第六六一話 新たな可能性
周囲から完全に桃色真君の気配が消えたが、念のため山を下りてからポーションを飲んで男に戻る。
「なんだかんだ、この姿が一番落ち着くな。やっぱりブラットはこうでないと」
大元の本質を辿れば女だというのに、ブラットでいるときは男であるという認識が強い。
慣れた体に戻ったことで未だ乱れていた精神も、落ち着きを取り戻してきていた。
とはいえ精神的な疲労はいかんともしがたく、いつもより少しだけ早いが、この日は大人しく課金拠点に戻りログアウトした。
翌日。今日は休日だ。昨晩は葵にいっぱい甘やかしてもらい、気力は充分。
すっきりとした落ち着いた精神状態で、改めて昨日の夢の中のことを思い返そうと、録画していたデータを引っ張り出して再生する。
そこには第三者視点で、桃色真君に頭を取られたシーンもしっかりと記録されていた。
「こういうところもゲームの強みだよな。現実じゃ録画なんてしてられないから、無我夢中でやってるときの自分を顧みることなんてできないし。
ふむふむ……やっぱり触媒もなしで、完璧に謳われぬ剣を複製してるな」
必死過ぎてこの時のことを、ブラット自身ほとんど覚えていなかった。
しかしこうして録画データを見ていると、なんとなくではあるが、このときの記憶と感覚が戻ってくる。
できたのだから、そのポテンシャルが今の自分にはあるはずだ。ならちゃんとできるようになりたい。
そんな想いで何度も同じところをループして再生し続けながら、世刻奇剣複製師の力を練習する。
あの全てが綺麗に嵌まっていくような、あのときの感覚を何とかトレースしようと集中する。だが何か足りない。
ブラットはそれが何かを考え、そういえばと深淵領域を開いていたことを思い出す。
だがただ使っても上手くはいかない。あの徐々に失われ、深淵領域が薄れていく状態はどんなものだったか。今度はそこも忠実に再現しようと試みる。
(ピントを合わせるって自分の中で表現してたけど、もっと複雑そうなんだよなぁ)
深淵には階層があり、さらにその階層ごとに最低でも三次元の座標があると、ブラットは自分なりに感じたイメージを纏めていく。
実際には階層なんてものはなかったり、三次元どころじゃない次元が階層ごとに広がっている可能性もあるが、今はそうしておかなければ話が進まない。
(こんな……そう、こんな感じだったかも……)
明確に頭の中で深淵の構造を仮定したことで、ふんわりとした感覚ではなく、数式のようにこの力を使うなら、この座標に合わせて覗くというのを理屈として定められるようになった。
こうなると戦闘中でも瞬時にそこに合わせられる。英傑のエルヴィスと深淵について話しているとき、彼も似たようなことを言っていたが、そのときはブラットがそれを理解するに至っていなかったため、その知識を活用できなかった。
けれど桃色真君の〝本体〟を見るために、かなり深淵の奥底まで、引きずり込まれるように一度覗いてしまい、それが奪われるという極限の精神状態で感覚を研ぎ澄ましたことで、今のブラットはそれを本当の意味で理解できた。
手探りで砂の中から小さな物を探すように、深淵をあちこち覗きながら、このときの最適解を探していく。
しかしそこで至った結論としては──ここでは無理ということだった。
「今のオレのポテンシャルというよりは、あの特殊な状況下がマッチした結果ってことか」
ブラットの考察としては、夢の世界であったのと、その夢を構築していた桃色真君の頭になっていたこと。これにより夢への親和性が飛躍的に上昇し、その状態で深淵領域を活用したことで、あのようなことが一瞬でできたという答えに行きついたのだ。
つまりある程度想いの力で何とかなる夢の世界だったからこそ、今のブラットでもヴァルンのように即興で触媒もなしに、間に魔導学の応用も挟まずにできたのだろう。
「けど。だからと言ってあの経験が意味がなかったわけじゃない。
あの爺さんは絶対にオレの成長なんて考えてなかったんだろうけど、不幸中の幸いだったのかもしれないな」
あの一瞬の出来事は、今のように黙々と一人で訓練する何倍もブラットの成長に繋がっていた。
その点においては、悔しいが桃色真君に感謝すべき点なのかもしれない。
まず深淵領域の理解度の向上。それに加えて、数秒とはいえ桃色真君の頭になっていたことで、夢の見方が分かったような気がした。
