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フユの古い記憶データの中で、少年が笑っている。銃の調整に失敗して文句をいうフユに返ってくるのは明るい声だ。
「やっぱり前の設定に戻したほうがいいって」
「う〜ん。フユには少しだけスピード重視に寄せた方がいいと思うんだけどな」
「でもこれで10回目だよ」
「いいじゃん。試射なんだから何回失敗しても」
楽しそうに数値をいじる少年にフユは口を尖らせる。それでも少年は満面の笑みを向けてきた。
「まだ結果はわからないだろ」
そう言われては何も言えなくなって。フユは悔しそうに少年の名前を読んだ。
「ユキはほんと諦めないよね」
上との面会を終えて廊下を歩きながら、古い記憶にフユは囚われている。それを頭から追い出してアサヒの待つ部屋の扉を開いた。
「ごめんね。待たせて。上の話が長くてさ」
いつも通りに明るく話すが、アサヒは僅かな違和感を感じとった。
「こないだの見学、やっぱり良くはなかったのか?」
フユはハチの整備拠点の見学について報告に行っていたのだが、妙に報告に時間がかかったことや帰りに牛の群れを見た時の反応など、アサヒには気になることがたくさんあった。
「いやいや。見学は問題ないよ。初めて人が入ったから、どうだったかの報告に時間がかかっただけ」
「じゃあ、何が問題だったんだ?」
ズイッと迫るアサヒになおもフユはごまかそうとする。その態度にアサヒが強硬手段にでた。
「ワタアメ!」
「ワン!」
「えっ⁉︎」
ワタアメがフユに襲いかかる。勢いよく犬タックルを入れると倒れたフユの腹に乗って勝利のポーズをきめた。
「ちょ、ワタアメにこんな機能ないよね」
「俺が追加した。護衛だからな」
フンッと勝利に気をよくしたアサヒはフユの顔を覗き込んだ。
「何を隠してるんだ?俺には何でも教えてくれるんじゃないのか?」
真実を知った直後の儚さはどこに行ったのか。むしろ頼もしさが出てきたパートナーにフユはお手上げ状態だ。
「わかった。話すよ。……でもとりあえずワタアメを退かせてくれない?」
情けなく自分の上のフワフワを見るフユにアサヒは笑いをこぼすと、優しくワタアメを抱き上げた。
「……生き延びた人がいるかもしれない?」
ベッドで横並びに座り、フユが上に報告した内容を聞いたアサヒはまさかの中身に言葉を失っていた。
「わからないけどね。そもそも俺達が把握してるのは世界の一部だから、人が生きてる可能性はあるにはあったんだけど。ただあれだけの破壊と汚染に晒された中で生きてるとは考えられなくて……でもこないだの牛の傷は人の手によるものの可能性がある。だから上に報告に行ってたんだ」
牛の傷を見た時のフユの反応を思い出してアサヒは少し沈黙する。
「……もし、生き延びた人がいるとしたらどうなるんだ?」
「そうだね。実際にはあの戦争で生き延びた人はもう亡くなってるだろうから、今いるのはその人達の子孫ということになる。その人達がどんな環境で育って機械についてどんな考えを持ってるのかはわからないけど、俺達はその人達に従うことしかできない。人のために尽くせと言われれば尽くすし、滅びろと言われれば滅びる」
ワタアメを抱きしめるアサヒの腕の力が強くなる。それを見てフユは優しく微笑んだ。
「でもアサヒ達のことは絶対守るからね。コピーだと排除されることのないよう、共存の方法を考えないと」
自分達が滅びるかもしれないのに整備士達の心配をするフユに、アサヒは胸が苦しくなる。
「……俺だってフユを助けたい」
真っ直ぐに、自分に向けられる瞳にフユは覚えがあった。
『いつか……お前達を守れる存在が現れることを祈ってるよ』
「………なんで?アサヒはユキじゃないのに……」
「フユ?」
初めて見る戸惑いをあらわにするフユに、アサヒは心配そうに顔を覗き込んだ。
「ユキって名前は、アサヒの元になった人の名前なんだ。人が滅んだ時に俺のパートナーだった整備士の」
アサヒが驚きで目を見開く。だが決してフユから目を離さなかった。
