第百二六話 新衣装?
アルヒウム王国内にある町『メントラン』よりさらに西に行った、西部の国境線上の山岳地帯。
その一帯にはモンスターと山の上からの景色くらいしか見るべきものはないのだが、条件を達成することで入れるようになる隠し洞窟が存在する。
その条件はしゃちたんががんばってクリアしてきているので、洞窟の入り口にはブラット、HIMA、しゃちたん、はるるん、サクラの五人が既に集結していた。
「今日は皆、私のために集まってくれてありがと! ほんと助かるよ」
「いいよ。私も久しぶりにブラットと、しゃちたんとBMOで遊べて嬉しいから」
「オレもだよ。それに、はるるんとサクラさんとってのも新鮮で面白そうだったし」
HIMAとブラットはしゃちたんのプルプルボディをプニプニしながら、BMOでは久しぶりの再会を喜び合う。
「俺の場合はそもそも、これを提案した張本人だからなぁ」
「私も、しゃちたんちゃんの今後が気になるから、手伝いくらいどうってことないよ」
はるるんとサクラはクランをあげて、しゃちたんの進化のアドバイザーとしての立場もあるので、来て当然と言えば来て当然だった。
そうして集められた五人のメンバーは、一列になって狭い洞窟の中へと入っていく。
「この洞窟自体にはモンスターは特に出てこないから、とっとと先に行くぞ」
「いつもの装備品だけで荷物は特に何もいらないって言われたから、本当にそのまま来ちゃったんだけど、この奥で何するんだ? オレたち」
ブラットは面白そうだったからという理由で即決したので、実は何をするかすら知らずにここまできていた。
なのでそろそろ聞いたほうがいいだろうと、先を行くはるるんに声をかける。
「今回のは、ちょっと特殊なイベントでな。言っちゃえば鬼ごっこ……というよりはケイドロに近いか?」
「ケイドロ? それってあの警察と泥棒に分かれて、捕まえたり逃げたりするアレ?」
「その認識で合ってるぞ、ブラット。ちなみに俺たちは逃げる側だ。
それで全員が逃げきれれば、このイベントを発生させたしゃちたんは【不変の結晶】を手に入れることができる」
「それを進化素材の一つとして使えば、私はこの可愛いスライムボディを高確率で保っていられる上に、強くもなれるんだって」
「あー、それで【不変の結晶】なんだね」
HIMAも納得がいったと頷き返す。
【不変の結晶】とは進化に使えばプレイヤーの、アイテムや装備の強化や作成に使えばアイテムや装備の外見や特性を高確率で引き継げるという代物。
しかも入手方法は面倒なものばかりなおかげか、使用した際の強化率も高いので進化の素材にも、今の見た目が気に入っているのなら最適といえる。
「あっ、そうだ。ブラットくん!」
「なに? サクラさん」
「大精霊のイベント、教えてくれてありがとう!
おかげで精霊ミシン【タケハヅチ】を手に入れられたの!」
「ああ、サクラさんもイベント成功したんだ。てか、ミシンなんてあったんだね」
「そうなの。戦闘にも使える裁縫針とかも考えたんだけど、やっぱり本業は縫製だしね。ミシンとかダメですか?ってお願いしたらくれたのよ。
もうバリバリ縫えるし楽しいったらないわ」
「うぅ……うらやまじぃ……」
「俺もそのイベントをやりたかった…………」
既に妖精を殺してしまっていたHIMAもはるるんも、ニア=エレのイベントを起こすことができず、血の涙を流さんばかりに悔しがっていた。
しゃちたんはまだ挑んですらいないので、のほほんと聞きながら洞窟を進んでいる。
「それでね、ブラットくん。お礼にってわけじゃないけど、新しい衣装を作ってきたの」
「えっ!? ホントに!?」
サクラが練習用に作ったとはいえ無駄に性能のよかった体操服セット。一切動きを阻害しない作りは着心地だけをみれば最高の代物だった。
けれどこれでもう変な体操服キャラからはおさらばできると、ブラットは目を輝かせた。
「うん。だから今日渡そうと思って持ってきたんだから。ほら! どうかな?」
「めっちゃ嬉し────い………………よ?」
サクラがアイテムスロットから出してきたのは、まさかの体操服第二段。微妙にハーフパンツの色が違っているだけで、見た目は一切変わっていない。
ブラットは目を点にしながら『え? これギャグなの? 笑えばいいところなの?』と、サクラの反応をしばらく見守るが、彼女は不思議そうに『どうしたの?』とでも言いたげに小首をかしげるばかり。
…………とてもではないが、冗談で言っているようには見えなかった。
「ほら、なんかずっと私が最初に渡した体操服着ててくれたじゃない?
