散文詩 117 「おぎゃー」
日々、心に残ったことを文字にしてみた
「おぎゃー」
赤ちゃんは生まれると、『おぎゃー』と産声を上げる。
『おぎゃー』と泣かないと、
足首を持たれて逆さにされて背中をバンバン叩かれる。
『おぎゃー』と泣き叫ぶということは元気に生まれて肺呼吸が始まった証拠なのだ。
というのが、テレビや映画で培った赤ちゃんに関する私の知識だった。
時は過ぎ、私も出産するということになった。
2回の出産とも個人病院で水中出産した。
水中出産というとプールで泳ぎながら子供を産むのか、
など、私をイルカか魚類のように想像する質問をよくされるのだが、
一応人間なので泳ぎながら産むことはできなかった。
病院に設置されたポータブルのビニールプールに浸かって子供を産む。
ちょっと大きい湯船のようなものである。
助産師さんの事前の説明では
「別に水に浸からなくてもいいのよ。好きなところで産んでいいから。」
と言われていた。
とにかくベッドに縛り付けられた状態ではなく、好きに産んでいいのだ。
私は結局、水に入りたくなって水の中で産んだ。
片膝を立てて、男の人がプロポーズするときの恰好で子供を産んだ。
それが一番楽な姿勢だったのだ。
本当にこの出産方法にしてよかったと今でも思っている。
子供を自分の手で水から取り上げて抱いた。
子供は激しく『おぎゃー』と泣かなかったと記憶している。
でも元気で何も問題なく生まれたし、今も元気だ。
しかし私の知識からすると、大きな声で『おぎゃー』と泣かなくて大丈夫なのか
と頭の片隅に小さな心配がずっとあった。
空気に触れて肺で呼吸できるようになるために泣くという説を信じていたからだ。
それが最近、新たな説をみつけた。
赤ちゃんが生まれた時に激しく泣くのは、
第三者の手でお母さんから引き離されるからだという説だ。
私はとてもとても納得した。
私の子供たちは生まれた瞬間からずっと私に抱かれていたから、
そんなに激しく泣かずに安心していたのだ。
この説に大きく首肯する。
そして赤ちゃんの潜在能力に改めて驚いた。




