第12話 酒田弘和/我妻百合――One's wife's help
積もり積もった寂しさが、爆発したのはそれから1週間後のことだった。
有名なナンパスポット、ロータリーで友達と待ち合わせ。
ヒロにメールを送ろうとして止めたのは、タイミング良くヒロから来たメールの内容にカチンと来たからだ。
「あと少し待って。もうすぐ変わるから」
説明はなかった。
何が『待って』なのかも、なにが『変わる』のかも。
いつも不明瞭で曖昧なヒロのメールは、誰かに特定されることを恐れているようにも見えた。
はっきりとは言わないヒロに、この時ばかりは無性に腹が立っていた。
だって、もう1週間も会えていない。
その間、ヒロから来たメールはたったの三通。
「明日明後日は無理そう」
「ごめん、今日も無理」
「来週には都合付ける」
どれもこれも慣れすぎて笑いしか出ない。
いつまでたってもヒロはヒロで、私も私だった。
この関係に名前をつけたら、恋人とは言えない気がして。
誰といるの?何をしてるの?
どうして、会ってくれないの。
積もった寂しさに火がついて、私は初めて携帯の電源を落とした。
「ユリ、こっち!」
待ち合わせをして向かう先は友人の兄が経営しているレストラン。
招待する、と言ってくれた友人の兄はヒロとは違ってとても腹黒そうだった。
別段、親しい訳じゃないのに私を誘ってきた中学時代の友人は同じ高校での知り合いいわく、クラスで何かやらかして孤立しているらしかった。
学校が違う私は特に気には留めないけれど、確かに空気が読めないところは中学時代も目立っていた。
嫌いでも好きでもない。
ただ、素直に言うならば友人の兄も友人も腹黒そうだな、とは思う。
ヒロは嘘がつけない。
困った時は苦笑して誤魔化しはせずに黙るだけ。
言えない、と返してきたら私は頷くしかなかった。
愚痴を話す友人に相槌を打ちながら、ロータリーを抜けて行く。
人の多さを疑問に思えば、引っ張り出される記憶の粒。
そっか、今日は金曜日か。
ロータリーは金曜日だけやたら人が多くなる。
あちこちでナンパに遭う女の子を横目で見て通り過ぎ――ようとした。
「えー……でも、今からゴハン行くことになってて」
「良いじゃん。一緒に行こうよー」
――捕まってるし。
簡単にナンパに引っ掛かった友人は、満更でも無さそうに私の方をちらちらと窺う。
「ユリ、どうする?」
「行かない」
「えー!でも、お兄ちゃんには連絡するし……」
「私、彼氏いるから」
彼氏だなんてどの口が言うんだろう。恋人なのかどうかも不安になっているくせに。
さらりと私の口から出てきたその単語に友人は目を剥いた。
「うそ、マジ?彼氏居るとか聞いたことないんだけど」
「高校入ってからだから」
「他の人からも聞いたことないよ。本当にいるの?」
「居るってば」
「じゃあ、写メ見せて!」
こういうところだ。
こういうところが空気が読めない。
ナンパして来た男は私と友人の話が終わるのを待っているみたいだった。
仕方なく携帯の電源を入れる。
せっかく、切ったのに。
画面が映り、次いで電源を入れたことを知らせる起動音がする。
データフォルダにヒロの写メが入っているはずだ。
だけど、そう思って探してみても、写メは出てこなかった。
「……」
撮ったのに。
ヒロの写真を、私は確かに撮ったのに。
愕然とする私に、友人が小さく笑った。
「見栄張っちゃった?いいよ、わたし気にしてないし。誰にも言わないから」
嘲笑を浮かべた友人の顔を思わず殴りたくなる。
そんなこと、できもしないくせに。
「じゃ、行こ。お兄ちゃんには連絡入れとくね!」
腕を組んで来る友人と、左右を挟む男ふたり。なんでこんなことになるんだろう。
慌てて腕を解いたら、友人はくすりと笑った。
「もしかして、怖いの?大丈夫だって、ちょっと遊ぶだけ」
馬鹿にした目にイライラする。
私はアンタみたいに遊び慣れてる訳じゃないの。
睨む私を宥めるように、隣の男が髪に触った。
「まぁまぁ、あんまり気負わな……っ!」
――触っていいのはヒロだけだ。
私を好きにして良いのは、酒田弘和ただひとりだ。
「ごめん、遅くなった」
携帯の電源を入れたと同時に現在地が探索された。
誰が設定したのかなんて考えなくてもわかる。
私が携帯を触ることを許したのはヒロだけだ。
私の髪を触った男の腕がヒロに掴まれていた。
目を丸くする友人はヒロを凝視した後に、ちらりと私を盗み見る。
「この人、彼氏」
「あ、うん……」
「今日は帰る。誘ってくれてありがとう」
二度と会うつもりはないけれど。
男を掴んだままのヒロに目を向けると、ヒロはにっこりと笑って男の腕を捻ってから離す。
「いっ」と声を漏らした男はヒロから距離を取り、隙を突いて逃げ出していく。
友人は拳を握って駅の方へ身を翻した。
「こんなところでなにしてたんだ?」
「さっきの子がゴハン行こうって言うから待ち合わせてた」
「携帯の電源、切れてたよな」
「ムカついたから」
「俺に?」
「他に誰がいるの」
「ははっ、だな。ごめん」
ヒロは軽く笑って私の手を握った。
「あー……羽柴さんに怒られる」
「なんで?」
「それは秘密。でも、もうすぐだからさ」
「だから何がもうすぐなの?」
「羽柴さんがワガママ言っても窘めてくれる人ができる。今はその人が危ない目に合わないようにひっそり観察してるだけ」
本当は言うつもりはなかったんだろう。
私を一瞥して、ヒロは観念したようにぼそりと事情を打ち明けた。
内容は全く意味が分からないものだけど、話してくれたことが嬉しくて。
「そっか。じゃあ急に呼び出しされなくなる?」
「まぁ、回数は減るだろうな。だからさ、携帯の電源切るのやめて、ユリちゃん」
お願いをするときは必ずちゃん付けになる。
それが罪悪感を抱いているからだと気付けるくらいにはヒロのことを知っている。
「うん。GPS勝手に登録してたのも、写メ消したのも許してあげる」
「……ごめんな、ユリ」
「いいよ。だってしょうがないし」
「しょうがないって?」
聞き返すヒロに仕方がないから答えてあげる。
いつも寂しい、いつも虚しい。
だけど、それにはいつか必ず終わりが来るはずだから。
「ヒロが好きなんだもん」
答えた私をぎゅっと抱き締めて、甘く囁くヒロが可愛い。
「……それ反則、ユリちゃん。俺、ほんとユリのこと愛してる」
「はいはい」
「だから、羽柴さんに見つかんないで」
「なにそれ」
「俺だけのユリちゃんでいて」
そうだね。わかってる。
今はまだ、許してあげる。
ヒロが私のものになるまで、ずっと待っててあげるから。
「たまには、構ってね」




