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ひつじの夢  作者: ヒツジ
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9

薄暗い部屋で僅かに設置された照明の光が2人を照らしている。


「滅んだ?人が?でも、俺はここにいるのに……」


フユの説明がいまいち理解できなくてアサヒは困惑している。


「300年前。ここは本当に戦場だった。俺を作った国と別の国の境にあって、毎日敵の国から機械兵が飛んできた。それがハチ」

「……それは今も同じじゃないのか?」


毎日のようにハチが飛んできては排除する日々と何が違うのだろうと、アサヒはやはりフユの言いたいことがわからない。


「うん。俺達が同じように再現してるからね」

「再現?何のために?」

「それはこれから。話を戻すよ。俺達機械兵は前線であるこの街を守るために作られて、それを整備するために整備士がこの街に連れて来られた。俺達は負傷しても治るし、敵も機械兵を送るだけだから戦況はずっと膠着状態だったんだけど、ある日、国の中心都市に大きな爆弾が落ちた。そこから一気に報復合戦になって、あっという間に人は滅んだ。この街だけを残して」


戦場にずっといるのに、アサヒには人が滅ぶほどの戦争が想像できない。この町ではいつだって危険に晒されるのは機械兵だから。


「この街だけが残されたことに気づいた俺達は悩んだ。整備士達に本当のことを伝えていいものか。だって、自分達しか生き残ってないと知ったらみんな絶望するだろう?だから俺達は隠すことにした。一時的な休戦に入ったと嘘をついて、各地へ飛んで人が生きていくのに必要なものを生産できるように機械を修理して体制を整えた。襲撃用のハチも用意した。そうして偽物の戦場を作って、ずっと整備士達と変わらない日常を送るはずだったんだ」


フユはアサヒの頬に触れる。冷たい手のひらが寂しさを伝えてきた。


「でも人はいつか死んでしまう。ここに送られる整備士達は生殖機能をもたないように作られているから子供も産まれない。誰もいなくなって存在理由がなくなってしまうことを恐れた俺達は、整備士のコピーを作ることに決めたんだ。実用化目前だった、人の体から採取した細胞で人を作る技術を使って」


それが水槽の胎児の正体だった。それぞれ自分のパートナーだった整備士の細胞からコピーを作って新たなパートナーとする。機械兵達はそれを300年もの間繰り返していたのだ。


「コピーだから寿命も短いし健康面で気をつけないといけないことも多いけど、それでも整備士達と生き続けられることに俺達は喜んだ。真実に気づかないように機械達だけで育てて、他の人との接触を制限して。でも、なんでなんだろうね。どうしても気づく子が出てきちゃう。……人は難しいよ」


困ったように笑う顔は愛しさが溢れている。それは機械達の人への愛だった。


「……俺はこれからどうなるんだ?」

「できるだけはアサヒの好きにさせてあげたい」


真っ直ぐに、作り物の瞳はアサヒを見る。


「と言っても、この街の外は人が生きていける場所じゃないし、軍に残るか街に行くかだけど」

「自由に、していいのか?今の話を誰かにするかもしれないのに」

「うん。アサヒは誰にも話さないと思うから」

「……なんで?」

「だってアサヒは優しいでしょ。この話を誰かにして、その人が秘密や真実に苦しむのを見たいとは思わない」


ニコリと笑われてアサヒは言葉もでない。

だが、その顔を見て何かに気づいた。


「……ユキ?」

「……あらら。バレちゃった?」


ユキとはアサヒの教育係だった機械整備士の名前だ。

整備士は5歳になると教育係と一緒に暮らし、生活のことから何から学んで成長していく。アサヒもユキが24時間つきっきりで世話をして育てられた。


「なんで?フユがユキなのか?でも姿が違う」


ユキは大人の人型をした機械だった。顔立ちも髪の色もフユとはまるで違う。


「そりゃ。俺は機械ですから。ボディはいくらでも変えられるよ」


犬の姿になれるくらいなのだ。違う人になるなど造作もないことなのだろう。


「教育係はパートナーがなるものなのか?」

「基本はね。だってアサヒのことを一番わかってるのは俺だもん」


ずっと、ずっとそうしてきたのだろうかと。機械兵はパートナーへの愛を抱えて喪失の中を生きてきたのだろうかと。アサヒは締め上げられたように胸が苦しくなった。


「……俺は何人目なんだ?」

「1人目だよ」


いったい何人のコピーに心を砕いてきたのだろうかと聞きたかったのに、返ってきたのは包み込むような愛だった。


「たとえコピーでも、俺にはみんな違うんだ。だから名前もそれぞれにつけてるんだよ。アサヒは初めて会った時に朝の眩しい光みたいな笑顔で笑ってくれたから、アサヒって名前にしたんだ」


