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コミュ障なせいで婚約破棄された悪役令嬢 遊び人キャラに愛されています  作者: 冬野月子


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第2章 2

 オーランジェ公爵家は王族を祖に持ち、屋敷も元離宮を改装したという。

 そのため建物も広大で天井が高く、廊下も幅広くて豪華な造りだ。


(でも派手さはなくて落ち着いた雰囲気なのね)


 キョロキョロしたくなるのを我慢しながら、長い廊下をアゲイト様と二人、無言で歩く。


(何か話した方がいいのかな……でも、何を?)


 会話が思いつかないし、緊張してまともに話せる気もしない。


(どうしよう、何か……)


「ごめんね、俺なんかの相手にさせられて」


 そわそわしていると隣から声が聞こえた。


「……え」


「あの人も酷いよね。一度婚約破棄されて他に貰い手がいないだろうからって、不良息子の婚約者にしようとするんだから」


 顔を上げるとアゲイト様が私を見ていた。


(俺? 喋り方が……こっちが素?)


 さっきとは違う口調に戸惑っていると、アゲイト様はふっと笑った。


「君だって嫌だろう? 俺みたいな遊び人が夫になるのは」


「え、ええと……いえ……」


 嫌とまでは思っていない。

 私とアゲイト様は正反対のタイプだから合わないとは思うし、できれば誰とも結婚したくはないけれど。


 結婚相手は親が決めるのが普通である貴族の娘である以上、それは無理だと分かっている。

 婚約破棄という傷がついた自分にとって、我が家よりも格上の相手はかなりいい条件の話だ。

 むしろ、アゲイト様の方が迷惑だろう。


「……こちらこそ……すみません。……私みたいなのがお相手で……」


「君みたいなのって?」


 アゲイト様が聞き返した。


「……その……私、人付き合いが……苦手で……」


 まっすぐに向けられる視線に耐えきれずに俯いてしまう。


「それで……妃になるのは無理だと、判断されて……。そんな私が……社交的なアゲイト様の、婚約者になんて……申し訳なくて……」


 口ごもりながら何とか説明する。


「社交的ねえ。――俺のこと、どこまで聞いてる?」


「え? ええと……最近、女優の方とお別れしたというのは……」


「その話は知っているんだ」


「……妹が、新聞で読んだと……」


「新聞の言うことはあまり信用しない方がいいよ。あいつら、あることないこと書くから」


「……では……まだ、別れては……いらっしゃらないのですか」


「ああ、いや。そうじゃなくて」


 アゲイト様は立ち止まった。


「その女優とは、宣伝のために嘘の情報を新聞に流したんだ」


「宣伝……?」


「彼女が初めて主演する舞台があってね。話題作りのために恋人のフリをして欲しいと頼まれたんだ。で、舞台が終わったから恋人のフリも終わったってわけ」


「……そう、なんですか」


(舞台か。いいなあ)


 前世ではよく観に行っていた。

 こちらの世界では、王立劇場のオペラならば観に行ったことがあるが、大衆向けの舞台は品性に欠けるから貴族が観るものではないとされているのだ。


「ま、フリとはいえ恋人になるんだから、それなりに楽しませてもらったけど」


 思わず顔を見ると、にっとアゲイト様は口角を上げた。


「他にも何人もの女性と遊んでる。貴族の務めを放ってね。社交的かもしれないけど、ダメな男だろう?」


(何人もって……何人なんだろう)


 少し気になったけれど、それを聞く勇気はない。


「……何人もの方と……お付き合いできるのは……すごいと思います」


 そういうのも才能なのだろう。


「一人の相手をずっと愛し続ける方が偉いよ。――俺にはできないけど」


「……どうしてですか」


「どうしてだろうね」


 ふと視線を逸らせた横顔は、どこか寂しそうに見えた。


「庭園はもう少し先だよ」


 アゲイト様は再び歩き出した。


(ゲームの情報では……寂しがり屋だから遊び人になったんだっけ)


 隠しキャラだから公式の情報はほとんどなかったけれど、どこかでそんなことを読んだような記憶がある。


(寂しいからって、すぐお相手が見つかるのは……才能よね)


 家柄、見た目も大事だけれど、何より本人の素質だろう。

 やっぱり私とは真逆のタイプだ。


(……そしてまた沈黙だ)


 再び無言で歩く。

 沈黙の方が、自分としては楽だけれど。


(何か話をした方がいいとは思うけど……)


 こういう時、何を話せば良いのだろう。


(……聞きたいこととか?)


 聞きたいこと、知りたいこと。何かあるだろうか。


(うーん……、あ)


「今、恋人は……いるのでしょうか、とか」


「え、何?」


「あ……いえ! すみません……何でもありません」


 内心で呟いたつもりだったのに、声に出ていたらしい。

 アゲイト様に聞き返されて慌てて首を振る。


「ベリル嬢」


 見上げると、にこやかな笑顔でアゲイト様が私を見ていた。


「気になることがあれば何でも聞いて」


「……え……えと」


 人好きのするような笑顔に思わず言いそうになる。


「……大丈夫です」


「俺みたいな奴には言えないこと?」


 少し首を傾げ、シュンとした残念そうな顔に胸の奥に罪悪感が広がる。


(こ……これが遊び人の力……!?)


「あ、あの……その。今、お付き合いされている方は、いるのかなと……」


 静かな圧に耐えられず答えてしまう。


「いないよ」


 アゲイト様は即答した。


「そろそろ探そうかなと思ってたところに、君との話が上がったから」


「……それは……すみません。私のことはお気になさらず、次のお相手を……」


「いや、ダメでしょ」


 探して下さいと言おうとしたら遮られた。


「さすがに婚約者ができるかもしれないのに、他に恋人は作れないよ」


(……意外と真面目なのかな)


 お父様が「しっかりしている」と言っていたのを思い出す。

 私の前だからそう言っただけで、実際は作るのかもしれないけれど。


(少なくとも配慮はあるんだ)


「すみません……」


「君が謝ることじゃないよ」


「……はい……すみません……」


「ほらまた。もっと堂々としていいんだよ。こんなに綺麗なんだし、身分だって高いんだから」


「……はい……」


 またすみません、と言いそうになったのを飲み込む。


(呆れられたかな……)


 自分が我儘を言える立場だというのは、分かっているけれど。


(堂々となんて……出来ないもの)


 ああ、またマイナス思考だ。

 頑張ろうと決めたのに。


(そう簡単には行かないよね……)


 どうして私は、上手く自分を出せないんだろう。


 情けなく思っていると、ふわりと目の前を薄紅色の小さなものがよぎった。

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