8
機会兵の定期点検は半年に1度ある。
その度にパートナーは自由な時間ができるのだが、今回アサヒはハスミの部屋に突撃していた。
「何?整備士同士が話すのは良くないんじゃないの?」
「いや、お前が言うなよ」
前回散々アサヒを振り回したくせにケロッとしているハスミに脱力するが、アサヒだって目的があってきている。引くわけにはいかなかった。
「……居住区、もっかい行く気ないか?」
「え?飽きた」
あれだけ人に迷惑をかけておいて、ハスミは居住区に一切の興味を失っていた。
「なんで⁉︎あんなに行きたがってただろ!」
「えー。でももうあそこに興味ないし。他に知りたいことはいっぱいあるしー」
この変わりようは何なのか。呆れ果てるアサヒにズイッとタブレットが差し出された。
「君は行きたいの?なら、パスのデータあげるけど」
予想外の展開にアサヒは一瞬たじろぐ。だが結局居住区に行きたいという欲求に勝てず、ハスミからデータを受け取るのだった。
ゲートを潜ったアサヒは脇目も振らずに男性の家へと歩いていた。
『しかし本当に簡単に入れるな。普通に道歩けるし。いいのか、これで?』
相変わらず道にはロボットの影すらなく、アサヒはあっさりと男性の家へと辿り着いてしまった。
「勢いで来ちゃったけど、そもそも家にいるのか。どうやって中に入れば…」
なんとなく人のいる気配がある気がするが、呼び鈴も何もないためどうやって男性とコンタクトを取ればいいのかアサヒは戸惑っていた。
すると扉が開いて中から人が出てくる。
『ちょうど良かった……え?』
「……え?」
中から出てきたのは以前会った男性ではなく同じくらいの歳の女性だった。アサヒを見てかたまっている。
あとから出てきた男性も驚きの声を上げた。
「……君、なんで……」
「……ココ君!すぐに中へ!君も!早く!」
いるはずのない少年の出現に女性は慌てて全員を家の中へと移動させる。手を引かれてリビングまで連れて行かれたアサヒは女性に叱責された。
「あなた!こんな所で何してるの!」
その剣幕に負けて怯えながら「あの…その人に会いたくて…」と口にするアサヒに、女性は今度は男性をキッと睨みつけた。
「ココ君、この子のこと知ってるの?」
「あ、ああ。半月前にこっちに忍び込んでたから匿って帰るように言ったんだ。……パートナーの定期点検にあわせてまた来たのか?もう1人は?」
「アイツは、もうこっちに興味を無くしたって……」
その言葉に男性は何かに気づいたように少しだけ顔を歪ませた。それを見て今度は女性の方が話を続ける。
「っていうことは、こっちに来るのは2回目ってことね。何が目的なの?」
「えっと……その人のパートナーが8枚羽と遭遇したってデータにあって。俺のパートナーもこないだ負傷したから、話が聞きたくて…」
アサヒの説明に「やっぱり8枚羽が出てたのね」と女性が爪を噛んだ。その反応にアサヒが食いつく。
「8枚羽について何か知ってるんですか?」
「……私はレイよ。あなたは?」
「……アサヒです」
「そう。アサヒ君。あなたの言う通り、彼、ココは現役の時に8枚羽に遭遇してパートナーが負傷してる。幸いその後すぐに8枚羽は去ってそれ以上の被害はなかったけどね」
「今回と同じだ」
「そう。今回も同じなのね。……私はココと同じ班の整備士だった。私のパートナーは負傷はしなかったけどね」
アサヒは驚いてレイを見る。データにココを見つけたことで他のメンバーまでは見ていなかったのだ。
「でも私達はデータに残っている以上のことは知らないわ。悪いけど、無駄足だったわね」
「なぜ今回8枚羽が出たことを知ってたんですか?」
アサヒの指摘にレイの動きが止まる。だが少し考えた後に言葉を続けた。
「噂があったのよ。8枚羽が出たって。こっちではペットロボ同士が情報交換して飼い主に伝えるから結構噂が出回るのよ」
「あなたもペットロボを飼ってるんですか?今はどこに?この家には何をしに来てたんですか?」
走り過ぎる思考が矢継ぎ早に質問を言葉にする。良くないとわかっていてもアサヒには止められなかった。
「……なるほど。8枚羽が出るわけね」
アサヒの暴走を責めるでもなくレイはその肩に優しく手を置くと諭すように話しだした。
「とりあえず今日は帰りなさい。多分あなたの疑問はすぐに解決することになるわ。……知りたくないことも知ることになるだろうけど……でも、それを知ってどうするかはあなた次第よ」
答えになっているようななっていないようなレイの言葉にアサヒは更に言い募ろうとするが、向けられる眼差しに揺るぎない意思を感じてそれ以上は何も言えなかった。
