第9話 羽柴充――出会う前③
「――みっつん!」
例外になったのは、タキと龍だけだった。
渾名に呼び捨て。
まるで同年のように話し掛けてくる二人の後輩は、俺にヤられた後だというのに怯えを態度に出さなかった。
酒田の含み笑いに腹が立ち、グラスを顔に投げ付ける。
反射神経が良かったのか、酒田はグラスを避けて割れた音に苦笑した。
「機嫌が悪ぃのか」
龍の問いは酷く簡素だ。
余計な言葉を全て消して、残った言葉だけを紡ぐ。
「さぁ。そんな風に見える?」
くつりと笑んだ顔に眉を顰める龍。
タキの気まずそうな顔は、久住とよく似て妙に苛立ちを落ち着かせた。
それがまた、不愉快で。
「みっつん荒れてんのかよ……」
「そう見えるならそうなんじゃない?って言うか、酒田ぁ」
「はい」
「お前だろ?余計なコト言ったの」
ひくり、と引き攣る酒田の顔が妙に胸をざわつかせた。
タキと龍が揃って顔を出したのは話を聞いたからだろう。どこから聞き付けたのかなんて、絞らなくてもすぐに分かる。
「……羽柴さん」
「あ?」
「前より派手に、動いてませんか」
「だから何だよ」
「何がそんなに羽柴さんを」
「酒田ぁ」
「……はい」
「頭出せ」
いつから余計な口を挟むようになったのかと、思い返してふと気付く。
酒田はずっと、無駄な節介を俺に焼いていたような気もした。
素直に頭を差し出した酒田をすり抜け、コルクの外れた空き瓶をカウンター越しに手にする。
ラベルは剥がされ、中には吸い殻が溜まっていた。
龍が伸ばした腕も、タキが近付いてきた気配も、全て無視して振り上げる。
「――充ッ!」
怒鳴り声が煩わしい。
龍が発したであろう声も、間に入ったタキも何もかもがどうでも良かった。
「酒田ぁ、お前いつから仲間ゴッコなんか始めたんだよ」
そう言った俺に酒田はただ『すみません』としか答えなかった。
タキの肩口に振り下ろされた瓶は割れ、右肩を押さえ踞る姿に龍が一瞥を遣って俺を見る。
「満足したのか」
「する訳ねぇだろ。木偶の坊」
「……充」
馴れ合うことに吐き気がした。
気が付けば周りを固める後輩と、隣を歩くタキと龍。呼べば必ず答える酒田と槙原。
現状をどうでも良いと思いながらも嫌悪した。
その癖、少しでも距離が縮まれば気が触れたように苛立って。
前回、タキと龍とやり合った後に出て来たバックの連中は情けない姿を写真に撮ってそこら中にばら蒔いた。
組に送り付けた写真の束にはさぞかし目を剥いただろう。
報復に来るだろうと思っていた期待は裏切られ、オトナの組の幹部は徹底無視を決め込んだ。
更に追い討ちを掛けても良かった。ガキにやられたままで情けねぇ、と煽ってやるのも悪くなかった。
そうすることを止めたのは酒田と龍で、当時二人は全治三週間の怪我を負った。
俺の八つ当たりで。
今回はタキが犠牲になったらしい。自分でやった割りに考える頭は客観的だった。
「――勘違い、しないでくれる?俺はお前らと違って、繋がりが欲しい訳じゃナイんだよねぇ」
カラン、と入口で音が鳴る。
負傷したタキは肩口から血を流し、立ち上がることができない様子だった。
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美人局に遭うと知っていながら女にノッたのは、良い加減鬱陶しかったからだ。
ベッドの上で裸になった女と、ジーンズを穿いた俺を囲む数名。
どいつもこいつも老けた親父で、その癖格好だけはブランドで固めてあった。
「なぁにしてんの」
立ち上がった俺に向けて、男がニヤリと汚く笑う。
その手には確かに凶器が握られていて、自然と口角がつり上がった。
「ヤんの?――俺と」
何もなかった。
家族も、友人も、盾にされるようなものはいない。
だからこそ、身体一つで好き勝手することができた。
死んでも誰も迷惑を被らない。そんな人間だから、怖がる物が何もなかった。
「刺せよ、なぁ」
近付いていく俺に向かって、一瞬男が目を見開く。
その隙に撥ね飛ばした凶器は壁にぶつかって床に落ちた。
履いたままのブーツの底が、床を歩く度にコツリと鳴る。
俺が拾い上げた銀の凶器に、男は一歩後ずさる。
「いらないの、これ。――って言うか、来ないの?」
四人もいるくせに一向に向かって来ない男達へ、挑発的に笑って見せる。
それに反応したかのように、数人が足を動かした。
殺す、と男の中の誰かが叫んだその瞬間に迷わずナイフを目の前の男に突き刺して。
「い、いやあああああっ……!」
ベッドで喚く女を無視して、刺したナイフを引き摺り出す。
斜めに刺したせいで抜くのはすんなりと行かなかった。
呻く男を足蹴に、もう一歩前に進む。
「せーとうぼうえい、って知ってる?」
舌舐めずりをして、わざと間延びした口調で紡いだ。
「これだけ人数居たらさぁ、過剰って訳でもないよねぇ」
「――あげる、イラナイから」
ひゅん、と風を切る音がして、ナイフが男に当たって落ちた。
刺さるとは思っていなかったが、刺さらなかったのは残念だ。
上着とシャツを手に取って、上半身を露にしたまま男達の前をゆっくり歩く。
「結局、ヤんねぇのかよ」
歩調を遅くしてみても、襲い掛かることはなかった。
何を思って手出しして来ないのかは分からないが、ドアを前に立ち止まっても動く気配は感じられない。
「アンタらの頭に言っといて。いつでも殺せ、って」
その声が届いたのかどうか分からない。
それでも、血生臭い場所に長居するつもりはなかった。




