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この街では雨の代わりに空からハチが降ってくる。
敵国との戦争の最前線であるこの地では、黒い羽根を持った影のような姿のハチが人を溶かす酸を恐怖と共に振り撒いていく。
理不尽な酸の雨に晒されて、今日も人はハチと戦い続ける。終わりの見えない戦争の中で。
『第3地区にハチが3体出現。4枚羽2体。6枚羽1体。9班はただちに出撃してください』
けたたましいアラートの鳴り響く中を慌ただしく人が走り回っている。白い壁の廊下を動き回るのはいずれも10代後半から20代前半の若者達だ。
その中を空のように鮮やかな水色の髪の青年が誰かを探して彷徨っている。すると人混みをかき分けて輝くような銀髪の少年が駆け寄ってきた。
「アサヒ!俺のスーツは⁉︎」
「ちょうど今整備が終わったとこ!ギリギリだったな」
「助かるよ。今回は6枚羽がいるからな。すぐ出撃しないと」
アサヒと呼ばれた少年から両手で抱えるほどの大きさのケースを受け取ると、銀髪の少年は元来た道を走っていく。
「スーツはいくらでも直してやるから、自分は壊すなよ!」
走り去る後ろ姿へと声をかけ、アサヒは別の方向へと走っていった。
銀髪の少年はピッタリとしたボディスーツに身を包み、両腕両脚と胴体に小さな機械をつけて屋上を目指している。その手には50センチほどの長さの銃を持っていた。
すると、少年より頭1つ分背の高い少年が後ろからやってきて横に並んだ。
「フユ!修理間に合ったんだな!」
「ヨルガ。ああ。何とかな。アサヒは優秀だ」
「パートナー自慢かよ。とにかく急ぐぞ。遅れたらアイツらがうるさい」
そのまま2人は階段を駆け上がり屋上につくと、体につけた機械で空へと飛び立った。
雲ひとつない真っ青な空に、黒い塊が浮かんでいる。昆虫の蜂によく似た姿のため『ハチ』と呼ばれるその物体は、大きさは個体によって1〜2メートルあり針から酸を撒き散らす。
突然飛んできて恐怖を振り撒くその怪物体に人々は地下へと逃げ、排除するために軍が結成された。それがフユ達のいる組織だ。
フユとヨルガがハチの近くまで飛んで行くと、すでに到着していたスーツ姿が2つ見えた。キツめの顔立ちをした少し歳上の女性から叱責が飛ぶ。
「遅い。50秒遅刻だ」
「カムリ!仕方ねぇだろ!俺もフユも前の襲撃でスーツ破損してたんだから!」
「お前のは2時間前に修理が終わってただろ。すぐに出撃できるようにセットしておけ」
「待機時間外なんだから少しくらい遊ばせろよ!」
ギャーギャーと文句を言うヨルガにカムリは付き合いきれないという感じでハチへと視線を戻す。
「フユ。スーツは問題なく動くな?」
「ああ。アサヒが修理が終わったと言ったんだ。何も問題ない」
「ならお前と私は6枚羽だ。ヨルガは西にいる4枚羽。ヤトは東の4枚羽を頼むぞ」
カムリの指示に騒いでいたヨルガも真剣な顔になる。ヤトと呼ばれた大人しそうな少女も「了解」と答えた。
「3体ともすでに酸の放出が始まっている。すぐに排除するぞ」
その言葉を合図に、4人は各々の目標へ向けて飛んでいった。
「お。今日は小ぶりのヤツじゃん」
機動力は4人の中で一番のヨルガが最初に目標と対峙した。かろうじて1メートルあるかという大きさのハチはヨルガに気づくと酸の放出をやめ、威嚇するように針をむけてきた。
「2回続けてスーツに傷つけたらハスミがキレるからな。とっととやっつけるか」
突き刺そうと襲いかかってくる針を軽くかわし、ヨルガは手に持った銃でハチの眉間に容赦なくレーザーを打ち込む。
ハチはそのまま地へと落ちていった。
「こちらヨルガ。4枚羽を1体撃ち落としました。確認お願いします」
耳につけた通信機に報告を入れると「さて。アイツらはどうかな」と仲間達がいる方向へと目を向けた。
一方、ヤトは震えながらハチの前にいた。
「ううう。怖い。早く帰りたい」
銃を構えもせず抱きしめるヤトには1ミリの戦意も無く、およそ戦場にいるとは思えない。だがハチにはそんなことは関係なく、鋭い針が光りながらその体目がけて飛んできた。
「……悪いことするあなたが悪いんだからね」
