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透明X-お負け編-  作者: 文月/尋道あさな


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第22話 滝川悟/滝川久住――ever

 男は思う。


 居場所なんてどこにもなかった。


 あの頃、俺の居場所なんてあの家にはどこにもなかった。


 幼い頃から感情を現すのがとても苦手だった少年。


 楽しい時に笑うことも、悲しい時に泣くことも満足にできなかった。


 家庭環境に問題はない。

 むしろ、愛されていたと思う。


 けれども、愛されているのにそれに応える術を持たない自身がひどく嫌だった。


 愛している。

 家族のことを、本当に愛していた。


 それなのに気持ちを伝えることが極端に下手だった。


 少年が6歳を迎えたとき、その会話は行われた。


「何を考えているのか分からない」

「他の子と違って、あの子はとても冷めた目をしている」


 両親は夜遅く小さな声で話し合っていた。


 部屋に戻った少年は隣の布団で無邪気に眠る弟を見て、悔しいような悲しいような複雑な感情を抱いた。


 生まれてきた弟は少年とは正反対で感情表現豊かだった。


 よく笑い、よく泣く。わがままで、かわいくて、本当に愛しかった。


 少年とは段違いに目に見えて愛された。


 抜けているところもある。馬鹿で考えなしなところも。


 しかし、それでも浮かべる表情はいつだって輝いていた。


 次第に少年は居場所を失い、弟と自分を比べ始める。


 両親は贔屓などしてはいないのに、どうしてもあの夜の会話が頭から離れなかった。


 そんな中、少年を根気強く理解しようとした人物がいる。


 少年の母親の母親である祖母だった。


 祖母は無表情で無口な少年にもとても優しかった。


 返事をしないときはジッと返事を待ち、時折一緒に折り紙をした。


 祖母は何度となく少年に言う。『あんたが悪いんじゃないからね』と。


 少年の母親はどちらかといえば弟と似ている性格で、溌剌とした人だった。


 喜怒哀楽の豊かな母親からすれば、少年はいっそ不気味で、それでも愛しかった。


 けれど、どう接していいかわからなかった部分もある。


 弟の破天荒さを言い訳にして母親はいつも弟について回っていた。


 そんな現状を、祖母は優しく噛み砕いて少年に分かるように説明した。


 少年はただ頷いて、否定も肯定もしなかった。


 そんな少年を、祖母は悲しげに見つめていた。


 歳を重ね、年々逞しくなっていく弟は少年とは真逆の性格でいつも口煩く騒がしかった。


 動と静、そんな言葉が似合う兄弟。


 少年はいつも口を閉ざし、弟はいつも口を開いた。


 少年が勇気を出して唇を開く度に、弟はその先の言葉を無意識に潰している。


 弟に罪はない。両親にも罪はない。


 悪いのは全て自分で、他は誰も悪くない。


 そう思っていた少年は、12歳のとき――限界を超えた。


 滝川久住(たきがわくずみ)、という男はそれはそれは病弱に見えた。


 真っ白な肌に細い身体、顔色はいつも悪く今にも倒れてしまいそうで、周囲の人間からはふざけて『病人』だと言われていた。


 本人の身体には何ら不調はなく、体力がないだとか息切れをすぐするだとかそういったところもない。


 しかし、見た目はどうにも弱々しく病人だと言われても納得できる出で立ちだった。


 まさしく薄幸の少年。

 久住は意図せずとも虐めの対象となる。


 初めの頃はそれこそ喧嘩のやり方が分からずに負けた。


 けれど、要領を覚えればあっという間にそれは身に付き、負けることは無くなった。


 その頃、久住は自宅に帰らず友人の家を渡り歩くようになっていた。


 帰っても、居場所はない。


 母親にも父親にも、弟にも迷惑を掛ける。


 自分に愛想がないせいで、自分が口下手なせいで、悲しい思いをさせてしまう。


 それならいっそ、会わないほうが、話さないほうがきっと良い。


 そんな思い込みが、自宅への道のりを絶った。


 無表情に、無感動に、久住は毎日夜を彷徨う。


 そんな中で出会ったのが現実逃避の集団だった。


 彼らは家庭に、現状に、追い詰められて逃げていた。


 居場所を探して誰もが彷徨い、辿り着いたという集団。


 久住がそこに入るまで、そう時間は掛からなかった。


 集まる家の住人である少年の母親はいつも言いなりになる上、父親はずっと帰って来ないらしい。


 留年を繰り返すその少年の家はいつも彼らの溜まり場だった。


 久住はその部屋の隅で適当な雑誌を読む。


 いつの間にか、彼らのグループは久住を筆頭にするようになっていた。


 寡黙で多くは語らない――けれども、逃避をしながら決して自我を失わない男。


 何を考えているのか分からない上に喧嘩の強い久住を最初こそ面々は恐怖したが、付き合ってみれば久住という男はただ無口なだけで悪い男じゃない。


 それを知ったメンバーは徐々に久住を慕っていった。


 無遠慮にドアが開く。部屋の持ち主の少年は顔を輝かせて立ち上がった。


「カノウ!」

「おー久しぶり。まだこんなとこに溜まってんの?」


 ブレザーを着崩した男はけらけらと笑って片手を挙げた。


 滝川久住、叶鉄矢(かなえてつや)、後に――売人として競り合うことになるふたりの初めての出会いだった。



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