第8話 羽柴充――出会う前②
割と呆気なく倒れた二人に目をやって、ポケットから同じ物を取り出した。
嵌めたメリケンサックには、歪な棘がついている。
単純に固いだけでなく、攻撃的なその武器に長身の男はクッと笑みを溢して立ち上がった。
「――パクんじゃねぇよ。後出しは卑怯だろうが」
「卑怯って最高の褒め言葉だよねぇ」
ちらり、と赤い舌を覗かせる。
その姿を見た長身の男は冷めた目をして隣を見遣った。
「……起きやがれ。寝たフリかましてんじゃねぇぞ」
「だって怖ぇもん!龍ちゃん見た!?アイツやっべー俊足だぜ!?」
転がった状態から手を使わずに起き上がれる坊主頭の男も、運動神経は中々に良さそうだ。
「でも――ゾクゾクするよな、何か」
浮かべた笑みは楽し気で、坊主頭の男も長身も男も退く気は更々無さそうだった。
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「……弱過ぎ。マジつまんねぇ」
飄々とした口調を崩し、充は負傷した男二人の背中を踏んだ。
期待外れの二人に落胆の声を洩らしながら、長身の男のポケットから煙草を拝借して火を点ける。
「ちょ、スタンガンは反則……だろ」
うめき声を上げて坊主頭は主張した。
「えー。ルールなんてあったっけぇ?」
一層強く背中を踏んで、シャツの裾をぺらりと捲る。
「うおっ、マジかよ……!」
躊躇いなく煙草を近付けると、坊主頭は慌てて身体を捩って逃げた。一旦、煙草を口に銜え地面を這う男に向かう。
「それは駄目だって!アウトだぜ!やっべなにコイツ超怖ぇ……!」
身体中を痛め付けたにしては、随分と元気な坊主頭の手のひらを踏み動きを止める。
「んー……仕掛けて来たの、どっち?」
「俺じゃねぇからな!そっちが先にヤったんだからな!いやそりゃ途中から楽しくなっちまったけど!」
「じゃあイイじゃん。おあいこっしょ」
「痛っ……!いってぇっ!クソ、龍ちゃん!なに寝たフリかまして……」
「アイツ強そーだったから強めにオトしてんの。暫くは起きないハズ」
「……マジかよ」
絶望したように顔色を青くして、坊主頭は歯軋りをする。その様子を横目で見ながら、踏んだ足に力を込めた。
ぐりゅ、と不愉快な感触がして。
「―――――ッ!」
路地の脇道で悲鳴が響いた。
倒れている二人を捨て置いて、履歴から酒田に電話を掛ける。
間を開けず繋がった電話の向こうで、賑やかな音がした。
「――二人、光渦近くの路地で転がってっから」
それだけを告げて電話を切る。
あたふたとして家を出てくる酒田が、目に浮かぶようだった。
いつからついてくるようになったのか、記憶が朧気で思い出せない。
当時の頭に俺が勝った時、妙に懐いた男だった。
放って置けばせっつくように周りにいて、鬱陶しさから離れているよう命令をした。
忠実にそれを守る辺り、やはり光渦の生徒らしい。
翌日、包帯を巻いた二人が再び俺の前に現れて。やたら付き纏うようになり、酒田もやけに近付きたがった。
「機嫌悪ぃ時は近寄んな」
後に聞いた話だが、俺が怪我をさせた男はバックが性質の悪い組で有名だったらしい。
聞き付けた酒田が槙原を引き連れ、倒された二人――龍とタキも理由を付けてはついて回った。
いわく、
「卑怯なら卑怯らしく、多勢でヤりゃ良いだろうが」
「強ぇ奴の側に居んのが俺の生き方!超楽だしな!」
らしい。
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「――あ、もしかして……」
その女と会ったのは、タキがよく入り浸るカラオケの前だった。数人で店から出て来た女達に首を傾けてゆらりと微笑む。
「なーに?」
問い掛けられたことに頬を染め、一人の女が恐る恐る口にした。
「羽柴充さん、ですよね?」
口調に滲むのは嫌悪感ではなく、興味と好奇心溢れる感情で。ということは、地元という訳でもないのか。
もしくは噂が余り届かない――
「んーと、……女子校の子?」
「はいっ」
「へぇ、俺のコト知ってんの?」
「う、噂で、聞いてます……」
