第二話
洞窟の中は、思っていたより浅かった。
入口から数十歩。
暗がりにうっすら苔むした岩肌を抜けた先で、通路は行き止まりになっている。
「……狭いな」
仮にもダンジョンマスターの拠点。
もっとこう、巨大な地下迷宮のようなものを想像していた。
本当に一から作れという事なのだろう。
だが。
最奥に存在するそれを見た瞬間、そんな感想は吹き飛んだ。
黒い巨大結晶。
成人男性の胸ほどもある水晶体の内部で、赤黒い光が脈動している。
見た瞬間に理解した。
――これが、ダンジョンコア。
アルトはゆっくりと近付く。
不思議と恐怖はなかった。
むしろ、自分の心臓が外にあるような感覚に近い。
アルトはそっと手を伸ばし、コアへ触れた。
瞬間。
視界が黒い文字で埋め尽くされる。
【ダンジョンコアを確認】
【個体名:アルト・オベール】
【種別:ダンジョンマスター】
【ダンジョンランク:F】
【保持DP:500】
【コア定着完了】
【最小ダンジョン領域を形成しました】
「うおっ……!?」
思わず後退る。
だが文字は消えない。
しかしこれは画面というより、情報そのものが脳へ流れ込んでくる感覚に近い。
「……便利だな」
アルトは恐る恐る項目を確認する。
【召喚】
【地形編集】
【罠設置】
【転移】
【ショップ】
【進化】
「多いな……」
説明書が欲しい。
試しに【召喚】を開く。
【スライム:10DP】
【コウモリ:5DP】
【ゴブリン:30DP】
【骸骨兵:50DP】
「まずは……スライムか」
アルトが選択すると……床に淡い魔法陣が浮かび上がる。
水が集まるように半透明の塊が形成され、
「ぷる」
小さく震えた。
「…………おお」
本当に出た。
ゲームでは何万匹と倒した相手だが、実物を見ると妙に愛嬌がある。
「右」
ぴょん。
「左」
ぴょん。
「止まれ」
ぴたり。
「……従順だな」
【保持DP:490】
ちゃんとDPも減っている。
数字管理は重要だ。
この世界では特に。
アルトはしゃがみ込み、スライムを観察する。
ぷるぷると揺れる半透明の身体。
警戒心は薄いらしく、アルトの靴へぴとりと張り付いてきた。
「……お前、本当に魔物なんだよな?」
「ぷる」
まるで分かっていないような返事だった。
だが、悪くない。
この世界へ来て初めて得た、自分側の存在だ。
「さて……問題はここからか」
ダンジョンは作るだけでは意味がない。
DPを稼ぎ、戦力を増やし、生き残らなければならない。
だが今の戦力はスライム一匹。
正直、笑っていられる状況ではない。
アルトは【ショップ】を開いた。
【武器】
【素材】
【家具】
【生活用品】
【食料】
【衣類】
【種子】
「……なんでもあるな」
試しに項目を眺めていく。
【簡易ベッド:20DP】
【木製机:15DP】
【保存食:5DP】
【作業着:3DP】
【薬草の種:2DP】
生活基盤を整えることもできるらしい。
どうやら本当に、“ダンジョンを運営しろ”ということなのだろう。
そして、目的の項目を見つけた。
【擬態Lv1:200DP】
【一般人からの違和感を軽減します】
「完全に誤魔化せるわけじゃないのか……」
だが、ないよりは遥かにマシだ。
この世界で情報を集めるなら、人間社会へ潜り込む必要がある。
購入。
瞬間、全身へ熱が走った。
「ッ……!」
皮膚の奥を何かが這い回るような感覚。
数秒後、それは収まった。
【保持DP:290】
自分の腕を見る。
見た目は変わっていない。
だが、何となく自分の中にあった“異物感”のようなものが薄れた気がした。
「これで街に入れればいいんだけどな……」
外の情報が必要だった。
国。
冒険者。
魔物。
この世界の常識。
何も知らないままでは、いずれ詰む。
その時だった。
「おーい! 誰かいるかー!」
洞窟の外から声が響く。
アルトの身体が硬直した。
複数の足音。
人間だ。
「早すぎるだろ……!」
まだ何も準備できていない。
スライム一匹しかいないんだぞ。
「ぷる」
「お前じゃ戦力にならないって!」
慌ててコアを見る。
ゴブリンを召喚するか?
隠れるか?
迎えるか?
思考が高速回転する。
だが、考えるより早く。
人影が洞窟へ入ってきた。
「……あ、人いた」
先頭にいたのは赤髪の少女だった。
革鎧に剣。
十六、七ほどの冒険者。
「…………」
「え、何その顔」
沈黙。
そして。
少女の後ろから、中年の男が姿を見せた。
その瞬間。
男の表情が変わる。
「……嬢ちゃん」
「ん?」
「空気が重い。この濃度……魔力溜まりだ」




