15
「ちょちょちょちょちょ!速い!速いって!フユ!」
基地の近くからスーツを着たフユが飛び立つ。その両腕にはアサヒが抱かれており、落ちないようにロープで固定されていた。
「こんなのいつもの3分の1も速度出てないよ。全然体験にならないじゃん」
「これでも十分怖いって!こんな高さ経験したことないし!」
手記の作成を認められてから、アサヒは以前にも増して色々なことを知りたがるようになった。今は機械兵達が飛んでいる時はどんな感覚なのだろうとフユに連れ出してもらっているのだ。
震えて抱きついてくるアサヒにフユは楽しそうに笑っている。それを屋上にいるヨルガが羨ましそうに見ていた。
「ハスミ!ほら!俺達ももっかい行こう!楽しそうだぜ!」
「……もうヤダ」
青い顔をしたハスミがワタアメを抱きしめて座り込んでいる。この2人も面白そうだと空を飛ぶ体験に参加したのだが、飛び立ってすぐにハスミが酔ってしまったため敢えなく中止となったのだ。
残念そうに笑うヨルガの視線の先では、まだアサヒが震えていた。
「さすがにこれくらいにしとこうか?」
「いや。まだだ。もうちょっと頑張れば慣れてくるかもしれない」
情けなく震えているくせに止めようとはしないアサヒに、フユは困ったように笑う。
「アサヒもほんと諦めないよね」
上との話し合いに行く時、アサヒは何を提案するつもりなのかフユに話していなかった。無事に許可が出たことでやっと手記のことを伝えたのだが、フユには戸惑いの方が大きいようだった。
「それは……いいの?アサヒは俺達のために人生を使ってしまって」
「お前達のためじゃない。俺のためだ。俺が納得して生きるためだ」
そこにあるのは覚悟を決めた人の姿だった。フユの中でまたアサヒにユキが重なる。
「……アサヒが望むなら俺は協力するだけだよ」
そう答える顔はとても幸せそうだった。
ハスミにも手記の話をすると、意外にも協力したいという返事が返ってきた。
「ヨルガがいなくなったら困る。誰が俺の世話するの?」
「……ハスミ……」
涙を流す機能があればきっと泣いていただろうと思えるほどに感動しているヨルガ。だがどう考えてもハスミは己の利益のためだけに動いている。アサヒは微妙な表情だ。
「ま、まあハスミは今まで通り好きに過ごしてくれたらいい。何かしたりどこかに行く時は俺も同行して、俺が感じたことを記録として残していくだけだから」
「じゃあ今度はリサイクル拠点に行きたい」
リサイクル拠点とは、かつて人が使っていた物を集めて再び使える形にしている所だ。アサヒが持っているガラスの置物やシャナが買っていた可愛いアクセサリーなどもそこで再生されたものだ。
いつだってやりたいことがハッキリしているハスミに、アサヒは自分だけではここまで能動的に動けなかったと感謝の気持ちが湧いてくる。
「いいな。行こう。色んなとこに。……機械達が俺達のために作ってくれた世界を知ろう」
きっと手記にはガラスの置物のことも記されるのだろう。フユとの大切な思い出として。
手記には色々な人の話をのせたいと、アサヒはココとレイにも話を聞きに来ていた。
「まさか生き延びた人がいるかもしれないなんてね」
「まあ、それを抜きにしても手記を遺すのはいいんじゃない。あなたのパートナーのためにも」
病院に行ったと聞いていたので心配していたが、レイはいつもと変わりなくアサヒを迎えてくれた。コピー達は寿命が短くはあるが、生きている間は老いに悩まされることもなく元気に動き続けられるらしい。そのための検査に行っていただけとのことだった。
「お2人のパートナーのことも聞きたいなって思って。どんな機械だったのか。どんな関係だったのか」
もう別れてしまっているから話すことを嫌がるかともアサヒは考えたが、意外にも2人とも懐かしがるようにパートナーのとこを聞かせてくれた。
「俺のパートナーはとにかく明るくてね。俺が心配性だったからパートナーとしてとてもバランスが良かったかな。でも少しおっちょこちょいだったな」
機械なのに?と笑ってしまいそうになりながら、アサヒはフユに少し似てるかもと温かい気持ちになる。ココの話にレイは苦笑しながら自身のパートナーのことを話してくれた。
「そのせいで私まで真実を知ることになったんじゃない。まあ結果良かったとは思うけどね。うちの子は責任感が強かったから、その重さを少しは軽くできたと思えたもの」
まるで人同士の関係のように。そこにあるのは愛しさだ。それは関われるものの限られた中で、短い時間で、2人で積み上げた尊いものだった。