あの心を緩めて~なんていう、手を引かれて歩く幼児のような方法ではなく、ちゃんと夢を扱える者の視点を得られたのだ。
さすがに桃色真君のような最上位者と同じ視点とまではいかないが、ちゃんと一人で立って歩ける程度には今なら夢の世界から、現実のアイテムを見分けられる自信がある。
「でだ。その成長をどう活かすかだけど……ちょっと忙しくなりそうだな。これまでの魔法式全部作り直しだ」
深淵の見方の地盤ができたことで、余計にこれまでブラットがせこせこ作ってきた改造魔法の式が、ちゃちなものに見えてしまう。
ちゃちと言ってもブラットの知識と、ときにはエルヴィスのアドバイスも受けて式を組み、研究が進むほどに改良を重ねていった自信作だったのだが……もう、これを使いたいとは思えなくなっていた。
「これなら多分──こうして、ここを繋いで、こっちにこれをこっちにねじ込んで……」
ちょうど世刻奇剣複製師の力を試していたところだったので、その式を即興でいじってみることに。
現段階においては、これ以上改良の余地などない!と思っていたのに、少し見ただけで手直しが必要な場所があちこち目についた。
その手直しした先の展望も今のブラットには見えていて、深淵領域を開きながら最近パッケージ化が済んだばかりの『ウルフ・アルファ』の式を直してみた。
「これなら────『〝ウルフ・アルファ〟』」
柄の部分が狼の頭部を模した、牙のように曲線を描く剣が手に握られる。
もちろん触媒を使った方がコストも安く済むが、それでも現実に存在する剣を使わずとも、安定した複製ができていた。
「ははっ、なんかもう……これまでの苦労はなんだったんだろう」
「フリィィ?」
「ああ、大丈夫大丈夫。これまでの積み重ねがあってこそではあるし、気にしてないよ。心配してくれてありがとう、フリー」
「フリィ♪」
あの老人を見てからだと、もう癒しの化身のようにしか見えないフリーを抱っこして可愛がりながら、しっかりと成長の手ごたえを実感する。
これまではそうするしかなかったから、三つに分けていた世刻奇剣の複製式を、いきなり一つに纏めることができてしまった。
それもこれまで仕方なく分割していたものより、即興で統合したものの方が安定しているときている。
下地がなければできないことと分かっているが、さすがに笑ってしまうほどの急成長だ。
「ああでも、ヴァルンの報酬でもらった、資質の影響もあるのかも。おお? なんか新しいスキルも生えてる」
これだけ成長したのだから、何か変化はないかと職業スキルを覗いてみると案の定、新しいスキルが二つも増えていた。
一つは【世刻遺言】、もう一つは【世碑私録】。さっそく説明を読んでいく。
「複製品の強制破壊を条件に、本物史上、最も強かった一撃を再現する──ってスキルが【世刻遺言】と。
えーと……たぶん、オリジナルが使われた歴史の中で、一番威力の高い攻撃が出るって感じなのかな」
試しに今持ったままの謳われぬ剣「ウルフ・アルファ」で、【世刻遺言】を使ってみることにした。
触媒も使っていないため、壊れたところで何も失うものはない。的になる非破壊案山子を闘技場に設置してから、「ウルフ・アルファ」を構えて正面に立つ。
フリーは巻き込まれないよう、遠くで見守ってくれている。
「いくぞ────【世刻遺言】」
刀身が真っ赤に輝き、血のように赤い個体が一匹と、褐色の個体が五匹、オオカミの幻体としてブラットの周りに召喚される。
召喚された中でアルファ──つまり群れのリーダーであろう赤いオオカミが遠吠えをするように叫ぶと、他の五体が呼応するように鳴く。
すると褐色の五体が粒子となってブラットの持つ剣に吸い込まれ、刀身に錆が浮かぶように褐色がまだらに現れた。
続いて赤い個体も粒子となって吸い込まれ、鮮やかな赤い刀身に、褐色の狼の紋様が浮かび上がる。
そしてブラットが何もしてないのに剣が勝手に、当時の使い手の動きを再現し、的に向かって振るわれた。
「アオーーーン」と風切りの音の代わりに狼の遠吠えを上げながら、剣の軌跡に大きな狼爪の斬撃が六方向から挟み込むように案山子を切り刻み──「ウルフ・アルファ」は砂のように崩れて消えた。
「こんなことできたのか……」
謳われることなく朽ちた剣とはいえ、世刻奇剣と呼ばれるに相応しい超火力の斬撃だと、ブラットにはすぐ分かった。
そしてまだ複製できるようになって間もないとはいえ、複製師であるブラットが知らない一撃であったことに目を丸くする。
