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コミュ障なせいで婚約破棄された悪役令嬢 遊び人キャラに愛されています  作者: 冬野月子


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第4章 2

「すごい、本格的なんだね」


 アトリエへ入ると、アゲイト様は感心しながら室内を見渡した。


「最初は自分の部屋で描いていたんですけれど、絵の具の臭いがこもるのは身体にも良くないからと……」


「なるほどね」


 アゲイト様は奥にある、過去に描いた絵が置かれた場所へ向かった。


「どれも上手いね。風景画と……植物の絵が多いんだね。人物はあまり描かないの?」


「……はい。家族くらいです」


「そうか……。そうだ、これ」


 アゲイト様は手にしていた箱を差し出した。


「これは……?」


「ヒスイ・ウィリデに取り寄せさせたんだ」


「ウィリデ……前に、劇場でお会いした?」


「そう。妹に迷惑をかけられたからその詫び代ってことで」


 箱の中には、瓶に入った綺麗な青い粉が入っていた。


「これは、顔料ですか?」


 この青って、もしかして……。


「全く同じものかは分からないけど、カーマイン王国産のコバルトブルーだよ」


 花鳥園で展示されていた絵画に使われていた、とても綺麗な青。

 希少だと言っていた、その顔料をわざわざ取り寄せてくれたのか。


「ありがとうございます。……でも、あの時のお詫びにしては高価すぎるのではないでしょうか」


 値段は分からないけれど、取り寄せるにも相当な手間と費用がかかるだろう。

 あの時のことは、ヒスイさんがしっかり根回ししてくれたらしく、外には広まっていないようだ。

 だから私的にはもう終わったことだと思っていたけれど。


「いいんだ、あいつらにはしっかり釘を刺しておかないとならないから」


「……そうですか」


「それよりもどう? 絵に使えそう?」


「はい……とても綺麗です」


 瓶を光にかざす。

 鮮やかで、透明感と……強さを感じさせるこの青は、何に使ったらいいだろう。

 空か海か、それとも……。


(そうだ)


「早速、マリンの瞳の色に使ってみたいです」


「肖像画の?」


「はい。彼女の知性や強さを表せるのではないかと……」


「――確かに、この色はベリル嬢の瞳の色に似ているね」


 すぐ耳元で声が聞こえた。

 振り向くと目の前にアゲイト様の顔があった。


(……近いっ!)


 ビクリと震えてしまい、反射的に後退りする。


「ああ、ごめんね。驚かせた?」


 ふっとアゲイト様は笑みを浮かべた。


 女性慣れしているからか、時々こうやってアゲイト様はふいに距離が近づく事がある。

 ……私は見つめられるだけで顔が赤くなってしまうくらい、免疫がないのに。


「人物画はどれ?」


 アゲイト様は視線をキャンバスへと移した。


「……ええと……こちらです」


 心臓をドキドキさせながら、そっとアゲイト様から離れる。

 まとめてある棚から人物画を取り出し、アゲイト様へ手渡した。


「へえ、人物も上手いね。それに確かに……普通の、すまし顔の肖像画じゃなくて。その人の性格が見えるようだね」


 家族の絵を見ながらアゲイト様は言った。


「ありがとうございます」


「家族だから描けるのかな」


「……そうだと、思います」


 相手のことを知っているし、性格もよく知っている。

 家族だから描けるのだろう。


「そうか」


(何か……迷っている?)


 絵を見つめるアゲイト様は、考え事をしているようだった。


「愛情が伝わるいい絵だね」


 絵を返しながら、アゲイト様はそう言って微笑んだ。


  *****


 翌週、私とアゲイト様は街へ出かけた。


「アゲイト様!」


 ランチを終えて外へ出ると、男性の声が聞こえた。

 見るとヒスイさんが手を振りながら歩み寄ってくるのが見える。


「こんにちは。レディ、先日の顔料はいかがでしたでしょうか」


「あ、はい。とても綺麗で質も良かったです。ありがとうございました」


「どんなに珍しいものも手に入れるのがウィリデ商会の信条ですから。何かお望みのものがあればご用命下さい」


 胸に手を当ててヒスイさんは答えた。


「お前、まさか待ち伏せしていたのか」


 アゲイト様は眉をひそめた。


「いえ、偶然ですよ。お二人の髪色は目立ちますからね」


 にっこりと、商売人らしい少し作った笑顔でヒスイさんは答えた。


「評判ですよ。あの遊び人のアゲイト・オーランジェ殿に、とうとう青い髪の本命が出来たらしいと」


 そう言って、ヒスイさんは私に向いた。


「以前は毎晩のように盛り場に現れていたんですが、最近は全く姿を見ないんですよ」


「……そうなんですか」


「今は実家に帰っているからな。テラスハウスも夏までに引き払う予定だ」


「そうでしたか。――もう、市井でのお遊びは終わりということで?」


「そうだな」


(テラスハウス……確か、縦割りの集合住宅だよね)


 前世のマンションのように、一つの階に横に部屋が連なっているのではなく、奥に細長い三階建の住宅が横に連なっているものだ。


(どんな感じなのか、見てみたいけど……)


 一人暮らしの男性の家に行くのは、さすがにダメだろう。


「そうですか。アゲイト様もとうとう身を固めますか」


 うんうんと頷きながらヒスイさんが言った。


「用はないのだろう? 行こう、ベリル嬢」


「ああ、そうだ。この後時間はございますか?」


 アゲイト様が行こうとすると、ヒスイさんが引き留めた。


「これから『キネトスコープ』の展示会へ行くのですが、ご一緒にいかがです?」


「キネ……?」


「他国で作られた、写真が動く機械だそうです」


「写真が動く?」


「どういう仕組みかは分からないのですが。商売になりそうだったら支援する予定です」


(写真が動く機械……それってもしかして、ゲームのイベントの?)


 ヒスイさんのルートで。

 親密度が高い時に街で会うとキネトスコープの展示会に誘われて、その後夜の街でデートをするのだ。

 ヒスイさんの、商人としての夢を聞けるイベントなのだけれど。


(私たちに声をかけたってことは……ヒロインとは親しくなっていないのかな)


 ヒロインもこの世界にいるとは思うけれど。

 弟アクアとも関わっていないようだし。


(ヒロインって……どうしているんだろう)


「ベリル嬢。どうする?」


 アゲイト様が尋ねた。


「あ……はい。……行きたい、です」


 キネトスコープは、映画の元祖というべきものだ。

 ゲームでは体験したけれど、実物に触れられるならぜひ見たい。


「では参りましょう」


 ヒスイさんが歩き出した。

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