「……わかりました。帰ります」
誰にも見つからないようにゲートをくぐり、店の並ぶ道を歩くアサヒ。するとある店の中にシャナの姿を見つけた。可愛らしいイチゴのネックレスを手に取って嬉しそうに笑っている。
『ヤトに買ってやるのかな?何だかあの2人はヤトのためにシャナがいるみたいだな』
そんなことを考えながら街を見渡す。
行き交う人はみな機会兵のパートナーと寄り添ったり、ペットロボに語りかけて歩いている。どこを見ても、店で働くのも荷物を運ぶのも掃除をするのも全て機械が担っている。
『……まるで機械の街だ』
整備士と退役した者達を中心として機械達は動いているのに、まるで機械達こそが街の中心であるかに見える光景に寒気を覚えて。アサヒは基地へと戻る足を少しずつ速めていった。
居住区への2度目の侵入を果たした夜。
1人で過ごす部屋でアサヒは浅い眠りから目が覚めた。
『フユがいないとこんなに静かなんだな。気づかなかった』
フユがいると夜はいつも「健康のためにもう寝る時間だよ」「子守唄歌おうか?」「トントンしようか?」など、鬱陶しいくらいに構ってくる。犬のボディになっていた時は毎晩ベッドに潜り込んでくるので仕方なく抱きしめて寝ていたくらいだ。だから定期点検のために1人で寝る時は「静かでいい」くらいにしか思っていなかったのに、今日はそれが妙に恐ろしかった。
「アイツは俺が寝た後、いつも何してんだろうな」
機械であるフユは睡眠を必要としない。眠るまでは一緒にいて起きてもすぐそばにいるので今まで疑問に思っていなかったが、機械兵達が夜に何をしているかを整備士達は知らなかった。
「……水でも飲むか」
ベッドから出てコップを取りに向かうアサヒの目に、パソコンが起動したのが見えた。何事かと近づくと聞き慣れた声が響く。
『アサヒ?起きてた?ドアの前に迎えが来てるから、その子についてこっちに来て』
それはフユの声だった。
定期点検を受けているはずのパートナーからの通信に驚いていると部屋の扉が開く。そこにはフユが仮のボディとして使っていた機械の犬がいた。
「お前……」
「ワン!」
どうやら中身は普通の犬のデータが入れられているらしく、可愛らしく鳴くとそのまま廊下を歩いていく。戸惑うアサヒが扉のところで立ち止まっていると、ついて来いと言わんばかりに振り向かれた。
「……ああ!もう最近わからないことだらけだ!」
やけになってアサヒがついていくと犬は満足そうに先へと進んだ。
沈黙の廊下をひたすら進む。
当たり前のように人の姿はなく、寝静まっているにしても静か過ぎる空間に少しの恐怖を覚えながらアサヒは足を動かす。すると犬はエレベーターに乗り込んだ。続いてアサヒが乗り込むと扉が閉まり、ボタンも押していないのにエレベーターが動きだした。
「………」
どこに行くのかわからない不安からか、ただ上を目指す時間はとても長く感じた。階数表示は一番上の階を示したあと光を消してしまい、いったい今建物のどこにいるのかもわからない。
ピンッ
目的の階に到着した音が響き、扉が開く。その先は真っ白な廊下が続いていた。
普段歩いているものと同じ廊下へ歩き出す犬に再びついていき、ある扉の前までくると中に入るように促された。
戸惑う間もなく扉が開き、中にフユの姿が見える。
「フユ!」
「アサヒ。いらっしゃい。こっちにおいで」
やっと会えたパートナーに安堵の声をあげると、穏やかな表情でフユはアサヒに部屋に入るように促す。それに素直に従ってフユの所まで歩くと入り口からは見えなかった部分を指差された。視線でその先を追ったアサヒが恐怖の声を上げる。
「……なんだ、これ……」
そこにあったのは、コードに繋がれて大きな水槽のような物に入れられた胎児だった。週数の違う8人の胎児がプカプカと浮かんでいる。
「これは人工子宮。人を卵から外で生きられるまでに育てる機械だよ」
「人工……しきゅう……?」
そもそも整備士達は機械に囲まれて育つので赤子を見たこともない。受精卵から乳児として産まれ、それが育った姿が自分達だということを理解していなかった。
「そう。アサヒもここで育って産まれてきたんだよ。俺の前のパートナーの細胞を使って」
目の前にいるのが誰なのかわからない。いや、何なのかがアサヒにはわからなかった。いつも自分に寄り添い温かく笑ってくれるフユはそこにはいなかった。
「あのね、アサヒ……人はもうずっと昔に滅んでしまったんだ。俺達を残して」
これは残された機械達のお話。




