第2章 1
この世界は前世で遊んだゲーム『七色のキスをあなたと』の世界と酷似している。
ゲームの舞台は十九世紀ヨーロッパ風のとある王国。
孤児院出身で伯爵令嬢となったヒロインが、貴族として成長し恋愛をしていく。
タイトルにあるように攻略できるキャラクターは七人で、虹の七色をそれぞれの名前や髪、瞳に宿している。
内二人は、他の五人をクリアした後に遊べるようになる、いわゆる隠しキャラだ。
私に婚約の打診があったのはこの隠しキャラの一人、アゲイト・オーランジェ公爵子息。
身分は高いけれど遊び人で、市井で一人暮らしをしている――と前世のキャラクター紹介で見た。
(隠しキャラはまだプレイしていなかったのよね)
そのルートに行くには、最初に誰とも結ばれずに二年間過ごし卒業しなければならない。
五人クリアして、隠しキャラに行こうとしていた所で死んでしまったのだ。
(……もしかして、ここは隠しキャラルートの世界なのかな)
死後の世界で、未練があったゲームの続きをプレイ中?
でもそれにしてはリアルだし、そもそも私はヒロインではない。
(じゃあ、どうして私はこの世界に生まれたのだろう)
そもそもここは本当にゲームの世界なのか、それともたまたま似ているだけなのか。
――考えたところで分からないのだけれど。
「ベリル。緊張しているか」
馬車の中で向かいに座るお父様が尋ねた。
今日はそのアゲイト・オーランジェ様と初めて会うために公爵家へ向かっていた。
「……いえ……ええと」
否定しかけて、思い直して私は頷いた。
「……はい」
「そうか。確かにアゲイト君には良くない噂が多いが、彼はわきまえていると私は思うよ」
「わきまえる?」
「彼は未婚の令嬢には手を出さない。噂になるのは寡婦や役者、酒場の店員といった……まあ、後腐れがないような者ばかりだ。別れた後のトラブルも聞いたことがない。その辺りはしっかりしている」
言葉を選びながらお父様は言った。
(しっかり……?)
そういうのをわきまえていると言うのだろうか。
(――深入りはしないってことなのかな)
気軽に遊べる相手ばかり選んで、短期的なおつきあいだけですぐに相手を変える。
そういう人は前世でも見たことがある。
(そんなに沢山の人と付き合えるのって……すごいなあ)
私にはとてもできない。
コミュ力が高いということなのだろう。
そんな、私とは真逆な人と上手くやっていけるのだろうか。
(うう……ダメだ、憂鬱になってきた)
胃の辺りが痛くなる気配がする。
(でも頑張らなきゃ……頑張る……どうやって?)
マリンは一歩を踏み出すだけでいいと言っていたけれど、その一歩をどう出して、どう足をつけばいいのか。
(分からないよ……そんなの)
初めての人と、どう会えばいいのか、何を話せばいいのか。
前世から分からなった。
幼い頃は、友達もいたし明るい子だったと思う。
変わったのは中学生の時だ。
ある日突然、クラスメイトたちから無視されるようになった。
前触れもなく、理由も分からず――孤独の中に突き落とされて。
もがこうとしたけれど抜け出せず、やがて諦めて。
以来、私はずっと独りだった。
転生しても、もがき方は分からないままで。
(……頑張れるのかな)
不安と緊張に襲われていると馬車が止まった。
「着いたようだな」
お父様が窓の外を見る。
(もう?)
心臓がバクバクしてきた。
(うう、帰りたい……でも、頑張らなきゃ)
ドキドキする胸元を手で押さえる。
門が開く音が聞こえると、馬車は敷地の中へと入っていった。
*****
「息子のアゲイトだ」
父親のオーランジェ公爵から紹介されたアゲイト様は、ゲームの公式サイトで見たイラスト同様、華やかな顔立ちの青年だった。
オレンジ色の長い前髪が顔にかかり、影を落としている。
(大人の色気だ……)
さすが遊び人。華やかさとアンニュイさが絶妙に組み合わさって、ミステリアスな雰囲気もある。
(え、やっぱり無理じゃない!?)
どう見ても私とは正反対なタイプだし!
「娘のベリルだ。内気な性格で今日もかなり緊張しているが、優しい子だ」
「……よろしく……お願い、いたします」
声が震えそうになるのを抑えながら挨拶をした。
「これは美しいお嬢さんですね。なあアゲイト」
「そうですね……」
私を見つめていた琥珀色の瞳が細められた。
「私には勿体無いくらい素敵なお嬢さんだと思います」
(あ……これは)
アゲイト様も乗り気ではないのかな。
口角を上げ親しみやすそうに見える――けれど壁を感じる笑顔に、直感的にそう思い、少しホッとした。
グイグイこられたらどうしようかと不安だったが、女性慣れしている彼には、私のような小娘は対象外なのだろう。
(それに、遊ぶのに婚約者なんかいたら面倒だものね)
「アゲイト。我々は話があるからベリル嬢を庭園に案内してあげなさい」
納得していると公爵の声が聞こえた。
「――はい」
(え、二人きり?)
いきなり!?
「行きましょうベリル嬢。異国の花が見頃なんです」
アゲイト様が曲げた肘を差し出した。
(え? ……ああ、エスコートだ)
「……ありがとう……ございます」
私は差し出された腕に手を添えた。




