13
ハチの拠点目指してアサヒを含む4人は再びトラックに揺られている。だが今度は軽トラタイプで後ろがあいているので、荷台に乗る4人は外を見ながら移動することができている。
……のだが、ハスミはやはり不機嫌だ。
「……細かい何かがいっぱい当たって気持ち悪い」
「砂だよ!ほら!ちゃんとマントかぶって!」
荒野を進む車は砂埃の中を走るため、アサヒとハスミはマントで包まれ顔もメガネとマスクで覆われている。
自分のことに無頓着なハスミをヨルガが甲斐甲斐しく世話をしている横で、フユもアサヒをしっかりマントにくるんでいた。
「ハチの拠点は遠いからね。今日はあっちで泊まることになるけど、ワタアメがいれば大丈夫かな?」
しっかりマントの中でアサヒに抱きしめられているワタアメがワン!と鳴く。そうやって4人と1匹はハチの整備拠点目指して移動していった。
目的地に着いたアサヒは建物の中に広がる光景に言葉を失っていた。
「これ……全部ハチなのか……?」
端が見えないほど広い空間にハチがズラリと並んでいる。その周りを様々な機械が動いて整備したり修理したりしていた。
「ハチは色々な場所への調査にも使われるからね。ハチのおかげでだいぶ把握できる範囲が広がってるんだよ」
「はあ〜。そうだったのか」
口を開けたまま、ただただハチの群れを眺めるアサヒの隣でハスミが今にも突撃しそうになっている。
「これだけいるんだから1体くらい解体しても」
「ダメ!絶対ダメ!整備を見るだけ!」
必死に止めるヨルガにやっと正気に戻ったアサヒは、「ほら。あっちで動力部の整備してるぞ」とうまくハスミを誘導していった。
「助かるよ〜。もうアサヒ様って呼んじゃう」
「真実を隠すために人同士の接触は持たせてあげれないけど、ほんとは友達がいるほうが人は幸せなのかもしれないな」
まるで親のような眼差しの先には、ハスミと楽しそうに会話するアサヒがいる。その光景に僅かな罪悪感を感じるのを、フユは見なかったことにした。
その夜は拠点内の適当な場所で寝ることとなった。持ってきていた毛布にくるまり、ハスミは意外にもすぐに眠りに落ちた。
アサヒは何となく落ち着かなくてワタアメを抱いたままぼんやりと天井を眺めている。
「寝れない?」
フユがそっと額を撫でて顔を覗き込んでくる。ゆっくり頷くと「少し外に出ようか」と連れ出された。
「……凄い……」
建物から1歩でると、そこに広がるのは満点の星空だった。
夜は消灯時間には寝てしまうので、アサヒは夜空など見たことがない。目の前の光景がいつも見ている空と同じものだとはとても信じられなかった。
「綺麗だよねぇ。昔の人は星の並びを色々なものに例えて覚えたりしてたんだよ」
夜空を見ることのないアサヒ達に星座という概念はない。そうやって脈々と人が築いてきた知恵を、思いを、封じてしまっていることはフユにとってとても心苦しいものだった。
「ハスミと話すの、楽しい?」
困ったような笑いを浮かべて、フユはアサヒの顔を覗き込む。何かを測るように。
「楽しい、かな。いや、どちらかと言うと好き勝手してるのを見て面白い、かも」
戸惑いがちに話される言葉に人の心を見る。否定も意見をぶつけることもできない自分達とは築けない関係を。
「真実を隠さずに人同士が自由に関わり合える。本当はそれが理想なのはわかってるんだ」
雄大な自然を前に、そこからはみ出して生まれてきた存在である機械達の本音が漏れ出た。
「でも人同士が交流すれば、必ず軋轢が生まれる。それが大きくなって戦争になって……人は滅んだ」
フユの講義で歴史も学んだアサヒにはその考えが理解できた。人の歴史はずっと争いに溢れている。
「……そうだな。俺が知ってるだけでも人の考えはそれぞれだしな」
ハスミの自由さも、シャナの頼られることへの満足感も、セイの完璧への執着も、アサヒの中には無いものだ。それをぶつけ合うことで生まれるのは良いものばかりではない。
「お前達が俺達を守ってくれてるのは間違いない……そう、俺は思う」
優しく、力を抜くような笑顔をアサヒが見せた時、フユにまた昔の記憶が蘇る。大好きだった笑顔の記憶が。
アサヒによく似た少年が星空の下に立っている。そこは軍の基地の屋上で、夜遅くに星を見たいと自室を抜け出した少年にフユは文句を言っていた。
「勝手にこんなトコ来て。怒られるよ」
「そしたらフユが守ってくれるだろ」
