10
翌朝。いつもより遅めの時間に目を覚ましたアサヒはフワフワした温かさと食欲を刺激する香りに包まれていた。
「アサヒ?起きた?朝ごはんできてるよ」
部屋に備え付けの小さなキッチンでフユが卵を焼いている。テーブルにはサラダやパンなど美味しそうな朝食が並んでいた。
「ワン!」
寝起きでボーッとしているアサヒの胸に、一緒に寝ていた犬のロボットが飛び込んでくる。甘えるように頭を擦りつけてくる様が可愛くて撫でていると、フユがスクランブルエッグをテーブルに置いてベッドまでやってきた。
「おはよう。朝ごはん食べれそう?」
「ああ。お腹空いた」
犬を受け取るとフユはアサヒを椅子に座らせて朝食をとらせる。自分は向かいに座ってただニコニコしていた。
「この子、気に入った?今は色々知って癒しが必要だろうし、ペットにしてもいいよ」
ヨシヨシと犬を撫でるフユ。朝食のことといい、アサヒの精神状態を心配しているのが嫌というほど伝わってきた。
「そうだな。可愛いし、しばらく一緒にいてもらおうかな」
「だって。良かったな〜、ワタアメ」
「ワタアメ?」
「うん。名前。あ、自分でつけたかった?」
「……いや、ワタアメでいいよ」
フワフワのボディを見て意外とベタな名前をつけるフユにアサヒは少し笑ってしまう。しかし自分の名前はまともなのにしてもらって良かったと気づいてホッとした。
「そういえば俺達が寝てる間、機械兵は何してんだ?」
「ん?そうだねぇ。エネルギー補給したり、整備士が起きてる間じゃできないことしたり」
「俺達が起きてる間だとできないこと?」
「他の拠点、ハチの管理拠点とか食糧生産拠点とかとの連絡とか、真実関係の作業かな」
「……なるほど」
安眠音波は健康のためもあるのだろうが、真実が知られれることを防ぐためにも使われているのだろう。そう考えるとアサヒは複雑な気持ちになる。
全てを受け入れてフユといることを選んだが、きっとこれから色々なことを知るにつれて処理しきれない感情を抱えていくのだろう。その重さが何とも言えずまとわりついてくる。
「……今日はどうしたい?」
ただ戸惑いを感じているのはフユも同じなようで、慎重に、アサヒの様子を伺いながら話を進めている。
「ココさんとレイさんの話を聞きに行きたいかな……できれば1人で」
遠慮しながらもきちんと自分の意思を伝えてくれることに少し安心して、フユは「わかった。ゲートのパスを用意するよ」と答えた。そして何かに気づくとワタアメをズイッとアサヒの目の前に掲げた。
「でも念のために護衛はつけさせてね」
ワン!と凛々しく鳴く可愛らしいモコモコにやっとアサヒが笑みを溢し、そのあとは穏やかな時間を過ごした。
店の並ぶ通りをワタアメが歩く。本人は威風堂々といった佇まいのつもりなのだろうが、小さくて白いモフモフの塊というボディでは可愛らしさが勝ってしまう。
それをニヤニヤ見ながら歩いてゲートにつくと、アサヒはワタアメを抱いてパスを使って居住区へと入って行った。
『3回目ともなるとだんだん慣れてきたな』
そうは思いつつも、このあとのことを考えると緊張するアサヒはギュッとワタアメを抱きしめてココの家の前まできた。さてどうやって訪問を知らせようかと悩んでいると中から玄関が開けられた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
どうやら事前に連絡を受けていたらしいココが扉から出てくる。リビングに案内されるとレイも待っていた。
「おはよう。可愛い子連れてるじゃない」
ワタアメを見てフフと笑うレイに「……護衛です」となぜか少し恥ずかしくなるアサヒ。そのままココに促されてソファに座るとすぐに話が始まった。
「聞いたのね。人がもう滅んでること。私達がコピーだってこと」
