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第4楽章 領主メルキストン

数を読む手は、土を耕し、家を治め、人と暮らす手でもあった。

 ネイピアは、書斎の人であると同時に、地の人でもあった。


 メルキストンとガートネスに広がる領地は、彼が背負うべき現実だった。小作の取り分、家畜の数、麦の値、境界の杭。彼は帳簿を、聖書や星表とおなじ熱心さで繰った。数は、天の秘密だけでなく、足もとの暮らしにも宿っている――彼はそう信じていた。


 やせた畑を見て、彼はある工夫を思いついた。土に塩をまくのだ。塩を混ぜた土では、麦の育ちが変わる。彼は区画を分け、塩の量を変え、年ごとの実りを几帳面に書きとめた。畑さえ、彼にとっては一枚の計算表だった。やがてその工夫は評判を呼び、王から、土を肥やす手立てについての覚えを認められもした。隣人たちは、魔術師がまた何か始めた、と囁いたが、秋になると、その畑だけが、金色に波打った。


 こんな逸話が残っている。隣の地主の鳩が、毎年ネイピアの麦を食い荒らした。文句を言っても、地主は「捕まえられるものなら捕まえてみよ」と取り合わない。そこでネイピアは、麦を強い酒に浸して畑にまいた。酔った鳩は、ふらふらと地に落ち、彼は袋いっぱいの鳩を、やすやすと拾い集めた。まさに理を知る者の罠である。


 城には、アグネスの笑い声と、子どもらの足音が満ちていた。アグネスは、夫が夜ごと書斎にこもるのを、はじめは黙って見ていた。けれどある晩、彼女は遅くまで灯りの消えぬ部屋の戸を開けて、言った。


「あなたは、いったい何を探しているの。神さまの終わりの日? それとも、星のゆくえ?」


 ジョンは、ペンを置いた。どう言えば伝わるだろうと少し考えてから、机の上に、二枚の紙を並べた。片方には、倍々にふくらむ数。片方には、一つずつ増える数。


「ここに、橋を架けたいのだ」と彼は言った。「これが架かれば、掛け算は、足し算になる。人が、何刻もかけていた計算を、ほんのわずかで終えられる。星を測る者、海をゆく者、帳簿に向かう者……それらがみな、奪われていた時間を、取り戻せるのだ」


 アグネスは、二枚の紙をのぞきこみ、それから、夫の白くなりはじめた髪を見た。そして「人の時間を取り戻すために、あなたは、あなたの時間を、ぜんぶ使ってしまうのですね」と、さみしそうに言った。


 ジョンは、はっとした。妻には、数の橋のことは分からない。けれど、その橋を架ける男の値段を、彼女は誰より正しく見積もっていた。そして、夫がその仕事によってすり減ってしまうのではとおそれたのだ。彼は何も言えず、ただ、差し出された熱い葡萄酒の器を、両手で包んだ。その晩は、めずらしく、早くに灯を消した。


 穏やかな気持ちで過ごせた歳月だったといえるだろう。だが、この穏やかさは、まもなく、一人の弱い子の咳によって試されることになる。


続く

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