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コミュ障なせいで婚約破棄された悪役令嬢 遊び人キャラに愛されています  作者: 冬野月子


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第1章 1

「ベリル。お前に婚約の打診が来ている」


 お父様の言葉に、手に取ろうとしていたティーカップを掴みそこねてしまった。

 ガチャン、と大きな音が、静まり返った家族団欒のティールームに響く。


(婚約……打診? 私に? え?)


 聞き間違いだったらどうしよう。

 でも確かに「ベリル」って言ったよね?


「――私……ですか?」


 私は恐る恐る口を開いた。


「妹のマリンではなくて……?」


 婚約の打診なんて、私に来るはずがない。

 だって私は……。


「お前だ。『婚約解消したばかりで申し訳ないが』と前置きされたから間違いない」


「解消じゃなくて『婚約破棄』だよね」


 私の一つ年下で、マリンとは双子の弟アクアが言った。


「お妃になるのは無理だって、クビになったんだから」


「クビだなんて、嫌な言い方しないでよ」


 妹のマリンが眉をひそめる。


「事実だろ」


「事実だからって何でも言っていい訳じゃないでしょう」


「しかし、王子に婚約破棄された傷物がいいなんて、若い後妻が欲しい年寄りか成り上がり商人なんじゃないの?」


「アクア! 言い方!」


「二人とも、静かにしてちょうだい。大事な話なのよ」


 言い合う双子を諌めると、お母様はお父様に向いた。


「旦那様。お相手はどちらの方でしょう」


「ああ……。アゲイト・オーランジェだ。今日サロンで、父親のオーランジェ公爵直々に話をもらった」


 言いにくそうに少し口ごもるとお父様は答えた。


(アゲイト……オーランジェ?)


 どこかで聞いたことのある名前。


(オーランジェ……オランジェ……『オレンジ』!?)


 考えて、思い出して――思わず声を上げそうになる。


「えっ。まさかあの『遊び人』の!?」


 私が声を飲み込んでいると、隣でマリンが声を上げた。


「最近女優と破局したって新聞で読んだわよ」


「新聞って……あなたまさか大衆紙を読んでいるの?」


 お母様が不快そうに眉をひそめた。

 大衆紙は国内外のゴシップネタが多く庶民向けで、私たち貴族が読むようなものではないと教えられている。


「面白いわよ、クラスで流行っているの」


 お母様に笑って答えると、マリンはすっと真顔になった。


「確か二十三歳よね。年齢差は許容範囲だけど、あちこちで浮名を流している人はちょっと、ねえ」


「私も心配だわ。家柄は申し分ないのでしょうけれど……」


 お母様もため息をつく。


「ベリル。お前はどう思う」


 お父様が尋ねた。


「え……」


 どうって。


(遊び人って……いや無理ですが!?)


 何人もの女性と付き合っているってことだよね?

 そんな、コミュ力の高そうな人と一緒にいられる自信がない。


(無理。だけど……)


 貴族の結婚は、本人たちの意志よりも親や周囲が決めることが多い。

 家柄や婚姻による繋がりから生じる家の利益などを重視するからだ。

 個人の素質は関係ないだろう。


(それに私は……婚約破棄された身だもの)


 自分が何か言えるような立場ではない。


「……私は……お父様の決めたことなら……それで、大丈夫です」


「もう、お姉様ったら。いつもそうなんだから」


「嫌なら嫌って言いなよ。姉上の結婚相手なんだよ」


 答えると双子が口々に言ってきた。


(あなたたちなら言えるでしょうけど……)


 コミュ力が高くて物おじしないマリンと、毒舌で言いにくいことも簡単に口にできるアクア。

 私とは真逆の二人からすれば、何も言えない私はもどかしいだろう。


(でも……私には、無理だもの)


 自分の意見を口にすることも、ましてやそれを通そうとすることも。


(言えるなら婚約破棄されていないし……悪い噂がある人との婚約話が出ることもないだろうし)


「……大丈夫だから」


 笑顔を作ると私は双子に答えた。


「本当に大丈夫? 毎月のように恋人を変えるって新聞に書いてあったわよ?」


「……ええ」


「もう、お姉様は」


 マリンは呆れたようにため息をついた。


「――確かに悪い噂はあるが、この婚約は良い話だと、私は思っている」


 お父様が言った。


「アクアも言ったように王子との婚約が解消されたことは大きな傷になる。これを逃したら我が家より格上の縁談など今後来ないだろう」


「……はい」


「卒業したら一度アゲイト君と会ってみるといい。私も何度か会ったことがあるが、なかなかの好青年だったよ」


 そう言ってお父様は微笑んだ。


  *****


 ティータイムが終わった。


 部屋に戻ろうとして――部屋の前を通り過ぎて、そのまま奥まで歩く。


「お嬢様、これから描かれるのですか?」


 私の行き先に気づいた侍女が声をかけた。


「今明かりを……」


「大丈夫よ、少し寄るだけだから」


 私は侍女を振り返った。


「今日は月明かりが綺麗だから、明かりはいらないわ」


「――かしこまりました」


 頭を下げる侍女に背を向けて、廊下の奥にある扉を開く。

 油絵の具の匂いが鼻をくすぐった。


(ああ……落ち着く香りだ)


 サンルームとして作られた、大きな窓のある部屋の中を月明かりが淡く照らしている。


 中央のイーゼルには描きかけの風景画。その傍には画材が散らばった机。

 奥にはこれまで描いた絵が立てかけてあり、壁の棚には画集や道具類が並んでいる。


 この部屋は陽が入り過ぎて絵を描くには不向きだけれど、寝室で描くと絵の具の匂いが染みつくし身体にも悪いからと、アトリエとしてもらったのだ。


 ここにいる時は侍女たちも入ってこない、一人きりになれる私だけの大切な場所。


 アトリエと絵がなかったら、二年間の学校生活も、お妃になるための勉強も乗り越えられなかった。

 何とか耐えて、やっと解放されて。


「……この先は領地の片隅にでも引きこもって。絵を描いて生きていけるかなと期待してたんだけどなあ」


 もう次の縁談が来てしまうなんて。

 しかも、そのお相手がよりによって……まさかの『攻略対象』だなんて。


「うう、無理だよう」


 ソファに座り、頭を抱え込む。


 どうしてこんなことになったんだろう。


「私が『悪役令嬢』っていうのも無理があるのに……。どうして殿下以外の攻略対象と婚約するの!?」


 そんな展開だっただろうか。

 彼のルートはまだやっていなかったから分からないのに。


「うう。全部のルートクリアしてから転生したかった……」


 顔を上げると、部屋の片隅にある姿見が目にとまった。

 歩み寄り、鏡を覗き込む。


 鏡に映っているのは、ウェーブがかった長い水色の髪を持った少女。

 宝石のように透明感のある、青い瞳が不安そうにこちらを見返している。


(同じだけど……違う)


 鏡へ手を差し出すと、鏡の中の少女も手を差し出した。


(私の知っている『ベリル』は……こんな顔はしない)


 彼女はいつでも自信に満ちていて。

 ちゃんと自分の意思を持って、それを口にして実行できる。

 私とは真逆なのに。


「どうして……私が悪役令嬢に生まれたんだろう」


 呟くと、鏡の中のベリルは困ったようにその顔を歪ませた。

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