第5章 1
「遊び人の本性が出たんじゃない?」
最近、アゲイト様の様子が変わったと言ったらマリンにそう返された。
少し前に、アゲイト様のお母様の絵を描いた時から。
アゲイト様の態度が明らかに変化した。
ボディタッチが増え、私を見る眼差しはどこか甘い。
それから、呼び方が「ベリル嬢」から「ベリル」になった。
「そう、なのかな……」
違う気もするけれど、遊び人のアゲイト様を見たことがないから分からない。
「それか、内々の婚約が決まったから?」
「……でも、その前からだし……」
私が婚約破棄されて数ヶ月しか経っていないこともあり公表はまだだが、アゲイト様との婚約はほぼ決まりだと、オーランジェ公爵家と話がついたばかりだ。
「あとは、そうね。普通に考えて、お姉様のことが好きなんじゃないかしら」
(私を……好き!?)
「え、それはないわ」
「――どうして思うの?」
何故か呆れ顔でマリンが尋ねた。
「どうしてって。だって、好かれる要素がないもの」
アゲイト様は、これまで多くの女性たちとお付き合いしてきた。
そういう女性慣れした人から見ると、私みたいに社交性のない人間なんて魅力的に思えないだろう。
「お姉様って、自分のことを客観的に見られないわよね……」
はあ、とマリンは大きなため息をついた。
「多分、家族以外に親しくする人がいないからよね」
え、どういうこと?
「お姉様には家族以外の、第三者目線で見てくれる人が必要よ。社交の場には行ってるのよね。友達は出来たの?」
「……出来るわけないじゃない」
卒業したら、正式に社交界にデビューする来年の春までの間に、お茶会やサロン、晩餐会など社交の場に参加して他の貴族たちと交流を深め、人脈を作り大人になる準備をするのが普通だ。
私も一応、両親に連れられて参加はしているけれど……学校生活と同じで交流は出来ていない。
自分から話しかけるのは無理だし。
話しかけられないようになるべく空気になっているから、友達なんているはずもない。
「――友達じゃなくても、相談できる人は?」
「いないわ」
「お姉様って、友達が欲しいと思わないの?」
マリンは眉をひそめた。
「……思わなくは……ないけど。難しそうだからいいわ」
友達なんてどうやって作ればいいのか分からないし、関係を維持するのも大変そうだ。
「難しいなんて考えすぎなくていいの。ただ会ってお話しするだけでいいじゃない」
「そのお話をするのが難しいのよ」
相手を不快にさせずに、何をどう話せばいいのか。
それが分からないから前世も独りだったのに。
「でも、アゲイト様とはお話しできているのでしょう?」
「……それは……そう、だけど」
そういえば、確かにアゲイト様とは、今は気負わず会話をすることができる。
「会わないといけなかったから……。それに最初は緊張したし、上手く話せなかったもの」
「でも、今は話せるのでしょう? 他の人だって慣れれば話せるようになるわよ」
「慣れる……」
「お姉様は公爵夫人になるのよ。お妃ほどではないけど社交が必要なの、分かるでしょう?」
それは……分かっているけれど。
「今度ガーデンパーティがあるでしょう? その時に私の友達を紹介するから。まずは彼女たちで会話の練習をするといいわ」
「ガーデンパーティ……行かないとダメかしら」
「当然でしょう」
ガーデンパーティは社交シーズンの終わり頃、七月に王家が所有する離宮で開かれる。
王家主催のため王都にいる貴族はほぼ参加し、子供も参加できる。
初めて殿下と会ったのもこのガーデンパーティだった。
(殿下と会う可能性が高いから……参加したくないなあ)
憂鬱になって私はため息をついた。
*****
数日後。
私はアゲイト様と共に、以前、舞台を観る時にドレスを買ったシンプソン商会を訪れた。
新作のドレスが出来たので見せたいのだという。
「こちらのドレスは、以前レディがレースを波のようだと表現されたのに着想を得て、海をイメージして作りました」
並んだドレスは、大きさや形が異なるレースが打ち寄せる波のように飾り付けられている。
「ドレスの色は、それぞれの時間や季節の海をイメージしています」
明るい青は夏の海で、オレンジ色のドレスは夕方だろう。
濃紺のドレスには月明かりが反射しているかのように、真珠のビーズが散りばめられている。
「レディは気に入ったドレスはございますか?」
オーナーのハンスさんが尋ねた。
「……どれも、素敵で選べません」
「ベリルはこのオレンジ色がいいんじゃないか?」
アゲイト様が言った。
「オレンジ……ですか」
(水色の髪にオレンジ色のドレスって……陽キャっぽい組み合わせよね)
こういう明るくて強い色は、お母様やマリンが着せようとするのだが、恥ずかしくて着られないのだ。
「アゲイト。お前自分の色のドレスを身につけさせようとしているだろ」
ハンスさんが笑いながら言った。
「いいだろう、別に」
アゲイト様は私の肩に手を回した。
(ひゃあ!)
「こんな所でいちゃつくな」
「いいだろ少しくらい。この先オレンジ色のドレスを作れば毎回買うぞ」
「それはそれは、ありがとうございます。お似合いのお二人ですね」
眉をひそめていたハンスさんは、アゲイト様の言葉に商人らしい笑顔になった。
「今回のシリーズは、レディがきっかけで生まれましたので一着サービスさせていただきます」
「そうか。じゃあこのオレンジを試着してみよう」
「……はい」
促されて、私は隣室へ向かった。
(……まだ肩にアゲイト様の感触が残ってる)
一瞬だけどギュッと力を込められた、その感触と温度がまだ消えない。
オレンジ色のドレスをまとうと、それらが再び強くなる。
「とてもお似合いです」
姿見の前に立つ。
裾が広がったドレスには、様々な大きさや長さのドレープがあしらわれ、白いレースが飾り付けられている。
とても華やかなドレスだ。
(やっぱり派手だけど……嫌な感じはしない)
アゲイト様の色だからだろうか。
(……でも……私らしくないというか……もう少し抑えたいと……)
「では向こうへ参りましょう」
思案していると店員が促した。