それだけ言うとヤトは突然銃を構えて細かくレーザーをハチに撃ち込む。針が胴体から分離し、胴体と羽には無数の穴が開き、頭に致命傷を受けたハチは力無く落ちていった。
「やっつけた?やった!シャナちゃんに褒めてもらえる!」
先ほどまでの憂鬱はどこにいったのか。ヤトはウキウキと戦果を報告して他のメンバーの様子を見に行った。
フユとカムリは他の2人が対峙した個体より1まわり大きなハチと対峙していた。羽の数も2枚多い。
「6枚羽のわりには小さい個体だったな」
「そうだな。フユは誘導を頼む。私が隙をついて頭部を狙撃する」
「了解」
ハチには羽の数が違う3種類がいて、4枚羽、6枚羽、8枚羽の順に大きく強い個体になっていく。出現するのはほとんどが4枚羽で、8枚羽は数年単位でしか目撃報告がない。
「ほら。こっちこいよ。遊んでやるぜ」
フユが挑発するように手のひらを動かすとハチがまるで怒ったように向かってくる。羽が増えるほど早くなる動きをギリギリでかわしてレーザーを撃ち込むが、羽を少し掠めただけだった。
「さすがアサヒ。修理ついでに調整もしてくれてる。前より動きやすい」
続けて放たれるレーザーをハチは軽々と避けていく。だがある一点に移動した瞬間、身震いするほどのプレッシャーに襲われた。
「最低3発。一気に決める」
フユのものより大型の銃を構えたカムリが立て続けに3発、レーザーを放った。光の軌跡はハチの両目と額を撃ち抜き、3体全ての排除が成功した。
無事ハチの排除に成功したフユ達は基地へと帰ってきた。屋上ではアサヒを含む整備士4人が成功の報告を聞いて待っていた。
「シャナちゃん!」
整備士の中にギャルのような派手な少女を見つけてヤトが抱きつく。
「ヤト〜。今日も完璧だったぞ。さすが私のヤト!」
シャナと呼ばれた少女はヤトを抱っこしてグルグルまわっている。小柄なヤトと背の高いシャナはまるで大人と小さい子供のようだ。
隣ではヨルガが不機嫌な顔の少年にスーツをチェックされていた。
「今回はスーツを壊さなかったみたいだね」
「ハスミ……そう毎回壊すほど鈍臭くねぇよ」
「動きは?旋回時の数値を少しいじっておいたけど?」
「回り過ぎなくてやりやすかったよ」
「そう。ご苦労さま」
タブレットに数値を入力しながらハスミはヨルガを置いて建物内へ戻っていく。あくまでも素っ気ない態度なのに「ご苦労」の一言で上機嫌になってヨルガは後についていった。
それに続いてカムリは眼鏡をかけた優しそうな女性の報告を受けながら階段を降りていく。
「3体のハチは現在回収作業中よ。回収と清掃が終わり次第、街の人の地下への避難が解かれるわ」
「ありがとう、サイ。私はこのまま上への報告に向かう」
「じゃあ私は今回の出撃データを分析しておくわね」
「ああ、頼んだよ」
冷静に出撃後の業務をこなす2人から遅れること数段。フユはアサヒの隣で飼い犬のように尻尾を振りながらお褒めの言葉を待っていた。
「フユ。どこも怪我してないな。6枚羽相手だから心配したぞ」
「アサヒがスーツの微調整までしっかり済ませてくれてたから何も問題なかったよ」
「整備士の仕事だからな。お前が無事帰って来れるなら何だってするよ」
「アサヒは優しいね。俺は壊れてもデータのバックアップさえあれば大丈夫なのに」
嬉しそうに笑う緑の瞳の中で電気が走る。
「俺達は機械なんだからさ」
機械による代理戦争。
戦争の形が変わったのはいつだったか。あまりにも時が経ち過ぎて、もう人は忘れてしまった。
ただ敵からは毎日のように殺戮のための機械が送り込まれ、それを機械兵が排除していく。
それが日常となり、この街では子供は1つの施設に集められ整備士として育てられるようになった。15歳になるとパートナーの機械兵が与えられ、軍に配属される。
機械兵はどれだけ破壊されても修理して何度でも戦える。兵役は10年続き、整備士は25歳になると退役して街へと下りて5年ほどの余生を自由に暮らすのが決まりだ。退役時にパートナーの機械兵は新たな整備士が決まるまで軍の保管庫に行くことになる。
なぜこの街の者にだけそんな義務があるのか。他の街はどうなっているのか。この戦争はなんなのか。
毎日襲撃を受けるこの街では、そんなことに疑問を持つ者はいなかった。




