第1章 2
婚約打診の話を聞いた三日後。
私は卒業パーティーに出席するために、双子と馬車に乗っていた。
この国の貴族は十五歳になると、王都にある貴族学校に入るのが通例だ。
二年間学んだ後は一人前の大人と認められる。
そのためのマナーや社交術といったものを学ぶのも学校の目的だ。
(マナーはともかく……社交術は全く身に付かなかったな)
私は人付き合いが苦手だ。
上手く会話が出来ないし、自分の意思を伝えるのが苦手で。
大勢の中にいると疲れてしまい、一年生の時はよく熱を出していた。
更に月に一、二回は王宮へ行きお妃教育を受けるのだが、その翌日も疲れが取れずに学校を休んでしまう。
(そんな人間がお妃なんて、なれるはずないもの)
殿下との婚約が破棄されると聞いた時、ショックよりも安堵の気持ちの方が大きかった。
ずっと自分には無理だと思っていたから。
(『本来のルート』とは違うけれど。結果は同じだったのよね)
外から鐘の音が聞こえてきた。
王都で一番大きな広場に立つ、時計塔の鐘だ。
「この音を聞くといつも思い出すのよね」
マリンが口を開いた。
「何を?」
「王都に来て初めて広場に行った時。お姉様、時計塔を見てとても驚いていたでしょう?」
私を見てマリンは笑った。
「あまりにも驚いていたから、今も覚えているの」
「……そんなに驚いたかしら」
「僕も覚えてるよ。口をこーんなに開いてさ」
「お姉様があんなに驚くなんてって、こっちもびっくりしたわよね」
双子は顔を見合わせた。
「――あんなに大きな仕掛け時計があるなんて、思わなかったんだもの」
時計塔は朝と夕方の六時に鐘を鳴らして時間を告げる。
庶民にとって時計は高級品だからだ。
また正午には、音楽とともに時計の下にある扉が開き、機械仕掛けの人形たちが演奏する様子が楽しめる。
この国の技術を誇るために作られ観光客にも人気なのだ。
(私が驚いたのはそこじゃないけれど)
あの時計塔を見た瞬間、思い出したのだ。
私には前世の記憶がある。
この世界とは別の、もっと科学技術が発達した世界の日本という国に住んでいた。
転生して侯爵家の長女に生まれた私は、領地にある大きなお屋敷で家族と暮らしていた。
家族全員で王都に出て来たのは三年前の春。
到着後、王都観光をしようと広場にやってきた。
大きな時計塔を見上げ――その瞬間、私の頭の中にいくつもの絵と音が流れ込んできた。
この時計塔の下で出会う、物知りな商人の青年。
学校に行けば金髪の優しい王子様や、褐色の肌を持った異国の王子様がいる。
そして意地悪な青い目の少年と、彼と同じ色彩を持った二人の少女――。
(ああ――私、だ)
少女の内の一人は。
前世で遊んだゲームの登場人物で。
王子様の婚約者で主人公の邪魔をする、気が強い侯爵令嬢。
(ここは……この世界は――)
ゲームの世界で私は「悪役令嬢」だと、その時初めて理解したのだ。
*****
前世のような卒業式はないが、代わりに夜から卒業パーティーが始まる。
家族や在校生も参加し、本格的な舞踏会のような夜を過ごすのだ。
(去年は休んだのよね)
顔も知らない卒業生たちが集まるパーティーへの不安や恐怖から、熱を出してしまった。
今年は自分が卒業生だし、親しくなれなかったとはいえクラスメイトは見知っている。
それに在校生の双子が一緒だし、両親も来る。
学校の敷地内に建てられたホールには、既に大勢の学生たちが集まっていた。
皆いつもの制服姿とは異なり、華やかな盛装で着飾りながらダンスやおしゃべりに興じている。
「お姉様。どなたかとダンスの約束はしているの?」
「している訳ないでしょう」
マリンの言葉に首を振る。
「男子なんて、殿下としか話したことがないのに」
「……二年間、一度も?」
「ええ」
男子どころか、女子とも最低限の会話しかしたことがない。
「姉上さあ。何をしに学校行ってたの」
アクアが呆れた顔を見せた。
「何って、勉強よ」
休みがちだったとはいえ、授業は真面目に受けていたし試験の成績も悪くなかった。
「勉強より交流が大事だろ。殿下と婚約していたから、親しくなるまでいかなくても男子と会話くらいするよね?」
「……そういう二人は、親しい異性がいるの?」
「友達ならいるわ。今日は三人とダンスの約束をしているの」
マリンが答えた。
積極的なマリンは友人が多い。きっと男子とも気軽に話せるのだろう。
「そうなの。アクアは?」
彼は「攻略対象」だ。
しかもゲームではヒロインと同じクラスのはず。
(もしかして、ヒロインと親しくなっていたりするのかな)
ゲーム期間は在学中の二年間で、今日は折り返し。
順調に進んでいれば友人以上の関係になっているはずだ。
「僕も友達と踊るよ」
「……友達以上の子は?」
「いないよそんなの」
「アクアってば、モテるのに友達以上には決してなろうとしないの。そういう所は真面目よね」
「僕の結婚相手は父上が決めるから、必要以上に親しくしても意味ないだろ」
「ほら真面目ー」
(本当にこの子たちは、私と違ってしっかりしてるなあ)
言い合う二人を眺めながら思う。
年齢だって殿下と同じなんだから、マリンが婚約者になっていれば、きっといい妃になれるだろうに。
(何で一つ年上の、しかもコミュ障の私が婚約者になったんだろう)
殿下の意志とは聞いたけれど、私を選ぶ理由がなさすぎる。
入り口の方から歓声が聞こえた。
視線を送ると女生徒たちに囲まれながら金髪の青年が入ってくるのが見える。
シトロ・ジョーヌ=リュミエール。
この国の第一王子で私の元婚約者だ。
(相変わらず眩しいなあ)
オーラというのだろうか。
うっすらと光を纏っているように見える、見目麗しい彼は、いかにも絵に描いたような王子様だ。
(優秀で、優しくて偉ぶった所もないし……本当に理想的だよね)
そんな完璧な王子様の婚約者が私だったなんて、本当に申し訳なさすぎる。
(でも、婚約は破棄されたし。きっと素敵な人をお妃に迎えるんだろうな)
それはゲームのヒロインかもしれない。
私はヒロインを見かけたことがないけれど……もしかしたらもう親しくなっているのだろうか。
そんな事を考えていると、周囲を見渡していた殿下と目が合った。
殿下はこちらへと歩み寄ってくる。
(え……私? まさか、違うよね)
だって私はもう――。
「ベリル嬢」
いつもと変わらない、穏やかな微笑を浮かべた顔で殿下は私の前に立った。




