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フユと2人で暮らすために与えられた部屋で、アサヒは昨日の戦闘データを解析していた。
集中してパソコンに向かう頭の上に冷たいアゴが乗ってくる。
「アサヒ〜。今日はお休みなんだから、どこか遊びに行こうよ〜」
フユが構ってほしくて甘えてきている。
街では退役した人達が余生を楽しめるように機械達がインフラを支え、あらゆる商店や遊び場、レストランなどを提供している。
アサヒ達はシフトで勤務時間を決められるので、休みの間は何をしてもいい。そのため街に遊びに出る者も少なくはなかった。
「昨日は6枚羽の排除に成功したから臨時ボーナス出たんでしょ?街で買い物して美味しい物食べようよ」
「フユは何も食べれないだろ」
「アサヒと店にいるだけで楽しいの。ほら。ずっと部屋にいたらカビが生えるよ」
機械兵達は整備士の性格に合わせてそれぞれ人格が作られている。そのため怖がりだったり遊び好きだったり甘えたがりだったり、どこか愛嬌のある者達が多い。
フユも例に漏れず、戦闘時や他の者の前では冷静だがアサヒに対しては飼い犬のように懐いていた。
「仕方ないなぁ。腹減ったし、何か食べに行くか」
可愛い愛犬のおねだりに折れたアサヒは作業の手を止めて外出の用意を始めるのだった。
軍の施設は街の南端にある。街との境はゲートで区切られており、そこからしばらく歩けば店の並ぶ通りへと出る。
通りの先には退役した者達の居住区があり、店との境にあるゲートの向こうには病院など必要な施設と家が立ち並んでいた。
「アサヒ。今日は何食べるんだ?」
「そうだな。久しぶりにハンバーグでも食べに行こうかな」
「じゃあレストランに行こう」
ウキウキと少し先を歩くフユを優しく見ながら、アサヒは通りの風景に目を向ける。
横を流れていく店は全て機械達が運営しているもので、人に近い形をしたもの、そうでないもの、様々な機械が入り混じり働いている。
街に住んでいるのは退役した者達だけなので、客は20代後半の大人ばかりだ。今は昼時なのでそこそこ人通りはあるが、みな1人で店を巡るかペットロボを連れているだけだった。
そんな中を歩いて目当ての店に着き注文を済ませると、隣の席の男性が話しかけてきた。
「おや。軍の子かい?昨日は珍しく6枚羽が来ていて大変だったね」
街にいるのは全員、元整備士なので軍の内情には明るい。だがあまり他の人間と関わろうとすることのない街で、突然知らない人に話しかけるという出来事にアサヒは戸惑いながら返事をした。
「……はい。でも臨時ボーナスが出たので」
「と言うことは、君達が6枚羽を排除したのかい?優秀だねぇ。その子が君のパートナー?」
そう言ってフユに視線を送る男性に、アサヒが返事をするより早く機械の唇が答えを発した。
「そうだよ。だから俺とアサヒの時間を邪魔しないでくれる?」
頬を膨らませ不満をあらわにするフユに気を悪くするでもなく、男性は笑いながら席を立った。
「ははは。そうだな。機械兵は整備士が第一だもんな。懐かしい」
どこか遠くを見るように男性は言葉をこぼすと「邪魔して悪かったね」と店を出て行った。フユはまだ機嫌悪そうにしている。
「変な人だったね。急に話しかけてくるなんて。話し相手が欲しいならペットロボを買えばいいのに」
「……ああ。そうだな」
この反応がこの街の常識だった。
幼い頃から機械に囲まれて全てを機械に教わって育ち、整備士として独り立ちしてからは自分を全て肯定してくれる機械のパートナーと過ごす。機械兵達は戦闘のために連携をとったり上への報告をしたりするが、整備士に求められることはパートナーの管理だけだ。同じ班の整備士であろうと言葉を交わすことはほとんどなく、ただパートナーと暮らす日々。それが終わると寂しさからペットロボを飼う者は大勢いるが今更人付き合いをしたいと考える者はなく、生活の全てを機械が支えてくれるので他人とコミュニケーションをとることなどなく人生を終えていくのだった。
「ほら。アサヒのハンバーグきたよ。早く食べよう」
配膳担当の機械が運んできた鉄板を受け取り、アサヒの前に置くフユ。本当に主人に仕える犬のように従順なこの機械は、嬉しそうに自分のことを見ている。
『でもそれはプログラムされた感情だろう?』
