第六六二話 もう一人の──
世刻奇剣と深淵領域関係での確認は簡単に済ませたブラットは、続いて昨日の感覚を忘れてしまわぬうちに、夢属性の確認もしていくことにした。
とはいえブラットはまだ夢の属性の職業を解放したわけでもなく、自分で自分の夢の世界に入り込むことすらできない。
なので今のところはパワープレイで、練習する場所を確保することにした。
「【狂夢の根源喰らい】」
【Mジェネレーター】で発生させたファットゴブリンを威圧して心を折り、強制的に精神世界へフィールドを移動させる。
完全に抗う心を無くしているため、精神世界でのファットゴブリンは非常に小さくなって震えていた。
だがその方が都合良いと、ブラットは無視して得られた夢の感覚を確かめていく。
厳密に言えば夢の世界と精神世界は、柴犬と秋田犬くらい違うのだが、互換性はあるので練習する分には問題ない。
「……今更だけど、どうやって練習すればいいんだろう。自主練の方法くらい、最後に教えていってくれればいいのに。
けどなんか、ここにいるだけでも見え方が違う気もするな」
これまでは生身のまま、精神世界に潜っているというような感覚でいた。
しかし今は明確に、今ここにある自分の体は生身ではなく、精神──夢の存在だとはっきりと知覚している。
「まず大前提としてここが、夢の世界と違う。これ、条件を同じにできないかな」
あちらは生身のまま夢の世界にいた。いうなれば桃色真君に、現実世界を夢の世界で覆うように塗り替えられている状態。自分や自分が所持している物は少なくとも、現実の存在だった。
しかし今の状態は生身の自分を現実世界に無防備なまま置き去りにして、剥き出しの精神のままここに立っている。
どちらがいいかと言われれば、肉体を持ってきた方がいいようにブラットは思った。
肉体は精神の入れ物であり、それを守る鎧にもなる。なにより精神と肉体が一緒であった方が、存在の安定感はまるで違うだろう。
「それ系統の職業取ってないけど、できるかな。えーと……現実にいる肉体との繋がりは、うん。ちゃんと感じられてる」
BMOではスキルをちゃんと取得してないと、できる状態であってもできないようになっている。
なのでやれるかどうかは微妙なところだったのだが、何となくこちらに現実の体を引っ張り寄せる方法は理解していた。
肉体との繋がりを明確に意識する。イメージ的には、今ここにいる自分と紐で繋がっている感じだろうか。
その紐を精神世界側に手繰り寄せるように、引っ張り込んでいく。ともすれば千切れてしまうのではという不安もあったが、そういったハプニングもなく順調に事が進んでいった。
そのまま精神世界に引っ張れたと確信した瞬間、磁石で引き合うように精神と肉体が合体する。
これが生命の当たり前の状態であり、この精神世界でより安定した状態になるというズルができるようになった。しかし──。
「──や、やばいかも」
逆に肉体を引き込んでしまったせいで、こちらの方が現実だという強い感覚が襲ってきた。
精神だけの状態であれば、ああここは精神世界だなと分かっていたし、なんでこれで夢と現実の区別がつかなくなるんだよと、ブラットは内心思ってすらいた。
しかしこうして精神世界で生身の肉体を得てしまうと、夢のような世界という感覚と、現実だという感覚が二重にせめぎ合い、頭がおかしくなりそうだ。
桃色真君の夢の世界は、いわば他人の世界だ。なのでここまでの感覚は覚えなかったのだが、ここは自分の精神世界。自分自身との親和性は100%。
もう現実だと認めてしまった方が楽なのではないかとすら思ってしまうほど、違和感が凄い。
なまじ夢というものを理解してしまったからこそ、余計に気持ちの悪い、今まで味わったこともない感覚に精神が侵されていく。
「このままだと……精神世界に呑み込まれる……っ。どう、どうすれば──」
焦りと押し寄せるここが現実だと訴えかけてくる感覚に、思考が鈍ってしまう。
それでもブラットは対処法をと必死に思考を巡らせて──、桃色真君の言葉をようやく思い出した。