そう語るフユのほうが輝くような笑みを浮かべている。だがまるで親のようなその愛は、少しだけ翳りを見せた。


「君達の命を勝手に作って勝手に利用してるくせに、傲慢かもしれないけど」


『……機械達を都合良く利用して勝手に滅んだ人の方がよっぽど傲慢だろ』


勝手に作り出して自分達に従順なようにプログラムし、放り出した。残された機械達の気持ちを思うとアサヒは苦しくなった。


「フユはどうしたい?」


叶えてあげたい。この寂しくて一途な機械の願いを。

自分が作られた人間であることもここが作られた戦場であることも、アサヒにはもうどうでもよかった。


「え?どうしたいって、そりゃ、アサヒと一緒にいたいけど」


「でも……」と戸惑う言葉を遮って、アサヒはフユの手を握る。


「なら、一緒にいよう。何も知らないふりして今まで通り整備士と機械兵としてハチを排除してもいい。街に行って静かに暮らしてもいい。俺は……フユと一緒にいる」


フユの顔が歪む。涙を流す機能はないが、その顔は泣いているようだった。


「やっぱりアサヒは優しいね」




あまり睡眠を削るのも良くないだろうと、アサヒはフユと部屋に戻ることにした。一緒に廊下を歩きながら「安眠グッズにどうぞ」と道案内してくれた犬のロボットを渡されて抱っこしている。


「こんな夜中に起きてたのなんて初めてだ。凄く静かなんだな」

「ああ。夜は部屋に安眠させるための音波が流されるからね。消灯時間にはみんなぐっすりだよ」

「そうなのか?」

「うん。睡眠は健康維持に重要だからね」


驚きながらもアサヒは自分の知らないことはまだまだあるのだろうなと、改めてとんでもない真実を知ってしまったと実感した。


「俺以外にも人が滅んだことを知ってる人はいるのか?」

「ハスミにはヨルガから話されたよ。全く。居住区に侵入するなんて何考えてるんだか」

「……それは、俺もごめん」


プンプンと怒るフユにアサヒがバツが悪そうに謝ると、「アサヒに怒ってるんじゃないよ」と慌ててフォローされた。


「ハスミはどうするって言ってるんだ?」

「今まで通りでいいってさ。機械いじってれば幸せだからって。まあ色々知った分、軍のシステムとかも見せろって好き放題してるみたい」

「なんか想像できるな。ヨルガはそれでいいのか?」


呆れた顔をしているアサヒに対してフユは憮然とした表情だ。


「ヨルガのパートナーは何回コピーしてもハスミと全く同じ性格になるらしくてさ。好き勝手して甘えられるのがヨルガにとっては最高の幸せなんだって。真実を知っても『ヨルガがいないと何もできない。今まで通りでいい』って言われたって大喜びしてたよ」

「凄い関係だな」


共依存とでも言うのか。幸せのカタチはそれぞれだ。


「あとはアサヒが居住区であった2人も知ってるよ」

「誰にあったのかはやっぱりわかってるんだな」

「まあね。話がしたければ会いに行ってもいいよ」


どうやら自由にしていいというのは本当らしい。急に真実の中に放り出されてアサヒはただただ戸惑うばかりだ。


「そうだな。どうするかは明日考える」


そこまで話したところで2人は部屋に着いた。

犬を抱いたままベッドに横たわるアサヒにフユが布団をかける。


「定期点検は急ぎで終わらせたから、今夜からは一緒にいれるよ。1人になりたかったらそうするけど」


混乱しているであろうアサヒを気づかうフユの手が温かい手に包まれる。


「フユといたい。やっぱりフユがいると落ち着く」


安心したように眠りに落ちるアサヒの頭をフユが撫でる。そして、しばらくして響きだした静かな寝息に幸せそうに笑うのだった。

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