正直言ってしまうと、「ウルフ・アルファ」は剣として使うというよりは、オオカミの幻体召喚アイテムくらいにしか思っていなかった。剣としての機能には、何も期待していなかったのだ。
しかし先ほどの威力を見てしまうと、随分と失礼なことを思っていたんだなと反省してしまう。
ブラットがあれをくらっても、ただではすまない。英傑クラスでさえ当てられれば殺せる威力が秘められていたのだ。
「もしもこのスキルを使ってなかったら、一生知らずにただの召喚アイテムとしてだけ使ってたかもしれない。
案外他の世刻奇剣にも、そういうのがあるのかも。となると……」
もう一つスキルが残っているが、そちらを調べる前にどうしても気になってしまい、ブラットはナマクラを複製して手に握りしめる。
もはや自前の剣と同じくらい慣れ親しんだ相棒のような安心感がある。こいつにも隠された裏機能があったのかもしれない。自分はまだ完全にポテンシャルを引き出せていなかった可能性があるかも──と、不安半分期待半分で案山子と向かい合う。
「いくぞ、ナマクラ! お前の最大攻撃を見せてくれ! はあぁああっ──【世刻遺言】ぉおお!!」
さてどうなる──とブラットは気合を入れてスキルを発動させた………………のだが、ナマクラは「は? どしたん?」とばかりに微動だにしない。
いやいや、きっとのんびり屋さんなんだ。私は知ってるよ。急がなくていいからね。という気持ちを込めた視線で、そのままブラットは見つめ続けるが…………やはり何も起こらなかった。
「なんでやねん! オレの前に使ってた人いたよね!? なんか間違った? 発音が違ったとか? いやいや、発動の感覚は間違ってなかったはず。
【世刻遺言】! クーロノ! テーーースタメントゥ! くぅるぉのぉつぇえすぅつぁむぅぇえんとぅぉ~~」
「フ、フリィ……?」
「何してるの?」とフリーにまで変な目で見られながらも、ブラットは様々な発音を試したり、変な動きで振ってみたりしてしたのだが……、ナマクラは何事もなくブラットの手に握りしめられているだけだった。
「えぇ……ナマクラにそういうのはないってこと? いや待てよ、これってナマクラだけじゃない?」
頭の中に一つの仮説が浮かび、ブラットは試してみようとナマクラの次に馴染みのある「風切刃根」を複製した。
それを持ってすぐに【世刻遺言】を使用してみたが、やはりこちらも何も起きない。
そのまま何種類か別の剣も試していき、結論にいきついた。
「そもそも【名もなき剣】には、オリジナル史上最大の一撃の記録がないんだ」
【名もなき剣】は全滅で、【謳われぬ剣】は『死転双結』といった一部の特殊剣を除き、当時の使い手が使ったであろう最強の一撃を再現してくれた。
つまり全ての剣に適用されるわけではなく、あくまで世界がその一撃を記憶していたかどうかが、最低条件となっているのだ。
つまり『ナマクラ』や『風切刃根』など無名のまま終わった剣たちは、その刃が振るわれていた記憶が世界にないから【世刻遺言】の適用外。
逆に謳われぬ剣レベルまでいけば、世界も覚えておいてくれるようだ。
「『死転双結』はそもそも剣としての用途はまったくないから、発動しなかっただけだろうな。基本的に謳われぬ以上は、全部いけると思っていいか。
ふむふむ……これはこれで何か悪さができそうな予感がしてきたぞ。
けどそれを考える前に、もう一個のスキルも見ておかないとだ。えーと、なになに……」
世碑私録は、少し毛色の違ったスキルだった。
このスキルを発動すると、世碑納匣に似た棺のような箱が現れる。
その箱の中に複製師が、複製したものではない今も実在する剣を入れ、そのまましばらく放置。
するとその剣の情報が記録され、複製師は世刻奇剣でなくとも、同じような要領でその剣を複製できるようになる。そんなスキルだった。
「つまり世刻奇剣とはほど遠い、その辺のモブ剣でも、この箱の中に入れて記憶させれば、複製師のスキルでいつでもどこでも複製できるようになると。そういうことね」
言うなれば、世刻奇剣は世界という大きなネットワーク上にあるデータをダウンロードして、複製師がそのデータをもとに忠実に現実世界に複製している。
それに対して世碑私録は、ローカルファイルに保存した、私的なデータを使って複製している。という事なのだろうと、ブラットは納得する。
「でも世刻奇剣にもなってない剣をわざわざ複製するより、普通に世刻奇剣を複製したほうが良くないか……?
