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「クソッ!開けろよ!もうハチはいなくなっただろうが!」
フユの負傷を画面で見ていたアサヒは屋上まで迎えに行こうとしたのだが、扉のロックが解除されずに閉じ込められていた。手が赤くなるほど扉を叩いていると、パソコンの画面に上からの指示が届いた。
「パートナーの状況確認が終わるまで自室待機⁉︎ふざけんな!アイツは俺達のために戦ってんだぞ!傷ついて帰ってくるのに何もできないなんてバカな話……」
激昂して怒鳴る声が少しずつ小さくなっていく。叫んでも叩いても開かない扉とフユ本体を直すことはできない自分に気づいて、アサヒの心が僅かに折れたからだ。
「……整備士なのになんで俺はアイツを治せないんだよ……」
ベッドに座り込み項垂れる体からは絞り出すような声が続く。
「俺の整備は問題なかったのか?……こんなに感情に左右される人間が、本当に完璧な仕事をできてんのか?……アイツがいなくなったら俺はどうしたらいいんだ……」
もちろん機械兵のフユは脚が無くなったところですぐに新しいものに付け替えられる。それでもアサヒには先ほどの戦闘の映像は衝撃が大きかった。
「……俺達整備士は、なんのためにいるんだ……?」
緊張が切れてしまったのか、アサヒはそのまま力尽きるようにベッドに倒れ込む。しばらくすると静かな寝息が部屋に響いた。
どれくらい眠ってしまっていたのか。
微睡むアサヒの頬を誰かがペチペチと叩いている感触があった。
「ん〜。なんだよ。フユ。もう少し眠らせ……」
寝ぼけた頭でフユに起こされたことを理解したアサヒは、先ほどあった出来事を思い出して「フユ⁉︎」と勢いよく起き上がる。
「フユ⁉︎……戻ってきたのか⁉︎………へ?」
周りを見回してフユの姿を探すアサヒ。だがその視界にいつもの銀髪が映るとこはなく、代わりに膝の上に何かが乗っている感覚があった。
軽く抱き上げられるサイズのそれは、犬のロボットだった。
「アサヒ。心配かけてごめんね。戻ったよ」
「……フユ?」
フワフワの白い犬が器用に人の言葉を話したと思ったら、その声はフユのものだった。
「うん。修理に時間がかかるから、直るまで代わりのボディに入ることになって。どうせなら犬のほうがアサヒ喜ぶかなって」
ワン!と吠えたフユは尻尾まで振っている。その姿に脱力しながらもアサヒは犬をギュッと抱きしめた。
「フユ……良かった……無事で……」
「やだなぁ。だから俺達は機械なんだから大丈夫だって。修理には1週間くらいかかるから、その間はお休みだってさ。犬じゃスーツ着れないしね。あ、でもスーツの修理はしないといけないね」
「うん。そうだな。今度は絶対にフユを傷つけないスーツを作らないとな」
「あれはハチが強すぎただけだよ。でもあそこで帰ってくれて良かったね。8枚羽はなぜか出てきてもすぐ帰るんだよね。なんでだろ?」
疑問を呈すフユにいつもなら考え込むであろうアサヒだが、今日は思考を放棄していた。
「さあな。それは上が考えることだろ。俺は余計なことは考えずにお前を守ることだけ考えてればいいんだ」
そう言ってまだ抱きしめてくるアサヒに「あら。俺って愛されてる〜」と嬉しそうにフユが笑った。
それからアサヒはフユと穏やかな日々を過ごした。スーツの修理は行っているが、出撃がないという安心感はアサヒの心を安定させていた。
「しかし、仮のボディに犬なんて選べたんだな」
部屋で椅子に座りながらふわふわの毛を撫でて、アサヒは不思議そうにしていた。
「うん。退役した人が飼ってるペットロボは、パートナーの人格をコピーして入れてあるからね。同じことをしただけだよ」
「えっ⁉︎そうなのか⁉︎俺、何も聞いてないぞ!他のヤツも知らないのか⁉︎」
驚きで手を止めたアサヒに顔を向けてフユはシレッと話を続けた。
