てるブラットの知識と技術を全てつぎ込み、ナマクラの頑丈という特性を何重にもコピーして、一本一本に押し込んだ今できる最硬の代物だ。
それを十字に展開し、磁力も用いて高速回転させてポイズンレーザーを受け止める。
体から混沌を出して纏い、パワードスーツのように筋力をアシストさせる。それでも足らず、まだ扱いきれていない『アンセストルデータ』のファーストコードを使用し、ランランたちが逃げたところでブラットも真逆の方角へ退避する。
「うわっ!?」
本体はポイズンレーザーを受け止められたことに対し、不思議そうに首をかしげているが、揮発したコバルトブルーの毒霧が細い槍となってブラット目掛け飛んできた。
まるで弾幕ゲーだ。風雷人化した上で、混沌をスラスターのように放射し推進力として利用。無限とも思える毒槍の隙間を縫うように飛び回る。
そんなブラットをジィ……っと見つめながら、毒竜王の尻尾がフラフラと動く。
それからグッと後ろに引いて力を溜めると、その先を槍のように勢いよく突き出してきた。
尻尾の周りにはドリルのように毒霧が巻き付いており、音すら置き去りにして狙い鋭くブラットへと迫りくる。
回避は無理と悟り、銀灰凰磁力で引っ張っていたナマクラ盾で受け流す。風と磁力による斥力クッションでそれを受け流すことができたが、大きく体勢を崩してしまう。
「ガァ…………ガァアアアーーーーーーーーーーーーー!!」
そこへ容赦なくポイズンレーザーが飛んできた。しかしブラットは見えない足場を踏み込むようにして空を蹴り、レーザーの軌道からギリギリ抜け出した。
『ありがと! Furanさん』
『い、いえ、これくらいしかできないので……』
Furanが鋼糸で足場を作ってくれたのだ。もはや彼女でもこの戦いに割って入ることはできず、完全にサポート役に徹していた。
ランランもブラットを侵していく毒を中和することだけで精いっぱいで、むしろそれでも足りずにブラットのHPは少しずつ削られてきている。
『長時間は無理だよ~! 私も連戦でいっぱいいっぱい!』
『分かってる。オレだってこんな戦い方、長くはできないし……』
毒はランランのおかげで最低限対処できているし、敵の攻撃もFuranが鋼糸をいい場所に張ってくれるため、回避はできている。
ただでさえ万全の状態でも勝てる相手ではないというのに、先の毒竜との戦いで消耗させられているときに戦っていい相手ではない。
どんな難易度設定しているんだと、このイベントを舐めていたことを痛感させられる。
『けど退ければいいだけなら……できるか?』
『要は少しでいいから、手を出すリスクがある相手と思わせればいいわけですしね』
『私たちと戦うメリットなんて、向こうには一ミリもないわけだしね~』
毒竜王としては、強くなりたいというよりは毒性を高めたいというのが本能としてある。
それでいうとブラットたちを食べたところで、毒性は上がらない。これは毒竜王にとっては糧を奪われたことへの意趣返しであり、苛立ちを解消するための憂さ晴らしでしかない。
現状ブラットたちを相手にすることに対して、なんのリスクも感じていないからこそできる行動だ。
となれば一撃でもいい。相手をすることに、リスクがあると思わせることができれば、必死になる必要のない戦いなど放棄してくれるのではないか。それがブラットたちの共通認識だった。
その一撃を入れられるのは、ブラット以外は誰もいないというのも含めて。
(そのための布石はもう打ってるけど、それを活かすためにも隙をどうにかして作らないと)
幸い毒竜王は飛び回るブラットに夢中になっていた。的当てのオモチャで遊んでいる感覚か。
自分はその場からほとんど動かず、ポイズンレーザーと毒尻尾、無限生成され続ける毒霧槍。この三パターンだけで戦ってくれている。
その三パターンだけで、消耗しているとはいえブラットがFuranの補助有りでようやく対処できているのは問題ではないのだが。
そこにいるだけで猛毒が発生していて、近くにいる毒への耐性が強いはずの毒モンスターですら死屍累々。あちこちで屍を晒している。
それを見るほどにブラットとFuranは、ランランがいてくれることへのありがたさがこみ上げてくるようだった。
(にしてもあの毒霧を毒槍に変質させる魔法……アネモネが風魔法を灰風に変質させるのに似てる気がする。変質の原点というか……)
もちろんアネモネと比べると、複雑な精密機械と歯車のオモチャくらいの完成度の違いはあるし、似ているだけで本質は違う。
けれど今のブラットにとっては、毒竜王の魔法の方が原始的だからこそ、何か掴めそうな予感をそこに感じていた。
余裕はあまりないのだが、深淵領域を解放し観察してしまう。これまで出かかっていた、あと何か一つの閃きで辿り着けそうなところまで来ている、灰風に踏み出すヒントになるのではないかと。
魔力の流れ、変質する際のキラキラの動き──。
「──くっ」
『大丈夫~!?』
『大丈夫! ゴメン!』
そちらに集中しすぎて毒槍が一本脇腹に刺さってしまう。毒が一気に体中へ巡る前に、自分で脇腹を肉ごと抉って対処する。それでも残った毒は、ランランにどうにかしてもらうしかない。
(でも──意味はあった)
「グゥルゥゥ……?」
ブラットの動きが変わる。身に纏う風がチリチリと質量を持ったように毒槍を受け流す。身に宿し同化する風がサラサラと体を解かすように運んでくれる。
雷のように素早く動き、風のようにしなやかに。これまで以上に予想の付かない不可思議な動きに、さしもの毒竜王も戸惑いを隠せない。
灰風に必須の風の変質。超位職【深淵繊風術師】の真髄を一つ掴めた気がした。
いつだったかアネモネが、黒雷より先に灰風の方を──と言っていたのを思い出す。
ここまでお膳立てされれば、灰天使であるブラットなら、存在として灰を知っているブラットなら、あとは自分なりの型にはめればいいだけだった。
(今すぐ職業一覧を確認したい! ここが零世界だったら使えてたでしょ、絶対!)