何に使うんだろう。このスキルって。英装魔剣と精霊剣はもう世刻奇剣になってるし、桜シリーズだってこのままオレが使ってれば勝手になる可能性は高いはず。
そうなると愛剣のデータを保存しておくっていうのも、別にって感じだろうし」
その場で腕を組み、ブラットは何かいい活用法があるかと考えてみる。せっかく覚えたスキルなのだから、どうせなら何かしら使い道を考えたいと。
「待てよ? もしかしてこれ、『剣』っていう体裁さえ取り繕えば、何だって複製できるのでは?
たとえばパッと思いつくのだと、ランランの毒を剣の形に固めてたものを剣だと言い張って、これで複製すればその毒が使いたい放題! って感じにならないかな。
いやでも、さすがにそんなのは……けどここまで職業を成長させていって出てきたスキルだし、使えない微妙なのが出てくるとも思えない。ちょっと実験してみるか」
超位職の中でも、最上級クラスの可能性を秘めているとブラットも気が付いている。
そんな【世刻奇剣複製師】という職業に、微妙なスキルが出てくるとは、にわかに信じられない。
ブラットはお腹が空いたときのためにと、課金拠点の倉庫にしまってあった保存食の硬いクッキーを取り出した。
それを爪の先から出した魔刃で器用に削っていき、リアルな剣の形をしたクッキーを作り出す。
「いや、これは剣の形をしたクッキーじゃない。クッキーの剣なのだ! これは剣……これは剣……これは剣……よし」
自分の認識によるものかもしれないからと、まずは自己暗示をかけるように剣だと呟いてから、ブラットは世碑私録を発動し、箱の中にクッキーの剣を収納させる。
さてどうなるかとブラットが見つめていると、それは吐き出されることなく箱が光ってクッキーが返却された。
もういらないので、そのまま口の中に放り込んで食べてしまう。
「もぐもぐ……。じゃあ試してみるか──」
世碑私録により、ブラットの中にクッキーの剣の情報が記憶されていれば、複製はできるはず。
そう強く信じながら、これまでの世刻奇剣の複製と同じ要領で力を籠める。
「できちゃったよ。いや、できていいのか……?
これはこれで何かできそうだな。あーむ──もぐもぐ……うん、味も同じだ」
複製されたクッキーの剣が、ブラットの手の平の上に現れた。
あくまで魔力で複製しただけなため、存在するために必要な魔力が尽きれば、このクッキーの剣を食べてもお腹の中で消えてしまう。
だが魔力が残っている間は、ちゃんと空腹値が回復してくれていた。
「つまり存在を保っている間に死ぬような毒なら、相手を殺せるってことだ。
死んだ後に魔力が尽きて体内の毒が消えても、死んだことは覆らないだろうし。
なんか完全犯罪ができそうな気がしてきたな。毒の痕跡が残らない毒ってことだろうし。……いや、悪いことに使う気はないけどね!」
ここにはフリーしかいない。言い訳する必要などないのだが、思わず誰に言うでもなく、そう口にしてしまう。
「まぁそれは冗談だとしても、この感じだと《刻継剣》とかクロノソードと合成させたりなんかも……?
使い手の想像力次第で、こっちもなんか悪さしそうな気がしてきたな。時間のあるときに、いろいろ試してみるか」