見た目にも爽やかとは言えない自分に頬を染めるというのであれば、内心に抱く感情は『未知に憧れる』という好奇か。
女子校出身の知り合いや寝た女は、どれも夢見がちで男に不慣れだった。
タキが女を漁る時も、女子校の生徒をよく狙う。
こんな男に憧れを抱ける女は本当に浅はかだ、と自分で自分を貶して思う。
「んー……君ら、ヒマ?」
「えっと、」
真ん中にいた女が確認するように振り返り、数人が頷いた。
「はい。暇です」
「じゃ、trump行こー」
未成年だろうが関係なしにそう言っても、女達は引かなかった。
――コイツら本物の馬鹿か。
女達は未知に期待を膨らませて、先に何があるのかさえ考えずに怪しげな男についてくる。
「……ナマエ、聞いてもいーい?」
「あっ、わたし、千歳です」
一際好奇心の強そうな女が恥じらうように目を伏せながら、たどたどしく名前を名乗った。
trumpに入り、久住の物言いたげな視線を無視したまま、店の個室に連れていく。
一人、また一人と慣れない酒に酔い潰れ、最後に残ったのは気の強そうな女だった。
「みんな寝ちゃったねぇ」
「……そうね」
「で、どうすんの?帰る?タクシー呼んであげよっかぁ?」
あくまでも遊びの範疇。手を出すかどうかは、途中の気分次第という所で。
「酔いが、醒めたら帰る」
ちらちらと上目遣いに此方を見る女は、長い髪をばさりと払って虚勢を張るようにそう言った。
何となく擽られる加虐心は、知らず知らずの内に指先を伸ばして主張する。
「――おいで」
その言葉に、その声に、女は瞳を潤ませて頷く。
どんな心境だったのか、探らなくてもよく分かった。
「妬いちゃった?他の子に」
「……そんなこと、ない」
「別に誰もトクベツ扱いしてないしぃ?なぁんでそんな気持ちになんの」
くつくつと笑みを洩らし、近付いて来た女の腰に腕を回す。
「気になる?俺のコト」
「……少しだけ」
「素直じゃないねぇ」
耳朶に舌を這わせると、ふるりと女の身体が震えた。
酒の入った女は、ゆっくりと体重を傾けて然り気無く身体を預けて来る。
「俺のコト、好きになっちゃった?」
悪戯な笑みを浮かべた後に問い掛けた台詞へ、女は小さく頷いた。
勝ち気な顔立ちの女は呆気なく、雰囲気に惑わされる。
俺に惹かれてんじゃねぇだろ。お前は雰囲気に酔ってるだけ。
内心で嘲笑を向け、耳の軟骨へ口付ける。
腰に回した手をするりと外して女の胸元に移動させた。
「……みんなが、」
「そうだねぇ、起きると思う?」
「……分からない、けど」
「じゃあ止めとこっか」
女の瞳が不安げに揺れる。
今すぐにでも『自分の物にしたい』と思っている独占欲は、よく抱いた女から向けられていて酷く見知った物だった。
「……や、」
「んー?……なぁに?」
「やめない、で」
「……りょーかい。優しくしたげる」
絡めた舌が温もりを共用して、女の息は徐々に乱れる。
服の裾から伸ばした手は呆気なく下着を取り払わせ、身を捩る女の柔肌へ吸い付くように触れさせた。
「――愛してる。今日はずっと、愛してあげる。……俺だけ見て」
目を合わせ見つめ合えば、他の物が視界から消えて行く。
女は甘い吐息を洩らし、ちらりと周囲を窺った。
「目、離すなよ」
囁いた愛の言葉は、どうにも全て安っぽくて自分で口にしたくせにやたら吐き気がしそうになる。
千歳、という最初に声を掛けてきた別の女は間近で暢気に眠りに入っていた。
昨日に久住から忠告された『堅気じゃない大人』は、羽柴充という名の男を聞き回っていると酒田が聞いてきた。
森のカフェ。
大地が経営するこの喫茶店は、いつでもタダで飲み食いできる。
引きこもりの理由となった男は潰したものの、大地はいまだに自分から外に出ようとしない。
連れ出すのはいつだって、大地が付き合っている女だった。
経営をほっぽりだされ溜まり場になっているこの場所に、姿を現すのは酷く億劫で。
羽柴さん、と呼び掛ける声は。
以前は少しはマシなものだった。
同年の奴等が卒業して、残った俺に従う後輩。同学年でも敬語を使い、気遣うように声を掛けてくる。