だがここはBMO。ちゃんと職業で取らないと、感覚的に使えると確信しても、システム的に使わせてくれない。
だが目の前の毒竜王相手に、職業を取得している余裕はない。
なので今は、成長した風魔法の力を使って攻めに転じることにする。火力特化の雷にはない、ふわふわと舞い、触ろうとすればすり抜けるトリッキーな風捌きで距離を詰めていく。
当然、距離が短くなるほど回避も難しくなっていく。それでも臆さず前へ前へと突き進む。異様な圧を感じたのか、毒竜王も「何だこいつ」とばかりに警戒心を抱き出す。
さすがにブラットも、毒槍をかわせなくなってきた。あちこち掠り、ランランの負担が重くなっていく。
だがこれ以上続けていても、どうせ負ける。だったら限界点を早めてでも、ブラットたちは進むことを選択する。
『Furanさん!』
『はい!』
剣の間合いにやっと入った。ブラットの手には五本の『執着と悦楽』。
そんなブラットへ、毒竜王は口を大きく開けて必殺のポイズンレーザーを喉奥にチャージする。
だがそれが撃ち込まれる前に、ブラットは光り輝くコバルトブルーの大きな瞳と目を合わせる。
ブラットの瞳が灰がかった金色から赤色に染まり、灰色の紋様がクッキリと浮かび上がり、英傑を倒して上がった種族レベルで獲得した【存在剥離の魔眼】を発動させる。
狼王が最後にブラットに使おうとした魔眼の力に近いそれは、目を合わせるほど相手の存在感を曖昧にし、最終的に霧散させ〝いなかった〟ことにする魔眼。
相手が格下でなければ、そこまでの効果はないのだが、格上相手でも少し嬉しい効果がある。
「【屍蜂・白化蝕毒】」「【忘却のうたかた】」
Furanの夢のスキルに、ブラットの夢の種族スキルが割り込んでいく。
何度か深淵領域で観察していたため、ぶっつけ本番だが、なかなか上手くできている。仙人職にとって同調は、得意分野であったのも大きかった。
【存在剥離の魔眼】でほんのわずかに存在感が薄れたことで、夢の存在に少しだけ近づいた判定となった。
これにより二人分のスキルが合わさり、圧倒的格上の毒竜王にさえ夢で脳を微睡わせた。
「グ──フゴォッ!?」
毒竜王はポイズンレーザーの使い方を、一瞬だけとはいえ忘れてしまう。喉奥に蓄積していた力を、どう吐き出せばいいか分からなくなり、そこで爆散する。
それは三人まとめて消し炭にする威力が込められているが、自分の毒による耐性が強いおかげでそれほどのダメージはない。けれど喉奥が爆発し、えずくように驚いて行動が一瞬止まる。
ザリィッ──という大地を踏みしめるブラットの足音でハッとし、毒竜王が前を見たときには、既に五本の切っ先が目の前だった。
「【世刻遺言】!!」
さらに『執着と悦楽』が実際に使われていた時代で、最大の切れ味が復元される。
あれは痛そうだ。もう切っ先が鱗に触れようとするその瞬間、はじめて毒竜王は脅威を覚え──ジャンプするように後ろに飛んで回避した。
「ちっ」
「グゥルゥォオ」
五本の刃は鼻先を掠めただけで役目を終え、ボロボロと崩れるように消え去った。
それでも傷は傷。腐食が傷口を侵し、じくじくと久方ぶりに感じる痛みに毒竜王は白けてきた。
こいつらを食ったところで毒を強化できないのに、傷まで負ってなんで戦っているのか。馬鹿馬鹿しいし、もう帰ろうかと迷いが生じる。
その間も忌々しそうにブラットへ視線が向いていて──それに気づくことができなかった。
「フゴ──ォッ!?」
脳天に強い衝撃が走る。三体の一二〇センチほどの灰色の翼人が、それぞれ両手に『聖灰剣ベリウス』を持って、ファフニールの頭に突き刺していた。
それもただ突き刺しただけではなく、やや中途半端な形ではあるものの、【世刻遺言】を発動させている。
