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「え?4枚羽に2人がかりだよな?」
自室で4班の戦闘を見ていたアサヒはヨルガと同じ反応をしていた。
急いでタブレットで4班のデータを調べる。
『メンバーが変わってる。落ちたのは……今日が初出撃のコンビか』
整備士は15歳になると試験を受け、合格するとパートナーが与えられて班に配属される。そのため定期的に班の編成は変更されるのだが、今回ハチに落とされたのは新人整備士のコンビだった。
『でも試験に受かってるなら整備に問題はないはずだ。機械兵側の問題?いや、それこそありえない』
戸惑うアサヒの耳に、机に置いた通信機から声が聞こえる。
『アサヒ。4班に欠員が出たから俺達が出撃する。ハチはあと1体だからすぐ戻るよ』
緊張感のない声に、だがアサヒは背筋にゾクリとしたものが走った。先ほど見た腹を貫かれ落ちていく機械兵の映像が頭から離れない。
『……大丈夫。スーツも銃もきちんと整備してる。フユは機械だから万が一なんてない。そう。機械なんだから……壊れたって……』
困ったように笑う顔が心をザワザワと騒がせる。気がつくとアサヒは扉を開けて部屋を出ていた。
出撃した4班はあり得ない戦力差での負傷に警戒していたが、あっさりハチを排除できたことで拍子抜けしていた。
「普通にやっつけれたな。なんだったんだ?」
帰還しながらヨルガが納得いかない様子で疑問を口にした。カムリがそれに反応する。
「不具合でもあったか。なんにしろ排除できたのだから帰って報告を待つだけだ」
冷静なリーダーの言葉にひとまず帰ることに集中する4人。そこにフユへの通信が入った。
「はい。……アサヒが?……はい。わかりました」
戸惑うフユにみんなが何事かと聞くと、「アサヒが警戒体制中に部屋の外に出たって」と返事が返ってくる。立て続けに起こる予想外の出来事に機械兵達は驚きっぱなしだ。それでも冷静さを保ってカムリがメンバーに帰還を促した。
「……とりあえず基地に戻ろう。全てそれからだ」
不穏な空気を纏いつつ、機械兵達は基地へと急ぐのだった。
その少し前。部屋を出たアサヒは困惑していた。
『どうしよう……。勢いで出てきたけど、規則違反だよな。すぐ戻らないと……』
自分でも理解できない焦燥に追い立てられて部屋を出てしまったが、見つかればどんな処分が言い渡されるかわかったものではない。
だが部屋に戻ろうと踵を返した瞬間、叫び声のようなものが聞こえてきた。
『……あの部屋から?』
すぐに戻らないといけないと頭ではわかっているのに、心の全てを絞り出すようなその声に気付けば部屋のそばまで行って聞き耳を立てていた。
「……私のせいであの子が!…イヤ!ウソよ!」
少女の声は腹を貫かれて落ちていった機械兵の名前を呼んでいる。おそらくコンビを組む整備士なのだろう。パートナーの負傷に取り乱しているようだった。
「スーツの整備に問題があったか調査中だ。終わるまでお前は隔離される」
別の声が聞こえると扉の方に誰かが来る気配があった。慌ててアサヒは曲がり角まで走り、隠れて様子を伺う。
「イヤ!離して!あの子に会わせて!」
大人2人に引き摺られて、アサヒがいるのとは反対の方角へ連れて行かれる少女。その声が聞こえなくなるまでアサヒは一歩も動けなかった。
「……今のは、なんだ?」
震えながら人の気配が無くなるまで身を隠し、急いで部屋へと戻る。するといない間に通信が入っていたようで、不在がバレたアサヒは部屋を出られないようにシステムでロックされてしまった。
フユが戻るまで待機するように指示され、途方に暮れて時が過ぎるのを待つしかなかった。
「なんで部屋を出たの?」
帰還するなりスーツのままで部屋に戻ってきたフユに問い詰められ、アサヒはどう答えたらいいかわからなかった。
「……ありえないことが起こって、フユが心配で……」
嘘ではなかった。本当にフユが出撃するのが不安で部屋を飛び出したのだ。でもその後のことを正直に話すことはできなかった。
「……でも、すぐに戻ったんだ。規則違反だって思い出して。バカなことしたってわかってる」
「……嘘だよね」
電気の走る瞳が心の中を見透かしてくる。さっき見たことがバレたかと冷や汗の流れるアサヒだが、フユが口にしたのは別の事だった。
