第14話 羽柴充――Sharp Girl
理想と現実を区別できる人間である、と俺は割と自覚している方だと思う。
寧ろ、理想を抱いたことがほとんどないかも知れない。
女って言うのは基本的にあざとい生き物だと思う。
大人しくて控え目で、道端に咲く小さな花みたいな女でも中身はどす黒くあざとい。
俺が愛してやまないリンだって確かにあざといが、それすら可愛く見えるということはリンと俺はとんでもなく相性が良くてお似合いだということだ。
俺の反応を窺って、俺の喜ぶことをする。
そこに含まれる『可愛く見せたい』気持ちだとか『好かれたい』気持ちだとか、そういうリンのあざとい部分は見え隠れしていても気にならない。
逆にもっと見せて欲しいくらいだ。
だが、好きでも何でもない女のあざとさにはどうにも嫌悪感が湧く。
「すみません……!」
勢いよく頭を下げて頭頂部を晒した女は、今にも泣き出しそうな声で謝罪の言葉を口にした。
謝る姿勢、窺う雰囲気、見え隠れする女のあざとさ。
許して貰えると思っている上での謝罪は上辺だけのもので、次に俺が言うべき言葉は『気にしなくて良い』なんだろう。
そんな優しい言葉を掛けるような人間じゃないのだから、女からしたら期待外れも良いところだ。
けれど、期待外れで良かった。
リンにさえそう思われなければ他は基本どうでも良かった。
面倒臭ぇ、そう思ったのが顔に出たのか、女の向こうにいたタキが笑いを堪えて横を向く。
「んー……あのさ、とりあえず片付けてくんない?」
若干動いた女の肩が予想外の言葉に戸惑っているようにも見えた。
こうした捻くれた考えしか持てないのは、女がそういう生き物だと早くに知ったせいだろうか。
頭を下げたまま動かない女から視線を外して久住を見る。
「久住、箒と塵取り」
割れたグラスにどうこう言うつもりもないし慰めるつもりもない。
強いて言うなら謝罪の返事を無駄に待つ時間を省いて、散らばったガラスを早く片付けろ。
「……佐伯、取りに来い」
「はいっ!」
女は慌ててカウンターの傍へ向かい、久住から箒と塵取りを受け取った。
佐伯祐希
紛らわしい名前のせいで、久住が間違えた――らしいが、性別を再確認しなかったのは久住の落ち度で佐伯は全く悪くない。
確認したが、履歴書の性別欄にはしっかりと女の所に丸がつけられていた。
女にしては落ち着いた声、中性的とも思える声だが。
ひとまず、久住への制裁は後で考えることにして――まずはこの状況をどうリンに説明すれば良いのかを考えたい。
「みっつん、ピリピリしてんなぁ」
にひ、と歯を見せて笑うタキは思いの外佐伯を歓迎しているらしく、苛立つ程に楽観的だ。
「しっかし可愛いなぁ。ちょっとドジなとこがまた良い!」
「計算でしょ、どーせ」
「まだ分かんねーだろ!希望をくれ!」
「はぁ?どう見たってりんちゃんのが可愛いしぃー」
「りんごとはタイプが違ぇんじゃね?」
首を捻り考え出したタキを放置して、キッチンスペースから出てきた酒田へメニューを投げ付ける。
「っと。羽柴さん?」
「それ、先月のメニューのまんま。中、入れ替えとけ」
「はい。分かりました」
「それから、看板も。ブルマン届くの昼過ぎだろ」
「あー……すみません、うっかりしてました。書き直しておきます」
すみません、ともう一回謝った酒田は早足にカウンターへ入る。
次いで、酒田が引き出しから取り出した今月のメニューの紙はリンが作成したメニューで、見易くすっきりと纏められていた。
一見、普通のメニュー表でも様々な気遣いが込められている。
順番、行間、文字のサイズ。
色々試してみた結果、一番見やすいメニュー表に仕上がっていた。
パソコンを前に試行錯誤するリンは真剣で一生懸命で、見る人間のことをひたすら考えて向き合って作成した。
そんなメニュー表だから、楽しみにしていた今月。
初っぱなから躓くなんて誰が思う。
リンにどう言えば良いのか――考えた言葉は全て言い訳染みていて更に胸糞は悪くなる。
「馬鹿じゃねぇの、久住のヤツ」
悪態を吐いてみても事態は好転しないのにそれでも言わずにはいられなかった。
――馬鹿だろ。
リンが不機嫌にでもなったらこの一帯を縄付けて引きずり回してやる。
舌打ちしている間にも慌てふためく佐伯の声がして、空は晴天にも関わらず気分はひどく憂鬱になった。