ニコッと無邪気に笑う少年は楽しそうに手を空へ向けて広げる。そのままクルクルと踊るように回りだした。
「俺は空を見てる時間が一番幸せだな。朝の眩しい光も、昼の澄み渡る色も、夕焼けの少し切なくなる空気も、夜の静かな輝きも」
「こないだは犬の動画見てる時が一番幸せって言ってたじゃん」
「それは別腹」
あははと楽しそうに笑いながら少年は動きを止める。フユのほうを向くと、その笑みは静かで深いものへと変わった。
「フユ……守ってくれてありがとう」
何から、とは言わず、少年はただ感謝を伝えた。
「いつか……お前達を守る存在が現れることを祈ってるよ。……俺じゃなくて残念だけど」
その時、少年には何が見えていたのか。
フユには今もわからないままだ。
「フユ?」
急に動きの止まったフユを心配してアサヒが声をかける。その声で昔の記憶から戻ったフユは驚いた顔をしていた。
「どうした?どこか調子悪いのか?」
「……いや、何でもないよ。星が綺麗だなぁって思ってただけ。冷えてきたしそろそろ戻ろうか」
アサヒの手を引いて建物へと戻っていくフユは、先ほど思い出した記憶をデータの一番奥へと仕舞い込んだ。
ハチの拠点の見学は翌日の昼には終わり、アサヒ達は再びトラックに揺られて基地へと向かっていた。ハスミはもっと見学したかったらしく、文句を言っているのをヨルガが宥めている。
すると、少し離れたところに数頭の牛が見えた。
「アサヒ!あれが牛だよ!」
「……ほんとにいるんだ」
初めて見る牛に驚きの目を向けるアサヒに、フユが小型のドローンを出してきた。
「こんなとこにいるなんて珍しい。せっかくの機会だし、近くまで飛ばして映像を見てみようか」
ドローンを牛の近くまで飛ばし、カメラの映像をタブレットで見る4人。初めての経験に心を弾ませているアサヒの隣でフユが訝しむ声をあげた。
「あれ?なんだろう、このキズ」
1頭の牛が足の近くに怪我をしている。すでに治っているようだが自然についたにしては随分と鋭く、刃物でつけたように見える。
「フユ?何か変なのか?」
アサヒは傷の違和感に気づかない。フユは「何でもないよ」とごまかしてしばらく牛を観察したあと、ドローンを戻して基地へと帰還した。
数日後。アサヒはココの元を訪れていた。
「いらっしゃい。ワタアメも護衛ご苦労様」
アサヒに抱かれたワタアメを優しく撫でると、ワン!といつもの元気な声が上がった。
そのままリビングへと移動したアサヒは客人用のソファが2つ増えていることに驚いた。
「わざわざ用意したんですか?」
「ん?ああ。レイとも話をする機会が増えたからね。座って話した方が落ち着くだろ」
「そう言えば今日はレイさんはいないんですね」
「今日は病院の日。俺達も余命が見えてくる年齢だからね」
ココ達は年齢的にはあと2〜3年で寿命を迎える。整備士は機械達の徹底した管理により余程でなければ寿命以外で死ぬことはない。しかも関わるのは死のない機械達だけなので、普段は死というものを意識することが無かった。
「……怖いですか?やっぱり、死ぬのは」
ギュッとワタアメを抱きしめて心細そうに質問するアサヒにココは優しく微笑む。ソファに座らせると真っ直ぐ目を見て答えてくれた。
「怖くない、と言えば嘘になるかもしれないけど、どこか解放される気持ちもあるかな。寂しさや悩みから」
ほとんど物のない部屋がそれを表している気がした。ここを棺桶だと言った言葉をアサヒは思い出す。
「ずっと考えてるんです。真実を知って俺はどうしたらいいのかなって。フユと一緒にいるって決めたけど、いつか俺は死んでしまう。その時にフユに何か遺してやれないのかなって」
ワタアメを撫でながら、アサヒは色々な拠点に行ったことなどを話す。ポツリポツリと溢れる思いを静かに聞くココは、どこか幸せそうな顔をしていた。
「すみません。俺ばかり話してしまって」
「構わないよ。そのために来てるんだ。それに……俺はパートナーと別れてもう死を待つだけだと思ってたんだ。でも君が現れてくれた。君の話を聞くのが俺は楽しみになってるんだよ」
ぽっかり空いてしまった時間に現れた未来に、ココは僅かな救いをもらった。その先に待つのが明るい世界ならいいと、祈る気持ちをもらった。
「たくさん知って、話して、考えなさい。そうすれば必ず答えが見つかる」
心が触れ合えばお互いが変わる。アサヒは少しだけ、人と人の関係に光を見た気がした。