「俺も最後の5年はフユと離れて過ごすことになるかもしれないけど、それでもいいと思えるように、納得できるように考えていきます」
すでに過ぎ去った人から、今まさに立ち向かっている人へ。温かな眼差しは未来を見ていた。
それからアサヒは忙しい日々を過ごした。
空中散歩など様々な体験を積み重ねるのに並行して、手記をどうゆう形にするか、映像で残すのか文だけにするのかについても考えていた。だが、その点についてはフユが珍しく希望を出してきた。
「映像でも残してほしい?」
話す姿を残すのも一つの手かと検討はしていたが、まさかフユから望まれるとは思わずアサヒは驚いている。
「うん。……アサヒの姿をいつでも見れるようにしたいから」
記憶データがあるんだからいつでもアサヒの姿など思い出せるだろうに。フユはアサヒが自ら記録した映像を見たいと望んだ。
「いいよ。映像を残すことは考えてたし。やっぱり自分で話してる映像は説得力があるだろうしな」
すんなり受け入れてくれるアサヒに、フユはこの案が通らなくても話そうと思っていたことを口にした。
「……俺は、アサヒが望んでくれたら死ぬまで一緒にいたい」
「……え?」
てっきり最後の5年は離れて過ごすと思っていたアサヒはまさかの提案に言葉を失っている。
「嫌?」
不安そうに聞いてくるフユに戸惑いながらもアサヒはその気持ちを聞こうとする。
「イヤ……じゃないけど、フユが辛くないか?俺が死ぬところを見るのは」
「辛い……と思う。きっと。でも離れた方がもっと辛い。アサヒはこんなにも俺の事を考えてくれたのに、1人で死なせたって」
それはフユなりの感謝だったのだろう。
フユの気持ちにアサヒが手記を遺す事で返し、またフユが感謝を返す。そのやりとりはとても温かくて幸せなものだった。
「……悪態つくかもしれないぜ。死ぬ時なんて想像つかないし」
「それも覚えとくよ。俺達機械は、忘れることはないから」
まるでイタズラをしてそれを2人だけの秘密にする子供のように。クスリと笑いあって2人は約束を交わした。
それから20年が経った。
ある夜。フユはワタアメを連れて屋上から夜空を眺めていた。
その後ろ姿にヨルガが声をかける。
「やっぱりここにいた」
建物に繋がる扉から出てきたヨルガは、フユの手に握られたタブレットを見て苦笑する。
「またアサヒの手記見てたの?記憶データがあるんだからわざわざタブレット使わなくていいのに」
ワタアメを抱き上げて隣に並ぶヨルガにフユは口を尖らせる。
「わざわざ端末で見るからいいんじゃないか。アサヒが俺に遺してくれた愛なんだから」
「はいはい。お熱いことで」
相変わらず苦笑を浮かべるヨルガに不服そうにしながらも、フユはその笑顔がどこか上機嫌なことに気づいた。
「コピー、うまくいきそうなのか?」
「ああ。今、人工子宮を見てきた。卵のハスミがいたよ」
「そうか。お前は次に進むんだな」
「約束だからな。次のハスミも好きにさせるって」
ニカッと笑うヨルガに「ハスミらしいな」とフユもつられて笑う。
フユの話を聞いたヨルガは、自分もハスミの最期に付き合う覚悟を決めた。だが、よりにもよってハスミが最期に遺した言葉は「次の俺も好きに研究させろ」だった。
「次のハスミが真実に気づいた時用にデータを全部残してったからね。なんだかあの子も真実に辿り着いちゃいそうだなぁ」
「そん時は誰も巻き込むなよ」
再び不服そうな顔になるフユにヨルガは少しだけイタズラな笑みを浮かべる。
「でも結果は良かったでしょ」
図星だったのかフユは一瞬言葉を失って、記憶を懐かしむように空を見上げた。
「アサヒに最期、『ありがとう』って言われるとは思わなかった。幸せだったって。きっと俺はユキに謝らせたことがずっと忘れられなかったんだな。……アサヒがその後悔から救ってくれた」
「不思議だねぇ。俺達の感情はただのデータの集合体のはずなのに、人のたった一言でこんなにもあっちこっち揺れるなんて」
満足そうにヨルガも空を見上げる。
輝く星に感じる美しさは人と同じなのだろうかと考えながら。
「やっぱりコピーはもう作れない?」
「そうだな。アサヒが俺に役割をくれたから。アサヒが遺してくれた手記を守って、いつか生き残った人が現れた時にその思いを伝えられるように。……俺はそれで十分だよ」
幸せそうな顔しちゃってと悪態をつくヨルガに、星のように輝く笑顔をフユは見せるのだった。
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