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散文詩 114 「オーバーツーリズム」
日々、心に残ったことを文字にしてみた
「オーバーツーリズム」
10年ぶりに浅草に行った。
私は東京の下町で育ったので、出掛ける、町へ行くという時、それは浅草だった。
伯母は寄席が好きで、よく浅草演芸場に連れていかれた。
私たちが寄席に入ると「おっ、僕!」と舞台の手品師が客の私に声を掛ける。
伯母は「男の子じゃないよ!女の子だよ!」と返答する。
私はショートカットでスカートを履いたことがなく、常に男の子と見られていた。
客席と舞台のやり取りが普通に交わされる。
花やしきに行ったり、雷おこしを買ったり、モツを食べたりして帰った。
参道の裏道界隈は、ちょっと怪しい人のいる怖い雰囲気のある場所だった。
でも伯母の手を握っていれば私は安心だった。
懐かしい思い出である。
ところがである、今の浅草は日本ではない。
浅草寺も雷門も、建物は昔のままだが、そこにいる人はみんな外国人である。
ものすごい人数の外国人が、日本の建物の中に溢れかえっている。
参道を歩くことさえままならない。
これがオーバーツーリズムなのだろう。
私が遊んだ浅草はもうない。