「夢であると分かりやすいものを用意すればいい……んだっけ」
夢であると気づけるような何か。分かりやすければ分かりやすいほどいい。それでいくと確かに性別は、分かりやすい指標だろう。
ブラットは七次進化後の自分がTSポーションで女になったときの姿を思い浮かべ、自前のスキルを使って強引に女体化して姿を変える。
精神世界にいるため、現実の体でもその姿形の境界線はどこか曖昧で、TSポーションを使ったときにかなり近い状態で女の姿になることができた。
少なくとも今が男か女か、目を閉じていても分かるほどに。
「ふぅ……はぁ────すぅぅ~~~はぁ……」
桃色真君のところでずっと女状態だったというのもあったのだろう。夢=女というイメージの下地が出来上がっていたからか、呑み込まれそうなほどの現実感は一気に薄れた。
まだ少しぐちゃぐちゃになっている思考をほぐすように、ブラットは深呼吸して落ち着かせる。
「これ素人が適当にやっていいものじゃないんだな。最初から性別を変えられるよう、準備しておくべきだった。
あんなんでも言ってることの中には、まともなこともあるのがまた始末が悪いというかなんというか……」
とりあえず落ち着いたため、ちゃんと夢と現実のアイテムを意識せずに見分けられるかチェックしていく。
アイテムボックスに入ってるものと、その辺りの床を千切った塊と見比べてみたり……といったところからはじめて、いろいろな検証をしてみたが、見分けるだけならもう完璧と言っていい状態だった。
これならまたあの洋館に放り込まれても、すぐに全て見つけられると確信を持てた。
他にも特性【夢界環境構築】を使って環境を自由に塗り替えたり、種族スキル【忘却のうたかた】でファットゴブリンに一時的に恐怖を忘れさせたりなどなど──自分の妄想を押し付ける感覚というものも学べた。
「まぁそれは初歩も初歩の話なんだろうけど。むしろこれで、ようやくスタートラインに立てたって感じなんだろうな。
それでこれ以上進みたいなら──【夢妖至人】を取れるようにしないといけないか」
あの一件で理解度が進んだとはいえ、今自分でこれ以上のことはできない。
もっと先に進むには、またあの老人の元で悟りを開けるよう修行をつけてもらう必要がある。
しかし、とにかく桃色真君の相手をするのは大変だ。エルヴィスやロロネー、ゼインたちと違い、気軽に会いに行きたいとは思えない。
選定魔王たるアネモネにすら、ここまで会いたくないと思ったことなどないというのに。
よって自分でできるところはできるだけ終わらせておき、最低限の最短距離で【夢妖至人】までの道のりを突っ走り、さっさと取ってしまいたいとブラットは考えている。
とにかく今は桃色真君に対してあまりにも自分が無防備で、少しは抵抗できるようにするためにも、【夢妖至人】という力は早めに手に入れたかった。
「至人程度でどうにかできる相手じゃないだろうけど、今は着の身着のままで凶悪モンスターの口の中に入っていくようなものだし……。
さて、あとはどうしよう。この精神世界で今すぐ試したいところは終わったと思うし、元の所に戻るか。お別れだ」
終わらせるためにチラリとファットゴブリンに視線を向けると、モンスターながら気の毒になるほどおびえが酷くなる。
しかし思い直すようにブラットは視線を向け、思案する。どうせ最後は始末されるだけなのだが、それでもファットゴブリンは伸びた余命を喜ぶように震えが収まる。
「その前に、もうちょっとちゃんと夢の世界の自分を作り込んでおこうかな。
夢の状態と現実の状態。それをはっきりと区別できるようにするためにも、ブラットとは違うサブキャラを作るような気持ちで、女形態を考えておいた方が良い気がしてきたし」
ブラットはその場に立ったまま、撮影モードで自分を映し、ホログラムモニターを鏡のように使って今の自分を見る。
そこに立っているのは「ブラットが女性だったらこうなるよね」という、見る人が見れば一瞬でブラットと結び付けられる程度の容姿の違いしかない。