そんなに気に入ってくれたんだって嬉しくなっちゃって、気合入れて作ったんだ」
「へ、へぇ~~……ソーナンダー。ウレシイナー」
ブラットが素晴らしい愛想笑いで体操服を受け取るのを、HIMAやしゃちたんは苦笑しながら見守っていた。
そんな中、はるるんだけは一人爆笑していた。
(おのれ治兄、帰ったら絶対しばく!!
というか小春さん……、たまに天然ぽいところがある人だなぁとは思ってたけど、こんなところでそれを発揮しなくてもよかったんだよ?
しかもしばらくは、これ以外着れないってくらい性能良いんだけどぉ……)
さすがに一張羅として仕立ててもらった零世界にある衣装と比べれば見劣りするが、それでも今のブラットが着られる最上級クラスの性能を誇っていた。
見た目が体操服ということ以外、諸手を上げて喜ぶところである。
(まだまだ体操服の呪いからは逃れられないということか……。
ハハハハ……まあ、いいんだけどね……。人の目なんてもう慣れたもん……)
ブラットは嬉しいんだか悲しいんだかわからない心情のままに、心からの善意としてこれをくれたサクラに、しっかりとお礼を言って受け取り、真新しい体操服に着替えた。
「そうそう、もう少し【タケハヅチ】の扱いに慣れたら連絡するから、零世界サバに持ってった方の衣装を一度返してくれないかな?
今のブラットくん用に、さらにいろいろと強化したり調整するから」
「え? お礼ならコレ貰ったのに、そこまでしてくれるの?」
「うん。モドキの二次進化も見せてくれたし、精霊ミシンを手に入れられたのだってブラットくんのおかげだもの。
これから私の腕が上がるたびに、そっちの衣装もタダで調整していくから遠慮しないで持ってきてね」
「ありがとう! サクラさん」
こちらは本当に心から嬉しいサプライズ。ブラットもニア=エレのイベントを、ここにいるメンバーに教えてよかったと心から思えた。
「あ、そうそう。HIMAちゃんも体操服いる? 【タケハヅチ】の練習用に、もう一着作って余ってるんだけど。
ブラットくんとお揃いだよ? 性能はそっちと比べてめっちゃ低いけど」
「お揃いっ!? お揃い……お揃いかぁ……」
「なんだよ、HIMA。その顔は」
「えぇ? うーん……」
ブラットとのお揃いは嬉しい。バカップルっぽくて、むしろ周りからは余計に付き合ってると思われること請け合いだ。外堀を埋めていっているHIMAからすれば、望むところ。
だがしかし──BMOでのHIMAは女子大生くらいの、ゆるふわ可愛い系。
リアルでは迫力のある美人ということもあり、可愛い系に憧れがあった葵が努力して可愛くて強いを目指した結果、今がある。
そんなHIMAが体操服など着た日には、いけないお店のお姉さんみたいになってしまう。
これはどうするべきかと悩んだ上で、決断を下した。
「……い、いちおう、貰っておきます」
「じゃあ、あげるね」
「ありがとう、サクラさん」
そのときのHIMAの顔を見たブラット、しゃちたん、はるるんは、「ああ、これ着ないやつだな」と察したのだった。
新衣装を身に纏い心機一転?したブラットは、他の四人と共にしばらく洞窟を歩き、ようやく目的地である最奥までやってきた。
そこでは中央に三メートルはあろう、しめ縄が付けられた巨石が中央の光り輝く台座に乗せられ祀られていた。
極めつけに壁面には棺桶が蓋をされずに縦にズラリと、天井が見えないほど高い所まで積み上げられ、その中には多種多様な種族の石像が眠るように目をつぶった状態で納められていた。
「なんだか気味の悪いところだ」
「俺も最初に来たときはそう思ったもんだよ」
「……ほう、客人か」
ブラットがそれらを見て呟いた言葉に、はるるんが同調していると、突如その祀られた巨石から声がして、知らなかったブラットとHIMAはギョッとそちらに視線を向ける。
「石がしゃべった……?」