「たぶん……ユキは人が滅んだことに気づいてた。気づいて、知らないふりをしてくれてた。……最期は、俺だけを遺すことに『ごめん』って謝ってた」
300年も前のことをまるで昨日のことのように話すフユ。でもその機械の体の中には確実に大切な人を失った時間が降り積もっている。
「ユキは……他には何か言ってなかったか?」
ユキと同じ顔で、でもユキとは違う人と、ユキの話をする。自分が作ったこの状況にフユは戸惑いばかりが浮かぶ。
「……ありがとうって……守ってくれてって……」
「俺も同じだ」
戸惑いから救い上げるように。アサヒは真っ直ぐフユを見て微笑む。
「真実を知って、お前達がどれだけ俺達を守ってくれてたのかを知った。だから、今度は俺の番だ」
そこまで言って、アサヒはふとある考えが頭に浮かんだ。
「そうか……これだ……俺が遺せるものは……」
見たことのない輝きがアサヒの瞳に灯る。それはユキが夜空の下で見せたものによく似ていた。
翌日。基地内の普段の行動範囲から離れた場所でエレベーターに乗ったアサヒは、上に向かう重力に耐えるようにしっかりと両脚で立っていた。
『この先にまとめ役をしてる機械達がいるのか』
真実を知ってどうしたいのか。
その結論を出したアサヒはフユに上と話をさせて欲しいと頼んだ。最初は反対の色濃かったフユだが、アサヒの熱意におされて最後は首を縦に振ってくれた。
今はワタアメと一緒に部屋で待機している。
キンッ
高い金属音が響いてエレベーターの扉が開く。緊張しながら箱の外に出るアサヒに美しい声がかけられた。
『よくお越しくださいました。奥へとお進みください』
声変わり前の少年のような、歳を重ねて落ち着きを手に入れたい女性のような、年齢も性別も感じさせない美しい声がアサヒを誘う。
その声に誘われて奥に進むと、椅子に座る人影が見えた。
「……お前がみんなが上って呼んでる機械?」
椅子に座るのはマネキンのような人型の機械だった。やはり性別はわからず、長い髪にローブのようなものを着ている。
『それは人と会う時に話しやすいように置いている人形です。私達の本体は後ろにいます』
椅子の後ろは薄暗くなっていて、どれだけのスペースがあるのかもよくわからない。ただその暗闇の中でチカチカと色々な光が点滅していた。
「じゃあ、せっかくだから人形に向けて話をさせてもらうな。率直に聞く。外に生きてる人がいる確率はどれくらいだ?」
『一千万分の1です』
さすがは機械だ。質問に的確に澱みなく答えてくる。
「生きてる人と接触した場合、ここはどうなる?」
『全て人の意思に従います。それが我々の役目です』
返ってきたのはフユと同じ答えだ。ただ違うのは、感情のない目の前の機械はアサヒ達のことを計算に入れない。
「人がお前達の滅亡を望まないように、俺はあることがしたいんだ」
『それは何でしょう?』
アサヒは言葉を止めて心を落ち着かせようと息を吸う。そして静かな、だがはっきりした声で望みを口にした。
「手記を遺したい」
機械でも予想外だったのか、空間が沈黙に支配される。だがすぐに計算し直した答えが返ってきた。
『それがどうして私達の滅亡を避ける手段になるのですか?』
「お前達、機械がどれだけ俺達のことを大切にしてくれたかを、俺の言葉で伝えたいんだ。人である俺の言葉で」
『コピーであるあなたの言葉など人は聞かないかもしれませんよ?』
「そうかもしれない。……でも俺はここで色んなことを感じた。喜びも苦しみも愛しさも。それを伝えることは、誰かの心を動かすかもしれないだろ」
再び沈黙が訪れる。しばらくした後に結論が出された。
『手記を遺すことを認めましょう。必要なものがあれば用意します』
「!ありがとう!」
『私達は人の望みを断ることはできません。命令したほうが話が早いですよ』
機械からしたらアドバイスのつもりだったのだろうが、アサヒは困ったような笑いを浮かべた。
「それじゃあ意味ないんだよ。お前達を守ることにならない」
そのままアサヒは「何か必要になったらフユに頼むな」と言ってエレベーターへと乗り込む。あとは静かな空間が残るばかりだった。