もちろん胸が大きかったりと、女性的な丸みを帯びたフォルムになっているが、そういった肉体的違いだけでなく、もっと強く違いを意識したほうが現実と違うと認識しやすくなるはずだ。
そう考えたブラットは、夢の世界専用のキャラクターを作ろうと、目鼻立ちも少しいじっていく。
BMOでの現実世界でも、特性【晶織血衣】という皮膚と血液と生体結晶微蟲が全て統合されたこともあり、少し顔立ちをいじるくらいなら生体結晶微蟲に命令するだけで可能だ。
それに合成獣のスキルや種族スキル【マテリアルチェンジ】、混沌を纏ったりすれば、根源の部位を入れ替えたり付け足したりなんてことまで可能だ。
さらに、ここは精神が大きく影響する夢とほぼ同じ特殊な世界。現実の肉体を引っ張ってはきたが、それでもどこか曖昧だというのは前述した通り。
現実よりも融通が利き、その顔立ちで固定しやすいということでもあった。
「なんか楽しくなってきた。懐かしいな、女キャラ作るのなんていつぶりだろ」
ブラットも……というより、色葉もゲームをはじめたばかりの頃はいわゆる〝ネナベ〟などせず、普通に女の子のキャラを女として使用していた。
しかし中身が本当に女の子だと知られたとき、面倒な反応をするプレイヤーにしつこく絡まれたことがあり、しかも向こうからすれば完全に親切のつもりでやっていた──というのが余計にたちが悪かった。
それに嫌気がさした色葉は、その一件を切っ掛けにしてオンラインゲームでは徹底して男キャラを使い、男として振る舞うようになった。
なので本当に女性キャラクターをクリエイトするのが久しぶりで、同時に楽しかったこともあり、無駄に凝りだしてしまう。
まず顔立ち。ブラットよりも勝気で生意気そうな瞳の美女に変更。薄く紫がかった灰色の髪は派手な銀髪にして、ゆるふわウェーブのロングに変更。
片側に一つしか伸びていなかった鬼の角は、形状をいじって悪魔のような捩じれた角にし、大きさを小さくする代わりに両サイドの側頭部から一本ずつ伸ばしてみた。
「お~、我ながら美人さんだ」
翼も枚数はそのままに形状と大きさをいじって、ブラットのものよりも厳つくならないよう女性らしさをイメージへ。
ブラットにとって第三の手となっている立派な竜尾は、細くした代わりにヘビのように長くした。
ひざ下の狼の脚部は、こねくり回して強引に膝丈ブーツのように見える素足に変えた。それでもよく見れば、狼脚の素足だと分かってしまうが、そこは妥協した。あまり変えすぎると、特性に影響が出るからだ。
最後に衣服は混沌を被せるようにして、金色の刺繍を施した重厚なハイネックのコルセット。動きやすさを重視した黒のショートパンツ。その上から、内側が鮮やかな赤色のオープンフロントのオーバースカートを重ね、マントのように背後へ広げる。
胸元は開いているため谷間を晒し、ショートパンツのおかげで太ももも丸見えだが、動きやすさを重視しているため、セクシャルというよりは活発な印象を受ける格好に収まった。
「うん。こんな感じかな。いいね、良い感じ。けどやっぱりベースはブラットだから、ブラットっぽさはどうしても残ってるか。
それでも性別を変えた同一人物っていうより、ブラットの妹?ってくらいには違う感じにはなったかな」
勝気で生意気風な目元と活発な格好もあって、ブラットよりも少しだけ幼い……というか、若い印象を受ける。
それでいてブラットとしての雰囲気も残っているため、隣に二人並べれば兄妹と大抵の人が感じそうな風貌だ。
「うん。覚えた。あとはせっかくここまで作り込んだんだから、名前も付けておこうかな。その方が、今後イメージもしやすいだろうし。
となると、久しぶりにもう一個の私のプレイヤーネームを使っちゃおうかな」
男キャラを使うようになってからは、もっぱら「色葉」の「葉」の外国語から「ブラット」というプレイヤーネームを使い続けてきた。
だがそれは、もう「色」は使っていたから、「葉」からブラットという名前をつけたのだ。
なのでゲームをはじめたての頃に使っていた、女性用のプレイヤーネームがあった。