こんな考えをする自分が異端なことはアサヒも十分わかっている。周りの人達は自分に尽くすことを目的に作られた機械に囲まれて満足して暮らしている。それが幸せだと思っている。
でもアサヒには、自分に対して一切の否定を持たず全てを捧げてくるフユに違和感を消し去れなかった。なのにフユの献身にどこか嬉しいという感情を持ってしまうのが堪らなく不快だった。
『俺はどこかおかしいんだろうな。……でもフユといると、時々吐き気がするほど気持ち悪くなることがあるんだ』
目の前にはいつも同じ味が出てくるハンバーグ。隣にはアサヒがそれを口に運ぶのを今か今かと待ち侘びているパートナーがいる。
全て予定調和の景色の中で、アサヒはナイフを肉の塊に突き刺すのだった。
食事を終えてまだ街を楽しもうとするフユを連れ、アサヒは軍の施設へと帰ってきた。
すぐに自室に戻り解析の続きをしようと歩く足が廊下でふと立ち止まる。
「あれ?ヨルガ?」
フユが同じ班のヨルガを見つけて駆け寄っていった。声をかけられた方も足を止めてそれを待っている。
「何してるんだ?ハスミは一緒じゃないのか?」
「ハスミはいつも通り解析の虜。部屋にいても暇だからシュミレーターで遊んでたんだよ」
「相変わらずだな」
どうやらヨルガの整備士のハスミは仕事人間らしい。パートナーとコミュニケーションを取る必要性を感じないらしく、ヨルガはいつも暇そうにそこいらをさ迷い歩いているのだった。
『でもスーツのセットも忘れて遊び歩くのは機械兵としてどうなんだろう』
ヨルガの出撃がスーツの用意不足で遅れたことは、フユから聞いてアサヒも知っている。仕事人間のパートナーに対して、機械なのにちゃらんぽらんなヨルガの人格が当てがわれたのは何故なのだろうと疑問は尽きなかった。
「まあ俺がいたらハスミも集中できないだろうし、まだしばらくはどこかで時間潰すよ。じゃあな」
去っていく背の高い後ろ姿を見て、どんな扱いを受けても整備士第一な機械兵にやはり違和感を感じずにはいられないアサヒだった。
色々あったが部屋へと戻り、解析の続きをするためにデスクに向かうアサヒ。横でフユが楽しそうにパソコンの画面を眺めていると部屋にアラートが鳴り響いた。
『第4地区にハチが2体出現。4枚羽2体。4班はただちに出撃してください』
ハチの出現を知らせる放送は今日の待機班への出撃命令を下す。
「俺行ってくるね」
待機班でなくともハチの襲撃があれば機械兵は班のミーティングルームで待機となる。出撃している班が負傷した時のためだ。
同時に整備士も自室で戦闘の状況をみることが義務付けられている。これは自身のパートナーが出撃している時も同じだ。
「そんなに心配しなくていいのに」
待機とはいえフユが戦闘の用意をすることに、アサヒは不安が顔に出ていたのだろう。フユは困ったように笑った。
「今回は4枚羽2体だけだし、4班がすぐに排除して終わりだよ。じゃあ、警戒体制が解かれるまで部屋出ちゃダメだからね」
遊びにでもいくように部屋を出ていくフユに、ポツンと1人残されたアサヒ。複雑な表情でパソコンに向かうと戦闘状況を確認するための画面を立ち上げた。
9班に与えられた部屋にフユがついた時には、すでに他のメンバーが集まっていた。全員スーツを着て待機している。
「お。俺が最後だ」
「珍しいな。外にでも出てたのか?」
いつもは自分と1番を争うフユが遅かったことでカムリが不思議そうにしている。
「今日はアサヒが甘えん坊でね。ヨシヨシしてたら遅くなった」
「いや、ヨシヨシはしてねぇだろ。変な嘘つくなよ。アサヒが可哀想だろ」
勝手なところで勝手なイメージを作られると可哀想だとヨルガが訂正を入れている。
「でも甘えん坊だったのは本当だぜ。俺が出てくの不安そうに見つめてさ。可愛かった〜」
襲撃を受けてるとは思えないのんびりとした雰囲気のフユ。ヤトは「良かったね〜」とニコニコ話を聞いてあげているが、他の2人は無視してハチとの戦闘の映るモニターを見つめていた。
すると2人1組でハチを囲んでいた機械兵の1人がハチの攻撃で負傷し街へと落ちていく。
「はっ?4枚羽に2人がかりだぞ?」
あり得ない光景にヨルガが唖然としていると、カムリの通信機に上からの連絡が入る。
「ああ。わかった。うちが出る」
用件だけを端的に答え、カムリは班員達に向き直った。
「4班に欠員が出たため、今回の排除はうちが引き継ぐこととなった。すぐ出撃するぞ」
滅多にない非常事態に、だが機械兵達は冷静に屋上へと走った。