「アサヒはあんまり俺のこと好きじゃないでしょ。優しいから俺が傷つくのとか心配してくれるけど、本当は機械の俺とは分かり合えないって思ってる」
冷静に、アサヒの消すことのできない感情を突いてくるフユ。そこには少しの寂しさがあるようだった。
「……ちょっと外の空気吸いに行こっか」
そう言うとフユは椅子に座るアサヒを立たせ、手を引いて屋上へと連れて行った。
どこまでも広がる空の下、並んで立つフユが何を考えているのかわからずアサヒは僅かに震えている。それは外気の寒さのせいだと手を強く握って誤魔化そうとすると、横から静かな声が響いた。
「綺麗だよねぇ。この街はハチの襲撃に備えて周りに何もないから、空が広く見える」
フユの言う通り、アサヒ達のいる街は周りに何もない荒野に存在している。街の人の生活圏に高い建物はないので軍の施設がまるで城のようにそびえ立ち、屋上からはどこまでも遠くを見渡せた。
「ハチの排除に行く時、ここから飛び立つ瞬間が俺好きなんだ。遮るものの何もない空間に飛び立つ感覚がとても自由で、気持ちがいい」
初めて聞く話だった。フユとパートナーになってから1年が立つが、思えばアサヒのことばかり聞いてくるフユに答えるばかりで、フユ自身のことなど何も聞いたことがなかった。
「俺達は常にバックアップを取られて死というものはないから、恐怖はない。ハチと戦う時だって、街を守れるアサヒを守れるって喜びしか感じないんだ」
「……そこまで喜ぶことじゃないだろ。俺達は危険を全てお前達に押し付けてるんだから」
機械兵達に抵抗を持ってしまうのは、その真っ直ぐな献身を素直に喜べないのは、都合よく扱うことへの罪悪感からだった。アサヒは薄っすら気づいていた感情を、この瞬間はっきりと理解した。
だが、フユはそれを飛び越えてくる。
「別にいいじゃない。俺達は壊れても直せるんだから。……でもアサヒはそうじゃない」
悲しそうに、とてもプログラムされた感情だとは思えない表情で、フユは言葉を紡いでいく。
「アサヒは壊れたら直せない。死んだら生き返らない。だから整備士は襲撃の時は部屋にいて、一番に守られるようになってるんだ。……だから自ら危険に飛び込んでいくようなことはしないで」
目の前にいるのは自分を守るように作られたただの機械だ。それはわかっているのに、アサヒにはその懇願が作り物だとは思えなくて。
気づくと心の中を全て吐き出していた。
「嫌なんだ。都合よくお前達を扱って戦わせることが。自分だけ安全な所にいることが。……さっき負傷した機械兵のパートナーが叫んでるのを聞いた。自分のせいだって泣いてた。俺もお前が腹を貫かれたら同じことを思う。今までだってスーツの破損はあったけど、その度にお前が壊れたんじゃなくて良かったって生きた心地がしなかった……」
機械兵に対する整備士の思いは複雑だ。戦わせるためだけの鉄の塊と割り切れれば楽なのに、常に一緒にいて笑いあうその存在は、人の心に失うことへの恐怖を植え付ける。
「なんで毎日こんなことが続くんだ。俺達は何と戦っているんだ。お前達は何のために作られ…」
「人を守るためだよ」
穏やかな、揺るぎない姿がそこにはあった。人であればどれほど立派な人物であっただろうと、人間の理想が詰め込まれた冷たい体はただ矛であることを望んでいた。
「俺達は人を守るために作られた。戦うことが存在理由だ。それが誇りで、喜びだ」
沈む夕日がフユの後ろに見えた。青からオレンジへ変わる鮮やかなグラデーションは、異質なもの同士を混ぜ合わせた美しさがあった。
「だからアサヒが悩まなくてもいいんだよ。俺はアサヒが守れればそれで幸せ。これがプログラムされた感情だとしても、俺が幸せならそれでいいでしょ」
へにゃっと笑う顔に、つくづく機械兵は整備士に合わせた人格を与えられているとアサヒは感じる。考えすぎて色々なものを拒否してしまう自分には、フユのような一途な性格が必要なのだろう。
「……次の休みはまた外に出るか。フユの好きなものを教えてくれ」
その言葉にフユの顔がパッと華やぐ。後ろにはご機嫌マックスに振られる尻尾が見えた。
「わかった!じゃあ、雑貨屋さん行こう!俺ガラス小物が好きなんだ」
「そういえば部屋にある小さな犬の置物よく眺めてるな」
「うん!あれは綺麗で可愛くて好き!」
自分も犬みたいなくせにと笑いそうになりながら、アサヒはフユと一緒に階段を降りていく。
先ほどまでよりは少し近い2人の距離を感じながら。




