第5章 3
ガーデンパーティが開かれる離宮は何代か前の王妃のために造られた、広い庭園が特徴の美しい宮殿だ。
八月になると、王都にいる貴族の多くが領地へ帰る。
このガーデンパーティに子供も参加できるのは、家族同士で来年春までのお別れと再会の約束をするための場でもあるからだ。
建物の正面に広がるよく手入れされた芝生の広場には、大勢の貴族たちが集まり談笑していた。
「ベリル先輩とは一度お話したいと思っていたんです!」
妹マリンに紹介された、彼女のクラスメイトの一人が目を輝かせながら言った。
「お美しくて成績優秀で。憧れなんです!」
「あ……りがとう」
(マリン……仕込んでいない?)
コミュ障で婚約破棄されるような私に憧れるなんて。
そんな人がいるのだろうか。
「絵もとてもお上手だと聞きました!」
「ベリル先輩の描いたマリンの肖像画を、お見合い相手の方が気に入られたとか」
「あ……ええ」
肖像画には、マリンの美しさだけでなく、賢さや強さも込めた。
その肖像画と学校での成績などを見た先方からは、「外交官の妻として理想的だ」との評価をいただいた。
夏休みに入ったら、マリンとお父様は先方へ顔合わせに行く予定だ。
「先輩は凄いですね」
「初めて間近でお会いしましたが、とてもお綺麗です……」
「そのドレスもお似合いです!」
「あ……ありがとう」
私はドレスに視線を落とした。
「品があって素敵です!」
「よく見ると柄があるんですね。とても凝った生地ですね」
「オーダーですか? それともどちらかで購入されたのでしょうか」
「このドレスは……シンプソン商会のものを、少し手直ししてもらいました」
白いドレスは、アゲイト様に選んでもらったものだ。
レースは袖とスカートの裾だけとシンプルだが、光沢感のある草花の柄が織り込んである生地のおかげで淋しくは見えない。
「この生地は凝り過ぎて高価になってしまい、買い手がいなかったんです」とオーナーのハンスさんは言っていた。
「シンプソン商会……確か、ベイク通りのお店ですよね」
「ええ……オーナーのこだわりで、凝ったドレスが多いんです」
「本当ですか?」
「行ってみようかしら」
「私もこういう生地のドレスが欲しいわ」
「今度皆で行きましょう!」
マリンのクラスメイトたちはしばらくどんなドレスが好きか盛り上がっていた。
その後またひとしきり私を褒めると、彼女たちは別の人に挨拶しにいくと離れていった。
「……つかれた……」
「お姉様、年下の子に緊張しすぎだわ」
ぐったりとしてしまい、思わず息を吐くとマリンは苦笑した。
「緊張するわよ……」
あんな明るくて初対面の相手にも臆せず話せるような子たちに、緊張しない訳がない。
「マリンあなた、彼女たちに私を褒めるよう頼んだの?」
「そんなことしないわ」
今度は呆れ顔になってマリンは答えた。
「皆本当に、お姉様に憧れているのよ」
「憧れ? 私なんかに?」
「もう、お姉様は。今日のドレスだって本当に素敵なんだし、もっと自分に自信を持った方がいいわ」
自信かあ。でも本当に、私にはいいところなんで何もないし……。
「それに、最近お姉様はますます綺麗になったわよ」
「え?」
「ふふ、アゲイト様のおかげかしら」
(アゲイト様の、おかげ……?)
じわり、と顔が熱くなる。
思わず頬に手を当てた私を見て、マリンは口角を上げた。
「今日アゲイト様は来るの?」
「来るとは言っていたけれど……」
そっと指を耳元へ伸ばす。
この琥珀のイヤリングと合わせたドレスを着て、髪型もイヤリングが目立つようアップにしてきた。
(……見て欲しいな)
アゲイト様には会えるだろうか。
これまで貴族の集まりには、小さなサロンなど限られた場にしか行ったことがないけれど、今回は出席すると言っていた。
この庭園は広い上に出席者も多い。
更に建物の中も会場となっていて、見つけるのは大変そうだ。
「少し歩いてみましょう。他にも知り合いに会えるかもしれないし」
「……そうね」
私とマリンは庭園内を歩き出した。
「三年前にここに来た時、お姉様は迷子になったわよね」
「ええ」
家族からはぐれた心細さと、大勢の見知らぬ人々が集まるパーティへの恐怖で、私は庭の片隅にうずくまっていた。
(その時に……殿下から声をかけられたのよね)
ゲームでは、ベリルと王子の出会いや婚約に至る経緯は書かれていなかったから、同じかどうかは分からないけれど。
あの時の遭遇がきっかけで、私は殿下と婚約したのだ。
芝生広場を抜けて、私たちは建物の中へ入った。
ホールにも大勢の人々がいて、その人の多さと華やかさに入るのをためらってしまう。
まだ外の庭園の方が耐えられる。
「……やっぱり外に……」
「ねえ。あのオレンジ色の髪の男性はどなたかしら」
マリンに声をかけようとすると、誰かの声が聞こえてきた。
「ああ。あれはアゲイト・オーランジェ様よ」
「……まあ、もしかしてあの遊び人の?」
「このような場に来るなんて珍しいわ」
「もうあんなに女性たちを侍らせて……」
(侍らせる?)
首を巡らせると、壁のあたりにアゲイト様が女性たちに囲まれているのが見える。
背が高いアゲイト様はよく目立つ。
周囲を囲んだ女性たちに、にこやかな笑顔を向けているのが見えた。
ズキン、と心の奥が痛んだように感じた。
それから、モヤのようなものがその周囲から広がっていく感覚。
(……何で……)
どうして、こんな気分になるのだろう。
(ああ……嫌だな)
あのアゲイト様の顔は、見たくない。
私はホールの外へ出た。