「アサヒには言ってないもん。他の整備士は聞いてるかもしれないけど」
「何で⁉︎」
「え〜。だって今の俺を愛して欲しいじゃん」
返ってきた訳のわからない理屈にアサヒは脱力する。だが、なぜかフユはご機嫌だ。
「それに人格のコピーはされても記憶はコピーされないからね。記憶喪失になったパートナーをそばに置くようなもんだから、そんないいもんでもないよ」
「えっ?そうなのか?」
「うん。軍の情報をあまり外には出せないからね。アサヒ達の行動に制限がかけられるのは、退役後に自由にするためでもあるんだよ」
「う〜ん。そうなのか」
不自然な決め事も意味があるのかと思うと、アサヒはこのよくできたシステムの目的は何なのだろうと、考えすぎる頭がまた暴走するのを感じる。
「……前に街で話しかけてきた人は、記憶のないパートナーと一緒にいるのが嫌でペットロボを飼ってないのかな」
「さあね。別に人格をコピーしなくてもペットロボは飼えるけどね。そんな他人のこと考えるならもっと俺を可愛がってよ」
フリフリと愛らしく尻尾を振ってくるフユに「はいはい」とアサヒは撫でるのを再開する。
そうして2人はしばし満ち足りた時間を過ごしたのだった。
しかし軍に属する限り役目は果たさなければならない。フユのボディの修理が終わるとすぐにいつも通りの生活が戻ってきた。
「アサヒ〜。ちょっとミーティングルームに行ってくるね」
伝達事項があるらしく招集のかかったフユがアサヒに声をかけて部屋を出ていく。スーツの点検が終わって手持ち無沙汰になったアサヒは、ある事を調べるためにタブレットに向かった。
「たしか、前に8枚羽が出たのは10年前だったな」
そうそう8枚羽の出現は続かないだろうがそれでも過去の記録を見て対策を考えておくのは悪くないだろうと、アサヒは前回の出現記録にアクセスする。
『負傷したのは1体か。その時も僅かな戦闘だけで立ち去ってる。でも大きさが違うから今回とは違う個体か?』
記録を細かく見ていくアサヒの手がある1点でピタリと止まる。
「……この人」
そこに映されていたのは負傷した機械兵のパートナーだった。まだ少年の時の写真だが、それは家に招いてくれた男性によく似ていた。
「本人?年齢的には合いそうだけど、そんな偶然。いや、別に同じ人だったとしても何の意味もないし……」
「何の意味がないの?」
ひょこっと、タブレットに向かうアサヒの顔の隣にフユの顔が出てきた。
「うわっ!」
「何見てたの?俺が部屋に入っても気づかないなんて」
ちょっと拗ねた感じでアサヒのタブレットを覗き込んだフユは、そこに映っている顔に首を傾げる。
「あれ?これ、こないだ街で会った人?」
「……やっぱりそう思うか?」
自分と同じ考えを口にするフユにアサヒは戸惑いが増してくる。
「うん。俺達の人物認識は年齢が違っても正確に検出できるよ。あの人のパートナー、8枚羽と戦ってたんだ。でもなんでそんなこと調べてるの?」
「この人をっていうか、8枚羽の出現履歴を調べてたんだよ。一応見てて損はないと思って」
「そしたらこの人が出てきたわけね。相変わらず仕事熱心だね〜」
ヨシヨシとアサヒの頭を撫でながらフユは何かを考えている。余計なことをしたかと不安になるアサヒに、フユは穏やかに笑った。
「凄い偶然だけど、別に確率的に起こらないわけじゃない。ただの偶然だよ。8枚羽については何かわかった?」
「え?あ、いや、やっぱり短時間の戦闘だけで消えたことしかわからなかった。今回のよりは小さい個体だったみたいだけど」
「そう。まあ前回から今回まで10年開いてるし、心配しなくてもそんなすぐに8枚羽はやってこないよ。ねえねえ、それより遊んでよ〜」
甘えるようにまとわりつくフユに「はいはい」とアサヒはタブレットをデスクに置く。
だが、その頭の中では次のフユの定期点検がいつだったかを考えていた。




