散文詩 90 「ゆとり教育」
日々、心に残ったことを文字にしてみた
「ゆとり教育」
私の子供たちはゆとり教育の終わり頃に義務教育を受けていた。
これはあんまりよくないぞと文部科学省が気づき始めた頃だ。
私は彼らの教科書を見て驚いた。
絵本のように文字がなくて何も書かれていない。
学校は何も教えてくれなくなったんだと思った。
私は詰め込み教育、受験戦争の時代を生き抜いてきた。
学年が上がるごとに教科書の文字は小さく多くなっていった。
私は今、詰め込んでくれてありがとうと思っている。
子供時代の無知な私の頭はどんどん新しいことを吸収していた。
受験のために覚えることは苦痛だったけれど、それは私の財産となった。
受験がなければ覚えることもなかったし、
興味のない分野の勉強をすることもなかっただろう。
どうやって学んだらいいかわからない子供時代に多くを与えられることは有難い。
そこから自分の興味の向く先を探求していけばいい。
しかし何も与えられなかったら子供は選ぶこともできない。
詰め込み教育は考える力を養えないからよろしくない
と、ゆとり教育が始まったと記憶している。
詰め込み教育をしながら考える力を養う教育をなぜしなかったのだろう。
詰め込まれた知識が多いほど、考える時にその情報が役に立つ。
詰め込まれた知識を整理するときにも考える力を使う。
頭がフル回転できる若い時にフル稼働で勉強をしたほうがいい。
と、頭が最小出力になった今、つくづく思う。