完全な発動ではなかったが、その灰翼人たちは灰天使の剣と非常に相性が良く、他の剣よりはずっと上手に扱えていた。
『聖灰剣ベリウス』を刺した場所から一瞬だけ金色の光で溢れ、すぐに灰となってファフニールの頭に積もり、大きな亀裂を頭部に入れていた。
『聖灰剣ベリウス』の持つ、かつての使い手が出した最大火力の再現。それはたとえ中途半端でも、毒竜王にしっかりとしたダメージを与えた。
「くたばれっ!! 【世刻遺言】」
自分用に貯蔵していた『聖灰剣ベリウス』を三本取り出し、完全再現されたかつての最大火力の一撃を叩きこもうと肉薄する。
「グォォァァアアッ」
頭に叩き込まれた攻撃より、さらに力が籠った剣を見た毒竜王は「もういい!」とばかりに拗ねた様子で上空へ飛び上がる。
その最中に、せめてもの仕返しにと翼人たちに噛みつこうとしていたが、ミニハーピーとなって散らばり、半数以上は食われたが、なんとか全てを殺されずに逃げることができた。
「ドライが死んだ!? ああ、くそっ。また育てなきゃ……」
しかし殺された中にはブラットにとって、死んでほしくなかったミニハーピーがいた。しかし愚痴を言っても生き返るわけではないため、集中力を切らさず上空高く舞い上がった毒竜王を睨みつける。
向こうもこちらを睨みつけていたが、これまでのような明確な敵意は感じられない。
だがただ帰るのも癪だと思ったのだろうか、毒霧が変質して頭部に変化し、三つ頭の毒竜王へと変身する。
それら三つの口が大きく開き、口内に特大のエネルギーが充填されていく。
「に────逃げろーーーーーーーーーーーーー!!」
「うひゃぁ~~~!?」
「やばいですやばいですやばーーい!!」
引っ掴むようにランランを脇に抱えたブラットは、Furanと一緒に走り出す。
三つの口から戦っていた頃よりもさらに野太いポイズンレーザーが照射され、それら三つが途中で合流して太さはさらに三倍へ。
コバルトブルーの見ている分には美しい毒をエネルギー化した攻撃は、大範囲をいっぺんに焼き尽くし、毒沼の水を蒸発させて周囲一帯に強烈な毒成分が散布される。
毒状態がむしろ強化に繋がるはずのランランでさえ、触れただけで肉体がグズグズに溶けるような猛毒だ。
彼女はむしろブラットに抱えられた状態で、「サンプルプリ~~ズ!」と叫んでいたが、そんな場合ではない。
ブラットも風魔法で周囲を展開しているが、その魔法すら毒にかかったように溶けてしまう。
「とんでもない化け物だな……」
「あれと戦わないといけないんですね……」
「うおーーー新種の毒だ~~~!! これ私の知ってる毒と、根本的に何か違う気する~~~!! ひゃふぅ~~~~~~!! 祭りじゃ祭りじゃ~~!」
結局五分ほど走り続けて、ようやく安全圏まで逃げ出せた。
なにやら一人だけテンションが違うが、ブラットたちもそれにツッコミを入れている余裕はない。
《条件が達成されました。シークレットイベント【毒竜王ファフニール5】が解放されました。
おや? 何か戦った場所に落ちているような…………?》
「なんかちょっと親切になってきたな。ヒントみたいなのが聞こえたけど」
「それを信じるなら、とりあえずまた戻らないとですね」
「よし、戻ろ~~!」
「どの道、若い方のファフニールのドロップアイテムも置きっぱなしだからな。早く戻ろう」
「あ、それは私も欲しいです」
「何が落ちてるかな~。楽しみだよ~。あ、毒のサンプルも取っておこっと」
「先にドロップアイテムが優先だ」
「あ~~れ~~」
フラフラとどこかに行こうとするランランを脇に抱えたブラットは、Furanと共に来た道を戻っていた。




