第2楽章 火の言葉
世界は数でできている。青年は、二つの数の列のあいだに、一本の橋を見た。
十三の年、ジョンはセント・アンドリュースへやられた。聖アンデレの名を負うその古い学びの町は、しかし学問よりも先に、信仰の戦場であった。
学寮長ジョン・ラザフォードが、彼の面倒をみた。ラテン語と論理学と、その他の古い学問の作法を、この厳格な師がひとつずつ仕込んでいった。のちに彼独自の数学を築くための礎は、このとき据えられたのだ。だが、少年の心をいちばん強く掴んだのは、教室の講義ではなかった。
彼が下宿したのは、新しい教えに傾いた神学者の家で、食卓では毎晩、議論が火を噴いた。ローマの教会は腐っている、教皇こそ黙示録に記された「獣」である、終わりの日は近い――そうした言葉が、肉と麦酒のあいだを飛び交った。
少年は最初、その激しさに身を縮めた。けれどやがて、議論の底に流れているものに気づいた。
それは数だった。
黙示録には数が満ちている。獣の数字は六百六十六。七つの封印、七つのラッパ、千年の王国。新しい教えの説教者たちは、それらの数を手がかりに、世界の終わりがいつ来るかを読み解こうとしていた。
聖書とは、神が人類に宛てて書いた一通の暗号文であり、正しく数えれば、終わりの時さえ計算できる――彼らはそう信じていた。
ある夜のことだった。夕餉の卓で、また終わりの日の話が火を噴いた。神学者は声を高くして言った。「獣の数字、六百六十六。これを解く鍵が、聖書のなかに隠されている。読める者にだけ、終わりの時が見えるのだ」
その晩、ジョンは寝床で考えた。屋根裏の寝床で、彼は蝋燭を一本灯し、聖書を膝に広げた。獣の数字。封印の数。ラッパの数。年と、月と、日。彼は、説教者たちのやり方を真似て、数を書き出し、足し、掛け、突き合わせていった。指が、ひとりでに動いた。
すると――数が、たしかに噛み合いはじめたようだった。ばらばらに見えていた章句の数が、一つの目盛りの上に、すうっと並んでいく。闇のなかで手探りしていた歯車が、かちっとはまる気がした。ジョンは、背筋が冷えるのを感じた。これは偶然ではない。聖書の奥には、たしかに数の骨組みが通っている。神は、世界を、数で書いたのだ。
その瞬間、別々の記憶が、いちどきに胸のなかで鳴った。父が暖炉のそばで囁いた「裁きは近い」。城の老僕ヘンダソンが、たった一つの掛け算に、蝋燭を一本まるごと燃やした、あの長い夜。終わりの時を告げる数と、人の時間を食い潰す数とが、いま、彼のなかで、一つに溶け合った。
世界は数でできている。そして数を読む者だけが、その隠された設計図を見ることができる。
蝋燭の芯が、じじ、と鳴った。ジョンはふと、自分もまた一本のろうそくを、ヘンダソンとおなじように、数を数えるために燃やしているのだと気づいた。
彼は学位を取らずに町を去った。記録はそこで途切れている。おそらく彼は海を渡り、大陸の学府を巡ったのだろう。
本作はその空白の数年を、信仰と数の両方を独りで深めた放浪の季節として思い描く。
大陸で、彼はほとんど独りで数学を学んだ。誰に師事することもなく、自らユークリッドの幾何を読み、アルキメデスの途方もない数の数えあげに驚き、星を測るための三角法の表を繰りつづけた。学位は持たなかったが、彼の頭のなかには、学位という紙一枚よりはるかに重厚な「数の宮殿」が、少しずつ建ちあがっていったであろう。
そしてあるとき、彼は不思議な数学の術を知る。それは海の向こうの偉大な天文学者たち――北のティコ・ブラーエの周辺で用いられているという計算術だった。二つの大きな数を掛け合わせるかわりに、三角関数の表を引いて、足し算と引き算だけで答えへ近づく。プロスタファイレシス、と呼ばれていた。
ジョンは、息を呑んだ。掛け算が、足し算になる――その願いは、彼ひとりの夢ではなかったのだ。すでに世界のどこかで、人々はそれを、実地に必要として求めていた。だが、その術はひどく煩雑で、限られた場合にしか使えなかった。いわば、急ごしらえの仮橋だ。これを、もっと美しい、どんな数にも架かる一本の道にできないものだろうかと、彼は思った。
また別なとき、彼は一冊の算術書に出会った。頁をめくると、二つの数の列が、並んで刷られていた。
上の列は、一、二、四、八、十六、三十二――倍々に膨れ上がっていく数。下の列は、〇、一、二、三、四、五――一つずつ、慎ましく増えていく数。
ジョンは指で二つの列をなぞり、瞠目した。
上の列で「四」と「八」を掛けると、三十二になる。三十二は、上の列の六番目にある。では下の列を見よ。四の下は「二」、八の下は「三」。二と三を足すと、五。そして三十二の下にあるのも、まさに「五」だった。
掛け算が、足し算になっている。
上の世界で数をかけ合わせる手間が、下の世界では、ただ足すだけの作業に化けている。二つの列は、別々に刷られていながら、見えない橋でつながっていた。少年の日に夢に見た、あの橋だ。倍々に増える岸と、一つずつ増える岸。その二つが、ここで確かに手を取り合っていた。
彼は長いあいだ、その頁の前に立ちつくした。胸が高鳴っていた。これは奇術ではない。神が世界の根に仕込んだ、ひそかな対応ではなかろうか。誰かがこの橋を、ただの飛び石ではなく、隙間のない一本の道として架けることができたなら――どんな大きな数の掛け算も、足し算に変えられる。あの夜ヘンダソンが、たった一つの掛け算のために蝋燭を一本まるごと燃やし尽くした、あの苦役。人の時間をじりじりと食い潰すあの苦しみが、この世から要らなくなるのだ。
だが、と彼は思った。上の列はとびとびだ。四と八のあいだ、五も六も七もない。橋には大きな隙間が空いている。この隙間を、どうやって埋めればいいのか。
その問いに答えるには、彼はまだ若すぎた。問いだけを、海を越えて持ち帰った。故郷の灰色の海と、その上を滑ってゆく帆の記憶とともに。
世界は数でできている――その確信だけは、揺るがなかった。そして、終わりは近いのではないか。父の言葉以来ずっと胸の底にわだかまる、その不安が、彼の背を押した。急がねばならない。何を急ぐのかも、まだ分からぬままに。
続く




