第三話
中年の男は周囲を鋭く見回している。
腰には使い込まれた長剣。
無精髭混じりの顔には幾つもの古傷が走っていた。
対して、赤髪の少女は首を傾げる。
「え、でもただの洞窟じゃない?」
「だからおかしいんだよ」
男は低く呟くと、アルトへ視線を向けた。
「坊主。ここで何してる」
鋭く、値踏みするような目。
アルトは内心で警戒を強める。
――コアを見られるな。それだけは絶対条件だ。
「……山で薬草を探してたんです。雨が降りそうだったので避難してました」
とっさにそれっぽい理由を口にする。
男は黙ったまま洞窟の奥を見る。
その視線の先には当然、ダンジョンコア。
……まずい。
アルトは半歩だけ身体をずらした。
奥への視線を遮るように。
「ふぅん?」
赤髪の少女がじーっと顔を覗き込んでくる。
「君、冒険者?」
「違います」
「へえ。なのに全然怯えてないね」
「……?」
「普通、こんな山の洞窟で武器持った冒険者に会ったらもっと警戒するから」
しまった。
ゲーム時代の癖だ。
武装相手への耐性が普通の人間より高い。
「まあ、腰は引けてるけどね」
少女はけらけら笑う。
助かった。
誤魔化せたらしい。
「リズ、あんまり絡むな」
「はいはい」
男は再び周囲を確認すると、洞窟の壁へ手を触れた。
「妙に魔力が集まってやがる……。最近できた魔力溜まりか?」
アルトの背中に冷たい汗が流れる。
ダンジョンコアの影響か。
まだ形成されたばかりとはいえ、熟練の冒険者には異常が分かるらしい。
「……危険なんですか?」
自然に聞き返す。
「場合によるな。放っとけば魔物が住み着くこともある。
最悪、そのままダンジョン化する」
その最悪が目の前です。
とは言えない。
「まあ、今のところ浅いし、魔物の気配もねえ。
低級スライムが一匹いる程度だ」
「ぷる」
アルトの足元でスライムが震える。
「あ、かわいい」
「いや待て嬢ちゃん。なんで懐いてる?」
男の目が細くなる。
アルトは即座にしゃがみ込んだ。
「さっき拾ったんです」
「拾うなそんなもん」
「害はなさそうだったので……」
「ぷる!」
スライムがぴょこぴょこ跳ねる。
男は頭を掻いた。
「……まあ、低級スライムなら子供でも倒せるが」
「でしょ?」
アルトは平静を装う。
内心ではかなり危なかった。
もしコアへ近付かれていたら終わっていた。
「君、名前は?」
赤髪の少女が聞いてくる。
「アルトです」
「私はリズ。こっちはガルド」
「……よろしく」
ガルドは短く返した。
愛想は悪いが、警戒しているだけだろう。
「アルトって、この辺の人?」
「旅の途中です」
「一人で?」
「……まあ」
嘘は言っていない。
実際、行く当てもない旅人みたいなものだ。
「ならちょうどいいじゃん」
リズが笑った。
「私たち今から街に戻るんだけど、一緒に来る?」
「リズ」
「だってこんな山で野宿とか死ぬって」
図星だった。
食料も地図も、この世界の貨幣すら持っていない。
街へ行く理由はいくらでもある。
問題は――。
アルトは一瞬だけコアへ視線を向けた。
離れて大丈夫か?
すると、脳内へ黒い文字が浮かぶ。
【ダンジョンコアから一定距離以上離れた場合、自動帰還が可能です】
……便利だな。
だが、それなら尚更、今のうちに情報収集を優先した方がいい。
「お世話になっても?」
「もちろん!」
リズは軽い。
一方でガルドはまだ疑うような目を向けていた。
「坊主」
「はい?」
「この辺りは最近、妙に魔物が活性化してる。街道から外れすぎるなよ」
「覚えておきます」
「あと――」
ガルドの視線がアルトへ刺さる。
「変な連中に関わるな。最近、各地で妙な噂が増えてる」
「妙な噂?」
「勇者だの、神託だの……。きな臭ぇ話ばっかりだ」
アルトの心臓が僅かに跳ねた。
もう始まっているのか。
二十年後。
神の代理戦争。
その火種が。
「……まあ俺らには関係ねぇがな」
ガルドはそう締めくくる。
だがアルトだけは理解していた。
関係ないどころではない。
自分はその渦中へ放り込まれた存在なのだから。
「行こっか、アルト」
リズが洞窟の外へ向かう。
アルトは最後に一度だけ振り返った。
薄暗い洞窟の最奥。
赤黒く脈動する巨大結晶。
――待ってろ。
必ず、生き残る。
そのための力を手に入れてみせる。
そしてアルトは、初めて人間の街へ向かって歩き出した。