「そりゃそうだよ、HIMA。私が会いに来たのは、この不動石さまにだもん。
こんにちはー、不動石さま。試練を受けにやってきましたー」
「うむ。ここまで来れたということは、お主にはその資格があるということに他ならない」
この洞窟に入るには、その前に四つの試練を乗り越えてくる必要があった。
なのでしゃちたんは、助言こそもらってはいたが、ここに来るまで必死にそれらをクリアしてここまで来たのだ。
「よかろう。ただしその試練に失敗すれば、ここの壁に飾られている者たちのように、石となり永久の眠りにつくことになるが……良いのだな?」
「うん。大丈夫」
「そなたらも手伝いに来たようだが、それで良いのだな?」
「うん」「はい」「ああ」「ええ」
ブラット、HIMA、はるるん、サクラも同時に了承の意を伝えた。
とはいえここは零世界ではなくBMOなので実際に永久に眠ることはなく、失敗しても死んだとき同様にデスペナルティを受けてリスポーン地点で復活するだけなので、実際にプレイヤーが壁に飾られることはない。
壁にズラリと並べられた棺桶で石となり眠る者たちは、いわゆる演出というものなのだから。
「お前たち全員の意志。確かに受け取った。
では問おう。お前は、この試練で何を望む?」
「【不変の結晶】です!」
「よかろう。試練を乗り越えた暁には、【不変の結晶】を授けよう。
ではお前たち、そこの棺桶に眠るといい」
巨石もとい不動石がそう言うや否や、どこからともなくブラットたちの目の前に人数分の棺桶が出現する。
しゃちたんやはるるんたちが普通に入りはじめたので、ブラットとHIMAも遅れて棺桶の中に寝そべっていく。
「これよりはじまる試練は『悪夢』。見事『死神』から逃げ切り、悪夢から目覚めてみせよ!」
不動石がそう言うと蓋などなかったはずなのに、ブラットたちが入っている棺桶の蓋が勝手に閉まっていく。
そして暗くなっていくのにつれて全員が眠気に誘われ、抗うこともできずに熟睡していった──。
はっ──とブラットが目を覚ますと、そこは知らない黒い部屋。
部屋の中には五人が全員揃っており、皆同時に周囲を確認していた。
「こっちにこれから行われる追いかけっこについての説明があるから、初見のブラットたちは読んでおいてくれ。
わからないことがあれば、俺に聞いてくれていいからな」
はるるんが指さす方向にある壁に視線を向けると、ぎっしりと文字が書き込まれていた。
ブラットは一体なんだろうと目を通していくと、ようやく今回のイベントでやるべきことがハッキリする。
「なるほど、確かにこれは鬼ごっこみたいなもんだ」
今回の試練は、この部屋から出た瞬間に開始される。
開始と同時にブラットたちはランダム生成される限られた範囲のフィールド内で、一体の『死神』から逃げ続け、そこからの脱出を図る──というのが、この試練の大枠のルール。
フィールド内には『〇、□、△、☆、◇、●、■、▲、★、◆』の計一〇個の『台座』と『カギ』、四文字以下の簡単な『パスワード』が隠されている。
脱出するにはその内どれでもいいので七個の『カギ』を、同じマークの『台座』に挿し、マークに紐づけられた『パスワード』を入力することで、東か西にある脱出ゲートを開くことができる。
「脱出ゲートは最後の七個目の台座を起動したときに選択画面が出るから、俺たちに都合のいい方を選択するって感じだな」
「一個起動させるだけで、三つも探すものが必要なのか。けっこう大変そうだなぁ」
「あ、けどここだとHPもSTもないみたいだね。当然、敵もだけど」
ここは夢の中の世界ということらしく、BMOにある『HP』『MP』『ST』『HUN』という概念はなく、スキルも魔法も使いたい放題。
ただし死神は何をしても殺せず、その攻撃はガードを貫通してくる。攻撃に対し攻撃で弾く以外は死神の攻撃を防げないので、基本は逃げること推奨。
