第5章 2
隣室へ戻ると、私を見たアゲイト様がその目を細めた。
「よく似合ってる」
「……ありがとうございます」
「華やかでお美しいですね。そのドレスになさいますか?」
ハンスさんが尋ねた。
「――あの……。色を、グラデーションにすることはできますか?」
思いつきを確認したくて、聞いてみる。
「グラデーションですか」
「はい……スカート部分はオレンジのままで、上を青にして。夕暮れ前の感じにしたらいいかなと……思ったのですが……」
そうすれば、少し派手さが抑えると思ったが。
ハンスさんは険しい顔をしていた。
……同系色ならまだしも、補色のグラデーションに染めるのは難しいか。
「すみません! 変なことを言って……」
「いや。面白いですね」
慌てて謝るとハンスさんは笑顔になった。
「グラデーションですか……。技術的に難しく、高価なドレス生地に使ったことはないんです」
「……そうですか」
やっぱり難しいよね。
「すぐには難しいですが、試してみましょう」
「いいんですか」
「青とオレンジならお二人の色ですからね」
ハンスさんは私とアゲイト様を見た。
「予算に糸目はつけないんだろう? アゲイト」
「そうだな。結婚式までには欲しいな」
アゲイト様が答える。
「ならばお前の服も揃いで作るか」
「ああ、いいな」
(結婚式……)
そうか、婚約するということは、結婚して……夫婦になるんだ。
(アゲイト様と……夫婦……)
改めて気づいて、身体が熱くなるのを感じた。
「レディは色々なアイデアをお持ちですね、素晴らしい」
ハンスさんが私に向いた。
「他にもご希望があればお聞かせ下さい。ご自身が好きなドレスを着ると気分も上がりますからね、是非提案させていただきたいです」
「はい……」
気分が上がる……そうか。
「あの。昼用のドレスはありますか」
「色々とございますが。ご希望は?」
「希望というか……今度の、ガーデンパーティに着るドレスなんですけれど。持っているものでいいかなと思ったんですが、素敵なドレスがあればそちらにしたいなと……」
「ガーデンパーティ?」
アゲイト様が聞き返した。
「離宮で開かれる昼のパーティだな。ほとんどの貴族が参加する。お前にも招待状が来ていると思うが」
「招待状? そういうのは全く見ていないな」
「少しは興味を持て。公爵家の後継なんだから」
「ベリルは行くの?」
アゲイト様が私を見た。
「はい……あまり行きたくはないですが」
「どうして?」
「人が多いのと……元婚約者がいるので……」
「へえ」
アゲイト様の瞳が鋭い光を放った。
「ハンス。オレンジ色の昼用ドレスはあるか」
「婚約前にそれはやめておけ。非常識だと思われるぞ」
「ダメなのか」
「王家主催の会ではな。――そうだ」
ハンスさんが従業員へ指示すると、しばらくして箱を三つ持ってきた。
「これは小さい石をアクセサリーに仕立てたものだ。値段も手頃で人気がある」
箱の中には幾つものイヤリングが並んでいた。
石は安いのだろうが、台座のデザインが凝っていてどれも素敵だ。
「琥珀だ。昼用のアクセサリーに派手なものはダメだが、これならいいだろう」
箱から取り出したのは、雫型のイヤリングだった。
アゲイト様の目と同じ、薄い黄色の中に茶色が混ざり合った石が二つずつ、金具の下に下がっている。
「可愛い……」
「こちらは、質は良いのですが傷が入っていたため、小さくカットしました」
「つけてみよう。ベリル、こっち向いて」
アゲイト様がイヤリングを手に取ると、私の顔へその手を伸ばしてきた。
(えっ? アゲイト様がつけるの!?)
身構えるより先に指先が耳に触れて――熱を帯びるのを感じてぎゅっと目を閉じる。
アゲイト様の息がかかり、ビクリと震える。
ほんの数秒のはずだけれど、とても長い時間に思えた。
アゲイト様の手が離れたのでおそるおそる目を開いた。
「うん、似合ってる」
目の前に、私を見つめるイヤリングと同じ色の瞳があった。
「あ……りがとう……ござい……ます」
きっと、私は耳が真っ赤になっているだろう。
「ハンス。このイヤリングが引き立つドレスはあるか」
アゲイト様は振り返った。
「――お前、少しは気を遣えよ」
ハンスさんがため息をついた。
「何がだ」
「深窓のご令嬢にその距離感はまずいって。今までの相手とは違うんだから」
「今までの相手……」
アゲイト様は再び私へ向くと、手を伸ばし私の耳へ触れた。
「こんな風に俺から触れたことなど、一度もないが?」
(え……)
一度も?
思わずアゲイト様を見上げる。
「向こうから触れてくるのは嫌じゃなかったけど。自分から触れたいとは思わなかったな」
(……それは……どういう……)
「ベリルは特別ってことかな」
耳のすぐそばに、そっとアゲイト様の唇が触れた。
(また……!)
かあっと顔が熱くなった。
胸がドキドキする。
(特別って……どういう意味で……)
『お姉様のことが好きなんじゃないかしら』
マリンの言葉を思い出す。
(――ううん、それはないわ)
私みたいなつまらない人間を、アゲイト様が好きになるなんて。
ドキドキする胸の奥に、ずきりと痛みを感じた。
*****
「どこか行きたい所はある?」
シンプソン商会を出るとアゲイト様が尋ねた。
「……あの、書店に行きたいのですが……」
「この近くに一軒あるけど、そこでいい?」
「はい」
「じゃあ行こうか」
差し出された手を取ると、私たちは歩き出した。
「夏に、領地に帰ることになったんだ」
歩きながらアゲイト様が言った。
「領地へ?」
「ずっと帰ってなかったからね。いい加減顔を見せておけと父親に言われてさ」
「そうですか……」
アゲイト様は、夏は王都にいないんだ。
(……寂しいな)
この数ヶ月、毎週のように会っているからだろうか。
会えなくなると思ったら寂しくなった。
(でも、夏の間だけだから……数ヶ月くらい……)
「ベリルも一緒に行く?」
聞こえてきた言葉に足を止めた。
「え……」
「そのうちベリルも住むことになるし、一緒に挨拶しに行った方が後々楽でしょ」
見上げると、アゲイト様はそう言って、少し困ったように眉を下げた。
「――それと、初めて母親の墓参りをする予定なんだ。一緒に行って欲しい」
「初めて……」
「どんな顔をして会えばいいのか、分からなかったからね」
アゲイト様が、お母様に複雑な感情を抱いているのは分かる。
今まで会いに行く勇気が出なかったのだろう。
(初めてに……私も行っていいのかな……)
ううん。
私も、行きたい。
「……分かりました。ご一緒します」
「ありがとう」
嬉しそうに笑った、その笑顔に胸がドキリとする。
(今のアゲイト様の笑顔……いいなあ)
いつもは余裕ある大人の笑みを浮かべているけれど。
少し子供らしさのある笑顔も素敵だと思った。