そちらは「色葉」の「色」から着想を得て、プレイヤーネームを──。
「クロミア。この姿のときはクロミアって名乗ろう。クロミアとブラットで、ちょうど〝色葉〟だね。
どっちも〝私〟で〝オレ〟だけど、違う〝オレ〟で〝私〟。うん、凄くしっくりきた」
名前を付け自分の中で明確に分けられたからか、よりここが現実世界ではないという認識が強まった気がした。
もう一人の夢の中の自分──クロミアでいる間は、少なくとも自分の夢の世界を現実と思うことはないと確信する。
「次の危険についても、考えておいた方がいいのかな?」
夢を現実と思い、肉体が死ぬまで捕らわれる。という夢という力を手に入れた者が、初期にやらかす失敗はこれで回避できた。
となると次の「夢と知っていながら、夢に呑まれ夢に生きることを選ぶ」という失踪を回避できれば、これまでの桃色真君の弟子たちより一歩先に行けると思っていい。
「まぁ私は現実世界にやりたいことがありすぎて、夢を呑気に見てる暇なんてないんだけどね。多分そっちは大丈夫なはず……だと思う……。そうあってお願いだから」
桃色真君とのやりとりを少なくするには、自力でできるところは、どんどんステップアップするしかない。
また変な形で世話になり、背筋が凍るような恐ろしい代償を支払わされるなんてことにならないためにも、そこは絶対だ。
「桃色真君とは、接触回数が少なければ少ないほどいいと思ったほうがいいね。よし、てなわけでお疲れさん。ありがとね」
ずっと隅で気配を消して、忘れてくれないかと願い続けていたのも空しく、召喚されたファットゴブリンは指先から放たれた小さな電撃で焼き殺されて消えた。
それと同時に現実世界に戻り、クロミアからブラットへと戻った。
戻ってきたとフリーが甘えようと飛び込んできたのをキャッチしながら、ブラットはさて次に何をしようかと無数の選択肢を考えていると、はるるんから連絡の通知が届いたことに気がつく。
先ほどまでは戦闘中扱いだったため、通知が来ないようになっていたのだ。
頼んでいたどれかの情報を掴んだのかなと思い開いてみれば、そこにはハイエルン領内に適当に設置したダンジョンについて書かれていた。
「あー、そんなのあったなぁ。優先度低すぎて、ちょっと忘れてた」
最近はハイエルン領に他のプレイヤーの姿を見ることが増えてきて、モドキさんのとこのダンジョンだ!と、挑むプレイヤーもいた。
しかしブラットが手を入れてなさすぎて、肩透かしもいい所のしょうもないダンジョンになっている。
だがその不満はブラットには届かない。ではどこに届くのかといえば、自分のチャンネルを持っている、リアルな親類はるるんだ。
はるるんからすれば、そんなこと俺に言われてもと言いたいところなのだろうが、彼がクランマスターを務めている『百家争鳴』がハイエルン領の共同開発を担っていることも、動画にしていたのでばれている。
なので完全に突っぱねることもできず、考えた末にブラットへ「もうちょっとどうにかなりませんか。妹様よ」と嘆願メッセージを送ることにした──というわけである。
「そんなこと言われてもなぁ。こっちも他にやることあるし。
いっそのこと、はるるんとこに中身をいじる権限を渡してやってもらおうかな。向こうはダンジョンの検証ができる、オレはダンジョンの中身をチマチマ設定しなくてよくなる。
いや……でもちょっと待てよ。中身はほぼ丸投げでもいいけど、ダンジョンボスはせっかくだし……。
よし、できるかどうかも含めてちょっと見に行ってみるか」
BMOのダンジョン製作は今のところそこまで乗り気ではないが、さすがのブラットも、ハイエルンのダンジョンに何を求めているのかは分かっているつもりだ。
せめてブラットのところにしかない珍しいボスの一人もいれば、プレイヤーたちの満足度も上がるだろう。
とはいえ、まだ自分の思った通りに設定できるかは分からない。気になってしまったからには今すぐ確かめようと、ブラットはハイエルン領へとポータルで渡った。
次は土曜日更新予定です!