すぐに核心をつく話をされてアサヒはやや気圧されながらも深く頷いた。
「お2人は、いつ真実を知ったんですか?」
「俺のパートナーが8枚羽で負傷した時だよ」
答えたのはココだった。
「8枚羽はね、試験みたいなものなんだ。真実に気づきそうな、機械達が用意した範囲を超えてしまいそうな人がいた時に、全てを話していいか測るための。8枚羽で負傷したパートナーにどう反応するかを見て、パートナーと上で相談して話をするかを決める」
「私は巻き込まれて真実を知っちゃったけどね」
レイのチャチャ入れにココが渋い顔をする。何やらこの2人には色々事情がありそうだが、愉快そうに笑うレイに関係は悪くないのかなとアサヒは思った。
「とにかく。8枚羽が出たって噂を聞いて、誰かが真実を知らされるかもって思ってたんだけど……まさか君とはね。いや、そうかなとは思ってたけど」
はは、と複雑な気分で苦笑するココ。この2人は真実を知った上でどう生きてきたのだろうと、アサヒはここに来た目的へと話を変えていった。
「真実を知って、お2人はどうされたんですか?」
少しの沈黙が訪れる。だがそう聞かれるのは予想していたのだろう。2人は頷きあうと、ココが口を開いた。
「俺とレイは一緒に真実を打ち明けられてね。そのあとはパートナーとそれぞれに部屋に戻ったんだけど。次の日、真実を知る者同士で話しあってみたんだ。最初はなかなか真実を受け入れられなくて騙されていたことへの怒りなんかも湧いてきたんだけど、でもね、最後に考えたのは機械達の悲しみだった。そしてこの街で生き残ってしまった整備士達を最後まで守ってくれたことへの感謝だった。彼等は俺達から搾取したりするために作ってるんじゃない。ただ一緒にいて欲しくて、放り出された永遠の孤独を埋めてほしくて人を求めてるんだ。なら、それに付き合ってあげてもいいかなって思った」
どちらにしろこの街を出ても生きていけないしねと、レイは少し困った笑顔でつけたした。
「悩んで、いいんじゃないかな。そうでなければ君のパートナーも真実を知らせようとは思わなかっただろうし。話がしたくなったらいつでもうちに来てくれて構わないよ。だから、君なりの答えを見つけたらいい」
正解は、きっと無いのだろう。全て自分の心の問題なのだ。だからそこ答えを見つけるのが難しい。
「……ありがとうございました。今日はこれで帰ります」
膝に乗っていたワタアメをおろして、アサヒは一緒に玄関へと向かう。
だがふと1つの疑問を思いついて振り返った。
「パートナーと、退役後も一緒にというのは無理だったんですか?真実を知っても」
今回のことでどれだけ機械兵達がパートナーのことを思っているのかを知ったアサヒは、なぜ最期の瞬間まで一緒にいることを望まないのか不思議だった。
「ああ。そうだね……退役後の自由はね、整備士への感謝であると同時に、機械兵達のためでもあるんだよ。……何度も何度もパートナーの死を経験しないための」
アサヒは心臓が締め付けられる思いがした。永遠の中に放り出された機械兵達は、どれだけ望んでも愛する人達を見送り続けなければいけない。
それは人が作り出した罪だった。
店の並ぶ通りをワタアメと一緒に歩く。
目に入るのは人を楽しませるために用意された美味しい食べ物に綺麗な雑貨や服。娯楽のためにとタブレットからは色々な動画も映画も見れるし本も読める。スポーツの相手をしてくれる機械もいるし、ゲームなども用意されている。
これでもかと人のために用意された物は、コピーを作って利用していることへの贖罪なのか。
どこまでも一方的にしかならない愛に泣きたくなるほどの寂しさを感じて、アサヒはそっとワタアメを抱きしめてフユの待つ部屋へと歩いて行った。