また死神は追えば追うほど加速していくので、最終的にプレイヤーより確実に足が速くなり、走りだけでは逃げきれないようになっている。
なので長く逃げ続けるなら途中で死神の動きを止めさせて、加速をリセットする必要がある。
「その加速をリセットするための、足止めアイテムもフィールド内に散りばめられていると」
「他にも死神が有利になる設置物があるから、そういうのは見つけ次第壊すようにした方がいい。
ただ壊す物によっては、こっちの居場所がバレるようなものもあるから注意が必要だけどな」
死神の攻撃は基本的に鎌で斬りつけてくるだけだが、先に言った通りガードは貫通。
そしてHPはないが呪いによって斬撃を食らえば〝一撃目は少し動きが鈍く〟なり、〝二度目は凄く鈍くなり、〝三撃目は行動不能〟におちいる。
行動不能になると抵抗できず、死神によって檻のある場所に連れていかれ拘束具を付けられ捕らわれの身となる。
だが味方が檻を外から開け、拘束具を外してやることで救出することは可能。
「ただし救出できるのは二度までだ。三度檻に入れられたら、その時点で永遠の眠り──つまり問答無用で死亡退場となる」
「ちなみにフィールドに落ちてたり隠されてたりするアイテムの中には、鎌の攻撃で鈍くなった動きを戻す専用ポーションがあるから、見つけ次第確保して自分や仲間に使うといいよ」
「台座を起動させるために動きながら、アイテムも集めた方がいいってことか」
「けっこうアイテムも重要そうだね」
サクラもはるるんと同じくやったことがあるので、なかなかに詳しいようだ。
二人の説明を聞きながら、はじめての三人はルールをさらに熟読していく。
死神は『五分に一回』起動させた台座に触れて操作することで、パスワード入力画面にまで戻すことができる。
なので起動した台座が見つかり干渉されると、プレイヤーはまたそこへ行ってパスワードを入力し直す必要がある。
ただし台座に干渉されるとプレイヤーサイドに死神の位置が一定時間わかるようになるので、デメリットばかりでもない。
「そして最後に絶対に知っておいてもらいたい重要な情報は、三つ以上台座を起動させると、死神は『ブルーチェイサー』と呼ばれるレイスを召喚しはじめる。
こいつがいろいろと厄介だから、光る青い幽霊を見たら死神と同じくらい警戒してほしい」
レイス──『ブルーチェイサー』は台座を起動させるたびに増えていき、最大で八体まで呼び出される。
このモンスターは周囲に散らばり死神の目となり耳となり、プレイヤーたちの情報を伝えていく。
「こいつの厄介なところは、リキャスト三十秒で何度でも死神と居場所を交代できるっていう点だ」
「つまりそいつに見つかると、一瞬で死神と入れ替わって追い回される羽目になると」
ブルーチェイサーに攻撃能力はなく、ただ追いかけて情報を死神に伝え、転移の起点にするだけの存在。
死神と違いプレイヤーの攻撃で討伐することは可能。討伐すれば再召喚はできないので、極論全部倒してしまえばいなくなる。
「だけどレイスを倒したプレイヤーには呪いがかけられて、三分間正確な位置情報が死神にバレるようになるの。
しかも二体目を倒すと一〇分、三体目を倒すと終了までずっとって感じで伸びていくから全部を倒すのは現実的じゃないわね」
「倒すとしても一人一体が現実的ですかね」
「三体まで減らせれば、だいぶ楽にできるしね」
他にも細かなルールがあったので、できるだけブラット、HIMA、しゃちたんは確認していき、あらかた理解できたところで部屋に一つしかない大きな扉の前に五人で立った。
「じゃあ、ここはしゃちたん。開けてくれ」
「了解! それじゃあ行っくよ! えいやっ!!」
しゃちたんが扉を体当たりするように開けると、一斉に五人はその向こう側へと飛び出していき、死神との鬼ごっこがここに始まりを告げた。




